足元には白い花


毎日毎日、少しづつ人が集まり、ノースウィンドウは次第に活気を取り戻しつつあった。
荒れ果てたかつてのノースウィンドウは、穏やかで暖かな場所へと生まれ変わろうとしていた。
「ビクトール、ちょっと手伝ってくれ」
フリックが両手いっぱいの毛布を抱え、ビクトールを呼ぶ。振り返ると、賑やかな笑い声と共に、子供たちがフリックから毛布を一枚一枚受け取っていくのが見えた。
その様子にビクトールは目を細めた。
「お、どうしたんだ、それ」
大きさも色も様々な毛布が入った箱をビクトールが覗き込む。
「最近人が増えてきただだろう。夜は冷え込むから、何はともあれ毛布だけは用意しようってディランがな。子供、女、老人、そのあとに男だ」
「なるほど。で、お前がそれを配り歩いてる、と」
他に手が空いてなかったんだ、とフリックが笑う。
ビクトールが箱の中から毛布を取り出して一列に並んだ子供に手渡すと、皆にっこりと笑ってそれを受け取っていく。
「人が増えたなぁ」
あっという間に毛布はなくなった。かなりの数を配ったような気もするが、結局男連中全員にまでは行き届かなかった。もう予算は使い果たしたはずだ。どうしたものかな、とフリックが腕を組む。
そんなフリックにビクトールは軽く肩をすくめた。
「どうせ部屋もねぇんだ、広間に集まって暖を取れば平気だろう。冬が始まるまでには少しは予算も回してもらえるだろうさ」
とりあえずはシュウに報告だけはしておこう、とビクトールが提案する。そうするしかないなとフリックもうなづいた。
ここ、ノースウィンドウに本拠地を構えてまだ1ヶ月である。王国軍と戦うために、盟主であるディランはほとんど毎日、あちらこちらへと足を向けては宿星たちを探している。戦闘で村をなくし、ノースウィンドウへと身を寄せる人間も多くいる。いずれ、すべての宿星たちが集うようになれば、さらに人が増えるだろう。
心地良い風にビクトールは顔を上げた。遠くで聞こえる楽しげな笑い声に頬が緩む。
ここはもう、ビクトールの知る場所ではなくなった。
いや、ビクトールの知る場所に戻りつつあるのかもしれない。
幸せだったあの頃に、また戻ることができるのだろうか。
「ところでお前は何をしてたんだ?」
フリックが空になった空き箱をつぶして、ビクトールに尋ねる。
「ああ、中庭に水をまいてくれってナナミがなぁ」
「水?」
「何でも花の種を蒔いたらしい」
「花って…」
フリックが視線を中庭へと移す。そこはまだ整地すらされておらず、荒れ果てたかつてのノースウィンドウを彷彿とさせる状態だった。
とりあえず本拠地として人が集まり始めたとは言うものの、まずは住むところを整備するのが精一杯で、庭を綺麗にする余裕などないのが現状だった。
「花の種を蒔いたっていってもなぁ、こんな状態で芽が出るのか?」
至極当たり前の疑問を口にして、フリックが首を傾げる。ビクトールはそうだなぁと苦笑して中庭へと歩き出した。足の裏に当たる石の感覚に目を細める。
「ほら、あそこ。ナナミが昨日せっせと花壇にしてたんだ」
指さされた場所を見て、フリックは思わず微笑んだ。中庭の良く日の当たる一角に、いかにもお手製といった感じで花壇ができていた。
「そのうちここも綺麗にするだろうけど、とりあえずは花があると嬉しいって言ってな。何でもすぐに芽が出るものを蒔いたって話だぜ」
「へぇ」
「おまけにな、すぐに食べることのできるトマトとかそういうものも植えたらしい」
「はは、ナナミらしいな」

(ビクトールさんが昔住んでた頃にはどんな花が咲いてたの?)

手を真っ黒にして土を弄りながら、ナナミはビクトールに尋ねた。

(どうしてそんなこと聞くんだ?)
(だってね、どうせなら昔と同じような風景に戻したいって思うじゃない?一度、ここは荒れ果てちゃったかもしれないけど、こうしてまたビクトールさんが戻ってきて、仲間が集まって、これからみんなでうんと幸せになろうっていう場所だもの。まったく新しいものに生まれ変わるのもいいけど、昔と同じような風景にしたら、きっとここで亡くなった人たちも、嬉しいんじゃないかって思うの)

ナナミの言葉に、ビクトールはしばらく何も言えずにいた。
そんなことを考えたことなどなかった。かつての姿を取り戻しつつあるノースウィンドウを嬉しく思いながらも、昔と同じようになどとは思ったことなどなかった。
それはそれでいいと思っていたのだ。いつまでも過去に縛られる必要もないし、自分自身前へ進むことも必要だと思っていたからだ。けれど、ナナミの言う通り、ここで命を落とした多くの人間たちは、それを寂しく思うこともあるだろう。自分たちが存在した証が何もないままに、忘れ去られていくことは確かに哀しいことだ。たった一輪でも、昔と同じ花がこの地に咲けば、彼らはやはり嬉しいだろうか。

(だからね、ビクトールさんが毎日お水をまいてね)
(え、何で俺が!)
(だって、その方がみんな喜ぶと思うもの)

にっこりと笑うナナミに、ビクトールはしょうがねぇなと苦笑するしかなかった。
けれど嬉しかった。ナナミの無邪気な心遣いが、ビクトールのことを思いやる明るさが、何よりもういない仲間たちを思ってくれる優しさが。
「そのうちここは花でいっぱいになる」
ビクトールの言葉に、フリックは何かを感じたのか、少し嬉しそうな表情でそうだな、とうなづいた。
そう遠くない将来、きっとノースウィンドウには綺麗な花が咲いている。
とりあえず今は、足元に咲いている小さな白い花が枯れないように、せっせと水をやることにしようとビクトールは思った。



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