砦の朝
酒に酔うというのはまったくもって恐ろしいものだ、とフリックはほとほと身にしみて感じていた。だるい身体は長く続いた戦いのせいでも、昨夜のどんちゃん騒ぎのせいでもなく、隣で気持ちよさそうに眠る男のせいである。
昨夜は久しぶりにビクトールと寝た。
砦に腰を落ち着けてからは、仲間となった傭兵たちと一つ屋根の下で暮らしているのだから、といってここのところをずいぶんとご無沙汰だったのだが、昨夜はどうも箍が外れてしまった。
戦いに勝利して気持ちが高揚していたことも少しは関係しているかもしれない。
だが、別に無理やりでも何でもなく、自分も同意していたのだから、一概にビクトールのせいばかりにするのは間違っているだろう。
それにしても、とフリックは昨夜の己の痴態を思い出して低く唸った。
残念なことに、どれもこれもはっきりと覚えていた。
もっと、と言ってせがんだことも、自分から快楽を求めたことも、何度となく彼の手で…
「うわ、最悪だ……」
思わずフリックは片手で顔を覆った。
何もかも鮮明に覚えているだけに、自己嫌悪で死にたくなる。
別に今更恥ずかしがるような関係でもないし、それこそ数え切れないくらい閨を共にしているし、こんな風に自己嫌悪で死にたくなったことも初めてではない。
それでも気恥ずかしいことには違いない。
「忘れよう」
半ばヤケクソ気味につぶやいて、ベッドを降りようとしたところで、眠っていたはずのビクトールにむんずと腕を掴まれた。
「な…っ」
「おいおい、どこ行くんだよ」
不機嫌そうな声で、フリックを逃がすまいと指に力をこめる。
「どこって…風呂だ」
汗やら何やらで身体中がべとべとしている。ビクトールはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、そのままフリックを再びベッドの中に引きずり込んだ。
「おいっ!」
身体にまとわりつくビクトールの腕に手をかけるが、どうしようもない。
「ビクトールっ」
「もうちょっとゆっくりしていけって、まだ早いだろ」
まだ窓の外は薄暗い。
ビクトールに背中から抱きかかえられて、フリックはうんざりと力を抜いた。何だってこの男はちょっとした動きにも敏感に目を覚ますのだろうか。
「で、何が最悪で、何を忘れるんだ?」
「聞いてたのか」
「聞こえたんだって、昨夜の何がご不満だ?ああ?」
「そういう意味じゃない」
不満などあるはずもない。などと口にするのは悔しいので、黙ってはいるが、別にビクトールとのセックスに文句があるわけではない。毎回毎回、本当に嫌になるほど好き勝手にしてくれるが、フリックだってちゃんと欲望は満たしているのだお互いさまだ。
「んじゃあ何が最悪なんだよ」
ビクトールがぎゅうぎゅうとフリックを抱きしめる。
触れ合う素肌に、昨夜の熱が再び甦りそうな気がして、フリックは身を捩った。
「だから」
「だから?」
「………」
「何だよ、分かンねぇな」
剥き出しの肩先に唇を寄せて、ビクトールがぺろりと肌を舐める。
「だ、だからっ!」
「おう」
はーっとため息をついて、フリックが吐き捨てる。
「28にもなって、酒に酔って、我を忘れて、あんな…」
「あんな淫らなことやっちまって…か?」
口ごもるフリックの言葉尻を続けて、ビクトールが楽しそうに笑う。
「そうだよっ!最悪だ、綺麗さっぱり忘れちまいたい。何だってあんな……っ、くそっ、恥ずかしくて死んじまいたい」
「阿呆らしい」
今更何を言い出すのやら、とビクトールは呆れるやらおかしいやらである。
「フリックよ、それを言うなら俺だって、32にもなって、酒に酔って、我を忘れてガキみたいにがっついて、恥ずかしいったらありゃしねぇ」
「嘘つけ」
まったく悪びれた様子のないビクトールに、思わずフリックが吹き出す。
だから同じだろ、と言って、ビクトールはフリックを自分の方へと向かせた。ちゅっとわざと音をさせて口付けると、そのまま首筋に顔を埋めた。
「別に恥ずかしいことなんて何もないだろ。好きな相手と気持ちいいことやってんだから、我を忘れて当然だし、最中に冷静だと俺は自信を無くしちまうぜ」
どんな言い訳を口にしてみても、結局行き着く答えは同じなのだ。
ビクトールのことが好きで、彼と寝るのは嫌いじゃない。触れられると心地いいし、口づけられると胸が苦しくなる。感じれば声も出る。もっと欲しくなるのも当たり前で。
少なくとも。
ビクトールの前では、何を言っても、何をしても、恥ずかしがる必要もないし、自己嫌悪に陥る必要もない。
素の自分をそのまま見せてもいいのだ。
そう思うと、何だか妙にほっとしたような、くすぐったいような気持ちになった。
フリックはそっとビクトールの頭を抱え込んだ。
「もうちょっとこうしてようぜ。まだ起きるには早い」
そう言ったビクトールはフリックの返事を聞く前に、ことりと眠りに落ちてしまう。
「早い、ったって……」
窓の外はそろそろと白くなってきている。
朝がくるのだ。
けれどフリックはゆっくりと目を閉じた。
夜が明けて、新しい朝が来るまでの間、もう少しだけこのままでいよう。
この男のそばは心地がいい。
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