小さな誤解 大きな幸せ とっぷりと日が暮れた頃、その日遠征に出ていた一群が城に戻ってきた。 とたんに賑やかになる城の入り口。 そこにいる顔ぶれはどれも一見して一筋縄ではいかないことが分かる者たちばかりだった。 今回は最近資金不足気味な城の財政を立て直すことが目的のモンスター狩りだったため、メンバーは体力自慢ばかりで固められていた。 ビクトール、マイクロトフは真っ先にメンバーに入れられたクチである。 リーダーのディランを筆頭に、今回は出くわすモンスターを見逃すことなく片っ端から片付け、資金を奪いまくったのだ。 「う〜さすがに今日は疲れたぜ…」 ビクトールが大きく伸びをする。 何しろ朝一番からたった今までずっとモンスターばかり倒してきたのだ。 しかし、疲れたと言いながらもその口調は軽い。体力的には疲れてはいるが、かなり懐具合は暖かくなった。当初の目的を果たすことができたのだから、満足しているのである。 「朝が早かったですからね。しかし、フィールド上で昼寝をされるのはどうかと思いますが」 マイクロトフがやや非難めいた視線をビクトールへと向ける。 簡単な昼食を取ったあとの、ほんのわずかな休憩時間にさえビクトールはグーグー寝ていたのだ。一緒にいる仲間を信用しているといえば聞こえはいいが、単に怠けていたとも言える。 ビクトールは悪びれない口調でそんなマイクロトフを笑い飛ばす。 「はっはっは、お前さんみたいに朝早くから起きるような生活はしてねぇんだよ。あ〜腹減ったな。レストラン行くだろ?」 「ええ…ですが、先に着替えてきます。少々汚れました」 そろそろ引き返そうとした時に現れた最後のモンスター。あまり見かけない種類のモンスターはかなりの大きさで、なかなか手ごわかった。 止めをさしたのはマイクロトフだったが、その時に浴びた返り血で胸元がべっとりと汚れてしまっていた。確かにこのままレストランへ行くのはあんまりであろう。 「ああ、そうだな。じゃあとでな」 「はい」 ビクトールもレストランへ行く前に部屋に戻るか、と考え直した。 今日は太陽も昇らないうちからディランに引っ張り出されたため、ろくろくフリックの顔も見ていないのだ。とりあえず、無事に帰ったことくらいは知らせておいた方がいいだろう。 いや、一緒に食事をする方がいい。 そう思い、ビクトールはいそいそとフリックの部屋へ向かった。 ノックもせずに扉を開けるのはいつものことだ。 そして、いつもフリックに怒鳴られる。それが嬉しかったりするのだが… 「何だ…いねぇのか…」 しんと静まり返った部屋にビクトールはちぇっと舌打ちする。 どうやらかなり前から留守にしているようだ。部屋に灯りがついていないし、妙に整頓された部屋の空気は冷たい。 「どこ行ったんだぁ?」 風呂か?それともレストランか? ビクトールはやれやれとフリックを探して城を彷徨うことになった。 一方、マイクロトフも恋人であるカミューの姿を早く見たいと足早に自室へと向かっていた。何しろ朝が大の苦手のカミューは、今朝もマイクロトフが出かける時に「気をつけて」と口では言っていたが、意識があったかどうかは怪しいのだ。 丸1日まともに姿を見ていないのだから、一刻も早くその姿を目にして、疲れを癒したいと思うのだ。 「カミュー、今帰った」 大きく扉を開けてはみたものの、そこに愛しい恋人の姿はない。 きょろきょろと狭い部屋の中を見渡したが、どこにもカミューの姿は見当たらない。 マイクロトフはがっかりと溜息をつく。 しかしこの時間に部屋にいない、ということは… 「大浴場か…レストラン?いや、しかし…」 戦闘に出かけたマイクロトフを待たずにカミューが先にレストランに行くだろうか?それに風呂はいつも食事のあとだ。 「いったいどこに行ったんだ?カミュー」 そうして、ビクトール同様マイクロトフもカミューを探して城を彷徨うこととなった。 ふかふかのカーペットの上にごろりと横になって、フリックは小さく唸った。 「いいですか?フリックさん」 「ん〜ちょっと待った」 カミューはちょっと不服そうにフリックを睨んだが、それでも素直に待つことにする。 広いこの部屋には二人以外には誰もいない。 そろそろ食事時ということもあり、皆レストランへと集まっているのだろう。 開け放された窓からは、厨房から漂ういい匂いがしてきた。その匂いにカミューが鼻を鳴らす。 「あ〜何だかお腹がすきましたね」 空腹を紛らわすようにカミューが手元にあるグラスを口元へ運んだ。 最近お気に入りのハーブティ。トレイの上にはハイ・ヨー特製のクッキーが数種類。 甘いもの好きのカミューには堪らないおやつセットである。 「お腹すきませんか?フリックさん」 「ん〜そうだな…」 カミューの問いかけに、フリックは気のない返事をする。 カミューは仕方がないな、と苦笑して床に長々と足を伸ばして後ろに手をついた。 本日は二人とも完全に休日で、朝、レストランで一緒になってからずっと行動を共にしているのだ。丸一日を二人きりで過ごすなんてことは、初めてのことである。 カミューは青雷の異名を持つこの青年のことをいたく気にいっていた。 見た目は、文句のつけようのない色男である。 整った顔立ちに綺麗なブルーの瞳。 一見華奢に見えるくせに、鍛えられた身体は機敏で強靭だ。少々の強行軍でも音を上げることは絶対にない。 その見事な剣の腕前も、雷の紋章を使いこなす強い精神力も、戦士としては一流で。けれど決してそんなことを鼻にかけることなく、真面目で、いつも前向きで、どこか不器用で。 それはカミューが誰よりも愛している男にもどこか通じるものがあった。 だから、というわけではないけれど、ついフリックのことをかまいたくなるのがカミューの悪い癖で、いつもマイクロトフに窘められるのだ。 しかしフリックといると、マイクロトフといる時とはまた別の安らぎを感じるのも事実だった。 いつもよりもリラックスした服装で、ごろごろしているフリックを見ると、ビクトールには悪いと思いつつ、妙に一人占めしたい気にもなる。しかし。 「ああ…もうこんな時間なんですね…そろそろディラン殿たちが帰ってきますね」 「ん…」 「フリックさん、そろそろ部屋に戻りませんか?」 「いや…もうちょっと…」 熱心なフリックの様子に、カミューはやれやれと肩をすくめる。そして、最後まで付き合うしかないか、と覚悟を決めた。 そのフリックは目の前のものをじっと見つめていたが、やがて諦めたかのように大きく伸びをしてカミューへと視線を向けた。 カミューは床に広げられた本をめくりながら、好物のクッキーをつまんでいる。 整いすぎるほどに整ったその顔を、フリックはぼんやりと眺めた。 マチルダからこの同盟軍へと身を置くようになった赤騎士団長は、城中の女の子たちの憧れの的である。常に文句のつけようのない騎士道精神で、礼儀正しく、誰にでも優しく、親切である。そしてカミューのその容姿は、そういうことに興味のないフリックでさえ認めないわけにはいかないほどに美しく整っている。 蜂蜜色の髪とヘイゼルの瞳。長い睫が白い頬に影を落とす様は、年頃の女の子たちからすれば白馬の王子さまといったところなのだろう。 だが、この男が案外と大雑把で、面倒くさがりで、目的のためには思いもかけず冷酷になる一面を持っているということを、最近フリックは感じ始めていた。 それでも、誠実で正義感の強い男である。そしてどういうわけかフリックにはずいぶんと良くしてくれるのだ。初めは、お綺麗な形ばかりの騎士かと思っていたのだが、ひどく人間くさい一面を知るにつれ、カミューのことが身近に感じられるようになった。 こうして一緒にいるとビクトールといる時とはまったく違う落ち着きを感じるのだ。 「あ〜何だか今日は一日ぶらぶらしてたなぁ」 フリックの言葉に、カミューは小さく微笑む。 「まぁたまにはいいのではありませんか?おかげで、貴方をこうしてのんびりと過ごせたわけですし」 意味深な台詞をさらっと言い捨て、カミューが本を閉じる。 「……そういうこと言うとマイクロトフが怒るんじゃないか?」 「ふふ、ビクトールさんも怒りそうですね」 「別に…あいつは怒りはしないだろう……」 フリックが軽く肩をすくめる。 「おやおや、私が相手では嫉妬しないとでも?それはそれで、ずいぶん失礼な話だと思いますが?」 カミューがずいっとその身をフリックへと寄せる。思わず身を引くフリック。 「別に…そういう意味じゃない…」 「ねぇ、フリックさん、本当にビクトールさんが怒らないか、試してみますか?」 そう言ってにっこりと微笑むカミューの表情は、今まで見たこともないほどに楽しそうだった。 「え?ちょ…っ…ちょっと待て!!」 本能的に危険を感じたのか、フリックが青ざめる。 「何をそんなに恐がってるんです?私が恐いですか?」 ふふ、と笑いながらカミューがフリックの片足を掴み、力任せに引き寄せる。フリックは慌てて身を起こそうとするが、カミューの方が素早かった。 床の上にその身を倒したまま、フリックは自分の上に圧し掛かるカミューの美しい顔を凝視した。悪魔のようなその笑み。 「カミュー!!冗談はよせっ!俺は、この手の冗談は嫌いなんだ」 「冗談じゃなければいいんでしょ?それに…私は好きですよ、貴方のこと」 「!!!!!!」 カミューに心酔している女の子なら卒倒もんの妖しい微笑み。いや、マイクロトフでもイチコロの微笑みであろう。しかし、フリックにとっては恐怖以外の何ものでもない。 近づいてくるカミューの吐息に、フリックは思わず目を閉じた。 「ビクトール殿」 うろうろと城中を歩き回っていたビクトールとマイクロトフは結局再び出会うことになった。 「よぉ、何だ、まだ着替えてねぇのか?」 「ええ…あの、カミューを見かけませんでしたか?」 「いや、それより、フリックを知らねぇか?」 着替えもしないで、城中を彷徨っている理由が同じと分かり、お互い苦笑する。 バカバカしいと分かっていても、相棒がいなくてはどうにも落ち着かないのである。 二人とも相手は違えど目的は同じとわかったため、行動を共にすることにした。 「ったく、あいつら俺たちが必死で戦ってるってぇのに、どこでふらふら遊んでやがるんだ」 ビクトールがぶつぶつと文句を言う。 女房が亭主が留守なのをいいことに遊びまわっている、と所帯持ちの連中がよく愚痴をこぼしているのを耳にする。その時は笑って冷やかしていたのだが、今となっては、その連中の気持ちがよく分かるビクトールである。 「しかしどこにもいないなんて…何かあったのでしょうか?」 マイクロトフが思案する。 「けっ、城ン中にいて何かあるわけねぇだろ。お、ちょうどいいや、なぁナナミ、フリックとカミューを見かけなかったか?」 ばったりと出くわしたナナミは、戦闘から帰ったばかりで汚れた服装のままの二人ににっこりと笑う。 「お疲れさま〜。フリックさんとカミューさん?え〜っとお昼にレストランで会ったよ。その時に、何か暇つぶしできないかなって聞かれたから、娯楽室のことを教えてあげたけど」 「娯楽室?何だ、そりゃ」 「あのね、子供たちが遊べるおもちゃとか、絵本とかがある部屋。この前新しくできたのよ。男の人たちはあんまり知らないみたいだね。フリックさんたちも知らなかったもの」 ビクトールとマイクロトフは顔を見合わせる。 「で、そこにいるんだな、二人は?」 「さぁ、おもしろそうだから覗いてみるって行ってたけど、まだいるかどうかは…」 「ありがとよ、助かったぜ」 ビクトールが礼をいい、マイクロトフと二人娯楽室へと向かう。 次々に増築を重ねているこの城だが、そんな部屋ができていたとは全然知らなかった二人である。 「しかし子供用の部屋なのでしょう?いったい何をしているんでしょうか?」 「さぁてな、お、ここみたいだな」 ナナミに教えられた部屋の扉に手をかける。 「カミュー!!そこはだめだっ!!」 薄く開いていた扉の隙間から飛び込んできた声にビクトールはその手を止めた。 そして、ひくりと頬を引きつらせる。 聞こえてきたのは間違いなくフリックの声だった。 そこは…ってどこだ? いったい中で何が起こっているというのだ?? フリックの声よりも、その台詞に驚いたマイクロトフが慌てて中に入ろうとするのを、ビクトールが押し止めた。 「ビクトール殿っ!」 「しっ!ちょっと待て…」 ビクトールが扉の隙間から中を覗く。 どうやら、土足厳禁のようで中はふかふかの絨毯なんぞが敷かれている。大きな窓に、低い本棚。所狭しと並べられているのは子供向けの絵本のようである。 目を凝らすと、床の上に足が見えた。 上半身は手前の棚で隠れて見えないが、間違いなくあれはフリックの足である。 ということは床に横になっているということだ。ビクトールは耳を澄まして中の様子を窺う。マイクロトフも身を屈め、同じように扉の隙間に顔を寄せる。 「いいじゃないですか、フリックさん。もう諦めてください」 カミューの声。 「諦められるかっ!!だ、だから…待てって…」 フリックの声。どこか切羽詰ったようである。 「何やってんだ、あいつら」 ビクトールが低く唸る。 「フリックさん…そんな顔しても無駄ですよ。今度こそ、いただきますからね」 いただくって何を?カミューの台詞にマイクロトフが眉を顰める。 「あ…」 どこか涙声のフリックの声。 そして沈黙。 ビクトールとマイクロトフが思わず顔を見合わせる。 「じゃ、フリックさん…口を開けてください」 くすくすと楽しそうなカミューの声。 「……頼む…苦手なんだ、それ」 弱々しいフリックの声に、ぶちっとビクトールの中で何かが切れた。 口を開けろだと!?口を開けてフリックが苦手なもんって言えばアレしかないだろう。 最中だろうが何だろうが黙って見過ごすわけにはいかない。 「カミュー!!てめぇ!!!」 「ビクトール殿っ!!!」 どかっと扉を足蹴りしてビクトールとマイクロトフが中に飛び込む。 今にも剣を抜くのではないかと、マイクロトフが慌ててビクトールの腕を掴む。 城の中で刃傷沙汰なんて避けたいことである。 だが、マイクロトフとて内心は叫び出したい気持ちでいっぱいだった。カミューがフリックと……??考えたこともなかった事態を想像して、とてもじゃないが冷静でなんかいられない。ビクトールの方が先に怒鳴り込んだが、一秒でも遅ければ自分がそうしていただろう。 「おいっ!!お前ら何やって…」 ざっと部屋の中央へと駆け寄り、ビクトールが鬼の形相で怒鳴ろうとした…が、目の前の光景に言葉をなくした。 娯楽室の絨毯の上にごろりと横になったフリック。 その向かい側で片膝を立て、その上に顎を乗せた格好のカミュー。 二人の間にあるゲーム盤。 「よぉ、帰ったのか」 フリックがビクトールの姿を見て微笑む。 二人の浮気現場を押さえ込んだと思っていたビクトールは、あまりにも想像とはかけ離れた現場に唖然とした。 「な、な、何やってんだっ!!てめぇらっ!!」 「何って?見て分かりませんか?チェスですよ」 カミューが少し眉を顰めて答える。そしてビクトールの後ろから姿を見せたマイクロトフに気づくと、うって変わって綺麗な笑顔を見せた。 「おかえり、マイク。無事だったんだな」 「あ、ああ…た、ただいま…カミュー」 ビクトール同様、呆然と立ち尽くすマイクロトフが口篭もりなら返事をする。 どう見ても、二人でチェスをしていたようにしか見えない。 しかし… 「おいっ!!お前ら、さっきの会話は何なんだよっ!!」 「お前何興奮してんだ?」 フリックが露骨に嫌そうな顔をして身を起こす。胡座をかいて、首筋の凝り固まった筋肉を解そうと首を回すフリックに、ビクトールが掴みかかった。 「フリック!お前、カミューに何かされたんじゃねぇだろぉな!」 「な、何なんだよっ!お前は!!」 「ちょっとビクトールさん、私が何をしたと言うんですか?」 カミューが心外だとばかりにビクトールを睨みつける。 「さっき!!諦めろだとかっ、いただくとか言ってたじゃねぇかっ!!」 「立ち聞きしてたんですか?」 困った人たちですね、とカミューが肩をすくめてフリックに笑う。 そんな微笑に惑わされてなるものか、とビクトールがフリックにつめよる。 「お前、カミューに襲われてたんじゃねぇだろうなっ!」 「何で俺がっ!!!」 フリックが憮然として、肩をつかんでいるビクトールの手を振り払って言った。 「ったく…諦めろって言ったのは、俺が何度も待ってくれって頼んだから、カミューがもうだめだっていう意味で言ったんだ。いただくってのは、チェックメイトだったんだよ」 そう。今日、フリックは初めてチェスなるものをカミューに教えてもらったのだ。 あまりに暇で、ナナミにこの娯楽室を教えてもらったのはいいが、子供向けの遊び道具しかなく、たいして時間がつぶせなかった二人が戸棚の中で見つけたチェスのセット。 やったことがない、というフリックにカミューがその遊び方を教えたのだ。 その頭脳ゲームをフリックはすっかり気に入って、何度もカミューと対戦をしたのだ。もちろん、マチルダ時代からチェスを得意をしているカミューに勝てるわけもなく、何度も何度も勝負を挑んだのだ。負けず嫌いのフリックに、半ば呆れながらもカミューは一日付き合ったのだ。 「………お前、いったい何を考えてたんだ?」 フリックが冷ややかにビクトールを見る。 まだ疑っているのか、ビクトールがなおもカミューに怒鳴る。 「じゃ、じゃあ、あれはっ??口開けろとか、苦手だとか!!ありゃいったい何だっ!」 「あれは……」 フリックがちらりとカミューを見る。やれやれというようにカミューが肩をすくめる。 「あれはですね、フリックさんがゲームに負けた罰ゲームとして、シナモンクッキーを食べてもらうことにしてたんですよ。シナモン、フリックさんが苦手だっていうので。口を開けようとしないフリックさんに、私が食べさせてあげたんですよ」 まだ何か文句があるか?というようにカミューがビクトールを見る。 しかし、そのカミューの台詞に反応したのはビクトールではなく、マイクロトフだった。 「カミュー!!お前はフリックさんにクッキーを食べさせたのか!」 「え、ああ、そうだよ…だって、嫌がって食べないから」 いったいそれが何だ、とカミューがマイクロトフを見上げる。何の邪気もないカミューにマイクロトフが思わず声を荒げた。 「カミュー、俺以外の人間に、そういうことをするんじゃないっ!!!」 突然のマイクロトフの台詞に、その場にいた全員がぎょっとして固まった。 しばらくの沈黙。 そして、そのあと、ビクトールはフリックを、マイクロトフはカミューをその腕の中に抱きかかえ、ざっと離れた。お互いの恋人を腕の中にしっかりと抱き、にらみ合うビクトールとマイクロトフ。 「マイクロトフよ、言っておくがな、フリックは俺のもんだからな。人のもんに手ぇ出さないように、ちゃんとカミューを躾やがれ!」 「ビクトールさん、お言葉ですが、カミューが悪いのではありません。それを言うなら、フリックさんにこそ、カミューにあまり甘えないようによく言っておいていただきたい」 「何だと〜!!」 目の前で繰り広げられるつまらない喧嘩に、カミューとフリックが顔を見合わせる。 ぎゅうぎゅうと抱きしめられる恋人の腕の中。 これはヤキモチというやつなのであろうか??? フリックは気恥ずかしさで、一方のカミューは嬉しさで、お互い死にたい気分になっていた。 「フリックさん、どうやら試すまでもなかったですね。どうやら、相手が誰でもちゃんと嫉妬はしてもらえるようです」 カミューがどこか嬉しそうにフリックへと微笑む。 ビクトールの杞憂はあながち間違っているとはいえないのだ。 ついさっき、試してみますか、とカミューはフリックに迫ったのだ。しかし、フリックのあまりにも悲壮な顔に吹き出したカミューであった。 ふざけてキスでもしてやろうか、と、そんな振りをしただけで真っ赤になるフリックは、カミューにはかなり魅力的に映った。もちろん本気でそんなことをしようと思っていたわけではない。冗談だ、と笑うカミューにフリックはさんざん悪態をついて、しばらく機嫌が悪かったのだ。 しかし、ごくごく普通に仲良くチェスをしていただけで、勝手に誤解をする恋人たちには本当に呆れてしまう。けれど、そんな気持ちとは裏腹に、どこか嬉しかったりもするから困ったものである。 カミューとフリックが何とも妙な気分でいると、 「とにかくっ!!!変な誤解をさせたお前らが一番悪いっ!!」 とビクトールとマイクロトフが一斉に、フリックとカミューを怒鳴りつけた。 それはあんまりな八つ当たりでは? 仲がいいというだけで、何故そんな言い方をされなくてはいけないのだろうか? 思わず文句を言いそうになったフリックとカミューだが、反論する間もなく、それぞれの恋人に引きずられるようにして娯楽室をあとにした。 そしてその夜は、デカイ図体をした男に、まるで子供のようにべたべたと甘えられ、辟易したフリックとカミューであった。 |