優しい声


ノースウィンドウにある同盟軍の本拠地には行商人が頻繁にやってくる。街道沿いというわけでもないのだが、人が集まる場所には商売があるもので、日々の食料品から戦闘に使う武具まで、ありとあらゆる品物を手に、商人がやってくる。もっとも誰でも本拠地内に入れるにはいかないので、兵士がちゃんとチェックを行なうようにしている。行商人に扮した王国軍の人間がやってこないとも限らないからである。
毎日賑わう本拠地が、その日はいっそう賑わっていた。長く続いた雨が止み、待ちかねたように行商人たちがやってきたせいだった。
午前の会議を終えて、フリックとビクトールが揃って部屋を出ると、ばたばたと廊下を走る女の子たちの姿が目に入った。
「ずいぶん慌しいなぁ、何かあったのか?」
「さぁ、今日はいつもより行商人たちが来てるからなぁ、また流行りの服とか、飾りものとか買おうって思ってんじゃねぇか?またはハイ・ヨーが美味いケーキでも作ったか」
のんびりとビクトールが答える。
平和なことだなとフリックが笑う。たった今終わったばかりの会議で二人は次の戦闘での兵の配置を決めるように命じられていた。レストランのテラスででもやるかと思っていたが、もし女性群が押し寄せているのであればうるさくてそれどころではない。どこで打ち合わせをしようか、と思案していると、やはりぱたぱたと足音を立てて正面からナナミが走ってきた。
「あ、フリックさーん、会議終わったの?お疲れさまー」
「よぉ、お前もケーキ目当てか?あんまり甘いものばかり食ってんじゃないぞ」
ビクトールがからかうと、ナナミはきょとんと目を瞬かせた。
「何?ハイ・ヨーさんが新しいケーキ作ったの?」
「うん?違うのか?みんなすごい勢いで走っていたから、てっきりそうだと思ったんだが。じゃあ買物にでも行くのか?」
フリックが言うと、ナナミはああ、と笑った。
「違うの。あのね、占い師がやってきてるの。おばあさんなんだけどね、何でもすごい当たるって大評判でね、私も占ってもらおうと思って!」
ナナミはうきうきとした様子で報告する。
「へぇ、そんなに当たるのか。面白そうじゃねぇか。行ってみるか?」
ビクトールがフリックを見る。
「俺はいい」
「えー。行こうよー。ほら、今度の戦いの参考になるような助言をしてもらえるかもしれないでしょ?」
「占いで戦いに勝てりゃあ世話はないがな」
苦笑するフリックの手をナナミが引っ張る。
「ね、行こうよ。別にそんな恐いことは言われないよ。私はね、うふふ、恋愛運を占ってもらうんだ」
「恋愛運ねぇ。女はそういうことが好きだよなぁ」
うんざりしたようにビクトールが肩をすくめる。
占いといえばやはり恋愛運なのかもしれない。しかしまさかフリックとの相性を占ってもらうわけにもいかないが、まぁ遊び半分で冷やかしてみるのもいいだろう。
ビクトールは行ってみようぜ、とフリックの肩を叩いた。
「しょうがないな」
やれやれ、とフリックが溜息をついた。
ナナミに引っ張られるようにして、ビクトールとフリックが占い師がいるという広間へと向かった。最初は中庭で行なっていたが、人が集まりすぎたので、広間へ場所を移したというのだからたいしたものである。広間の中はずいぶんな混み具合で、それを見ただけでフリックは嫌気がさした。
「おい、やっぱり帰ろうぜ。こんなところでのんびりしてる暇は……」
「まぁまぁいいじゃねぇか」
「お前、仕事をしたくないだけだろ、ったく……」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。ほらー。すぐに順番は回ってくるから喧嘩しないでよ。あ、一回500ポッチだからね」
ナナミがふざけてビクトールの口調を真似る。フリックはじろりとそんなナナミを睨んだが、これっぽっちもこたえた様子はない。いい加減なめられてるな、とフリックはがっくりとする。
ナナミがすぐ、と言った通り、占いの順番はすぐに回ってきた。深刻な人生相談をしたい者はあとでじっくりと行うらしく、今は一人5分程度で一つの質問に答えてくれるらしい。
「あ、フリックさーん、ああん、ニナのために来てくれたの?」
前方に順番待ちをしていたニナが、フリックを見つけてぶんぶんと手を振る。
「ちゃんとフリックさんとの相性を占ってもらうから!!ニナに任せて!!!」
「いや、いいから」
フリックが思わず顔をそらす。そんなものを占ってもらってどうするつもりなのだろう。いや、万が一相性がいいなんて言われたらえらいことである。
「ところでお前、何を聞くつもりだ?」
フリックが腕を組んだままビクトールに聞くと、ビクトールはそうだなぁと天を仰いだ。しばらく考えたあと、戦いのあとのことでも聞いてみるか、と言った。
「そんなこと聞いてどうするつもりだ」
「いやー、お前と二人で幸せに暮らしてるかなーとかよ」
「………阿呆らしい」
「何だよ、重要なことだろうが」
「そんなこと聞くまではないだろ」
フリックが真っ直ぐ前を見たまま即答する。ぽかんとするビクトールを見て、ふっと笑いを漏らす。
そんなことは聞くまでもなく当然のことだと言い切るフリックに、ビクトールはやられたと苦笑する。
フリックは時々、こんな風にさらりと胸を打つことを口にするのだ。本人は無意識なのだろうが。
「あ、次だよ」
ナナミがくいくいとフリックの袖口を引っ張る。
さて、何を占ってもらうかなとフリックが一歩前に出る。そしてぎくりと身を強張らせた。
小さなテーブルの向こうに座っている老婆。
ビクトールが立ちすくむフリックに気づき、どうしたと声をかける。
「……やっぱりやめておく。お前一人で見てもらえ」
「え、どうしたんだよ。別に遊びなんだしそんな深刻に考えなくても……」
「俺はいいっ」
押し退けるようにしてフリックが広間を出て行く。
突然のことにナナミもびっくりしたように目を丸くする。
「どうしちゃったんだろう、フリックさん」
「さぁな。ちょっと様子見てくるから、お前、一人で占ってもらえ」
ビクトールがぽんとナナミの頭に手をやる。ナナミはうんとうなづく。心配そうにしているナナミに、ビクトールは大丈夫だと笑った。
その場から逃げるようにして飛び出したフリックを探して、ビクトールは本拠地内をあちこち歩いた。最後の最後に屋上へ上がり、やっとそこでフリックを見つけることができた。
「お前、こんなところにいたのか。探したんだぞ」
「………」
フリックはぺたりと座りこんだまま、ああ、と気のない返事をした。
「どうしたんだよ、いきなり逃げ出して。ナナミが心配してたぞ」
「悪かったよ」
「あのばぁさん、知り合いなのか?」
占い師の顔を見たとたん、一変して様子がおかしくなったということは、フリックがあの老婆を知っていたからじゃないかと思ったビクトールである。そしてそれは正しかった。
「知り合いっていうか……昔、一度だけ占ってもらったことがあったんだ。顔を見るまで忘れてたけどな。ぜんぜん風貌が変わってないからすぐに思い出した……」
「ふうん。何か嫌なことでも言われたのか?」
「………昔の話だけどな」
昔、まだオデッサが生きていた頃の話だ、とフリックが小さく笑う。思いもしなかったオデッサの名前に、ビクトールは心底驚いた。



「あら、占い?」
街角の路地にぽつんと座っている老婆に目を留めたオデッサが足を止める。フリックは視線を向けて、そうだなと気のない返事をした。
「ねぇ、ちょっと見てもらいましょうよ」
「え?」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったフリックは驚いてオデッサを見た。女の子がこういうものが好きだということは知っているが、オデッサは興味ないだろうと思っていたのだ。
フリックは占いなんて端から信じていないし、一度も見てもらったことはない。オデッサもそうだと思っていたのに。
「ね、いいでしょ?」
「占いねぇ、胡散臭いな」
「馬鹿ね、別に全部信じる必要なんてないのよ。いいことを言われたら喜んで、悪いことを言われたらちょっと注意すればいいだけよ。軽いお遊びだと思えば楽しいわ」
「まぁオデッサがしたいっていうなら構わないけど」
じゃあ決まりね、とオデッサがフリックの手を引いて占い師の前に進んだ。
いかにも占い師といった風情の老婆を、フリックはしげしげと眺めた。だいたい占いっていうのは何を根拠にしたものなのかよく分からない。それっぽいことを適当に口にしてるだけなんじゃないかと、どうも疑心暗鬼になってしょうがない。
「お願いします」
オデッサが老婆の前に座る。
「何を占って欲しいんじゃ?」
「そうねぇ、私たちが目指していることが、達成されるかどうか」
「どれ、手を見せてごらん」
はい、とオデッサは右手を差し出す。占い師はオデッサの手を取り、じっと見つめた。フリックはその後ろに立ち、二人の様子を眺めていた。
「お嬢さん、いい手相をしているねぇ、うん、あんたの目標とやらはちゃんと叶うよ。大丈夫」
「まぁ、嬉しい」
「でも、そのためには大きな代償が必要だね。うんと大きな代償だ」
オデッサはそう、と微笑んだ。
「いいんです。私は、多くは望まないの。ひとつだけ願いが叶えばそれでいい。あ、そうだ。彼の運勢も見てあげてちょうだい。フリック、ほら、座って」
オデッサが立ち上がり、代わりにフリックを座らせる。フリックはあまり気乗りしない様子で、渋々椅子に座った。
「この人、運が悪いってみんなに言われてるから本当にそうなのかどうか見てあげてください」
「おい、オデッサ」
「ふふ、だって本当のことだもん」
悪戯っぽい瞳でオデッサが笑う。
「さ、手をお出し」
言われるがまま、フリックは右手を差し出した。骨ばった手がフリックの手を取り、じっと掌を覗き込む。そしてうんうんとうなづいた。
「なるほど、確かにあまり運のいい方じゃないねぇ」
「え!」
「運が悪いというよりは、不器用なんじゃの。世渡りが下手な性格のようじゃ」
「あら、すごい。当たってるじゃない」
オデッサがころころと笑う。フリックはむっつりと黙り込む。
「けど、恋愛運は悪くないよ。あんたのことをちゃんと愛してくれる人と一緒になれる。うん、幸せになれそうじゃの」
フリックはほっとしたようにオデッサを見た。オデッサに対して大きな代償が必要だ、などと言われ、この占い師に対してあまりいい印象を抱いていなかったフリックだが、今の台詞に救われた。
この時は、単純にオデッサと幸せになれると言われたのだと思ったのだ。
けれど違った。



「あの占い師の言う通り、オデッサはその志半ばで命を落とした。彼女の望みは叶ったけどな。偶然かもしれないが、すべてあの占い師の言う通りになってる。あとで思い出してぞっとしたよ。あの時、占い師の言う代償っていうのが何なのか、もっとちゃんと聞けば良かった。そうすれば、彼女のことを助けられたかもしれない。そんなことを何度も思った。まぁ今さらだけどな」
フリックはさらりと前髪をかきあげた。
「みんなの言う通り、あの占い師は当たる。恐いくらいにな。だから……」
「もう二度と占っては欲しくないってことか?」
ビクトールの言葉にフリックは小さくうなづいた。
もし、今度も同じようなことを言われたら?占いの示すことを正しく受け止めることができずに、大切なことを見逃したら?それがビクトールのことだったら?
自分はまたかけがえのない人を失うことになる。
「まぁ占いなんて、当たるも八卦っていうからよ、そんなに深く考えることはねぇよ」
ビクトールはどこまでも楽観した口調で、そんなフリックの迷いを笑い飛ばす。
「占いのせいでオデッサは死んだわけじゃないし、助けられなかったのはお前のせいじゃない。いいことを言われたら素直に喜べばいいだけだ。俺だって占いなんて全部信じてるわけじゃねぇし」
「そうだな」
「俺、さっき占ってもらったぜ」
フリックが顔を上げる。
「長生きするってよ。言っておくが、憎まれっ子じゃねぇからな。心配しなくても、俺は死なない。お前を残して、絶対死なない」
いったい何を根拠にしたか分からない台詞に、フリックは苦笑した。もちろんビクトールが死ぬことなど心配しているわけではない。占いがすべて当たるとも思っていない。
ただ、少し、ほんの少し恐かったのだ。
「まぁそういうわけだからよ、お前も見てもらえ」
「だから、俺はいいって」
「まぁそう言うなって。遊びだ遊び。すっげぇいいこと言ってもらえばそんな暗い気持ちは吹き飛ぶってもんだ。お前、俺との相性占ってもらえ。あーでも最悪だなんて言われたら困るけどなぁ、あのばぁさんの占い当たるんだろ?お前がまたそれを気にして別れるなんて言われちゃあなぁ」
「言わねぇよ」
フリックがぷっと吹きだす。そしてゆっくりと立ち上がった。
「相性は別として、そうだな、久しぶりに見てもらうのもいいかもしれないな」
「おう」
「ナナミじゃないが、今度の戦闘のことでも占ってもらうか」
「相性だ相性」
「しつこいな、お前は」
二人してもう一度広間へと向かった。
ちょうど最後の人が終わったようで、占い師はもう片付けを始めようとしているところだった。
「よぉ、帰り支度してるところ悪いけどよ、もう一人見てやってくれねぇか」
ビクトールが声をかけると、占い師は顔をあげ、にっこりと笑ってうなづいた。さぁお座りと目の前の椅子を指差した。フリックは素直に座ると、まだどこか居心地悪そうにしていたが、促されるままに右手を出した。
「ばぁさん、相性占ってくれ。俺とこいつだ」
ビクトールが後ろから覗き込み茶々を入れる。
「お前はっ!余計なことを言うなっ!」
「いいじゃねぇか」
占い師はじっとフリックの掌を眺めていたが、やがて顔を上げて真っ直ぐにフリックを見つめた。
「どうやらまだ不器用な性格は直ってないようじゃの」
「え」
「だが、お前さんのことを一番に愛してくれる人とはめぐり合えたようだねぇ」
フリックは驚いてまじまじと老婆を見た。まさか何年も前にたった一度だけ見てもらったフリックのことを覚えているのだろうか。
驚きで何も言えないでいるフリックの手を、占い師はぽんと軽く叩いた。
「大切におし、幸せになれるから」
その優しい声に、フリックはただうなづくしかなかった。



「で、結局相性はいいのか悪いのか」
ビクトールはぶつぶつと言いながら首を傾げる。
「そんなに気になるならお前が占ってもらえばよかっただろ」
手元の書類に今決めたばかりの兵士の編成を書き込みながらフリックが答える。ビクトールは頬杖をついたままそんなフリックを眺めた。
「何だよ」
「でもまぁあれだよな、相性は聞けなかったが、良かろうが悪かろうが、お前は俺と一緒だと幸せになれるみたいだからいいか」
「………」
「俺は長生きするし、お前は幸せになるし、言うことねぇよな」
「言ってろ」
そっけなく言いながらも、別段怒った風もない。それがフリックの照れ隠しだと知っているビクトールである。
占いなんてたかがお遊びである。
けれど、いいことは素直に信じた方が、ほんの少し幸せになれるのかもしれない。




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