<片思い>
いつの頃からかは分からなかったけれど、マイクロトフはカミューに恋をしていた。それが恋だと気づくまでずいぶん時間がかかった。
カミューに会えば感じる胸の痛み。彼の声を聞いて、彼の笑顔を見るだけで泣きたくなるほどに胸が締め付けられる。
それが誰かに恋しているからなのだと知った時、やはり呆然とした。
何しろカミューはかけがえのない親友で、ライバルで、そして自分と同じ男だったのだから。だから、この思いは決して口にはするまいと、彼への恋心を自覚した瞬間に、マイクロトフはそう決めた。
「マイクロトフには今好きなレディはいないのかい?」
久しぶりの休日に城下へと降り、二人でお茶をしている時に、ふいにカミューが言い出した。恋人はいないのか、と。
「な、何なんだ、突然?」
「んー?突然でもないけどさ、最近お前はちょっと雰囲気が変わったからさ」
「変わった?」
「そう、何ていうか、ちょっと大人っぽくなった」
カミューはそう言うと、頬杖をついたままマイクロトフの黒い瞳を覗き込んだ。
「恋すると、人は変わるからね」
「そう…なのか?」
「そりゃあそうさ、誰でも恋をすると変わる。それまでの世界が180度変わって、幸せになって……そして淋しくなる」
「淋しく?」
好きな相手がいるのにどうして?と尋ねるマイクロトフに、カミューは微笑んだ。
「どうしてかな。それが分からないようなら、マイクロトフはまだ誰にも恋をしていないのかもしれないね」
「………」
恋をすると淋しくなると言ったカミューは、どこか淋しそうに見えた。
だとすれば、彼もまた、誰かに恋をしているのだろうか。
それは誰に?
何でも話し合える仲ではあったけれど、どういうわけかカミューは自分の恋話だけは頑としてしようとはしなかった。華々しい恋の話題には事欠かないカミューだけれど、本当に好きな相手がいるのかどうかは誰も知らないのだ。
「もし好きな人ができたら……」
俺にはちゃんと教えてくれるか?と尋ねると、カミューは少し驚いたように目を見張り、そしていつもの柔和な笑みを見せた。
「お前には教えない……」
「……」
「お前にだけは、教えない」
真っ直ぐに向けられた眼差しが何を言おうとしているのか、マイクロトフには分からなかった。
「淋しいのは……」
「うん?」
「片思いだからだろうか」
マイクロトフの言葉に、カミューは一瞬どこか傷ついたような表情を見せた。
「片思いは……やはり辛いものだからな……」
今はそれを身をもって知っているマイクロトフだった。手を伸ばせば触れることのできる距離にいる相手に、思いを打ち明けることは叶わない。好きだということさえ許されない。報われることのない恋は、ひたすら隠し通すことしかできない。
それはやはり淋しいことだと、そう思う。
するとカミューは少し考えたあとに言った。
「片思いが辛いんじゃなくて、恋が辛いものなのかもしれないけどね」
「………」
「お互い、幸せな恋ができるといいね」
カミューが笑う。
そうだなとマイクロトフも笑う。
行こうか、と立ち上がるカミューの淋しげな横顔。
片思いの恋は、やはり少し淋しい思いがした。
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