告白


「いつもそんな目で彼のことを見ているんですか?」
静かにかけられた声に、ビクトールはゆっくりと振り返った。そこにいたのはマチルダ騎士団を離脱して、先日この同盟軍に参加することになった元赤騎士団長のカミューだった。
ようやくこの本拠地にも慣れてきた様子で、最近は酒場でもよくその姿を見かけるようになった。
優美で優しい物腰のこの青年に、誰もが好感を抱いていたが、初めて会った時から、ビクトールは何となくこのカミューのことが苦手だった。
綺麗に整った容姿と、いつでも冷静なその態度。彼が口にすることはどれも正論で、行動も文句のつけようのないものだ。一人の騎士としての能力値も高く、何より騎士団長という立場にいただけのことはあって、その統率力も機動力も目を見張るものがある。
同盟軍にとって、彼が仲間になったことは喜ぶべきことだろう。
けれど、ビクトールはカミューに関して一つ気に入らないところがあった。
それは彼がいつも薄いベールを身に纏っているかのように、本心を見せないということだ。
嘘をついているということではない。ただ彼はいつも心の底に何かを隠し持っているような気がしてならないのだ。そういう意味で、ビクトール自身もまた、カミューに己の本心を明かすことはないだろうと思っていた。
別に親友になるためにここに集ったわけではない。王国軍を倒すという目的のために、一時この場所に集った宿星だ。仲間に仇なすことがなければそれでいいと思っていたのだ。
そんなビクトールの思いは知らず知らずのうちにカミューにも伝わっていたのだろう。用がない限り、カミューの方からビクトールに声をかけることはなかったというのに……

(いったいどういう風の吹き回しだ?)

ビクトールは少しばかり身構えると、カミューに向かって懐こい笑みを見せた。
「めずらしいな、お前がここにくるなんて」
「そうですか?今までお会いしなかっただけだと思いますが」
カミューはにっこりと微笑むと、ビクトールの隣へとやってきた。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、ビクトールは微かに目を細める。
本拠地の屋上は、いつも湖を渡る心地良い風が吹いている。ビクトールは暇になるとここへ来て、頭と心をからっぽにすることにしていた。たまにリーダーが仲間にしたムササビたちが顔を見せることはあっても、滅多に誰かに会うことなどない穴場だったというのに。
よりによってカミューに見つかってしまうとは。
「ここは眺めもいいですし、息抜きにはちょうどいいんですよ」
カミューは胸の高さほどの手すりに両腕を乗せ、身を乗り出すようにして中庭へと視線を巡らせた。そしてまた何かを確認するように、ビクトールへと告げた。
「いつからそんな風に彼のことを見ているんですか?あの人は何も気づいていないんでしょう?」
「何の話か分からねぇなぁ」
「貴方、フリックさんのことが好きなんでしょう?」
「………」
「隠しておきたいつもりなんでしょうが、バレバレですよ」
あっさりと言ってのけたカミューに、ビクトールは一瞬言葉を失う。そんなビクトールに、満足したようにカミューがにっこりと微笑んだ。

(やっぱりこいつは苦手だ)

ビクトールは今まで以上にカミューに対しての警戒心を強めた。
カミューの指摘は間違ってはいない。ビクトールはフリックのことをずいぶん前から特別な想いで見つめていた。初めて出会ってからもう数年。周囲からはいい相棒だと言われ、自分たちもお互いのことを腐れ縁だと言い、今は一番いい距離でそばにいる。今、ビクトールがその背を預けられるのは間違いなくフリックだけで、たぶんそれはフリックも同じだろう。
けれどそれだけではなかった。
ビクトールがフリックに対して抱いている想いは、ただの相棒に対して抱くものではなく、もっとどろどろとした欲望を伴ったものだった。
これが女に対するものならば、とっくの昔に何とかしていただろう。けれど、フリックは自分と同じ男で、そしてまだ死んでしまったオデッサのことを想い続けている。
そんなフリックにいったい何ができるというのだろう。
「フリックさんはいい人ですから、ライバルが多くて大変でしょう?」
「あのなぁ……」
どこか憮然とした顔でがしがしと頭を掻くビクトール。
カミューはほら、と中庭にいるフリックを指差した。先ほどからずっと見つめ続けていたその姿に、ビクトールは再び視線を向ける。
フリックは同盟軍の仲間たち数人と何やら話をしていた。くだけた表情からして、何か楽しい話をしているのだろう。笑う声は聞こえなくても、その笑顔は見ていてほっとするような笑顔だった。
カミューはフリックを見つめるビクトールの表情が、いつも見るものとは違う、まるで別人のもののように優しいものであることに少しばかり戸惑っていた。
同盟軍の中では一番の戦闘要員でリーダーからも頼りにされているビクトールは、誰にでも気安く声をかけ、いつも陽気に冗談ばかり言っている男だ。けれど、戦闘中は一転して誰よりも厳しい表情を見せる。カミューはそんなビクトールに最初から一目置いていた。
底抜けに明るい彼の内側には、他人が踏み込むことのできない闇があって、計り知れないほどの苦しみや痛みを抱えていると感じたのだ。
その一つにフリックの存在があることも気づいていた。
カミューの目から見て、二人が心から信頼しあっているのは明白だったし、もしすでに恋人同士だといわれてもさほど驚きはしないだろうと思ったくらいだ。
けれど驚くべきことに、ビクトールはフリックの前ではそんな素振りはこれっぽっちも見せようとはしない。むしろ極力一定の距離以上に進まないようにしているようにも見える。
あのビクトールが。恐いものなどこの世になさそうに見えるビクトールが、フリックとの距離を縮めることに不安を覚えていることが、カミューにはどうにも歯痒くて仕方がなかった。だから、いつもならこんな余計なことには口を出さない主義なのだが、ビクトールが屋上から人目を避けるようにしてフリックの姿を見ている光景を目の当たりにして、思わず声をかけてしまったのだ。
「優しくて、強くて……フリックさんは女性に人気のある人ですし、心配ですよね」
「………まぁな」
「おや、否定されないんですね」
「お前さん相手に今さら何を否定したところで、信じたりしねぇだろうしな」
ビクトールはカミューと同じように手すりに両腕を預け、フリックを見つめた。フリックは二人の視線になど気づかず、相変わらず楽しそうに仲間たちと笑いあっている。
「告白なさればいいんじゃありませんか?」
「………」
「フリックさんのことをそんなに好きなのなら、想いを告げても構わないんじゃないかと思うのですが、いかがです?」
カミューの言葉にビクトールが苦笑を洩らす。
「拒絶されるのが恐いのですか?貴方らしくもない。それとも他に何か理由でもあるのですか?」
「理由……ねぇ」
ビクトールはどこか人を食ったような笑みを浮かべ、そして言った。
「あの鈍い男に健気な男の恋心なんざ理解できねぇだろうし、何より今、王国軍との戦いの真っ最中に余計なことで集中力を欠かせたくない、それに……」
「それに?」
「告白ってのはな、自分がするもんじゃねぇ、相手にさせるもんだ。覚えておきな、色男」
「……っ」
思いもしなかった切り返しにカミューは一瞬言葉を失い、そしてその様子に満足したようにビクトールはニヤリと笑った。
カミューは降参というように軽く両手を上げた。
「なるほど。ですが、『あの鈍い男』相手では、それはなかなか実現しないんじゃないかと思いますがね。まぁ、貴方のお手並みを、これから拝見させていただくことにします」
「おいおい、見世物じゃねぇんだぞ」
そうですね、と微笑み、お邪魔しましたとカミューは優雅に一礼をしてビクトールに背を向けた。

(告白はさせるもの、か)

自分で言っておきながら、ビクトールはその可能性が低いであろうこともよく分かっていた。
けれどそれはゼロではない。
「ビクトールっ!」
中庭で、フリックがビクトールに手を振っている。降りてこいよというように。その笑顔はやはりビクトールが何より大切にしたいと思うもので、胸が締め付けられた。
告白するのは容易い。
想いを告げることを恐れたりはしない。けれど、それでは意味が無いのだ。
どれほど彼が硬い殻をその身に纏っていようとも、正々堂々、真っ直ぐに想い続けていれば嫌でも気づく。言葉にしての告白など必要はないのだ。
「ビクトール、早く来いよ」
「おお、今行く」
苛立ったように声を上げるフリックに、ビクトールが苦笑混じりに片手を上げて答える。
想いが届く日。
その日がいつになるのかは分からない。
けれどそう遠くない将来、その日は来るだろう。その時まで、フリックのそばで彼のことを見つめつづけていようと、ビクトールは改めて心に決め屋上をあとにした。






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