BECAUSE I LOVE YOU 「え、何もないだって?」 「ないない。ほんとに何もない」 ピコがぶんぶんと首を横に振る。 ただ今オーケストラ隊は練習中で、こんな話にはふさわしくない美しい曲が流れている。 余計なことには首を突っ込むなとあれほど言ったのに、フリックはハンフリーとシーナの仲を修復しようとしていて、嫌がるビクトールにピコに話を聞いてこいと命令したのだ。 夫婦喧嘩に口をはさむ趣味はないと言ったものの、フリックに頼まれれば嫌とは言えないビクトールは、こうしてピコを訪ねているというわけだ。 ハンフリーはシーナに会おうとはしない。本当のことが何なのかを、知ろうともしない。 シーナが本当に浮気したのなら、仕方がないと諦める。 けれど、何もしないまま、こんな状態のまま終わってしまうのはあんまりだ。というのがフリックの言い分だ。 何だって、ああお人良しなんだろうな、とビクトールは少々うんざりとしてしまう。 「ピコ、それ本当なんだろうな」 「当たり前だろ。こんなことで嘘は言わないさ」 団員たちの目を気にしてか、ピコはビクトールを促すと廊下へ出た。 「確かに、俺とシーナは一時期そういう関係だったけどな。今は何もない。ま、本音を言うと、もう一度シーナと付き合いたいっていう気はあったけど。何ていうか、ハンフリーと付き合いだしてからのシーナは、本当に可愛くなったからさ」 「で、手を出したんじゃねぇだろうな」 「違うって。出そうとしたけど、シーナにはね付けられたんだって。黙ってりゃ浮気なんてバレやしないって言ったんだけどな。何だか妙に身持ちが堅くなっちまって手が出せなかったってわけ。まったくあのシーナがだぜ?信じられるか?」 ピコが苦笑する。 「本物の恋なんだろうな。シーナ自身も気づいてないかもしれないけどさ」 「お前、それ、ちゃんと旦那に言ってやれよ」 「言ったさ。あのあとすぐにハンフリーに会いにいった。もしかしたらその場で殺されるかとも思ったけど、知らんふりするわけにもいかないだろ?」 「ああ」 「そしたらさ、ハンフリーは、これは二人の問題だから口を出すなって。俺に対しては責める言葉もなかった」 「うわ、最悪だな」 「相当怒ってるだろうな。俺が何もないって言っても、信じてくれたかどうか。まいったな、シーナが可哀想でさ。ほんとに浮気したなら、どれだけ責められても仕方ないけど、無実の罪だぜ?ビクトール、あんたからハンフリーに言ってくれないか?シーナは悪くないって」 ピコは本心でそう言っているようだった。何しろ可愛いシーナのことだ。何とかしてやりたいと思っているのだ。 「あ〜、何とかったってなぁ。ハンフリーも大概頑固だからな」 「けど、シーナだって相当頑固だぜ。自分が悪くもないのに、謝ったりするような子じゃない」 最悪だ。 ビクトールは低く唸ると腕を組んで天を見上げる。だいたい、本当に浮気してないにしても、誤解されるようなことをしたシーナにも多少の責任はある。どう見たって、あれは浮気してるように見えた。しかし、やってないことで責められるのも確かに可哀想な気もする。 「だけど妙だなぁ、旦那は怒りに任せて前後が見えなくなるようなヤツじゃねぇんだがな」 恋は盲目たって、あの旦那が?ビクトールはどうにも腑に落ちない気持ちで、ピコと別れた。 フリックは軽い食事の載ったトレイを手に、シーナの部屋の前に立っていた。 放っておけとビクトールには言われたが、そうもいかない。シーナはもう2日も部屋から出てきていないのだ。当然その間何も食べていないし、いくらシーナが悪かったにしても、黙って放っておくわけにはいかない。 シーナがフリックのことをあまりよく思っていないのは感じていたが、そんなことはどうでもいい。 フリックは小さくノックすると薄暗い部屋の中に入った。 窓も開けていないのだろう。部屋の中の空気は淀んでいて、気が重くなる。 「シーナ?生きてるか?」 「………」 ベッドで丸くなっているシーナはフリックの呼びかけに反応しない。 フリックはカーテンを開けるとブランケットの端をめくって、シーナを覗き込んだ。 「おい、寝てるのか?」 「…ん…?」 うっすらと目を開けたシーナはしばらくぼんやりとフリックを見ていたが、目の前にいるのがフリックだと分かると、露骨に嫌そうな顔をした。 「何だよ…何の用?」 声が掠れている。 「少しは食べた方がいいぞ。腹減っただろ?」 「いらない」 「…じゃあ気が向いたら食べろ」 フリックがサイドテーブルにトレイを置く。ベッドの端に座って、背を向けたままのシーナに小さくため息をついた。 「シーナ、何だってこんなことしたんだ?ハンフリーが怒るも無理ないだろ」 「やってないもん!俺は悪くないっ!絶対絶対悪くない!」 シーナががばっと起き上がりフリックを睨む。 「ハンフリーが勝手に怒ってるだけだっ、俺は何もしてないっ!俺のこと信じなかったのはハンフリーの方だ。おまけにあんなひどいこと…。絶対に謝らないからな。ハンフリーが謝らない限りは会うつもりもない」 「何もしてないって…じゃあピコとは…」 フリックは眉をひそめる。 「そんな昔のことを引っ張り出して、俺の不貞をなじるなんてあんまりじゃないか。くそっ、だんだん腹が立ってきた」 「ちゃんとハンフリーに言ったのか?」 「言った。でもだめだった」 「変だな、人の話はちゃんと聞くヤツなのに」 フリックの台詞にシーナがむっとする。ハンフリーとの付き合いはシーナよりもフリックの方が長い。重要な戦闘には必ず一緒に行動しているのも知っている。二人の間に、割り込めない信頼関係があるのも知っている。ハンフリーはフリックのことなら信用するのだ。恋人の自分よりも。 そう思うとまた泣けてくる。 「嫌いだよ、あんたのことなんて。いっつもハンフリーに大事にされて。あんたにはビクトールのおっさんがいるだろ、どうしてハンフリーのことまで取っちまうんだよっ」 「おいおい、俺は別にハンフリーとは…」 「うるさいっ!あんたたちこそ何かあるんじゃないのか?ビクトールがいない時に何してるか分かったもんじゃ…」 ぱしり、とシーナの頬が音を立てた。 フリックが誰かを殴るなんて滅多にないことで、それだけ怒っているということはシーナにも分かった。 そして、全面的に自分の方が悪いということも。 「……ごめんなさい」 小さく言ったシーナに、フリックは表情を和らげた。 「俺のことをどう思おうとお前の勝手だが、ハンフリーのことを疑うなら、それは今回お前がハンフリーに対して怒っていることと同じなんじゃないのか?ハンフリーに疑われて傷ついたのに、お前もハンフリーのことを疑うのか?」 「だって…」 「人から信用して欲しいと思うなら、お前自身が相手のことを信用しないといけないんじゃないのか?」 分かってる。別に本当にハンフリーがフリックと何かしてるなんて思ってない。そんなことしたら、あの熊が黙っちゃいないだろう。分かってるのだ、これがただの八つ当たりだということも。仲のいい二人にちょっとだけ嫉妬してるだけだ。 「…ハンフリーはどうしてる?」 「相変わらずだな。意地張ってないで、自分からもう一度ハンフリーに話をした方がいい。ちゃんと謝ったのに許さないような心の狭いヤツじゃないから」 「でも悪くない」 「嘘も方便。遊び人のシーナだろ、甘い笑顔で恋人のことくらい丸め込んでみたらどうだ?」 フリックがぽんとシーナの頭に手を置く。その台詞はシーナはぽかんとフリックを見上げた。 「あんたがそんなこと言うなんて、ちょっとびっくりだな」 「伊達にお前より長く生きてるわけじゃない。じゃあな」 フリックが部屋を出て行くと、シーナは再びベッドに横になった。ずっと何も食べていないせいで、身体に力が入らない。ちゃんと話をしようにも、ハンフリーは会いにきてくれないじゃないか。どうやって話をしろっていうんだよっ。 シーナはほんのちょっと後悔していた。 もっとちゃんと説明すれば良かったのかもしれない。そうすればすぐに誤解だって分かってもらえたのに。 会いたい。 会って、声が聞きたい。 シーナは心からそう願った。 「どうも妙だな」 フリックと合流したビクトールが納得いかないように首を捻る。 「シーナは何もやっちゃいないらしい。ちゃんとハンフリーにもそう言ったらしい」 「みたいだな。それでもハンフリーが怒ってるって感じかな」 「やれやれ、俺たちはあいつの世話係じゃねぇってんだ!」 ビクトールはがしがしと頭をかきむしる。 「とにかく、ハンフリーに会おう。もう一度ちゃんとシーナと話をするように…」 言いかけたフリックは、そこにハンフリーがいることに気づいた。 「ハンフリー」 「……シーナに会ったのか?」 「あ〜うん、ごめん、勝手なことして」 ハンフリーは微かに微笑んだ。てっきり余計なことをするな、と怒られると思っていたフリックはその笑顔にほっとした。そしてわけが分からなくなった。 ここ2日間、ハンフリーは荒れるでもなく、ごくごく普通だったのだ。シーナのことは完全に無視しているものの、それ以外は普段通りの生活をしている。まるで、最初からシーナのことなんて何もなかったかのように。 「ハンフリー、シーナに会ったほうがいい。このままじゃ、あいつ死んじまうぞ」 フリックが言うと、ハンフリーはほんの少し表情を堅くした。 「ずっと食べてないし、すっかり弱ってた。このまま、あいつが死んだら、お前のせいだぞ。シーナは何もしてないって言ってる。それを信用するかどうかはお前の問題だが、ちゃんとあいつの話を聞いてからでも遅くはないだろう。あいつのこと、少しでも想ってるなら、会うべきだ」 すっかり弱ってるなんて嘘だったが、少々大げさに言った方がいい。とにかく二人を会わせなければ何も始まらないのだから。 「フリック」 「何だ?」 「お前は本当にいいヤツだが、それも大概にしておかないと、ビクトールの気が持たないぞ」 シーナから見当違いの焼もちを焼かれて迷惑しているだろうに。それでも放っておけないのは、フリックの優しさだ。 「まぁそんなお前だから、ビクトールが惚れたんだろうがな」 「そういうこった。俺たちのこたぁいいから、さっさとシーナのところへ行ってこい。死なれちゃ困るだろ」 ビクトールが言うと、ハンフリーはそうだな、と言い、シーナの部屋の方向へと歩き出した。 「やれやれ…これでやっと、解放されるぜ」 心底疲れたようにビクトールがつぶやく。フリックは気まずそうにそんなビクトールを振り返る。 「悪かったな、また余計なことに首突っ込んじまって」 「まったくだ。まぁそこがお前さんのいいとこなんだがな」 ビクトールはフリックの頬を軽くつまんで、 「さ、行こうぜ。午後からの会議には遅れるなってシュウからの厳命だからな」 笑ってフリックを促した。 2日ぶりにシーナの部屋の扉を開けた。 ベッドの上にぺたりと座ったまま、ぼんやりと窓の外を見ているシーナに、ハンフリーは歩みよった。ハンフリーがベッドの脇に立っても、シーナは振り返らない。 振り返ると泣いてしまいそうだったから。 また大声で叫んでしまいそうになるから。 「シーナ」 「……」 ぎしりとベッドが軋んで、ハンフリーがシーナのすぐ隣に座る。 「俺があんたのこと信用してないから、あんたも俺のこと信用してくれないのかなぁ」 しばらく黙っていたシーナがぽつりとつぶやく。 「あんたのことすごく好きだし、ちゃんと信用もしてるけど、あんたがフリックに優しい声かけるたびに、すっげぇ嫌な気がして、ムカついて、フリックに八つ当たりしてた。こんなのおかしいって分かってたけど、どうしようもなかった。ちゃんと信用してるのに。あんたはそんなことするようなヤツじゃないって。ちゃんと信じてるのに…」 「……」 シーナはハンフリーを真正面から見据えると、真っ直ぐな瞳で言った。 「同じように、あんたが俺とピコとのことを疑うのは、仕方ないのかもしれないけどっ、だけど、本当に何もない。ピコとは本当に本当に何もない。俺は絶対悪くないけど、でも、謝ってあんたの気がすむんなら、謝るから。あんたがいない間にピコと会ってたことについては謝るから…だから…そんな風に俺を突き放さないで…」 辛いのは怒られることでも、無視されることでもないくて、ただ信じてもらえないこと。 真実を見てもらえないこと。 シーナの声はハンフリーに届いているのだろうか。ちゃんと受け止めてもらえるのだろうか。 潤んできたシーナの瞳に、ハンフリーが口元を綻ばせる。 「少しは反省したようだな」 「え?」 ハンフリーの大きな手のひらがシーナの頬に触れる。 「別にお前が浮気したなんて、最初から思っていないさ」 「…え?」 シーナの間抜けな顔に、ハンフリーは思わず吹き出す。 「それ…どういうこと?」 「そのままの意味だが?お前がピコとどうこうなったなんて、これっぽっちも思っていない」 ハンフリーの言葉に、シーナは何が何だか分からず、いろいろなことがぐるぐると頭を回った。 「だって…」 じゃあどうしてあんなに怒ったのだろう。 「俺がいない間に誰と遊ぼうがお前の自由だし気にもしてない。すぐに浮気するほどの尻軽だとも思っていないからな。そんなことより、俺が怒っていたのは前後不覚になるほど酒を飲んでいたことだ」 「………なに?」 「あれほど酒は飲むなと言っていたのに、足元がふらつくまで飲むなんてどういうつもりだ?」 「ちょっと待って。じゃあなに、俺が浮気したと思って怒ってたんじゃないの?」 「……そう思わせておいた方が少しは反省するだろうと思ったんでな」 シーナはあまりのことに咄嗟に言葉が出ない。 そしてこの事態が飲み込めてくると、ふつふつと怒りが込み上げてきた。 「ちょっと待てよっ、んじゃあ何か、ピコとのこと責めたのも、俺のこと無理矢理強姦しようとしたのも、全部全部嘘だったわけかよっ、酒飲んだくらいで、2日間も放ったらかしにして、俺のこと苛めたわけ?」 「たまにはいい薬になっただろう。少しくらい餓えた方が食事も美味く食べれるもんだ」 シーナの怒りなんてハンフリーには子犬が吼えているくらいにしか聞こえないのだろう。ただ、シーナの方はそれでは収まらない。さんざん泣いて、さんざん悩んで、言いたくもないことまで言って、それなのに、全部嘘だったなんて。 「……信じられない」 「さて、と。腹が減っただろう、何か食べに行くか?」 「信じられないっ!!あんた、いったいどういうつもりだよっ。俺のこと苛めて楽しいのかよっ、俺がこの2日間、どんな思いでいたと思ってんだ、もう…もうだめなのかと思って…俺…死ぬほど辛かったのにっ!」 拳でハンフリーの広い胸を叩く。その力のない手をハンフリーが掴んだ。ボロボロと涙を溢れさせるシーナはその手を解こうと暴れまくる。 「もう、もう最低っ…あんだけ俺のこと苛めておいて、あんたはそれを見て楽しんでたのかよっ、最低っ」 「暴れるな」 「ちくしょ〜」 こうなったらハンフリーの口から謝ってもらうまでは許さない。絶対に許すものか。シーナはばんばんとハンフリーを引っ叩いていたが、やがて力尽きたように静かになった。正直、体力の限界なのだ。2日間も何も食べてないからすぐに息があがる。 静かになったシーナをハンフリーが抱きしめた。 「落ち着いたか?」 「……分かってるんだろうな、あんた俺にめちゃくちゃひどいことしたんだからな。あんたの言葉に、すっげぇ傷ついたんだからな」 「ああ、分かってる。だが、傷ついてるのはお前だけじゃない。俺だってお前がピコといるのを見た時は嫌な気持ちがしたからな」 それは事実だった。今さらシーナの過去について嫉妬するつもりもないし、誰とも遊ぶなと縛り付けるつもりも毛頭ないのだが、それでもシーナが誰かと一緒にいるところを目の当たりにすると、さすがに嫌な気がして、シーナのことをちょっと苛めてみたくなったのだ。 「よく言うよ。今さら遅いんだよっ、あ〜もう、あったま来た」 シーナは体重をかけてハンフリーをベッドに押し倒すと、馬乗りになったまま、艶やかな笑顔を見せる。 「言っておくけど、俺、すっげぇ餓えてるからな。放っておいたこと後悔すんじゃねぇぞ」 「餓えてるのは俺も同じだ」 そう言ってシーナの身体の線をなぞり始めたハンフリーの手をぴしゃりと叩くと、シーナはいつもの我侭な女王様然とした口ぶりで言った。 「ホットサンドとホットミルク。まずは飯食ってからだ。あんたに付き合うには体力がいるからな」 朝しかしていないメニューであるホットサンドを無理に頼んで作ってもらい、ハンフリーはホットミルクを片手にシーナの部屋に戻った。中には久しぶりに風呂に入って、すっきりした顔をしたシーナがいた。濡れた髪もそのままに、ハンフリーの持ってきたホットサンドを口にする。 「2日も何も食べてなかったのに、いきなりそんなもの食べると吐くぞ」 「吐いたってかまうもんか。俺は食べたいものを食べるんだ」 ベッドの上であぐらをかいて、むしゃむしゃとホットサンドを食べていたシーナはやがて満足したように口元を拭った。 「あ〜やっと生き返った。ところであんた、あのまま俺のこと放っておくつもりだったんじゃないだろうな」 「お前の方から折れてくると思っていたからな」 「何だよ、それ。あんたって俺のこと完全に子供扱いしてるだろ。だいたい、酒飲んだくらいで、こんなひどい目にあわせるなんてあんまりだ」 ハンフリーはそれには答えなかった。 別に酒を飲むこと自体を反対しているわけではないのだ。少し酒の入ったシーナはいつもに増して陽気になって、周りの雰囲気を楽しくさせる。その様子を見ているのは嫌いではない。 しかし、シーナがそんな自分を回りの連中がどんな目で見ているか自覚していないのが問題なのだ。 襲われても文句は言えないだろう媚態にいい加減気づいて欲しいものだ。 ハンフリーがそんな心配をしているなんて本音を口にしたら、シーナは今以上に高飛車になることだろう。 まぁそれはそれで楽しいものだが。とりあえずは口にはしないと決めていた。 「まぁいいや、そんなことより、目一杯罪滅ぼししてもらうからな」 言うなりシーナはハンフリーの首に両腕を回して、その唇を重ねた。すぐに熱い舌が差し込まれてくる。少し痩せたシーナの身体に腕を回して、ハンフリーはシーナのその甘い口腔を味わう。 餓えていたのはシーナばかりではないのだ。 「ん…」 風呂上りのしっとりとした肌に触れる。肩に羽織っただけのシャツを脱がして素肌を晒してしまうと、ハンフリーはシーナの身体をシーツの上に押し倒した。 「痩せたな」 「……やつれたんだよ、あんたのせいだからな」 さっき風呂場の鏡を見て、自分でも思ったのだ。 今まで誰かにこんな風に悩まされたことなんてない。いつだって、自分が中心で世界は回っていたというのに、ハンフリーのせいですっかり変わってしまった。 ハンフリーと付き合い始めてから、一日と空けず触れていたから、忘れていた。 やっぱり離れることなんてできない。どんなにひどいことされても、やっぱり好きだから。こうして抱きしめられただけで、どこかで許してしまってる。良かったって思ってる。 無防備に四肢を投げ出したシーナの身体を、ハンフリーの唇がゆっくりと辿りはじめる。首筋から胸へと降りていくと、胸の小さな突起を濡れた舌で嘗め上げる。軽く歯を立てるとシーナは微かに身を震わせた。 ハンフリーの大きな手がシーナの下肢を押し開く。そのまま勃ち上がり始めたシーナのものに指で触れた。それだけでシーナは簡単にイってしまいそうな気がして、思わず身を捩った。 それを許さずハンフリーはさらにシーナの脚を折り曲げて、恥ずかしい部分をすべて曝け出してしまう。 「やっ…」 シーナが脚を閉じようとするのを許さずに、ハンフリーは何のためらいもなくシーナの欲望を口腔に含み込んだ。 「ふ…ぅ…」 熱い舌になぞられると、それはすぐに堅く勃ちあがり、蜜を溢れさせる。 我慢なんてしたくない。だけど、もっともっと感じていたい。喉の奥まで含まれると、一瞬眩暈にも似た感覚がシーナを襲った。唇と舌でゆっくりと愛撫されて、耐えられなくなり思わずハンフリーの髪を掴んでしまう。 「ああ…も…イく…」 びくびくと身を震わせて、シーナはあっさりとその精をハンフリーの口の中に放った。 「はぁ…」 「早いな」 「……若いから仕方ないって。その代わり、あんたと違ってまだ何回でもイけるぜ」 シーナはニヤっと笑うと身体を起こして音を立ててハンフリーの唇にキスをした。 「お楽しみはこれからだぜ、一回だけじゃ許さないからな」 そう言ってシーナはペロリと舌を嘗めて、妖しい笑みを浮かべた。 シーナにセックスに関しての禁忌なんてものはない。 いつも自分に正直に欲望を貪る姿はいっそ気持ちいいくらいだ。 「んぁ…っ…あ…」 四つ這いになったシーナの身体の下にはハンフリーが悠々とその身体をベッドに横たえていた。ハンフリーは目の前のシーナの双丘を押し広げ、ゆるゆると指を滑り込ませている。シーナは下半身から湧き上がる疼きに耐えながら、やがてそこを満たしてくれるだろうハンフリーの昂ぶりに舌を這わせていた。 じわじわと溢れてくる先走りの蜜に喉を鳴らし、喉の奥できつく締め付けると、ハンフリーが小さく呻いた。簡単にイかせてなんかやるものか、とシーナは唇を離す。 こうしてお互いのものを口にするのにも何のためらいもない。ただでさえ気持ちいいことは大好きなのに、その相手が自分の好きな人だと思うと、夢中にならない方がおかしい。 背後でくちゅりと濡れた音がして指が抜かれ、代わりに熱い何かがシーナのそこに触れた。 「は…っ…」 ハンフリーの舌が触れていると思ったとたん、シーナは痺れるような快楽が背筋をかけ上がるのを感じた。 淫らに音を立てて奥まで濡らされる。 「ああ…あっ…ん…ン」 熱を帯びた内壁を執拗に舌で探られ、シーナは耐え切れず声を上げた。 「もういいからっ…やめ…て…」 「イっていいぞ。何回でもイけるんだろ」 そうだけど。だけど、こんなことでイきたくない。後ろを舌で嬲られて、気がおかしくなるほどに感じているけど、でも欲しいのはそんなものじゃない。 シーナが何を望んでいるのを知って、わざとハンフリーは焦らすように再びシーナの前方に指を這わせた。 「やだって…」 シーナは何とかその手と舌から逃れると、身体を反転させて悠々と横たわったハンフリーに正面向いて跨り直した。 待ちきれないように深いキスを貪る。音を立てて絡まりあう舌の甘い味に我を忘れる。シーナは右手とハンフリーの昂ぶりに手を添えると、自らの窄まりにあてがう。 「悪いけど、今夜は俺の好きにさせてもらうからな」 「…ご自由に」 ハンフリーの同意を得たシーナはゆっくりと腰をおろしていく。堅く張り詰めたハンフリーのものがシーナの内側を押し開き、中に進入していく。 「うぅ…ん…っああ」 シーナは大きくのけぞって、ぶるりと身を震わせた。最奥まで飲み込んでしまうと、ハンフリーの大きさを確かめるようにしばらくじっとして、小さく息を吐いていた。 「どうした?動かないのか?」 「うるさいよっ、あんたは黙って…んぅ…」 どくりと震え、硬度を増したハンフリーの昂ぶりにシーナは感じ入ったように、ゆるゆると腰を揺らめかす。ゆっくりと、しだいに早くなるその動きに、ハンフリーは低く笑うと腰を突き上げた。 「んっ…ああ…」 シーナは強く締め付けながら腰を前後に動かして、なるべく長くその快感を味わおうとした。ハンフリーの指がシーナの前方に触れる。 「はっ…やっ…だ」 張り詰めた欲望を握り込まれて、シーナは息を飲んだ。しとどに濡れた先端に刺激を与えられてはもう一たまりもなかった。もう我慢なんてするものか、とシーナは熱い息を漏らしてハンフリーの肉棒を堪能することにした。ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てて抽送を繰り返す。 「ハンフリー…すごい…」 頭の芯がくらくらとする。次の瞬間シーナはハンフリーの下腹部に白濁とした蜜を吐き出した。びくびくと締め付けるシーナの内部にハンフリーは目を細める。 「はぁ…ああっ…」 脱力したようにシーナがハンフリーの上にその身を投げ出す。 「満足したか?」 「ん〜?すっげぇ気持ち良かった…でも…」 シーナの中にいるハンフリーのものはまだその硬度を保ったままだ。どうやらシーナだけ先にイってしまったようで、それがシーナには納得いかない。自分だけ、だなんて。 「何でイかないんだよ」 「お楽しみはこれからだろう?」 意地悪くつぶやいたハンフリーは繋がったままシーナの身体を自分の下に引き込む。 「いった…いってば…」 「餓えてたんだろ?泣くほど堪能させてやろうと言ってるんだ」 「まっ…て…」 大きく脚を割り開き、ハンフリーはずるりと昂ぶった自身を引き出すと、再び一気に突き入れる。 「ああっ…あああ…っ!」 シーナは大きく身体を反らした。たった今イったばかりだというのに、若い雄芯は再びその頭をもたげ始める。 「ふ…ほんとに若いな」 「うるさい…っ…ああ…いいっ…」 シーナは腕を伸ばしてハンフリーの首を引き寄せ、キスをねだる。ギシギシとベッドが軋む。 「はぁ…ああ…」 何度も手加減なく突き上げられ、敏感な内側を擦り上げられると、身体中が蕩けそうな気がして、シーナはハンフリーにすがりついた。怖くて。このままどうにかなってしまいそうな気がしたから。 激しく腰を蠢かしながら、ハンフリーがシーナの耳たぶをざらりと舐めあげた。 「そんなに締め付けるな…緩めろ」 「はっ…勝手なことばっか…いう…な」 それでもシーナは大きく息を吐き出して、身体の強張りを解こうとする。ハンフリーの動きに合わせて自らも腰を揺らめかす。 「あっ…ああ…っ…」 「シーナ…」 ハンフリーがシーナの名を呼ぶ。その声にさえ感じてしまう。 「いや…あぁっ…ああ…」 シーナがきつくハンフリーを締め上げた。それでも達する気配を見せず、ハンフリーはグラインドを繰り返す。 「……て」 「ん?」 「もうイけよっ…っああ…」 こんな時までシーナは高飛車で、けれどそれすら愛しいと思えてしまうのは、完全に捕まってしまったからだろう。別にそれでもかまわない。ハンフリーはシーナの腰を抱え上げると、シーナの要望通り、再び激しく腰を動かし始める。 シーナの喘ぎ声を聞きながら、堅く勃ちあがったシーナのものに指を絡め昂めていく。 「だめ…っ…あっ」 後ろへの刺激と前に与えられる快楽にシーナはもうどうにかなりそうだった。がくがくと身体を揺すられて、意識が飛びそうになる。 「ん…あっ…も…だめ…」 どくんと弾けたシーナの欲望が、ハンフリーの指を濡らす。シーナがイったあとも、まだハンフリーは律動を繰り返すだけで、達する気配はない。 「も…いい加減…イけってば…」 「歳だから回数はこなせない」 だからっていつまで入れてりゃ気がすむんだよっ。シーナは怒鳴ったが、ハンフリーは気に止める様子もなく、黙々と欲望を穿ち続ける。 やがて、シーナがぐったりとその半身をシーツの上に横たえる頃、ハンフリーはやっと一度目の精を放った。ずるりと引き抜かれる感覚。ぬるりとした液体が内腿を伝うのを感じて、シーナは顔を上げた。 「……最低…俺はあんたのダッチワイフじゃねぇぞ」 「下品な言葉を使うな。まったく躾がなってないな」 ハンフリーは低く笑うと、シーナの身体を抱きかかえ、向き合って軽くキスをした。そして力をなくしたシーナの脚の膝裏に肘をかけて持ち上げる。ぎょっとしたのはシーナの方だ。 「ちょ…っと、まだやるつもりかよっ」 「俺はまだ1回しかイってないからな」 「な…っ!あんた回数はこなせないなんて嘘だろっ」 体力の落ちてる恋人を労わろうっていう気はないらしい。そりゃ1回くらいじゃ満足できないと言ったのは自分の方だけれど、だけど続けざまに挑まれては身体がもたない。夜は長いのだ。 「嫌か?」 ハンフリーがお義理のように尋ねる。 シーナはきつい瞳でそんなハンフリーを睨んでいたが、やがて伸ばした腕をハンフリーの首に巻きつけ、強く引き寄せた。 「まさか。いいよ、何回できるか記録に挑んでみようじゃん」 冗談のつもりで言った言葉を、シーナはあとあと後悔することになるのだが、今は降って来たキスにうっとりを目を閉じた。 翌日、まるで何事もなかったかのような、らぶらぶぶりを見せつけられ、今までの経緯を聞いたたビクトールとフリックは、もう二度とこの二人の痴話喧嘩には関わるまいと心に決めた。 |