黄色いシャツ
ずらりと周りを女の子たちに取り囲まれ、フリックはほとほと困っていた。
そこは同盟軍内の商店街に最近できたばかりの衣料店だった。主として実用的な男ものの服が並ぶ店だったが、それでも女の子向けの少し華やかな流行りの服なども取り揃えている。高価なものも多く、なかなか手の出るものでもなかったが、それでも眺めているだけでも楽しいらしく、店内は毎日、若い女の子たちの笑い声で賑わっていた。
その店の前を偶然通りかかったフリックは、ナナミとニナという最強ペアに見つかり、あれよあれよという内に店の中に引きずり込まれてしまった。そしてそこには本拠地内の主だった少女たちがうじゃうじゃといたのだ。咄嗟に踵を返そうとしたフリックだが、素早く行く手を阻まれて逃げ出すことができなかった。
「フリックさんもいつもいつも同じ服なんて着てないで、たまにはちょっと変わった服を着なくちゃだめですよ」
「そうそう。私たちがカッコいい服を見つけてあげる!」
「いらん世話だっ」
服なんて着られれば何だっていいのだ。何とかその場から逃げようと試みるフリックだが、ニナたちは許してくれそうもない。
「おい、俺は忙しいんだ」
懇願するように頼み込むフリックだが、ニナは無情に首を横に振った。
「すぐに見つけてあげるから!」
ナナミも妙にうきうきとした様子で、店に並べられた服を手に取る。服を選ぶのが楽しいのなら自分たちの服を選べばいいと思うものの、どうやら人の服を選ぶという楽しみはまた別のものらしい。
(女ってのはどいつもこいつも…)
と、口に出したら女性蔑視で袋叩きに合いそうな台詞を心の中でつぶやいて、フリックはうんざりと肩を落とした。
「フリックさんてば、いつも同じ色の服ばかり着てるんだもん。青……は、まぁ青雷て呼び名があるくらいだから、仕方ないとして、その黄色いアンダーシャツは変えてもいいんじゃないかなー」
「黄色いシャツか。そうねぇ、確かにちょっと変わった色でもいいんじゃない?」
ニナは恋人に服を選んであげる気分で、まず白いシャツを手に取った。フリックの胸元にシャツを当て首を傾げる。
「うふふふ、フリックさんてば何色でも似合うわねー。白もいいんじゃないかしら?」
「でも、ちょっと顔がぼやけて見えない?だいたい白いシャツなんてフリックさんみたいに毎日訓練する人だとすぐに汚れちゃうわよ」
「それもそうね。確かに実用的なものじゃないとだめね。じゃあ緑は?」
「緑かー。うーん、似合わないこともないんだけど、ちょっと今いちねー」
「あ、じゃあ思い切って赤とかはどう?情熱の赤!」
「だめだめ。赤だとどうしてもカミューさんのイメージが強いし…だいたい、美青年攻撃をする時に、赤青赤ってなるとやけに派手派手しくない?」
「そうねぇ、でも意外と似合うとも思うけどー」
「えーじゃあ、黒とか?いいじゃない!すごく似合ってると思うけど……」
「そうねー黒はカッコいいなー。でもでも不運な時のフリックさんが着ると、ちょっと喪服っぽい感じがして思わず、こう手を合わせたくなるっていうか……」
その場にいた女の子たちが一様にうなづく。
「じゃあ紫…ってのはちょっとホストっぽいし、オレンジじゃあ今と同じ系統だし、ピンクって歳じゃないし、あーもー何色がいいんだろうっ!!!」
「もしかして、結局黄色しか似合わないってことじゃないの?」
「………」
「………」
一瞬、店内がしんと静まり返る。
「ちょっとーーー、そんなあっさり言わないでよー!つまんないじゃない!」
ニナがヒステリックに叫び、ナナミがまぁまぁとなだめる。他の少女たちも口々にあれがいいだの、これがいいだの好き勝手なことを言い出し、その場は耳を塞ぎたくなるほど騒々しくなった。
そんな喧騒の中、フリックはじりじりと後ずさり、何とか彼女たちに見つかることなく店をあとにした。
「た、助かった……」
命からがら逃げ出したフリックは、落ち合ったビクトールにひどい目にあったと訴えた。ビクトールは話を聞き終えると、うーんと首をひねった。
「でもよ、あいつらの言う通り、たまには違う色のシャツでも着てみりゃいいじゃねぇか。案外と似合うかもしれねぇだろ」
「似合わないらしいぜ」
「何で?」
フリックはつまらなさそうに肩をすくめた。
「昔オデッサにも同じことやられたことがある。その時もさんざんいろんな服を着せられて、結局『やっぱり黄色が一番似合うわねぇ、今度服を変える時は黄色いシャツがいいわよ』って言われた。まったく女ってのはなー」
はーっと大きく溜息をつくフリックに、ビクトールは大笑いした。そして、あのオデッサも女だったんだなぁと感心するやら呆れるやら。
見目はいいくせに、服装にはまったく頓着しないフリックである。もっとも、どんな服を着てようがフリックはフリックで、何も変わりはしないだろうとビクトール自身は思う。けれどその一方で、確かにいつもとは違う服を着ていると、新鮮味が増していいかもしれないとも思う。何より、フリックで着せ替え…というのはいろんな意味で楽しい気がしてならない。
「あいつらの気持ちも分からねぇでもない、か」
「ああ?何か言ったか?」
「いや、別に」
「変なヤツ」
フリックは訝しげにビクトールを睨み、もうこの話題は終わりだと言わんばかりに、このあと始まる会議の議題について話し始めた。
フリックの話を聞きながら、今度一度試してみよう、とビクトールが密かに思ったことは秘密である。
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