BABY CRISIS


 ハイ・ヨーのレストランの一角。
 女の子たちの賑やかな声が聞こえてくる。
「ん〜美味しい〜vvハイ・ヨーさん、この新しいケーキ、すっごく美味しいよ」
 ニナがうっとりと目を潤ませる。
「それは良かったあるね。この前シュウさんが新しいレシピをくれたアルよ」
 同盟軍きっての名コックであるハイ・ヨーが満足そうにうなづく。
「う〜ん、シュウさんて案外と甘党なのかしらん」
「あ、このクッキーも美味しい!」
「ねー誰か紅茶のポット取って〜」
 年頃の女の子たちばかりが総勢10人。テーブルの上に所狭しと並べられた皿のケーキを、次々と片付けていく。本日はハイ・ヨーの新作ケーキの試食会である。参加応募者多数につき、抽選となるほどの大盛況ぶりである。もっともハイ・ヨーのケーキが無料で食べられるというのだから、それも当然と言えるのだが。
「ああ〜ん、もうイチゴショートがない!!」
「あっ!!発見っ!!」
 ナナミが手を伸ばしたところ、ぺしっとその手を誰かが叩いた。
「いった〜い!」
「横から人のもんに手ェ出すんじゃねぇよ」
「シーナ……何であんたが参加してんのよ……」
 アイリがフォークを咥えたままじろっとシーナを睨む。
 女の子ばかりの輪の中に、何故か一人だけ男であるシーナが一番いい席を陣取り、ぱくぱくとケーキを頬張っていた。自分の皿にはまだ手付かずのケーキが3つも残っている。
 シーナはアイリの冷たい視線に、いつもの悪びれない笑顔を見せた。
「だってさ、やっぱり女の子の意見ばっかり聞いてちゃだめだろ?男だって甘党のヤツ多いんだぜ?だからハイ・ヨーに頼んで、特別審査員として参加させてもらったってわけさー。ほんとはさ、カミューも参加したいって言ってたんだぜ、残念ながら今日は戦闘要員でかり出されちゃったけどさ」
「ええ〜カミューさんも〜??どうせならカミューさんの方が良かったなぁ……」
 カミューファンのナナミがあからさまに不服そうな顔をしてみせる。
 俺じゃ不満だっていうのかよ?
 シーナは文句を言いつつも、イチゴショートにフォークを刺し、たっぷりのクリームとともにナナミの口元へと運んでやる。こういう女の子に対してのマメさはシーナの得意とするところである。ケーキの欠片をぱくりと口の中に入れたナナミは、その美味しさに目を潤ませた。
 ナナミは口をもぐもぐとさせながらもまだ、カミューさんの方がいい〜と文句を言っていた。
 ナナミはカミューの大ファンなのである。どうせ一緒に食べるならシーナよりも大好きなカミューと一緒の方が嬉しいというものである。
 カミューもシーナも女の子には優しくマメだが、ナナミにしてみれば、自分よりもずっと年上のカミューは、雲の上の王子さまに近い存在なのである。
 シーナは手を伸ばしてアイリの皿のババロアをフォークで掬うと、ぺロリと食べた。
「あ〜美味い!!このババロアも最高だな」
「もうっ、自分だけ食べてないでよこしなさいよっ!」
 結局みんなで、試食用にと提供されたケーキを綺麗さっぱり食べ尽くした。そして配られたアンケート用紙に、みんなで意見を記入して、レストランを後にする。
 何とも平和な同盟軍の城のある日だった。



 何だか調子悪いなぁ。
 シーナは中庭の池のほとりに足を投げ出して首を傾げた。
 どうも最近ずっと気持ちが悪い。
 体調不良…なんて今まで感じたことなかったというのに、いったいどうしたことだろうか?つい先日、めずらしく戦闘に出た時は別に普通だったのに。
「よぉ、どうした、こんなとこで」
 顔を上げるとそこにはビクトールが立っていた。手には洗濯籠を持っている。籠の中には山ほどの洗濯もの。今日は晴天で、洗濯日和である。それを見て、そういや部屋に汚れ物溜まってたなぁ、洗濯しなくちゃなぁ、などとシーナも嫌なことを思い出してしまった。
 ビクトールが籠を下ろすと、気持ち良さそうに大きく伸びをした。シーナがぼーっとしているのに気づくと、くしゃりと人懐こい笑顔を見せた。
「どうした?えらく顔色悪いじゃねぇか」
「そうかなぁ…何かさ、気持ち悪いんだよなー、ここ数日」
 シーナが胃のあたりを片手で擦る。
「風邪でも引いたか?」
 ビクトールがよっこらしょとシーナの隣に腰を下ろす。
「風邪……かなぁ…?」
 でも咳も出ないし、熱もないのに?それに、風邪なんて滅多に引かないっていうのに。
 おかしいなぁ、と考え込むシーナの額に、ビクトールの大きな手が当てられた。その手の温もりが、ちょっとハンフリーに似ているような気がして、シーナは素直に目を閉じた。
「ん〜熱はねぇな。気持ち悪いってどんな風に?」
「どんな……って…。吐き気がするんだよなー。むかむかするっていうか……」
「ほぉ」
「あと、あんまり食欲もないしさ……そのくせ突然すっぱいもんとか食べたくなるっていうか…」
「………」
「………なに?」
「お前……妊娠したんじゃねぇか?」
「………はぁ?????」
 いつになく真面目なビクトールの顔。
 思いもしなかったビクトールの言葉に、シーナは一瞬の沈黙後、げらげらと笑いだした。腹を抱えて芝生の上を転げまわる。
「あははははっ……腹いてー。ばっかじゃねぇのっ!突然真顔で何言い出すかと思ったらっ!いくら何でもそれはないだろー。何で俺に子供ができるんだよっ…ははっ…はーっ」
 呼吸不全になるんじゃないかと思うくらい笑い転げるシーナを見ていたビクトールが、にこりともせずえらく深刻な顔を見せた。
「シーナ」
「何だよ?」
「お前、笑ってるがよ〜、ハンフリーの旦那とヤってんだろ?」
「そりゃもう、毎晩のように濃厚なヤツをvv」
 シーナがうっとりとした表情を浮かべる。濃厚なヤツねぇ、とビクトールが苦笑する。
「まぁ、そりゃいいんだがよ、お前、知らねぇのか?」
「何を?」
 涙目のシーナがビクトールを見返した。
 ビクトールはがしがしと頭をかき、困ったような表情を見せた。そして、シーナの両肩をぐいとつかむと、低い声で恐ろしいことを言い出した。
「お前、この前の戦闘に出てただろ?」
「うん」
「やっぱりそうか……。いや、まさか本当にあるとはなぁ。俺もびっくりだけどよ」
「だ、だから何なんだよっ!!」
「いや、お前らが戦闘に行ってたあの辺りな、どうも妙な植物が咲いてるようでよ。何でそうなるかは俺も知らねぇんだが、その花粉を吸い込むとな、男でも妊娠する体質に変わっちまうらしいぜ」
「……冗談だろ?」
「冗談ならいいんだがよ、この前お前と同じような症状をホウアンに訴えてきたヤツがいて、妊娠が発覚したんだ。今ホウアンはその解明で大忙しだって噂だぜ」
「嘘……」
「それにしてもお前が子持ちになるとはなぁ。ハンフリーには報告したのか?」
「妊娠………???」
「身体は大事にしろよ。今が一番大切な時だからよ。何か困ったことがあればいつでも相談にのるぜ?ああ、どうせならフリックもそうなってくれたらなぁ、そしたら俺によく似たガキを孕ましてやれるっていうのによ」
 フリックが聞いたら激怒しそうな台詞を吐いて、ビクトールはシーナの頭をぽんぽんと叩くと、立ち上がった。真っ青になっているシーナの顔を覗き込み、にんまり笑うと耳元で囁く。
「無事赤ん坊が産まれたら、俺が名づけ親になってやってもいいからな」
 じゃあな、とビクトールは洗濯籠を抱えなおして城へと戻っていった。

 妊娠????

 シーナの頭の中でビクトールの言葉がぐるぐると回っていた。
 確かにあの戦闘の時、あまり見たことのない花が咲いていた。風も吹いてたし、花粉を吸い込むことだってあるだろう。
 だけど、だけど、だけど、妊娠って????
 シーナの頭の中はすでにパニック状態で、次から次へとロクでもないことが思い浮かんでしまう。
 あのあと……確かにハンフリーとえっちしたけど。いったいどの時に出来た子だろう?って、そういうことじゃなくて!!この歳で子持ちだなんて…でも、でも結婚もまだしてないのにっ。それ以前に、ハンフリーとどうやって結婚するんだよ〜。って、そういう問題じゃないだろ〜!!
「子供って……マジかよ……」
 そういえば、最近ちょっと太ってきたような気がする…。
 シーナは叫び出したいのを必死で堪え、ふらふらと立ち上がった。
 とりあえず、確認しなければいけないことがある。
 ふらつく足で、シーナが向かったのはホウアンのいる医務室である。とにかく本当に妊娠しているのかどうか、まず調べてもらわないといけない。
 心臓が爆発しそうなほどに緊張しているのだが、それでも行かないわけにはいかない。
 たどり着いた医務室の前で、シーナは大きく深呼吸をした。
 ノックをしようとしたその瞬間、向こう側から扉が開いた。
「あ……」
 中から出てきたのはホウアンの一番弟子のトウタだった。まだ幼いながらも、立派にホウアンの手伝いをしている。にこにことあどけない笑顔でトウタがシーナを見上げた。
「こんにちわ、シーナさん。どうしたんですか?」
「ちわ。えっとさ、ホウアン先生いる?」
「いますけど、今ちょっと取り込んでまして……急ぎですか?」
 そりゃまぁ。こうしてるうちにもどんどん腹の子は育っているわけだしさ。
 シーナがもごもごとつぶやいていると、トウタが手にしていたメモ帳を見た。
「えっと、今、順番待ちなんですよ。今からだと夕方になっちゃうかもしれませんけど」
「何でそんなに混んでるんだよ」
「シーナさん、知らないんですか、花粉の被害で今医務室は満員なんですよ……」
 花粉の被害。
 トウタの一言にシーナは固まった。
「そ、それって…」
「何しろ前例がないことで、ホウアン先生も困ってらして…、あっ、シーナさん、いいんですか?」
「ま、また来るから、じゃあな」
 逃げるようにしてシーナがその場を離れる。
 嘘じゃなかった。ビクトールの言ったことは嘘じゃなかったんだ。
 シーナはまさに崖ッぷちに立たされた気分だった。




 妊娠……。
 ぐるぐるとその二文字が頭の中を駆け巡る。
 こんなことならちゃんとアレつけてやるんだった……などと今さら考えても後の祭りで。
 シーナは部屋に戻ると、がっくりと床の上に座り込んだ。
「どうしよう……」
 そっとお腹に手をやってみる。まだ何の膨らみも見せていない下腹部。
 そのうち大きくなっていき、10ヶ月すると出てくるんだ〜。
「信じられない………」
 自分が親になるなんて。子供を育てないといけないなんて。そんなこと絶対絶対無理だ。
 ハンフリーは……。
 ふと、脳裏にハンフリーの顔が浮かんだ。
 自分に子供ができたと知ったら、ハンフリーはどうするだろう。まさか自分の子じゃない、なんてことは言わないだろうけど、でも、驚くには違いない。で、そのあと……
「絶対に嫌だ……」
 シーナはじわっと目に涙を浮かべた。
 親になるのも嫌だし、何よりもハンフリーが……
 ぱたぱたぱたっと涙が頬を伝い、床に落ちた。
「嫌だ……」
 ホウアンに相談すればいいのだろうか?しかし、いくらホウアンが名医でも、出来てしまった子供をなしにすることなんて絶対出来やしない。かといって堕ろすなんてことは、もっと嫌だ。
 シーナが途方にくれて涙に濡れていると、静かに扉が開き、ハンフリーが戻ってきた。
 床にへばりついて泣いているシーナを見て、当然ながら驚く。
「どうした?」
「…………」
「何かあったのか?」
 シーナはちょっとしたことでもよく泣くので、いつもたいして気にしないのだが、それでも理由を聞かないとさらに機嫌が悪くなるので、とりあえず義務で聞いているハンフリーである。
「シーナ?」
 シーナの隣にしゃがみ、ごしごしと濡れた頬を拭ってやる。
「ハンフリー……」
「ん?」
「……………何でもない」
 何でもないのに泣くのか。ハンフリーは仕方がないな、というようにシーナを抱え上げるとベッドの上に座らせ、その顔を覗き込む。
「何故泣く」
「……………俺、まだ19なのに」
「?????」
「あんたのせいだからなっ!!!」
 シーナがハンフリーの胸倉をつかむ。
「あんたのせいだからなっ!!そりゃ俺だってアレは好きだけど、だけど、だけど……」
「…………シーナ…落ち着け」
 シーナの華奢な身体に腕を回して、ぐずぐずと泣きつづけるシーナの背中を軽く叩く。柔らかな金茶の髪に唇をつけ、しばらくあやしているとシーナはやっと泣き止んだ。
「で、何があった?」
「………」
「シーナ?」
「だめ……あんた聞いたら絶対心臓止まるよ。それに、それに、俺の親父に知られたら、絶対に殺される」
 唐突に思い出してしまった。今だに子離れできていないシーナの父、レパント。ハンフリーとの関係を知られただけでも何をされるか分かったもんじゃないのに、子供ができたなんて知ったら、本当にキリンジを振りかざしかねない。
「わけの分からないことを……おかしなヤツだな」
 くすっと笑ってハンフリーがシーナの髪を撫でる。
 シーナはそんなハンフリーの心地よい手を振り払うと、すくっと立ち上がった。
「シーナ?」
「ちょっと出てくるっ!すぐ戻るからっ!!」
「おい、シーナ」
 ハンフリーが止めるのも聞かず、シーナは慌しく部屋を飛び出した。



 結局帰ってこなかったシーナを見捨て、一人で夕食を済ませたハンフリーは、その足でレオナの経営する酒場へと向かった。
 中はほどほどに混んでいた。ざっと店内を見渡し、いつもの席にいつもの顔を見つけ足を向ける。
「よぉ、ハンフリー」
 フリックが手を上げた。その向かい側にビクトール。
「ビールでいいか?」
「ああ」
 通りかかった手伝いの女の子に追加注文をすませ、3人で他愛もない話をつまみに酒を酌み交わす。
「シーナはどうした?」
 まさかこの時間でもう寝たなんてことはないだろう、とフリックが尋ねる。
「ああ……何だか情緒不安定でな」
「何かあったのか?」
「さぁ。何だかわけの分からないことを口にしてて、埒があかなかった」
 またいつもの気まぐれか?とフリックがからかう。
「様子がおかしかったが、聞いても答えないんで、放ってある」
 ハンフリーの台詞を聞いていたビクトールがぴたりと手を止めた。
「ま、まさかなぁ……」
「何だよ、お前、何か知ってるのか?」
 フリックがじろっとビクトールを睨む。
 いやいや、とビクトールは慌てて首を振る。
 しかし、何だかとても嫌な予感がして、ビクトールはぐいぐいとジョッキを空けた。
 そこへ、いつものごとく、ばたばたと大きな音をさせてシーナがやってきた。
 ハンフリーたちの姿を見つけると走りより、がばっとハンフリーに抱きつくと大声で叫んだ。
「どうしよう、ハンフリー!!!!やっぱり絶対に無理だよっ!!!!俺、俺……絶対に子供なんて産めないよっ!!!!!」
 ぶはっとビクトールが飲みかけのビールを吹きだした。
 シーナの叫び声に酒場が静まり返る。
 抱きついたまま、わーっと泣き出したシーナに呆然とするハンフリー。
 子供???
 酒場中の連中が固まったまま、おそるおそるといった感じで二人の様子を窺っている。
 ハンフリー、とうとうシーナを孕ましたのか??そんな痛いほどの好奇な視線を感じながら、ハンフリーは嘆息してシーナに尋ねる。
「シーナ?どうしたんだ?」
「子供なんて産めないよぉ……」
 それ以前に子供なんてできないだろうが。
 心の中で思わず突っ込んでしまうハンフリーである。
 あまりの馬鹿さ加減に頭が痛くなりそうだった。
「あ、俺ちょっと用事が……」
 こそこそと立ち上がったビクトールをフリックがぐいと引きとめる。
「ビクトール、お前、何か知ってるな?」
「え、いや、その……」
 もごもごと口篭もるビクトール。
 その横で、泣きつづけるシーナを何とか引き剥がし、ハンフリーがシーナの顔を上向かせた。
「シーナ、何があった?」
「だって、だってビクトールが言ったんだっ!!俺、妊娠してるって…!!」
 シーナがびしっとビクトールを指差す。
 指差されたビクトールはがっくりとその場に突っ伏した。
 ハンフリーとフリックとシーナがじっとビクトールを見つめる。
「………」
「………」
「………」
「……し、信じるか?普通…そんな嘘をよぉ……」
 小さな声でビクトールがつぶやく。
 嘘?????
 再びシーナの頭の中はパニックになる。
 嘘ってどういうことだろう???
「ビクトール……」
 フリックが世にも恐ろしい表情でビクトールを睨む。
 その迫力に押されてビクトールがぼそぼそと口を開いた。
「だ、だからよ……ちょっとからかってみただけなんだって…まさか子供が出来たなんて信じるわけねぇと思って…その…まぁ…」
 がたん、とフリックが立ち上がる。
「………すまないハンフリー、こいつのお仕置きは俺がきっちりしておくから」
「ああ、頼む」
 フリックがビクトールの首ねっこを押さえこみ、ぐいぐいと引きずって酒場を出て行った。その後ろ姿をぼんやりと眺めていたシーナはやっと事態が飲み込めた。
 騙されたのだ。
 子供が出来たなんて、誰も信じないような嘘にまんまと引っかかってしまったのだっ!!!
「ひどい………」
「信じる方がどうかしているがな」
「ひどいっ!!!俺、俺本当にどうしたらいいのかって……っ!!!!!」
 再び泣き始めたシーナに溜息をついて、ハンフリーは立ち上がった。とりあえず、酒場でするような話ではない。周りの連中もこの騒ぎに興味津々といった風で、こちらを見ている。これ以上ここで醜態を曝すことに耐え切れなくなったハンフリーがシーナの腕を取った。
「シーナ、部屋に戻るぞ」
「ひっく……だ、から…ひっく……お…」
「分かったから泣くな。あとでゆっくり話は聞いてやる」
 毎回毎回、どうしてこう騒ぎを起こしてくれるのだろうか、この年下の恋人は。
 少々うんざりしながらも、それでもどういうわけか最近それが楽しくなりつつもあるのも事実だった。困ったものだ、とハンフリーは内心苦笑する。
 しくしくと泣きつづけるシーナを連れて部屋に戻り、落ち着くのを待ってから事情を聞いた。
 ビクトールにつかれたという嘘の話を聞いても、どうしてもハンフリーにはシーナが可愛そうだとは思えなかった。ただ、馬鹿だな、と思うだけである。
「そんな話、誰が聞いても嘘だと分かるだろう、何故信用した?」
「だって……だって俺、最近すごく吐き気してたし……」
「………そりゃあ、あれだけ甘いものを食べていれば気持ちも悪くなるだろう」
 ハイ・ヨー主宰のケーキの試食会。シーナが毎回毎回参加していることは、ハンフリーも知っていた。よくそんなに食べれるものだと感心していたのだ。
「それに、それにっ!すっぱいものとかも…食べたくなるしっ」
「甘いものを食べ過ぎたら、すっぱいものだって食べたくなる」
「最近太ってきてたし……」
「甘いものの食べ過ぎだな」
 あっさりとハンフリーが言ってのける。
 自分の言葉をことごとく否定され、おまけにそれが理路整然と納得性のあるものばかりでシーナは言い返すことができない。
「まだ何かあるのか?」
 ハンフリーが濡れたシーナの目元を拭う。
「………ホウアンのところに行ったら…花粉のこと…言ってたから……」
「ああ……新しい種類の花粉症の被害が出てるそうで、大忙しだそうだな」
「…………」
 シーナはばたっとベッドに倒れこんだ。
 …………情けない
 よくよく考えれば嘘だということくらいすぐに分かったのに。あの馬鹿熊にまんまとしてやられた。腹が立つのを通り越して情けない……。
 完全に脱力してしまったシーナの姿に、ハンフリーは思わず笑いを洩らした。
「まったく……お前といると飽きないな」
「くそっ……どうせ俺は馬鹿だよっ!!笑いたいだけ笑えばいいだろっ」
 くすくすと笑い続けるハンフリーにシーナが怒鳴る。
「シーナ」
「何だよっ!!」
「俺の子供を産むのはそんなに嫌だったのか?」
「え?」
 思いもしなかったハンフリーの言葉に、シーナはびっくりして身体を起こした。目の前には、どこか困ったようなハンフリーの顔。
「そんなに泣き喚いて嫌がるほど、俺の子供を産むのは嫌だったのか?」
 男同士では何があっても子供なんてできるわけはないのだけれど。
 それでも、もしも神様が気まぐれを起こしてシーナに子供ができたら、驚きはするものの、多分受け入れたのではないだろうかと思う。案外と、喜ぶ自分がいるのではないかと思ったりもする。
 だからシーナが泣いてまで嫌がっている姿を見て、少しがっかりしたのだ。いくら好きだといっても、子供が欲しいと思うほどまでは好きではなかったのか、と。
「違うよ………」
 シーナがうつむいたまま小さくつぶやく。
「違う…子供が欲しくなかったわけじゃなくて……だって…さっきヒルダさんに聞いたんだ」
「ヒルダに?何を?」
「子供産む時……すっごく痛いっていうから……どれくらいかなぁって……」
「………?」
「俺、痛いの嫌だもん、世界中の痛いのを集めてそれを10倍しても足りないくらい痛いっていうんだぜ?そんなの耐えられないよっ!俺、子供なんて産めないよっ」
「………」
 なるほど。
 ハンフリーはこみ上げる笑いを必死で堪えた。
「それにさ……」
「まだあるのか?」
 シーナはぷいっと横を向いたまま言った。
「だって、あんた見かけによらず子供好きそうだしさ。俺が子供産んだら、あんた絶対可愛がるだろ?それこそ目に入れても痛くないくらいに可愛がるだろ?そんで、俺のことなんて放ったらかしにしちゃうんだ。そんなのヤだっ!!あんたが可愛がっていいのは俺だけだっ!!」
「…………」
 今度こそハンフリーは吹きだした。
「何だよっ!笑うなよっ!!」
 人が真剣に話をしてるのにっ。シーナが赤い顔をしてハンフリーを睨む。
 ハンフリーは殴りかかってくるシーナの拳をかわしながら、笑いつづけた。
 やはり子供が子供を産むのはまだ無理らしい。
 自分の子供と張り合う親がどこにいるというのだろう。ハンフリーはぶつぶつと文句を言うシーナの髪をくしゃりとかき上げた。
「シーナ、もし俺が子供が欲しいと言ったら、産んでくれたか?」
 世界中の痛みを集めた10倍の痛さでも?
 ハンフリーの言葉にシーナはちぇっと舌打ちする。
「………あんたが欲しいって言うなら仕方ないだろ。その代わり、一番は俺だからな。子供は二番。あんたが愛していいのはその順番だからな」
「わかった、考慮しよう」
 バカバカしい望みにもちゃんと答える恋人がたまらなく愛しい。
 子供なんて絶対に無理な話だけど。
 シーナとの間になら子供がいても楽しいだろう、とハンフリーは馬鹿なことを考えてしまう。どうやら、そんなことを考えてしまうほどに、シーナのことを愛してしまっているらしい。
 困ったものだとハンフリーは思う。
「それにしてもビクトールのヤツ……絶対に許さねぇ!!あとで覚えてろよ〜」
「フリックがきっちりカタをつけてるだろう。許してやれ」
「許せるかっ!!!」
「騙されるお前が悪い」
 それを言われると返す言葉のないシーナである。
「シーナ」
「なに?」
「今度妊娠が分かったら、まず最初に俺に報告しろ。子供の父親には真っ先に知る権利があるだろう?」
「……っ!!くっそ!!あんたも嫌いだっ!!!!」
 シーナは真っ赤になって怒鳴った。



 翌日、ビクトールは見るも哀れなほどにボロボロになっていた。
 フリックがどんなお仕置きをしたのかは謎である。



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