赤い糸 同盟軍の本拠地には大勢の人間が住んでいる。 老若男女、それこそ赤ん坊から老人まで幅広い年齢層が一つ屋根の下に住んでいるが、やはり歳の近い者同士が親しくなるもので、その中でも年頃の女の子たちはすぐに仲良くなってしまうものだった。 ナナミもその一人である。 キャロの街にいる時よりも、ノースウィンドウに住むようになってからの方が友達が増えた。 例えばニナ、メグ、ビッキーは同い年、アイリ、カレン、アンネリーは一つ違い、アップル、テンガアール、リィナは少し年上だが、やはり仲良くしている友達だった。 女の子というのは、仲良しばかりで一緒にお泊りをすることに無上の喜びを感じるようで、このあたりのメンバーはしょっちゅうどこかの部屋で枕を持ち合い夜を過ごしていた。 「ディラン、私、今日はニナちゃんたちとお泊りだからね。夜更かししないでちゃんと寝るのよ」 ナナミはパジャマやちょっとした洗面道具、そしてどこから調達してきたのか甘いお菓子とジュースを袋に詰めながら、ベッドに寝転がって本を読んでいる義弟に声をかけた。 「またお泊り会?飽きないねー」 半ば呆れた口調でディランが言うと、ナナミはむっと唇を尖らせた。 「あのねー、女の子には女の子の都合ってもんがあるのよ。それとも混ぜて欲しい? 「ご冗談を。別にいいけどさ、ナナミこそ夜更かしして次の日起きられないなんてことないようにね」 「余計なお世話!」 そんなこと言っても、以前夜通しおしゃべりしていて次の日まともに戦えなかったのはどこの誰だよ、とディランはこっそり胸の中でつぶやく。 だがまぁ、楽しそうなナナミを見るのはディランにとっても嬉しいことなので、あえて口にすることはしなかった。 「それにしても、いったい何をそんなに話すことがあるんだろうな」 女の子というのは分からない。別に毎日会ってるんだし、しょっちゅう話してるじゃないか、と年頃の男の子であるディランは首を捻るのであった。 さて、今回のお泊り会の舞台となったのは、本拠地の一角にあるまだ使われていない空き部屋だった。集まったメンバーはナナミの他に、ニナ、テンガアール、アイリ、リィナ、カスミである。毎週どこかの部屋で集まっているメンバーだが、空き部屋を使うのは初めてだった。 「それにしてもあの軍師殿がよく使用を許してくれたね」 アイリが感心したように、カギを持ってきたナナミを見る。本拠地内の部屋の管理は軍師であるシュウが行なっている。毎日増える仲間たちにどの部屋を使わせるかは、すべて軍師であるシュウの胸先三寸で決まるのだ。いくら空き部屋だとはいえ、女の子たちのお泊り会に貸してくれなど、許してくれるとは思えなかったのだ。 ナナミはアイリの言葉に得意げに胸を張った。 「えへへ、そりゃもう苦労したわよ。最初はぜんっぜん取り合ってくれなくてねー、仕方ないから、ちょっとばかり実力行使に出てみました」 「え、あんた、何やったのさ」 「シュウさんが可愛がってるネコを隠しちゃった」 「………」 「シュウさん、すっごく怒ってたけど、ネコと鍵を交換って言えばすぐに渡してくれたよ」 「ナナミ、あんたって大物になるよ、あの軍師を相手によくそんなことができたもんだ」 同盟軍に集う数多の戦士、騎士、傭兵たち猛者が唯一逆らえずに恐れているのは軍師のシュウである。彼の言葉は絶対なのだ。 盟主、軍師の指示に従うということは、戦いという場に臨む者たちの中ではある種の不文律なのだが、シュウにはそれ以上に有無を言わせない何かがあり、皆恐れているのである。 そのシュウを相手にそんな脅迫めいたことをやってしまうあたり、さすがナナミというべきか。 「まーまー、いいじゃん、ほら、ちゃんとお布団の用意もしておいたよ」 部屋に入ると、中は綺麗に掃除されており、干された布団も準備されていた。お泊り会は持ち回りで幹事を決めていて、今回はナナミの当番だったのだ。そのため、数日前からあちこち奔走して、必要なものをそろえたのである。 「あ、ちゃんとお菓子もある〜、嬉しい〜」 甘いもの好きのテンガアールがさっそく物色を始めた。 そんな風にして、その夜のお泊り会は始まった。 最初は最近の城内での出来事について、あれこれと話をしていたナナミたちだったが、やがて年頃の女の子らしく、恋の話題なんぞに変わっていく。 「テンガアールにはちゃんとヒックスっていう相手がいるからいいよなぁ」 アイリがぽりぽりと菓子をつまみながら冷やかすと、テンガアールはえーっと声を上げた。 「でもヒックスってばほんと頼りないんだもん、もっとしっかりしてほしいよ」 ぶつぶつと文句を言い始めたテンガアールだが、どこか楽しそうに聞こえるのは気のせいではないのだろう。不満を言いながらもその表情は嬉しそうで、ナナミは何となく不思議な感じがしてならなかった。好きなのに文句を言ってしまう心理というのはいったいどういうものなのだろうか。 そんなことをぼんやりと考えていると、ふいにニナが振り向いた。 「ねぇ、ナナミには好きな人はいないの?」 「え、えええーっ!」 突然話を振られ、絶句したあとナナミは盛大に叫んだ。 「何よー、そんな声上げなくたって!ナナミにだって好きな人くらいいるでしょ」 「そうよそうよ。今まで聞いたことなかったけど、誰なのよ」 ここぞとばかりに攻め立てられて、ナナミはだらだらと汗を流した。 「そ、そんな人、いないもん」 「あら、ナナミちゃんが好きなのはカミューさんじゃないの?」 「えっ!!!!!!」 リィナがにっこりと微笑む。 ナナミがカマチルダ騎士団を離脱して同盟軍の一員となったカミューの大ファンだというのは周知の事実だった。フリックに付きまとうニナのように、うるさくしていうわけではなかったが、たまにカミューと出会うと赤くなるナナミのことを、みな微笑ましく思っているのだ。 「カミューさんかぁ、確かにいい男だけどなぁ、でもあたしはパスだな。一緒にいて肩凝りそうだよ」 アイリがあっさりと言い捨てる。 「あら、そんなことないわよ。カミューさんてああ見えてけっこう砕けたところのある人よ」 「何しろ美形だしねぇ」 「ちょっと!かっこよさじゃあフリックさんだって負けてないわよ」 ニナがここぞとばかりに身を乗り出す。鼻息の荒いニナを、アイリがはいはいと軽く流す。だがニナも負けてはいない。 「ああん、フリックさんてば何てカッコいいのかしら、今日も戦闘から帰って来た時にちょっとほっぺたとかに泥なんかつけちゃって、それがまたかっこよくて…」 延々と続きそうなニナのフリックネタに、アイリが頬を引き攣らせる。確かにフリックは見た目は美形の部類に入るだろうが、ニナが言うほどカッコいいとは思えないのである。どちらかというと少し間の抜けたところのある、どこにでもいる田舎の青年という感じがするのに、恋をしているニナにはそんな風には見えないらしい。 「恋は盲目っていうからね」 「あら、フリックさんは私にとっての運命の赤い糸の人だもん」 ニナが満面の笑みで言う。 「運命の赤い糸の人って?」 きょとんと首を傾げるナナミに、ニナはじれったそうに唇を尖らせた。 「何ていうかなぁ、見た瞬間に、ああこの人だって思えるような、そういう人。私はニューリーフ学院でフリックさんを見た瞬間にもう分かっちゃったもんね。フリックさんが私の運命の人なんだわぁって。赤い糸よ。赤い糸で結ばれてるのよ!!」 「……あっちはどう思ってるか分からないけどね」 うっとりと目を潤ませるニナを横目に、アイリがぼそりとナナミの耳元で囁く。くすりと笑ったナナミだったが、ニナの言う運命の人とやらについて考えてみた。 正直なところ、男の人と、ニナのような劇的な出会いをしたことなどない。 小さい頃から一緒にいた義弟のディランや幼馴染のジョウイを思い浮かべてみるが、とてもじゃないがそんなロマンティックな想像には及ばない。 ではカミューはどうかと考えてみると、なるほど少しは心がトキメクものの、かといって運命の人なのかと言われればそういう感じはしないのだ。 ニナの言う運命の人というのがどういうものなのか今一わからないが、本当にカミューが運命の人ならば、もっとドラマティックな何かがあってもおかしくはない。 ということは、カミューはナナミにとっての運命の人ではないのだろう。 「うーーーん、分からないよー」 「ナナミは難しく考えすぎなのよ、自分が好きだと思える人が本当に好きな人なんだから、ニナちゃんの言う運命の人なんて言葉に惑わされちゃだめよ」 リィナが大人っぽい不思議な笑みを浮かべてナナミを諭す。 「あら、リィナさん、やっぱり赤い糸で繋がってる運命の人っているものよ、うふふふ、私にはフリックさんという運命の人が……」 と再びニナがフリックの魅力について語り出したのを、ナナミはぼんやりと眺めた。 (そうかなぁ、運命の赤い糸の人っているものなのかなぁ……) 恋らしい恋などしたことのないナナミにとって、これはなかなか興味深いものだと思った。本当にそういう人がいるものなのかどうか確かめてみた。 でも誰に? 周りにそれらしい人を見つけていそうな人といえば、あの人しかいない。 ナナミはさっそく明日にでも確認してみようと決めて、その日は明け方になるまで仲の良い女友達たちと楽しい話を堪能したのだった。 さて、翌日。 ナナミは朝から城中をとある人物を探して歩き回っていた。 「いっつも洗面所でばったり会ったりするんだけどなぁ、えーと、昨日戦闘から帰ってきてたから今日はお休みなのかなぁ……」 そろそろ城の住人が活動を始め出す時刻だった。朝食もまだだったことに気づいて、ナナミはひとまず人探しはやめてレストランへと向かうことにした。 するとそこに件の人物がいたのである。 「フリックさん!!!!!」 「お、ナナミか、おはよう」 ナナミはやっと見つけたフリックに近づいて、トレイを片手にバイキング形式の朝食の列に並んでいるフリックの腕を掴んだ。 「やっと見つけたー」 「どうした?そんなに腹が減ってるなら俺の前に並んでいいぞ」 「違ーーう。ねぇねぇ聞きたいことがあるの」 「難しいこと聞かれても分からないぞ」 「難しいことなのかどうかを教えて欲しいんだってば。あのね……」 今にも議論を始めそうなナナミに、フリックは勘弁してくれよと笑った。あまりの空腹に目覚めてレストランが開くのと同時にやってきたフリックだった。ぐうぐうとお腹は鳴っていて、ハイ・ヨーの作った御馳走を目の前にしたまま食べられないというのは今のフリックには拷問に近い。 「分かった、じゃあ飯を食いながらその質問とやらを聞くからさ、それでいいだろ?」 「うん、私もお腹空いた」 ちゃっかりフリックの前に横入りさせてもらい、ナナミはトレイに朝食を並べた。先にテラスの席に座って待っていると、ナナミの倍はあろうかというほどの食事をトレイに乗せたフリックがナナミの目の前に座った。 (ああ、フリックさんてば、やっぱり細くても男の人なんだなぁ) とても朝食とは思えないほどの量の朝食を見て、ナナミがまじまじとフリックを眺めた。 この同盟軍のメンバーの中で、フリックは一番最初からの知り合いである。青雷のフリックといえばちょっとした有名人で、戦場では誰もが恐れるほどの見事な戦いっぷりを見せるのだが、ナナミは気のいいお兄さん程度にしか思っていないので、フリックは男の部類には入っていない。 だからニナがあんなにぎゃあぎゃあとフリックのことで騒ぐ気持ちが今いち分からないのだ。 かっこいいとは思う。 美青年チームに入れられてしまうほどに容姿は整っている。性格だって悪くない。いつも優しいし、絶対に女の子に怒ったりしない。 (そうか、やっぱりフリックさんてモテてもおかしくない人なんだ) でもトキメクものがないのだ。これはいったいどういうことなのだろうか。 じーっと穴が開くほどに自分を見つめるナナミにフリックはこほんと咳払いをした。 「ナナミ、そんなに見られると……食べにくいんだが……」 「あ、ごめんなさい。気にせず食べて食べて」 いただきまーすと、ナナミも焼きたてのパンを口に入れた。とりあえず先に空腹を満たそうとしばらく二人は無言のまま食事を続けた。その間も、ナナミはちらちらとフリックを盗み見る。 (うーん、何だろう、フリックさんて何が違うんだろう???) 食事をする手が止まったままのナナミに、フリックがやれやれと吐息を落とす。 「……ナナミ、先に話を聞くよ。どうやらずいぶんと重要な話みたいだからな」 「え、ああ、うーん、まぁそういうわけでもないんだけど」 「何だよ、何か困ったことでもあるのか?言ってみろよ、力になるからさ」 そう言って笑うフリックは、やっぱり本当に優しくていいお兄さんだ。 ナナミはオレンジジュースを一口飲んで、昨夜から考えていたことを口にした。 「あのね、フリックさん」 「うん?」 「ビクトールさんて、フリックさんの運命の人?」 「…………っ!!!!!…げほっ!!!!」 コーヒーを口にしていたフリックは盛大にそれを吹き出した。げほげほと激しく咽せながら、手近にあった布巾で汚れたテーブルを拭く。 「あ、ごめんね、そんなに驚くとは思わなかった」 あははは、とナナミが笑う。 フリックは恨めしそうにそんなナナミを睨んで、いったい朝っぱらから何の冗談だ、と低く言う。 「昨夜、ニナちゃんたちとお泊り会したんだけど、その時にね、そんな話になったの。ニナちゃんはフリックさんが運命の赤い糸の人なんだって」 「あの馬鹿娘〜」 フリックが頬を引き攣らせる。 「でも、赤い糸で結ばれた運命の人なんて、どうやって分かるんだろうって思って。一目でわかったってニナちゃんは言ってたけど、私はそういうの感じたことないし」 あのなぁ、とフリックは脱力したように椅子にもたれる。 「人が赤い糸で結ばれてるなんておとぎ話だろ、それに、だいたい何でそんなことを俺に聞くんだよ、どうしてビクトールが運命の人なんだよっ」 「だってー、他に思い浮かばなかったんだもん。フリックさんとビクトールさんて、何ていうか、すごく仲いいし、どれだけ喧嘩してもやっぱり最後には一緒にいるし、そういうのが運命の人なのかなぁって思ったんだもん」 「…………」 「それに、フリックさん、ビクトールさんのこと好きでしょ?」 そりゃあ嫌いじゃないけどなぁ、とフリックはがしがしと頭をかいた。ナナミがどこまで自分たちの関係を知っているのかは分からないが、今さらビクトールのことを嫌いだなんて言うのも馬鹿馬鹿しいフリックである。 しかし、何かが間違っている。間違っているぞ、ナナミ、とフリックは思う。 昨夜彼女たちが話していたのは、きっと恋人に値する運命の人のことだったに違いない。それならば出来上がってる恋人同士か、夫婦ものに聞くのが普通だろうと思うのだ。 それをどうして自分に聞く? 「ナナミ」 「なに?」 「ご期待に添えなくて悪いがな、俺とビクトールは別に運命の相手なんかじゃあないぜ」 「………え?」 予想外の返事に、ナナミは大きく目を見開いた。 風の洞窟に篭もってのアイテム狩を終えて、一週間ぶりに本拠地に戻ってきたのが昨夜だった。戦闘らしい戦闘はなかったものの、やはりぐったりと疲れたフリックは、昨夜は食事もせずにベッドへ直行だったのだ。 ビクトールが何だかんだと言っていたような気もするが、すっぱりと無視して昏々と眠った。 そして早朝にあまりの空腹で目が覚めた。 横で眠るビクトールを置き去りに一人でレストランへ行くと、そこでナナミに捕まった。 そして朝っぱらからおかしな話を持ち出されてしまったフリックだった。 (もう一眠りしよう……) 部屋に戻り、そのままベッドにもぐりこむ。 こんなことをしてると朝挽が逆転してしまうなぁなどと少しは思ったが、やはり睡魔には勝てない。フリックは目を閉じるとすぐに意識を手離した。 そして起きたのは、もう日も暮れかかろうかという頃だった。 「あーよく寝た……」 さすがに少し眠りすぎたかな、とのろのろと身を起こしたフリックは、そこにビクトールの姿を見つけてぎょっとした。 「お、お前、いるならいるって言えよ」 ふと視線を上げると、そこには粗末な椅子に腰かけてじっとフリックのことを見つめているビクトールがいたのだ。胡乱な目つきはどうもよからぬことを考えていそうな気配がぷんぷんする。 「何だよ、何か用か?」 大きく伸びをして、フリックがだるそうにビクトールを見る。 「フリック」 「ああ?」 「お前、ナナミと何の話をしたんだ?」 「ナナミ?」 一瞬何を言われてるのか分からなかったフリックだが、しばらくしてナナミと朝食の時にあれこれとつまらない話をしたことを思い出した。 「あー、何だったかな、運命の赤い糸の話か?何だ、もしかしてお前も聞かれたのか?」 しょうがない奴だな、と笑ってフリックがベッドから降りる。顔でも洗おうと洗面所へ向かおうとしたフリックの手首を、ビクトールが掴んだ。 「………何なんだよ、いったい」 どうやらあまり機嫌が良くないらしいビクトールに、フリックはうんざりと問い返す。こういう時に邪険にすると、さらにビクトールの機嫌が悪くなるのを知っているフリックだ。別に勝手に機嫌を悪くしてろと突き離すこともできるのだが、一週間も離れていたこともあって、少しくらいは優しくしてやってもいいかという気もあった。 仕方なく足を止めて、ビクトールと向きあう。そんなフリックにビクトールは大仰に溜息なんぞついてみせた。 「お前さぁ、俺のことどう思ってんだよ」 椅子に腰かけたまま、上目使いにビクトールがフリックに尋ねる。 「どうって?」 「好きか嫌いか」 「………お前、寝ぼけてんのか?くだらねぇこと聞くなよ」 アホらしいとそっぽを向くフリックに、ビクトールがむっとしたように唇を尖らせる。 「ナナミがよ、『ビクトールさんて、フリックさんの運命の相手じゃないんだよね』って言ってたぜ。どういうことか聞いたら、お前がそう言ったって。いったいそりゃあどういうことだ?」 「別に、そのまんまだが?」 ビクトールが何を怒ってるのかさっぱり分からないフリックが面倒臭そうに肩をすくめる。ビクトールはすくっと立ち上がると、フリックの手首を引っ張って、今まで眠っていたベッドにフリックを押し倒した。 「………っ!何すんだよっ!」 「お前、そりゃああんまりだろうが。別にナナミの前で言うのはいいとして、俺の目の前でそういうことを言うか?今さら照れることでもねぇだろうが。運命の相手、けっこうじゃねぇか。どうしてそういう惚気の一つも言えねぇんだよ」 「………ビクトール」 勘弁してくれよ、とフリックがビクトールの肩を押し返す。簡単にその身体を押し退けて、ベッドの上で胡座をかく。 どうやらビクトールは、フリックがビクトールのことを運命の相手じゃないと言ったことに、いたく傷ついたらしい。 いい歳をした男がまったく何を言い出すやら、とフリックは呆れてしまったが、やがてぷっと吹き出してしまった。 「何がおかしいんだよ」 「だって、お前……子供じゃあるまいし、そんなことで……」 くすくすと笑い続けるフリックに、ビクトールはさすがに気恥ずかしくなったのか、それでもまだぶつぶつと文句を言う。 「けどよ、ニナもその場にいて、やっぱり自分がフリックの運命の相手なんだってうるせぇしよ、だいたいお前がそういう冷たいことを言うから……」 「ビクトール」 フリックがそれを遮り、とんと壁に背をつけて真っ直ぐにビクトールを見た。 「あのなぁ、確かに俺はお前のことを運命の相手だなんて思っちゃいない」 「………」 「けど、それは、別にお前のことを邪険にしてるとかそういうことじゃないんだって」 「じゃあ何だよ」 「だから、運命の相手だなんて嘘くさいじゃないか。俺は、見たことも会ったこともないような神様に、勝手にお前のことを決められた相手にされるのは真っ平だってこと」 「………」 「運命とか、そういうのじゃないだろ、俺たちは。ちゃんと自分で決めた相手だろ。俺がお前のことを選んだんだ。お前はそうじゃないのか?」 フリックがどこか試すような眼差しでビクトールに問い掛ける。赤い糸で結ばれてただなんて嘘くさい。ビクトールのことは自分が、自分の意思で決めたのだ。好きになったことすら運命だったなんて言われてはかなわない。 フリックの言わんとすることが分かったのか、ビクトールはふっと肩の力を抜いた。そしてどこか困ったような笑みを零した。 「まいった」 「………これで気はすんだか?ったく、つまんねぇこと言わせるなよ」 「まいったなぁ、お前、どうしてくれんだよ」 「何が?」 「お前のこと、すっげぇ抱きたくなっちまった」 「………はぁ???」 フリックが素っ頓狂な声を上げるのと、ビクトールがフリックのことを抱きすくめるのが同時だった。 「フリック、やっぱ俺、お前のことすっげぇ好きだわ」 「わ、分かったから、離せってば!重たいだろっ!!」 強く抱きすくめられ、首筋に男の吐息を感じる。 「好きだぜ、フリック」 「………」 一週間離れていて、肉体的にも精神的にも飢えていたのはお互いさまで、フリックはそれ以上は抵抗することなく圧し掛かるビクトールの首の後ろに手を回した。 「………何もこんな時間から盛らなくてもいいだろうに……」 どこかいそいそとシャツを脱ぎ捨てる男を見上げて、フリックは自分もまた着ていたシャツを脱ぎ捨てる。本当ならば昨夜のうちにこうなっていてもおかしくなかった。けれど、ぐったりと疲れた様子のフリックがあまりにも哀れで、さすがのビクトールも手を出せなかったのだ。 どこかためらいがちなフリックから、彼が身につけていた衣服を剥ぎ取って、ビクトールは乱暴にフリックに口づけた。 「ん……っ」 ぶつかるようにして重なった唇はすぐに解かれ、また深く重ねられる。 久しぶりの口づけをじっくりと味わうように絡んでくる舌先の熱さや、唾液の味や、間近に感じる体温や、そんな何でもないものに身体が火照り、離れていた時間を思い知らされた。 息をするのももどかしく何度も何度も口づけを交わしていくうちに、フリックは自分が相当にビクトールに飢えていたことに気づいた。 (まずい……、久しぶりだから……ちょっと……) こんな口づけくらいで身体の芯が熱くなってくるなんて、どうかしてる。 露わになった素肌にビクトールが手を這わせると、フリックは上気した頬をさらに紅くした。 「なぁ、久しぶりだから……ちょっと……」 余裕のない求め方をしそうなビクトールに、フリックが待ったをかける。欲しいのは自分も同じだが、物事には手順というものがあるし、それを無視されるとえらい目にあう。 「分かってるって、ちゃんとじっくりと慣らしてやるからよ」 心配すんなって、とビクトールが憎めない笑みを見せた。 するりと脚の間に差し込まれた指に、フリックが一瞬身構えた。先ほどの口づけで其処はすでに熱を集めて形を変え始めている。フリックがそんな風に感じていることを知ったビクトールは、口元に笑みを浮かべて、ぺろりとフリックの耳朶を舐めた。 「なぁ、もしかして、お前もやりたかった?」 「ち、違うっ!!お前が煽るから……」 「さっきのキスで?ふうん、たったあんだけでこんなになっちまうんだ……」 俺ってすげぇ上手だったんだなぁ、などと惚けたことをいうビクトールの頬を、フリックは思い切り抓り上げた。 「いてててて」 「お前な、真面目やらねぇんなら、突き飛ばすぞ」 「わかったわかった、怒るなよ」 それでもまだ笑いを含んだ口調のビクトールにフリックが舌打ちする。 緩く握りこんで、親指の腹で丸く撫でるように先端をくすぐり、ビクトールはゆったりとフリックの花芯を愛撫していく。溢れ出す蜜がしとどに指先を濡らしていく様に思わず喉を鳴らした。 「う……あぁ…っ、ちょっと……どこか…じっくりなんだよっ!」 痛いほどに擦られて、フリックはビクトールの腕を掴んで悪態をつく。 「何だよ、気持ち良くねぇか?ん?」 「い、あっ……!…はぁ……あぁ……」 くちゅっと溢れ出た先走りが音を立てる。気持ち良くないはずがない。何度も啄ばまれるように口づけを繰り返され、自分がどれほどに求められているか嫌というほどに思い知らされる瞬間を、嫌いになどなれるはずもない。 「ん…っ……待て…って……もう出る……っ」 「お前、そりゃ早すぎるだろ」 喉の奥で笑われて、フリックはくそっと舌打ちした。あっさりと手を引かれ、あと少しで得られるはずだった快楽を手前で塞き止められたフリックは、枕に顔を押し付けて、大きく肩を震わせた。 こういう意地の悪い焦らし方をするのは、ビクトールの悪い癖だ。 フリックが欲しいと言うのを楽しんでいる節がある。 「時間がたっぷりあるんだから、もうちょっと楽しもうぜ、相棒」 「…ざけんな……っ、あ…、何…っ」 ビクトールは片手をフリックの肩に差し込むと簡単にその身体を裏返した。慌てて振り返るフリックの脚を、膝を使って左右に開ける。後ろに座り込み、がっちりとその腰を掴んだビクトールに、何をされるのか想像がついたフリックの顔色が変わる。 「おいっ!!やめろ…って……!」 「なぁに慌ててんだよ、いいからお前は黙ってろ。……素直に感じてりゃいい」 「……っ!!」 白い双丘を無骨な男の手で押し広げられ、露わになった其処に熱い息がかかる。 「や、馬鹿っ!!やめろ……やだ……っ」 ぴちゃりと濡れた舌先が触れたとたん、フリックはびくりと身体を震わせて、ぎゅっとシーツを握り締めた。こんな風に慣らされるのは好きじゃない。今さらビクトールに対して隠すところなど何もないけれど、それでもやはり無防備な姿で一方的に愛されるのはたまらなく恥ずかしいのだ。 「や……っ…あ、ああ…ん、んっ……」 ぬるぬると唾液で塗らされ、頑なに閉じている場所を尖らせた舌先が突くようにして解していく。ちゅくちゅくと聞くに耐えない水音にフリックはきつく目を閉じて耐えていた。 「ふ……っ……んっ、んん……」 強張っていた両足から力が抜ける頃には、其処はもうビクトールの指を根元まで含めるほどに蕩けていた。 「いや……だっ……ビクトー、ル……も…やだ……」 「んー?あとちょっとな。何だよ、痛いか?ちょっと離れてるだけで、ギチギチだもんなぁ」 「……ん…っ…」 二本に増やされた指で体内を容赦なく穿たれて、フリックは短い息を何度も繰り返す。痛みだけではない、もう嫌というほど味わった快楽が背筋を駆け上がり、それだけで頭の芯が熱く沸騰していくような気がしていく。 「……っ!!」 ふいにビクトールがフリックの手が前へと伸ばされ、それまで放っておかれたままだったフリック自身に絡みついた。 「や……っ……ああ…ッ……」 溢れた先走りの蜜がビクトールの手を濡らす。塗りこめるようにして何度か上下に扱かれ、あっさりとフリックは熱を解き放った。 「フリック……」 低く名を呼ばれ、達したあとの脱力感に大きく息をしていたフリックは促されるままにさらに大きく脚を割り開いた。高く腰を抱え上げられ、ひたりと男の欲望を押し当てられると、待ちきれないというようにひくりと蕾が収縮した。その淫らな光景にビクトールは我慢しきれないとばかりに腰を進める。 「……ひ……あぁ、っ!」 ぐっと一息に中ほどまで押し込まれ、息が止まるほどの衝撃にびくりとフリックの身体が震える。宥めるようにビクトールがフリックの素肌に手を這わせ、さらに奥深くまで身体を推し進める。 「う……ああぁ…ば、か……っ…無茶…だ、って……」 ぐいぐいとすべてを飲みこませようと腰を揺する男に、フリックが悲鳴を上げる。 「すっげ……気持ちいい……」 熱く熟れたフリックの内部に包み込まれ、ビクトールは大きく息を吐いた。びくびくと脈打つ雄をきつく締め上げられ、動かなくともそれだけでイってしまいそうな気がした。 ゆっくりと、抜ける程浅く自身を引き抜き、また突き入れる。次第にその速度が早くなると、フリックの口から小さな喘ぎ声が洩れ始めた。 奥深くまで蕩かされるように抽挿を繰り返され、じわりと広がっていく快楽に言葉もない。先ほど放ったばかりのフリックの花芯の先からとろりと透明な蜜が零れ落ちる。 「ん、んん、……ッあ……ああっ……!」 敏感な場所を狙い済ましたように責め立てられ、フリックはひゅっと息を吸い込んで次の瞬間には再び再び吐精した。がくりと崩れ落ちる腰をビクトールが支え、今度は自らも解放するべくさらに激しく抽挿を始める。 「い……やぁ……ビクトーっ…ま…っ……」 「待てるかって……くそっ……」 低く唸るように答え、ビクトールは何度も何度も勢いよく猛った欲望を引き抜いては最奥まで突き入れた。そのたびに溢れた先走りがぐちゅりと音を立て、フリックの腿を伝い落ちた。 きつく収縮した内壁の締め付けを十分味わい、脳髄まで痺れるような快楽に身を震わせる。ビクトールは耐え切れないという限界を待って、強く腰を打ちつけたあと、フリックの体内奥深くに、白濁を吐き出した。 「………っ…!」 身体の奥に熱い滴りを感じて、フリックが身を震わせる。二度三度と軽く突き上げてすべてを吐き出すと、ビクトールは満足したように大きく息を吐いて、フリックの背に覆い被さった。 「……っ…重い…」 「んー?なぁ…もう一回してもいいか?」 「……っ!!」 今極めたばかりだというのに、いったい何を考えているんだ!とフリックが怒鳴るより早く、ビクトールがその唇を塞ぐ。未だ身体の奥深くに淹れられたままの欲望が再び硬くなっていくのを感じて、フリックは眩暈がしそうになった。 それでも男を突き離すことができないでいる自分に、少々呆れてしまうのもまた事実なのである。 そして翌日。 「ったく、お前は手加減ってものを知らねぇのかよっ!」 完全に寝不足で憔悴しきったフリックが隣のビクトールに文句を言う。足元がおぼつかないのは寝不足のせいだけではない。ビクトールは怒られながらもあまり反省はしていないようで、へらへらと笑いながら、そんなフリックを宥めていた。 二人が朝食のためにレストランへと向かっていると、いつもの元気な声が聞こえてきた。 「あ、フリックさーん!ビクトールさんも、おはよう!」 「よぉ、いつも元気だなぁ、ナナミ」 だっていいお天気だから、とにこにこと答えるナナミに、二人は思わず微笑んだ。 「ねぇねぇ、あれからいろいろ考えたんだけど」 「何だ?」 ナナミはうーんと考え込むように首を傾げた。 「えっと、ニナちゃんが言ってた赤い糸で結ばれた運命の人って、別に恋人とかそういうことじゃなくてもいいんだよね。つまり、自分にとって大切な人っていうのが運命の人っていうか…」 「ほぉ」 「だからね、フリックさんは違うっていうけど、私はフリックさんとビクトールさんは運命の人同士っぽいなぁって思うの。それってすごくいいなぁって思うんだけど」 ビクトールはにやにやと笑い、フリックは心底嫌そうな顔をする。あまりにも違いすぎる二人の反応に、ナナミは少々戸惑ってしまう。 「私、おかしなこと言った?」 「いーや、だが、それじゃあナナミにはいっぱい運命の人がいることになるなぁ、ディランだろ、ジョウイだろ……」 「えー、ちょっとそれは……違うっぽい…かなぁ……」 ビクトールのからかいに、ナナミは不満そうに頬を膨らませた。 「ナナミ」 なに?とナナミがフリックを見上げる。 「運命の赤い糸の人なんかより、ちゃんと自分で見つけた相手の方が、自分にとっては大切な人間なんだと思うぞ」 大切な何かというものは、誰かに与えられるものではなく、自分自身で掴みとるものだ。フリックの言葉にビクトールもうなづく。 「そうそう、それに、そういう相手は意外と気づいてないだけで近くにいるもんだしなぁ」 なぁフリック、とビクトールが意味深な視線をフリックへと向けた。 問われたフリックは一瞬言葉に詰まり、しばらく後に、まぁそうだな、としぶしぶながらもうなづいた。ナナミの前でおかしなことを言うと、また今夜も寝かせてもらえないかもしれない。 (でもまぁ、まるっきり嘘ってわけでもないから……なぁ……) 長い間そばにいて気づかなかった大切な人。近すぎると見えないものがいっぱいある。 もしかすると、そういう人を運命の赤い糸の相手というのだろうか? 自分で選んだ相手だと思っているけれど、そうなるべくの相手だったのだろうか。 まじまじと見詰めるフリックに、ビクトールが怪訝な顔を見せる。 「何だよ」 「別に」 変なヤツ、とビクトールが笑う。 だがまぁ、どちらでも変わりはないか、とも思う。 どちらにしろ、そばにいることには変わりないのだから。 |