眠れぬ夜



「ハンフリー!」
 耳元で聞こえた切羽詰った声に、ハンフリーははっと目を覚ました。目の前に不機嫌そうなシーナの顔。
 いきなり起こされて頭がズキズキと痛んだが、それでも手を伸ばしてシーナに触れる。
「……どうした?」
「俺を置いて先に寝るなっ」
「――――」
 勘弁してくれ、とハンフリーは低く唸った。
 現在、深夜2時。
 城はひっそりと静まり返っていて、物音ひとつ聞こえない。
 シーナはネコのように傍らのハンフリーに擦り寄ると、再び眠りに落ちていきそうな男の身体に跨る。
「なー、眠れないんだ。一人だけさっさと寝るなよー」
 シーナがゆさゆさとハンフリーの肩を揺さぶる。
「……横になっていれば眠たくなる」
「そう思ってもう30分もじっとしてたけど、眠くならない」
「………」
「なー。退屈なんだってばー、ハンフリーも起きてくれよ」
 うるさい。
 シーナが眠たくないのは昼間にあんなに寝ているせいだ。自分の知ったことではない。ハンフリーはシーナに背を向けるとさっさと眠ってしまおうとした。しかし、そんなことをシーナが許すはずもない。
「……なー、ちょっとだけやろうよ」
 吐息にも似た囁きが耳元を掠める。
「………!?」
 何か信じられないことを聞いたような気がして、ハンフリーは目を開けた。そうこうしているうちにも、シーナのしなやかな指がハンフリーの下着の中に滑り込む。
「シーナ」
「うん?」
「つい1時間ほど前に、やるべきことはやったと思うのは俺の気のせいか?」
「うん、気のせい」
 嘘をつけ。
 ごそごそと再びコトを始めようとするシーナの手を掴み、ハンフリーは上半身を起こした。
「シーナ」
「なに?」
「……昔、知り合いから聞いた話だが」
「うん?」
 突然始まった話に、シーナはきょとんとした。ハンフリーは何かを思い出すかのように低い声で話し出す。
「ある村に10歳ほどの男の子がいたそうだ。お前と同じように、どんなに親に叱られてもいつも夜遅くまで起きていた」
「うん」
「それでも最初のうちは、夜も遅くなると眠りについていたが、そのうちだんだんと眠れなくなってきた。眠ろうと思っても眠れない。昼も夜も……ついにその子はまったく眠ることができなくなった」
「………」
「人間が成長するためには一定の眠りが必要だ。眠れなくなったその子は、成長が止まった」
「………」
「10歳のまま、ずっとそのままの姿で、その子は生きなければならなくなった……どうだ、そんな風にはなりたくないだろう?」
 だから、さっさと寝ろ。
 しかしシーナもそれくらいではめげない。
「ふぅん、でもさー、今のまま若くて綺麗なままの姿で生きられるなんて嬉しいじゃん」
「では俺が死んだあとも、お前は一人だけ、若くて綺麗なままで生きるといい」
「え?」
「言っただろう。成長が止まったその子は永遠を生きるようになったんだ。親も友達も、周りの人間が全員死んでいくのを、ただ一人、見続けなければならなくなった。成長が止まれば、お前も俺が死ぬのをその目で見ることになるな」
「そんなの作り話だろ」
「だったらいいがな」
 それだけ言うと、ハンフリーはまたベッドに横たわり、眠りにつこうとする。慌てたシーナがハンフリーの肩を揺すった。
「おい!そんな話、するだけして一人だけ先に寝るつもりかよっ!そんなの嫌だよっ!こ、恐いだろっ!!起きろよっ!」
「………」
 作り話に違いないと分かっていても、もし本当にそうなったら、と思いシーナは恐くなった。
 自分だけが取り残されるなんて絶対に嫌だ。
「ハンフリーっ!!」
「うるさいヤツだな……」
 溜息混じりにハンフリーはシーナを引き寄せると、自分の腕の中へと抱え込んだ。いつもの定位置になるように、お互いの身体をずらしてブランケットを引き上げると、シーナの顎のあたりまで包みこんでやる。
「眠るまで見ててやる。早く寝ろ…」
「………うん…」
 素直にシーナは目を閉じた。
 暖かなハンフリーの体温に包まれ、ようやく、うっすらと眠気が襲ってきた時、シーナは小声でハンフリーに聞いてみた。
「なぁ…さっきの話…嘘だよな?」
「…………」
「何でそこで黙るんだよっ!!」
 シーナの抗議に低く笑って、ハンフリーがそっとシーナの頭を抱え込んだ。
「……おやすみ、シーナ」
 ひどいー!と文句を言っていたシーナは、やがて深い眠りに落ちていった。一方のハンフリーはシーナのおかげですっかり目が覚めてしまい、結局朝方まで眠りにつくことはできなかった。
 ハンフリーの眠れぬ夜は、いつもこうしてシーナによってもたらされる。
 


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