笑ってるけど
「あっちぃ……」
思わず口に出して、そして言ったことからさらに暑くなったような気がして、フリックはうんざりと肩を落とした。午後一番からずっと新しく入った兵士たちの訓練に付き合わされた。マイクロトフほどではないにしろ、フリックは訓練が嫌いなわけではない。次第に強くなっていく仲間たちを見るのは純粋に嬉しかったし、何より同盟軍のためになる。だから今日も、頼まれれば断ることなく訓練に付き合ってた。それはいい。けれど、真夏の一番暑い時刻に、炎天下の中庭で訓練をするのは正直まいった。
「危うく殺されるところだった」
そうつぶやいてしまうほどに、今日の暑さは強烈だった。やっと解放されて、汗だくのまま部屋に戻ってきた。とりあえず風呂に入りたかった。今頃大浴場は同じように汗を流したいと訪れた兵たちでいっぱいだろう。どうせなら広い風呂に入りたかったが、芋の子を洗うような人混みではゆっくりと風呂を楽しむこともできないだろう。同盟軍の中枢を担う一員として、ありがたくも部屋に風呂をつけてもらっているので、フリックはそこを使うことにした。
水風呂でいい。さっぱりと汗を流して冷たいビールでも飲んで…と、きつかった訓練のあとに楽しみを考えてみれば、少しばかり気持ちも明るくなる。
フリックは身に纏っていたマントを取り、ブーツを脱ぎ、上着を、アンダーシャツを、ベルトを外し、床の上に無造作に放り投げた。どうせ部屋には誰もいないのだ。ズボンを下ろして、下着もさっさと取り去った。
素っ裸になってから、タオルを用意していないことに気づいて、棚の引出しを探し始めた時、いきなり部屋の扉が開いた。
「お、何だ、ずいぶんいい格好してるじゃねぇか」
「………いいから閉めろ」
フリックが低い声で命令した。今さら素肌を見られて恥ずかしいような仲でもない。ビクトールに裸を見られてもどうということはないが、廊下を行く人に一糸纏わぬ姿を晒すのは忍びない。だいたいノックもなしに扉を開けるのはビクトールの悪いくせだ。フリックしか中にいないと分かっているのだからノックの必要なんてないといって、何度言っても直そうとしない。
フリックに睨まれたビクトールは後ろ手に扉を閉めると、部屋中に脱ぎ散らかされた服を眺めて苦笑を洩らす。
「ストリップにしちゃあ色気のない脱ぎ方だな」
「誰がストリップだ。風呂に入るんだ。おい、タオルどこだ?」
「知るかよ。洗濯に出したままなんじゃねぇのか?」
ビクトールもまたあっちぃなぁとボヤいて、フリックのそばにやってきた。タオルがないと聞いて、フリックはビクトールに向き直った。
「ビクトール、どこかからタオルを調達してきてくれ、俺は風呂に入る」
「おいおい、俺だって風呂に入りてぇんだ。こっちも朝からリーダーにあちこち連れ回されて汗だくなんだ」
「俺のあとに入れよ。先に戻ってきたのは俺だ」
「んじゃ一緒に入ろうぜ」
「ごめんこうむる。お前と一緒に入るとろくなことがない」
きっぱりと言い切るフリックに、ビクトールは不穏な表情を見せ、ぺろりと唇を舐めた。
「どうせ汗まみれなんだ、ついでにもうちょっと汗かこうぜ。な?」
「…………」
ビクトールの言わんとしていることを悟ったフリックは、一瞬にっこりと極上の笑みを浮かべ、次の瞬間、思い切り目の前の相棒の足を踏んづけた。
「いってっ!!!!!!」
「タオル、ちゃんと調達してこいよ」
まともに足を踏みつけられたビクトールは痛みにその場に蹲る。
「ちくしょう、よくもやってくれたな」
ああいう風ににっこりと笑ってるけど、その実、怒っているというのが一番始末に負えない。ビクトールは痛む足を引きずるようにしてタオルを調達すべく部屋を出た。
「まったく、あいつは昼間っからおかしな気になるなってんだ」
風呂場にやってきたフリックは温めのお湯を浴びて、やっと一息ついていた。すっかり埃まみれになった髪を乱暴に洗う。
「はー、生き返るな」
すっかり干からびていた身体に水分を補給しようとするかのように、フリックはばしゃばしゃと湯を浴びた。身体も綺麗に洗い終えた頃、ガラス戸の向こうに人影が映った。
「フリック、タオルもってきたからな」
「ああ、サンキュ」
ごそごそと衣擦れの音が聞こえたかと思うと、がらりと浴室の扉が開いた。
「何だよっ!入ってるんだ!あとにしろよっ」
フリックが怒鳴ると、ビクトールは悪びれない笑みを浮かべた。
「うるせぇな、ちゃんとタオルを調達してきてやったんだ。少しくらい大目にみろ」
「………じゃあ俺はもう出る」
何でそんなに嫌がるんだ、とビクトールがフリックの腕を引く。
「馬鹿、離せよっ」
「何だか久しぶりだなぁ、お前と二人で風呂に入るのはよ」
「何言ってんだ!昨日だって一緒に大浴場に行ったじゃねぇか」
「二人きりで、って意味だろ、馬鹿」
(まずい)
そう言えば、ここのところ互いに忙しくてあっちの方はずいぶんとご無沙汰だ。何となくビクトールの目が据わっているような気がして、フリックはじりっとあとずさった。
「ビクトール、俺はもう出るから、ゆっくり風呂に入ってく……うわっ」
浴室から退散しようとしたフリックをビクトールが抱き寄せる。
「んー、いい匂いだ、久しぶりだなぁ」
ビクトールがフリックの首筋で鼻を鳴らす。ぴったりと肌を寄せられ、フリックはますます逃げられなくなってしまう。おまけに下肢にビクトールの熱い昂ぶりをしっかりと感じてしまい青くなった。
「ビクトールっ!お前、何その気になってんだよっ」
「いいじゃねぇか、お互い仕事も終わったんだし、な、ちょっとだけやろうぜ」
「阿呆っ!俺はこのあともまだやることがあるんだよっ!だいたいお前がちょっとだけ、で済んだ例があるかよっ……あ、馬鹿っ、触ンなっ!」
背中から回された太い腕にがっちりと戒められ、そのまま浴室の壁に身体を押し付けられる。ちゅっと音をさせて肩甲骨の辺りに口づけられ、フリックは思わず身を竦めた。しばらく肌を合わせていなかったせいで、些細な刺激にも敏感に反応を返してしまう。前をやんわりと握られ、フリックは思わず声を上げそうになった。
「だめだって……んっ……ビクトールっ」
「な、ちょっとだけ」
「………っ!!!!!」
ビクトールが明確な意志をもって、フリックのそこを探りだしたとたん、フリックの中で何かがぷつんと切れた。一息ついて、くるりと振り返り、これ以上ないほどの笑顔を見せる。
「ビクトール……」
「うん?」
「てめぇ……は……っ」
ばちっと何かが弾ける音がして、ビクトールがはっと顔を上げた。
青白いオーラのようなものがフリックを包む。
まずいと思い咄嗟に身を引き、ビクトールは数歩後ずさった。
「フ、フリック!待て!!ここで紋章なんて使うな!!感電するだろうがっ!!!!!」
「うるさいっ!!!!!!!!!!」
容赦なくフリックがビクトールの上に紋章を落とした。
笑ってるけど本当は笑っていないというのが、フリックと付き合う上で学ばなければならない最重要事項である……ということをすっかり忘れていたビクトールは、しばらくベッドから立ち上がることができなかったとか。
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