大浴場での会話
同盟軍の本拠地にはそれはそれは立派な大浴場がある。
風呂職人のテツが丹精こめて(?)作り上げた風呂は、日々新しくなり、みな毎日風呂に通うのを楽しみにしていた。
同盟軍を率いる若き主導者であるディランも例外ではなく、外から戻ると真っ先に風呂に向かうほどの大浴場ファンだった。もちろん、同行しているメンバーも半ば強行的に連れていかれる。
その日ディランと一緒に出ていたのはビクトールとフリックだった。
二人はまだディランが同盟軍の盟主などになる前からの知り合いでもあり、口には出さないけれど、彼らといる時が多忙な盟主が一番ほっとできる時間でもあったのだ。
その日の大浴場はジャングル風呂で、おまけに貸切だった。
「あー気持ちいーなー」
ディランは上機嫌で鼻歌でも歌い出しそうな勢いである。
普段、同盟軍のリーダーとして、どちらかといえば歳相応の少年らしい部分を押さえているせいか、気を使う必要のないビクトールやフリックの前では、ディランは肩の力を抜いて、ごくごく普通の少年の顔を見せる。ビクトールもフリックもそれが分かっているので、誘われればできる限り付き合ってやることにしていた。
「フリックさん、背中流してあげるよ」
泡のたっぷりついたタオルを片手に、ディランがフリックの背後に座る。
「あー悪いな」
「いえいえ、いつもお世話になってますので」
わざとらしくかしこまった言い方にフリックが苦笑する。
力加減を調節しながら、ディランはごしごしとフリックの背中を洗った。
いつも華奢だと思われがちなフリックだが、実際裸になると、ちゃんと筋肉もついてるし、がっちりとした男っぽい体つきをしていることがよく分かる。知らないところでちゃんと鍛えてるんだなぁと思うと、、自分なんてまだまだ子供だとディランは思ってしまう。とはいうものの、そういうことを認めるのもちょっと癪に障るので口にはしない。
代わりに、いつも思っている別のことを切り出した。
「フリックさんてさー、けっこう色白いよねー、昔っからそうだったの?」
「白いか?普通だろと思うけどな」
フリックは片腕を伸ばしてじっと眺めた。確かにもともとあまり日焼けはしない性質なので、黒いということはないけれど、ひ弱な生白さではないと思う。
「まぁ確かに白いかもな、黒い方じゃねぇだろう」
湯船に浸かっていたビクトールがのんびりと声をかける。
「ですよねー?それに、薄いと思いませんか?」
ディランがフリックの肩越しにビクトールに話し掛ける。
「薄いって何がだ?」
「毛ですよ」
「………は?」
ビクトールとフリックが同時に間抜けた声を上げる。ディランはぐいっとフリックの腕を掴むと、ほらほらというようにビクトールに差し出してみせた。
「男の人ってさ、普通はもっと毛深いじゃないですか。でもフリックさんてつるつるだし」
ディランはほとんど毛の生えていないフリックの腕をすりすりと触った。
「お前ーっ!触るな!」
鳥肌をたてながらじたばたと逃げようとするフリックの腕をがっちりと掴んだまま、ディランが首を傾げる。二人のじゃれあいを眺めながら、のんびりとビクトールが相槌を打つ。
「そういやそうだな。フリックは毛は薄いよな」
「ですよね!!!!普通男の人なら、こう…腕も毛がしっかりと生えていて、足とかもわさわさとですねー…」
「そりゃそうだ」
「で、胸とかにもいっぱい毛があってですね!それが下にも伸びていて、お臍の周りとかも黒々と」
「あはは、そりゃすげぇな」
「で、そのまま下にですねぇ……」
はた、と気づいたように、ディランが立ち上がり、フリックの背後から胸元を覗き込んだ。ディランが何をしようとしているのか瞬時に察知し、フリックは咄嗟に手にしていたタオルで身体を隠した。
「お前っ!!!何見てんだよっ!!!」
叫ぶフリックには頓着せず、ディランはフリックの耳元で静かに言った。
「フリックさんて、下の毛も薄いですね」
「…………っっっ!!!!!!!!!!!!!」
その一言に、ビクトールが盛大に吹き出した。
「あっははは、そういやそうだなー。フリックはどこもかしこも毛は薄いな。けどな、男ならみんな毛深いってわけじゃねぇしよ、フリックは全体的に薄いんだろ。色も白けりゃ、毛も薄いってな。腕の毛がねぇのに下の毛だけ剛毛ってことはねぇだろうよ」
「まぁそりゃそうですよね」
納得したようにディランがうなづく。薄いというのは何も量だけではなく、色もそうなのだ。ディランはまじまじとフリックの腕やら足やら胸元やらを舐めるように眺めまわした。
フリックが信じられないというように大声で叫んだ。
「お前らっ!!人の毛の話で勝手に盛り上がるなっ!!!だいたいな、俺は別に毛が薄いってわけじゃ……」
「えーーー、それのどこが濃いっていうんですか!見せてくださいよー、腕の毛は薄いけど下の毛は濃いとでも言うつもりなんですかっ!」
ディランがフリックのタオルを取ろうと手を伸ばす。それを必死に死守するフリックが顔を赤くする。
「やめろっ、お前はいったい何がしたいんだっ!!」
「だってフリックさんが嘘ついて、おまけに見せてくれないから」
「何でそんなもんわざわざ見せなきゃならねぇんだよっ!」
「あー薄いの気にしてるんだ」
「してねぇっ!!!!」
「じゃあ見せてくださいよっ!!」
「ふざけんなっ!!!!よせっ!!」
何しろ風呂の中なので、声が反響することこの上ない。あーうるせぇ、とビクトールは耳を塞いだ。
「おいおい、静かにしろって。隣の女湯にも丸聞こえだぞ」
ディランとフリックが攻防戦を繰り広げる様子に、ビクトールがやれやれと溜息をつく。
「ディラン、そんなに毛が見たいなら、俺のを見せてやるぞー」
「いりませんよっ!ビクトールさんの下の毛なんて今まで何度も見てますよっ!」
これっぽっちも羞恥心のないビクトールは前を一向に隠そうとしないので、風呂に入るたび嫌でも目に入るのだ。ビクトールにしっかりと立派な毛が生えていることはディランも十分知っている。
それに比べてフリックは人並みの羞恥心を持ち合わせているので、滅多なことではその部分を目にすることはないのだ。だから余計に興味がそそられる。
「フリックさんて昔っから薄いんですかー?」
「うるさいっ」
「もうその歳になったら濃くならないですよねぇ」
「お前……どうしてそんなに毛に拘るんだ?」
フリックが頬を引き攣らせながら尋ねると、ディランはそれこそ驚いたように声を上げた。
「だって、薄いのって恥ずかしいじゃないですか!やっぱり濃い方が男らしくていいでしょ?」
「はぁ????」
この発言にはビクトールもフリックも固まった。
ディランははーっと溜息をつくと、しみじみとつぶやいた。
「絶対に毛深い方がかっこいいですよねぇ。何か俺もぜんぜん毛が濃くならなくて、このままずっと薄いままだったらどうしようかと悩んでるんですよねぇ」
「………ディラン、お前、毛深くなりたいのか??」
「そうですよ。だって毛深い方がかっこいいじゃありませんか!」
当然でしょう!と断言するディランに、ビクトールもフリックもあっけにとられた。別に毛深いのが悪いとは言わないが、別にあえて毛深くなりたいと思うほどのものでもないと思うのだ。
「こう、毛が濃いと、男らしい!て感じがするじゃないですか!俺もそういう風になりたいんですよねぇ、なれると思います?ビクトールさんはけっこうちゃんと毛が生えてますけど、俺はだめかなぁ。ぜんぜん生えてくる気配がないしなぁ」
そう言って、同盟軍の率いる少年はじーっと身体のあちこちを眺めた。しかし、すぐにぐっと拳を握り締めて宣言した。
「まぁ俺はまだ若いですし、これからちゃんと生えてくるかもしれませんしね!毛が濃くなるいい方法があったらフリックさんにも教えてあげますね!」
ディランはにこやかにそう言うと、ざばっと湯をかけて風呂を出て行った。
残ったビクトールとフリックは言葉もなく唖然とした。
分からない。
この盟主の考えていることはまったく分からないとフリックはがっくりと肩を落とした。
「濃い方がいいか?毛の薄い俺は男らしくないってか?」
フリックがビクトールに小声で尋ねると、ビクトールは心底嫌そうな顔をした。
「いや、薄いままでいい。お前、教えてやれよ、毛深さと男らしさはぜんぜん別のもんだってよー」
毛深いフリックなんてまっぴらごめんだとビクトールは思う。
それにしてもディランのあの妙な思い込みは何なのだろうか。
読めない。あの少年のことはまったく読めない。
「毛の濃くなる方法なんて、別に知りたくない」
思い込んだらまわりが見えなくなるところのあるディランである。ある日嬉々として、毛の濃くなる薬などを持ってきたらどうしようかと、戦々恐々とするフリックだった。
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