愛し合う
「そういえば、明日はビクトールさんのお誕生日ですね」
ふと思い出したように、同盟軍のリーダーであるディランが言った。一緒にテーブルを囲んでいた者たち……フリック、カミュー、マイクロトフ、ナナミ、シーナ……が一斉にビクトールの顔を見た。
「へー明日が誕生日なんだ、ビクトールさん!おめでとう!」
ナナミが自分のことのように嬉しそうににっこりと笑う。
「よし!じゃあさ、お誕生パーチーやろうぜ!なーなー、いいだろディラン!」
お祭り好きのシーナが早速音頭を取ろうと立ち上がる。
「パーティは好きではありせんが、お祝いをするのには賛成です」
マイクロトフが深くうなづく。好きではないといいながらも、どこか楽しそうに見えなくもない。マチルダ騎士団の青騎士団長で、何事も真面目に考える性質の男だが、同盟軍に来てからはずいぶんと砕けてきたようである。
「いいですね。どうせなら盛大にやりましょう。最近明るい話題もなかったことですし」
カミューもその気になったようで、大広間を借りましょうか、などと言いだす。
「こらこらこらこら、ちょっと待て!お前ら勝手に話を進めるな!!」
ビクトールが慌てて話に割って入った。
「何だよー、あー、自分の誕生日だから自分の好きなようにやりたいのかよ?ったく、子供みたいだなー」
文句を言うシーナの額をビクトールがぺちんと叩いた。
「あのなー、誕生日くらいで大騒ぎすんじゃねぇよ。ピリカの誕生日を祝うならまだしも、俺の誕生日なんて祝ったって仕方ねぇだろうが」
「別に何でもいいんですよ。要は騒げる口実が欲しいだけですから」
カミューの言葉に全員がそうそうとうなづく。何だそりゃ、とビクトールが舌を鳴らす。基本的に同盟軍の仲間たちはお祭り好きである。戦いで勝ったときはもちろんのこと、何かあるたびに飲めや歌えの大騒ぎになる。
「ビクトールさんだって飲み会は好きじゃないですか。何か問題あるんですか?」
ディランが分からないなぁというように首を傾げる。てっきりビクトールも喜んでくれると思っていたのだ。そりゃ嫌いじゃないが、と口篭もるビクトールに、
「あんた、もしかして、誕生日は好きな人と二人きりで静かにいちゃいちゃしながら過ごしたい、だなんて、乙女ちっくなことを言うつもりじゃないだろうなー」
シーナがぎょっとしたように身を引く。そして全員の視線が一斉にフリックへと向けられた。
「おい、どうして俺を見るんだっ!」
慌てるフリックに、
「だってねー」
と、つまらなさそうにナナミが頬杖をつく。
この場にいる全員が、ビクトールとフリックの仲の良さは知っている。二人がこれ以上ないほどの良き相棒だと誰もが認めるところではあるが、四六時中一緒にいてまだ飽きないのか、と思ってしまうのはどうしようもない。
「別に今さらフリックに祝って欲しいもんでもないだろー。いいじゃんかよー、パーチーしようぜー」
「私もお祝いしたーい」
シーナとナナミがわーわーと駄々を捏ねる。
ビクトールはうるせぇなと舌打ちをした。助けろよ、というようにフリックを見るが、フリックはあっさりと言った。
「いいじゃないか、みんなが祝ってくれるっていうなら素直に祝ってもらえ」
フリックの一言に、シーナとナナミがやったーと両手を上げる。早速カミューとマイクロトフが明日の準備の段取りを始める。ビクトールがおい、とフリックの袖口を引っ張った。
「何だよ、別にいいだろ。お前だって賑やかなのは好きだし」
「そりゃそうだけどよぉ」
どこか不満そうなビクトールに、フリックは立ち上がった。
「俺はもう戻るからな。お前らもいい加減にお開きにしろよ」
「フリックさんもちゃんと出席してね!」
「わかったわかった」
じゃあなと手を上げて、フリックはレストランを出て行った。そのあとをビクトールが追いかける。
「フリック」
「何だ、お前も戻るのか?」
「………」
「何だよ、何か文句あるのか?」
見るからに不機嫌そうな顔をしているビクトールを、フリックはきょとんと見返した。いったい何が気に入らないというのだろうか。みんながビクトールの誕生日を祝ってくれるというのだ。こんなにありがたいことはないではないか。おまけに、お祭り好きなビクトールのためにパーティまで開いてくれるというのだ。何の不満もないはずだ。
しかし、ビクトールの口から出たのはフリックの意に反するものだった。
「せっかくの誕生日なんだぞ、何ていうかよー、まぁ賑やかなのもいいけど、どうせならお前とこう、静かに…何ていうか……」
「………何が言いたいんだ、お前」
ビクトールはがしがしと頭をかいて、むっつりとした表情のままフリックに言った。
「シーナの言う通り、俺はお前と二人でゆっくりと過ごしたいんだ」
「………」
「だめか?」
「……別にだめじゃないけど、せっかくあいつらが祝ってくれるっていうんだ、無駄にしちゃ可愛そうだろ。確かに最近負け続けで、みんな腐ってる頃だし、ぱっとウサ晴らしできれば気分も変わる」
「俺の誕生日はウサ晴らしかよ」
がっくりと肩を落とすビクトール。やれやれ、とフリックも溜息をついた。
「まったく今さら何を言い出すかと、呆れたぜ」
次の日、シーナとナナミが幹事となってビクトールの誕生日パーティは開かれることになった。渋るシュウを口説く落とし、広間を貸しきってみんなで騒ごうという算段である。
その準備に借り出されたフリックとカミューは、指示された通り、テーブルと椅子をせっせと並べていた。
「今さら何を二人きりで祝いたいのかさっぱり分からん。みんなで楽しく騒いだ方がいいと思うんだがなぁ」
「フリックさんて意外と淡白ですよね。イベントとかにも無感心だし。ビクトールさんの方がよっぽどロマンティストというか乙女ちっくというか…」
「不気味なことを言うな」
「そうですか?だってせっかくの誕生日に、好きな人と二人きりで過ごしたいと思うのは普通の発想だと思いますけどねぇ」
カミューが言うと、フリックはそんなものかなと首を傾げる。自分にそういう願望がないだけに、それが普通だと言われてもぴんとこない。
「年に一回の誕生日なんですし、ビクトールが好きなように甘えさせてあげてはどうですか?」
「はぁ??何で俺がそんなことしなくちゃならないんだよ」
心底嫌そうに言うフリックに、カミューはやれやれと苦笑した。
「そうですねぇ、フリックさんには無理でしょうねぇ。例えそう思っていても素直にそういうことをさせそうにないですし、酔っ払って我を忘れたら、甘えさせたり甘えたりすることもあるんですか?」
「知るかよ。だいたい何であんな熊男を甘えさせたりしなくちゃならないんだ」
「はいはい。ほんと、素直じゃないですね、ビクトールさんも苦労されますねぇ」
それこそ余計なお世話だ、とフリックは舌打ちする。もともとべたべたとした付き合いかたは苦手なのだ。それが可愛い女の子だというのならまだしも、相手はあのビクトールである。こっちが甘えるのも、向こうが甘えてくるのも、想像しただけでぞっとする。
とはいうものの、別に二人で過ごす穏やかな時間が嫌いだというわけではない。けれど、それはあえて意識して作るものでもないと思うのだ。
「まぁ何はともあれ、誕生日ですからね。何かプレゼントはされるのでしょう?」
「プレゼントねぇ、まぁ何か考えてみるか……」
そういや去年は何をしたっけな、とフリックはしばらく考えた。
夕方から始まったビクトールの誕生日パーティは予想通りの大騒ぎとなった。だいたい酒が飲めるとなれば人が集まらないわけがなく、入れ代わり立ち代り、本拠地中の仲間たちがやってくる。主役のビクトールに一言声をかけると、そのあとはすぐに適当なテーブルについて宴会が始まる。
「ったく、ほんとに口実に使われたって感じじゃねぇか」
ナナミが作った王様の冠を頭に乗っけたビクトールが主賓席でふんぞり返る。目の前にはハイ・ヨー特製の料理が並べられており、好きな酒も好きなだけ飲めるという特典つきである。が、しかし、誰もビクトールのことなど見ちゃいない。
「まぁいいじゃないか。みんな楽しそうだし」
フリックがすぐ隣でビクトールを慰める。
「ふん、こうなりゃ飲んでやる」
「ま、今日は好きなだけ飲め。誕生日だからな」
いつもなら飲み過ぎるな、と釘を刺すフリックも、今日くらいはいいだろうとグラスに酒をついでやった。こうしてみんなで集まって好きなだけ騒げるということ以上に嬉しいことなどないだろうと思うのだ。こんな戦争中であっても、笑いあえるというのは幸せなことだ。次の誕生日、今日と同じメンバーで集えるだなんて誰にも言えないから、だから今一緒に笑えるときには心から笑っていたいと思うのだ。
「それなのにグダグダと文句を言いやがって」
フリックはだんっとグラスをテーブルに叩きつけた。
「せっかくみんながお前のためにこうしてパーティを開いてくれるっていうのに、お前は何て恩知らずなヤツなんだ」
「フリック、お前、飲み過ぎだ」
ビクトールのために用意された酒を次々と空け、飲んでやる、と言ったビクトールよりも先に酔っ払ったのはフリックだった。滅多に人前で酔っ払ったりしないフリックは、酔うと妙に説教臭くなる。それもビクトールに対してだけである。
「聞いてるのか、ビクトール!」
「はいはい、聞いてますよ。ていうか、何て主役のはずの俺がお前に説教されなきゃならねぇんだよ」
ビクトールは溜息混じりにフリックの手からグラスを取り上げた。パーティ会場となっている広間の中も、すっかり出来上がっており、すでに誕生日パーティという雰囲気ではなくなっている。時間も深夜に近くなり、残っているのは酒飲みな男連中ばかりである。
「フリック、そろそろ引き上げるぞ」
「何だと?お前、主役っていうのは最後までみんなの面倒を……」
「わかったわかった。ったく、勘弁してくれよ」
ビクトールはフリックの腕を取ると、近くにいたカミューに先に戻るからあとよろしくな、と声をかけた。カミューは視線を上げて、フリックを見るとにっこりと笑った。
「主役よりも先に酔っ払うなんて相棒としてどうかと思いますが、まぁフリックさんを介抱するのもビクトールさんにとっては楽しいことでしょうし、後片付けは任せてどうぞお休みください」
「悪いな。お前もほどほどにして引き上げろよ」
ビクトールはフリックを連れて広間をあとにした。足元の怪しいフリックを連れて自室の扉を開け、放り出すようにしてベッドへとフリックの身体を投げた。
「いってぇな」
「あー疲れた。お前のせいですっかり酔いが覚めちまったぜ」
ビクトールは後ろ手に扉を閉め、ベッドに横たわったまま動こうとしないフリックを見下ろす。このまま寝るなら服を脱がせてやった方がいいか、しかし下手に出すと殴られそうだなと考えていると、フリックがむくりと起き上がった。
「ビクトール」
「ああ?」
「……」
「どうした?気持ち悪くなったか?」
あれだけ飲めば吐きたくなっても仕方ないけどなぁと苦笑しながら近づくと、フリックはぐいっとビクトールの胸元を引き寄せた。
「お?」
「別に二人きりで誕生日を祝いたくないわけじゃないんだ」
「ん?」
フリックは手を離すと少しの逡巡のあと言った。
「別に二人きりが嫌なわけじゃない」
「おう」
そんなことは分かっている。ビクトールは小さく笑うと、だるそうにしているフリックのバンダナを取り去った。ぱさりと前髪が額に落ち、フリックは目を伏せる。
「何が欲しいか言ってみろ」
「うん?」
ビクトールはフリックのブーツを脱がせてやろうと身を屈めてその言葉の意味を考えてみる。そしてそれが誕生日プレゼントのことを言っているのだと気づくと、フリックの隣に腰を下ろして伏せたままの瞳を覗き込んだ。
「何でもいいのか?」
「………」
「そうだなぁ、じゃあ…」
「俺だろ」
「え?」
フリックが顔を上げ、どこか胡乱な目つきでビクトールを睨む。
「お前が欲しいのは俺だろ。どうせ俺をプレゼントによこせとか言うつもりだろ」
「え、あー、あははは、そうだなー、まぁそりゃお前、当然というか何というか。ていうか、何で分かったんだ、お前」
ビクトールがへらりと笑うと、フリックはうんざりしたようにふんと鼻を鳴らした。
「毎回毎回同じ台詞言われちゃな、誰でも想像はつくってもんだ」
冗談か本気か分からないその台詞を、今までいったい何度聞かされたことか。コトあるごとに『お前が欲しい』と言われ、怒り、けれど結局流されてしまうことの繰り返し。まるでそれが一連の手順のような気さえしてくる。フリックはビクトールの肩を掴むとそのままベッドに引き倒した。
「くれてやる」
「え?」
「そんなに欲しけりゃくれてやるよ。安上がりなプレゼントだ」
酔った勢いとしか思えない台詞をさらりと吐いて、フリックはビクトールの上に馬乗りになると、ゆっくりと唇を合わせてきた。
「……」
アルコール臭い口づけに、ビクトールはもう一度酔いそうだと思った。たまには酔っ払いのフリックというのも悪くない。そっとその背に両手を回し、ビクトールはフリックを抱き寄せた。
「もう一声」
耳元で囁くビクトールにフリックは少し考えたあとに言った。
「誕生日おめでとう」
「それかよ」
「他の言葉を聞きたけりゃ、お前が言わせてみろ」
「………」
「意外とその気になるかもしれないぞ」
嫣然と微笑むフリックに、ビクトールは目を丸くした。
「それじゃ遠慮なく」
まったく、酔っ払いのフリックというのは悪くない。
すっかり満足したようにベッドに大の字になって眠るビクトールを一瞥して、フリックはそっと部屋を抜け出した。大浴場は24時間営業である。この時間ならば人もまばらだろう。汗を流そうと足を向け、しかしそのままその場にしゃがみこむ。
(恥ずかしい……)
今の今まで、自分とビクトールが行なっていた行為を思うと顔から火が出そうな気がする。おまけに自分が口にした言葉を思い出すと、本当に死んでしまいたくなるほど恥ずかしい。いくら誕生日だからといって、大盤振る舞いしすぎたと、今さらながら後悔の念が胸に渦巻く。
「おや、フリックさん」
顔を上げると、どうやらようやく宴会から引き上げてきたらしいカミューが立っていた。
「どうしたんですか、こんなところで。ああ…今からお風呂ですか?」
「……あ、ああ……」
「ビクトールさんは素敵な誕生日の夜を過ごされたんでしょうか?…って聞くまでもないですね。お疲れさまでした」
「………」
何も言えずにいるフリックに、カミューはすっと身を屈めて耳元に唇を寄せてきた。
「大変ですねぇ、酔っ払ったふりしなきゃ素直に甘えられないっていうのも…」
「……っ」
カミューの言葉に、フリックはぎくりとしたように頬を引き攣らせた。その表情を見て、カミューは楽しそうに笑った。いつになく酔っ払ったフリックに、周りの誰もが驚いていたが、やはり誕生日パーティの席だし、何より祝う相手は相棒のビクトールだということで、いつもよりも酒が進んでいるのだろうと思っていたのだ。けれど、カミューはフリックが酔っ払ってなどいないことを見抜いていた。今まで何度も一緒に酒を飲んでいるのだ。よほどのことが無い限り、フリックはこういう席では酒に酔わない。ビクトールの誕生日くらいで酔うはずがないと思っていたのだ。
「ですからね、何のためにフリックさんは酔っ払ったふりをしてるのかなぁって考えたんですよ。まぁ理由なんて一つしかありませんけどね。甘えられましたか?それとも誕生日特典で、思い切り甘えさせてあげましたか?」
「カミュー……」
「ああ、分かってますよ。ビクトールさんには言いませんから」
ほんとかよ、とフリックは舌打ちする。
今夜のことは、すべてカミューの言う通りで、何ひとつ反論できそうにない。本当はこれっぽっちも酔っちゃいなかった。これから自分がやろうとしていることを思うと、いくら飲んでも酔えなかったのだ。しかしビクトールの誕生日にしてやれることなど限られているし、どうせ一年に一度。酔ったふりをしていれば、覚えてないの一言で済む。そう思っていたというのに。
「じゃ、私はこれで。フリックさん、いつまでもそんなところにしゃがみこんでると風邪引きますよ」
「わかってるっ!」
真っ赤な顔で怒鳴るフリックに、カミューはくすくすと笑いを零した。二人のやり取りが騒々しかったのか、部屋の扉をあけてビクトールが顔を覗かせた。
「何やってんだ、うるせぇなぁ」
「ああ、申し訳ありません」
「フリック、お前も何やってんだ?」
「何でもないっ!」
風邪引くから早く中に入れ、と促すビクトール。どこか力尽きたようにそれに従うフリック。そんな二人に軽く頭を下げてカミューは自室へと歩き出した。
(けれど、フリックさん)
たぶん、ビクトールさんは気づいていますよ、とカミューは密やかに胸の中でつぶやく。フリックのことなら何でもお見通しなビクトールのことだ。フリックが酔ったふりをしていることも、どうしてそんなことをしているのかも全部分かっているのだろう。
「愛し合うっていうのはそんなに難しいことなんでしょうかねぇ」
それはとても簡単なことなのに。
次の日、フリックは当然「何も覚えてない」と言い、ビクトールは「ひどいヤツだ」と大袈裟に嘆き、カミューはそんな二人を何とも不思議な思いで眺めるのだった。
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