静寂


その瞬間、いつも不思議な静寂が訪れる。
それは、何度も何度も繰り返された行為の始まりが突然で、息苦しい熱を孕んでいて、触れた指先から溶けてしまいそうな気がして、フリックが言葉を無くしてしまうせいだった。
そしてビクトールもまた何も言わない。
いつもうるさいくらいによくしゃべる男のくせに、こういう時はやけに神妙で、有無を言わせない強引さも形を潜める。卑怯なヤツだと八つ当たりにも似た思いがフリックの胸を掠め、思わず口を開く。
「何か言えよ」
重苦しい…とはまた違う重圧感のある空気に耐え切れずフリックが告げると、ビクトールは何を?と低く笑った。男の指先がシャツのボタンを外そうと伸ばされる。無骨な指が器用にボタンを外す様を見下ろしながら、フリックはやはり静か過ぎるこの時間の居心地の悪さに眉をしかめた。
今さら拒むつもりなどさらさらなくて、むしろ早く肌を重ねて、その温もりを感じたいとまで気持ちは昂ぶっているのに、けれどこの静けさに息がつまる。
「なぁ、黙ってないで、何か言えって」
「だから何を言えって言うんだよ」
うるせぇヤツだなぁとばかりにビクトールがフリックの唇を奪おうと顔を近づけるが、咄嗟にフリックがそれを掌で防いだ。
「……お前な」
「つまんねぇ誤魔化し方しようとするからだろ」
今度はフリックが低く笑ってビクトールの頬を叩く。もう十分に話してるだろ、と言われれば、確かに先ほどまで痛いほどに感じていた静寂は影も形もなくなっている。
いつもの少しふざけた感じは心地良い。
長い付き合いで、甘い雰囲気など望んでいるわけもなく、ましてやその気にさせるための口説き文句なんて欲しいとは思っているわけでもない。
けれど、無言のまま身体を合わせるのは、妙な覚悟を要求されているようで困惑してしまうのだ。
「なぁ……明日の訓練のことだけど……」
「……お前……何の冗談だ、そりゃ」
洗いざらしのシーツに身体を横たえて、フリックの首筋に顔を埋めていたビクトールが吹きだす。往生際の悪いヤツ、と笑う男にフリックもまた笑ってしまう。
「黙ったままやるのが嫌なのか?」
「別に……」
「どうせしゃべるなら、どこがイイか教えてくれよ」
「それこそ何の冗談だ」
「ていうかよぉ、何で俺たちゃこんなアホな話しながらセックスに励まなきゃならねぇんだ?」
とことん色気ってもんがねぇよな、と言われ、フリックはそんなものを求めるなと言い返す。
「もういいから黙れ」
フリックが素っ気無く言うと、喋れと言ったり黙れと言ったり我侭なヤツだとな、とビクトールは呆れたように舌を鳴らした。
そして、再び静寂が訪れる。
こんなにもこの静寂に押しつぶされそうになるのはどうしてだろうか。
いつもとは違った表情を見せる男に戸惑うせいだろうか。
それとも彼の慣れた愛撫に何の抵抗もできなくなってしまう自分に嫌気がさすせいだろうか。

(ああ、そうじゃない……)

静寂のあとに訪れる意識をなくしてしまうほどのあの熱い瞬間が少しだけ恐いのだ。だからそれを予感させる静寂が苦手だと感じるのだ。
「何か言えよ……」
次第に荒くなる息でつぶやくと、ビクトールは一瞬の沈黙のあと耳元で囁いた。
その甘ったるい言葉にフリックは静かに微笑んだ。
愛の言葉など欲しいわけじゃないのに、それでもやはりそれは心地良く、耳に優しい。

始まりはいつも突然で、息苦しい熱を孕んでいて、触れた指先から溶けてしまいそうな気がする。
けれど自ら飛び込めば、静寂も恐くはない。
そう言い聞かせてフリックはビクトールを引き寄せて口づけた。
どこか怖気づくような静寂を、それでも心のどこかで求めているのだろう。




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