花火の夜


「はい、これフリックさんの分ね♪」
 満面の笑顔でナナミがフリックへ手渡したのは、今夜の花火大会での衣装。
 衣装=浴衣である。
 今夜は夏の風物詩である花火大会が催されることになっていた。
 主催は当然リーダーのディランである。
「夏といえば、花火でしょ。文句あるならこの暑さ何とかしてよ」
 あまりの暑さにディランも少々ご機嫌ナナメのようで、一切の抗議は受け付けず、あっという間に花火大会開催が決まってしまった。
 シュウは渋い顔をしていたが、ディランが一度やると言えばそれを覆すことなど誰にもできないのだ。子供たちは大喜び。大人たちも最初は困惑気味だったが、そこはお祭り好きの人間が集まっている同盟軍。すぐに乗り気になった。
 さらに。
「花火といえば浴衣よねっ!!」
 という女性群の一言で、当日は全員浴衣を着て参加ということになったのだ。
 城にいる全員の浴衣を作るという大変な作業も、イベント好きの女性たちの手にかかればあっという間で。
 大広間では山積みになった浴衣をもらうために長蛇の列ができていた。
 先ほど街から戻ってきたフリックも、言われるがまま、わけの分からないまま列に並び、浴衣の支給を受けたのだ。
「フリックさん、きっと似合うわ〜一緒に花火見ましょうね!!」
 ナナミと一緒に浴衣の配給を手伝っていたニナがフリックの手を取り、ぶんぶんと振る。
 曖昧に笑って、フリックは手渡された浴衣を持って広間を離れた。
「おや、もうもらったんですか?」
 列の最後尾に並んでいるカミューがフリックを見つけて声をかける。
「ああ…」
「どうしたんですか?暗い顔をして?」
「いや…何だってこうイベントばかりあるんだろうな、と思って」
「ふふ…夏らしいイベントでいいではないですか。フリックさん、浴衣一人で着れますか?」
「それくらい一人でできる」
 むっとしてフリックが答える。
 手伝いますよ?というカミューの申し出を丁重に断って、フリックは自室へと戻った。
 浴衣なんて身につけて、帯で締めれば終わりではないか。
 いくら不器用な自分だってそれくらい…
 そこまで考えて、フリックはがっくりと肩を落とす。
 自分で自分のことを不器用だと認め始めている…という事実にため息が漏れる。
 洗脳というのは恐ろしいものである。
 これもすべてあの熊のせいだ、とフリックは理不尽な八つ当たりを胸の中でしてみる。
 手渡された浴衣は綺麗な水色の浴衣だった。
 いつも厚着をしているフリックにしてみれば、薄い布一枚の浴衣というのは、どうも頼りないような気がするのだ。けれど涼しそうで、暑い夜にはちょうどいいかもしれない。
 部屋で浴衣を広げてみた。
 花火大会。
 戦争中だっていうのにこんなことをしていていいのだろうか??
 ごもっともな意見である。
 しかし、そんな常識的なことを考えていては、この同盟軍でやっていけない。
 フリックはやれやれとマントを外し、上着を脱ぎ捨てた。ズボンも脱ぎ、素肌に浴衣をまとってみる。ひんやりとした布地の感触が心地いい。
 なるほど、これなら暑い外ででも花火を見れるだろう。
「あれ?」
 浴衣の丈がずいぶんと長い。
 浴衣って帯で長さを調節するんだっけ?と引き上げてみる。手元を見ると、これまた長い。しかしナナミが自分の分だといって渡してくれたのだから、サイズは間違っていないはずだ。
 フリックはどうしたものか、と考える。
 一人で着れるなんてカミューに宣言したのに、長さの調節をどうすればいいか分からないなんて今さら言えない。
「困ったな…」
 フリックが浴衣と帯を相手に奮闘していると、ノックもなしに扉が開いた。
「よぉ…おおっ、フリック!!」
 入ってきたのはビクトール。手には同じく支給された浴衣を持っている。
 部屋の中で半裸で浴衣に着替えているフリックを目にして、思わず身を乗り出す。
 フリックは慌てて浴衣を引き寄せると、いきなり現われたビクトールに背を向け怒鳴った。
「…お前、ノックしろっていつも言ってるだろっ!!」
「何言ってんだ、今さらよ。いいねぇ、いつもいつも隠されてる肌が出てるってのは〜」
 ビクトールがにやにやとフリックの身体を舐め回すように眺める。
 フリックは呆れたように舌打ちする。
「それこそ何言ってんだ。俺の裸なんて見慣れてるだろうが」
「……」
 何気ないフリックの一言にビクトールはにんまりと笑う。
「そうだなぁ。ベッドの中とか?風呂ン中とか?」
「っ!!」
 自分の失言に気づいてフリックはしまった、とばかりに顔を赤らめる。
「ははっ、お前もだんだん大胆になってきたなぁ」
「誰がっ!!」
 さらに赤くなるフリックへ、ビクトールは手にした浴衣を放り投げた。
「?」
「それがお前の浴衣だとよ。ナナミのヤツ、間違えて俺のをお前に渡したらしいぜ」
「ああ…それでか…」
 道理でサイズが合わないはずだ。
 ビクトールの方がフリックよりもずっとガタイがいい。特に最近は以前によりも太ってきたような気がするし。それを言うとビクトールは筋肉だと言って怒るのだが。そのビクトールの浴衣ではどう考えてもフリックには大きすぎる。
「お前も着替えるだろ?」
 フリックが身に纏っていた浴衣を脱いで、そのままビクトールへと手渡す。
「ああ、花火は8時かららしいぜ」
「ふぅん。じゃ夕飯食ってからだな」
 手渡された浴衣はサイズはぴったりだった。
 同じ青い浴衣でも、先ほどのよりももう少し濃い青で、どうやらいつも身につけているマントの色と合わせてくれているらしい。フリックは帯をしめるとビクトールへと向き直った。
 そのビクトールはフリックから渡された浴衣を羽織ると、くんくんと鼻を鳴らしていた。
「…何やってんだ?」
 フリックが眉をひそめると、ビクトールは上目遣いにフリックを見、にやにやと笑う。
「お前の匂いがする」
「!!??」
「お前の汗の匂いだ」
 ほんの少し身につけていただけだから、そんなはずないと反論すればいいのだが、フリックはあまりのことに言葉が出ない。ビクトールはそんなフリックを横目に、浴衣に顔を埋めた。
「…何かいいな、こういうの…」
「な、なに…が…?」
「お前がそばにいるみたいでよ」
「……」
「お前のこと…すぐそばに感じられてよ」
 ビクトールがニヤリと笑って浴衣をぎゅっと抱きしめる。
「へ…変態…」
「そりゃまたご挨拶だな」
 ビクトールがくっくっと喉の奥で笑う。
 ばさばさと浴衣を身につけると、ビクトールは花火大会の準備を手伝うように頼まれているとかで、部屋を出て行った。
 残されたフリックは何だか一気に部屋の温度が上がったような気がして、汗を拭った。


 花火大会はさすがに中庭でするには狭すぎるので、城から少し離れた野原で行うことになっていた。とっぷりと日が暮れた頃、フリックはこれまた配給された団扇を手に城を出た。
「フリックさ〜ん」
 聞きなれた声がして、ニナがタックルするようにフリックに抱きつく。
「きゃあああ〜フリックさん、浴衣似合ってる〜!!」
 すりすりと腕に頬を寄せるニナをさりげなく押しやって、フリックは苦笑する。
「見て見て、フリックさん!可愛い??」
 一緒にいたナナミがくるりと一回転してみせる。白地にピンクの花模様の浴衣はなかなか可愛らしかった。
「ああ…よく似合ってる」
 その言葉にナナミが嬉しそうに笑う。
「あああフリックさん、バンダナしてないのね〜!うわ〜何だかステキっ!!」
 目を潤ませながらニナがフリックを見上げる。
「うん、何だか別人みたい〜、バンダナないだけですごく印象変わるね」
 ナナミもうんうんとうなづく。
 さすがに浴衣にバンダナは似合わなかったので、出かける直前に外したのだ。
 涼しげな風が吹くたびに前髪が揺れ、いつもは見えない白い額が見え隠れする。見慣れないフリックのその姿に、すれ違う誰もが一瞬目を向ける。
 フリックが整った顔立ちをしていることは周知の事実だが、バンダナを外したその顔はいつもに増して男前が上がったようで、ついつい見惚れてしまうのだ。
「ねぇねぇ、いっしょに花火見ようよっ」
 ナナミが反対側のフリックの腕を組む。
「悪いな、先約がある」
「えええええ〜!!もしかしてまた熊なのっ!!」
 ニナが思い切り不機嫌そうに頬を膨らます。
「何でそこでビクトールが出てくるんだ?ディランに準備を頼まれてるんだ」
「何だ〜つまんないのっ」
 二人ともがっかりと肩を落とす。
 野原はすでに人がいっぱい集まっており、地面に敷物を広げてみんな今か今かと空を見上げている。ニナたちと別れたフリックはディランを探した。
 ちょうど花火の準備をしている中央でディランは小さい子供たち相手に何かを配っている。フリックの姿を見つけると、片手を上げる。
「フリックさん、遅いよ」
「すまん。で、何を手伝えばいいんだ?」
「うん、打ち上げ花火じゃない普通の花火も用意したんだ。子供限定でね。ここで貰いにきた子に渡してくれる?」
「ああ分かった。あ、ビクトール見なかったか?」
「ビクトールさんならいったん城に戻って冷たいものを調達してくるって言ってたよ。フリックさんにここで待っててくれってさ」
「そうか」
「それにしてもさ、フリックさん浴衣似合ってるね」
 そういうディランもなかなかに似合っている。暑いのか袖を肩まで捲り上げ、腕をむき出しにしているあたりが子供らしくて微笑ましい。
「それに色っぽい〜」
「…ディラン、ガキが大人をからかうんじゃない」
「だってほんとのことだもん。ビクトールさん、鼻の下伸ばしてたでしょ?」
「ディランっ!」
 恐い恐い、とディランは笑って退散した。
 フリックは大きく息をつくと、群がる子供たちに花火を配った。次から次へと集まってくる子供たちはフリックから花火を貰うと嬉しそうに親の元へと走っていく。
 楽しそうなその様子にフリックは思わず微笑む。
 こんな平和な時がずっと続くように、自分たちは何としても勝利しなければならないのだ。
「おや、ちゃんと一人で着れたようですね」
 振り返るとカミューとマイクロトフが何とも粋に浴衣を着こなして立っていた。
 普段堅苦しい騎士の服を着ている二人の涼しげな浴衣姿なんて滅多に見れるものではない。
「ああ、おかげさまで、な。浴衣、よく似合ってるな」
「フリックさんこそ、やっぱり青がよくお似合いで」
 カミューが手を伸ばし、フリックの帯を引っ張った。
「もうちょっときつく締めておいた方がいいですよ。歩いているうちに解けてしまいそうです」
「ああ、ありがとう」
「では、私たちはこれで。よく見える場所、キープしておきましょうか?」
「ああ、じゃああとでビクトールと一緒に行くよ」
「分かりました」
 話をしている間にも子供たちが花火欲しさにフリックの周りに群がる。
 その一人一人に配分された本数づつ配っていく。
 やっとすべての花火を配り終えた頃、ビクトールが手に酒瓶を持って戻ってきた。
「ごくろうさん。一杯やるか?」
「ああ、もらおう」
 フリックがよく冷えた酒で喉を潤す。
「そろそろ始まるみたいだぜ…どっか見晴らしのいい場所を…」
 いいかけたビクトールは何か信じられないものでも見るかのように、フリックを凝視した。
「?どうかしたか?」
「フリック、お前…」
 がしっとビクトールがフリックの肩をつかむ。
「な、何だよ??」
「お前、バンダナはっ!」
「え?ああ…さすがに浴衣にバンダナはおかしかったからさ、外してきた」
 それがどうした?フリックがきょとんとビクトールを見る。
 ビクトールはむっとしたように眉をひそめると、フリックの手を引いた。ずんずんと歩いていくビクトールに引きずられるようにしてフリックが歩を進める。
「お、おいっ、何だよっ、どうしたんだよっ!!」
「花火見るんだろぉが…俺がいい場所見つけてあるからよ」
「いい場所って…いや、カミューたちが…」
 フリックの話なんてまるで聞いていないようで、ビクトールはみんなが腰を降ろしている場所からはどんどん離れていく。
 半ば突き飛ばされるようにして、暗い木立の中へと押しやられる。
「こんなとこじゃ花火は見えないだろ?」
「見えない方がいいだろ?」
 そう言うとビクトールはフリックを大きな木へ押し付けるようにして身体をすり寄せた。
「お、おいっ!!お前、何考えてんだっ!!」
 身の危険を察知して、フリックが慌ててビクトールの肩に両手を突っ張る。
「何って…お前がそんな格好でひょこひょこ俺の前に現れるのが悪ぃんだろぉが。くそっ、お前、ここに来るまでに何人のヤツと会った」
「何人って…お前いったい何言ってんだ?」
 いい加減腹が立ってフリックが憮然と聞きかえす。
 だいたい、そんな格好と言われても浴衣姿はビクトールだって見ているわけだし、フリックも内心花火は楽しみにしていたのに、こんな場所に引っ張り込まれて、気分がいいわけがない。
 しかし不機嫌になったフリックに輪をかけてビクトールも不機嫌である。
 むっとした表情でビクトールが怒鳴る。
「お前のそれだっ、それっ!!」
「それ?」
 ビクトールがフリックの額に触れる。
「このでこを皆に見せたのかっ。ああ?」
「でこ?それが何なんだよっ!!見せちゃ悪いのか?」
「悪いっ。お前のでこを見ていいのは俺だけだっ!」
 鼻息も荒くビクトールがきっぱりと言い切る。
 青いバンダナに隠れた白い額。
 トレードマークのそれは、人前で外されることはない。
 バンダナを外したフリックの顔を知るのは自分ひとりで十分だとビクトールは思っていた。
 いつもよりもほんの少し幼く見えるフリックを誰にも見せたくはない。
 独占欲の塊だ。
 分かってはいても、どうしようもない。
「……バカバカしい…」
 がっくりとフリックは肩を落とし、ため息をつく。
 そんなフリックの前髪をビクトールがかきあげる。はっとしたフリックが顔を上げるよりも早く、ビクトールの唇が顕わになった額に押し付けられた。
「ビク…」
 ちゅっと音を立てて唇が離れる。
 視線が合うとニヤリと笑い、ビクトールは薄く色づいた額を指でなぞった。そしてもう一度白い額にキスをする。
「何だよ、何て顔してんだ…」
「呆れてんだよ…」
 フリックは毒づくと、抱きしめてくるビクトールの腕を押し返そうとする。しかし、逆にぐいぐいと腰を押し付けられ、フリックは慌てた。
 押し付けられた股間は何だかすでにその気になっているようで…
「よせよっ、こんなところで発情すんなっ」
「そりゃ無理だろ。お前の浴衣姿見た時から、すっかりその気だぜ、俺は」
 何しろ、普段フリックの肌が見えているところといえば、顔くらいなものだ。それが浴衣だとすっきりとした首筋から胸元も、歩けば裾からふくらはぎなんかも見えるのだ。
 これで発情しない方がおかしい。
「ま、待てっ!んっ…」
 ビクトールが暴れるフリックの両手首を掴み、そのまま唇を奪う。
 歯列を割り、柔らかい口腔をゆっくりと舌でなぞり始める。
「んぅ……」
 舌を絡められ、強く吸われるとそれだけで力が抜けていくような気がして、フリックは掴まれた両手でビクトールを押し返そうとしたが、口惜しいことに少々の抵抗などではびくともしない。
 ビクトールの膝がフリックの足を割り、そのまま脚を上げて浴衣の裾を開いていく。
「やっ…め…」
 拒絶の言葉はどこか甘い響きをもっていて。
 薄く笑ったビクトールはより深く唇を合わせ、本格的にフリックを煽り始めた。くちゅりと濡れた音が何度もして、唇の端から唾液が溢れた。
 その甘い蜜を追いかけるようにしてビクトールの唇が離れ、そのまま顎へ、首筋へと降りていく。はだけた胸元をきゅっと強く吸われて、フリックはびくりとその身を震わせた。
 一瞬、信じられないような快感が背筋を走ったような気がして、力なく目の前の男を睨む。
 こんな所で冗談じゃない。
 いつ、誰に見られるかも分からないのに。
 何とか男の手から逃れようと肩を掴んだ。ビクトールが上目遣いにフリックを見つめる。
「フリック…な、いいだろ?」
「い、いいわけないだろっ!離せっ…」
「たまには外でってのも刺激的だぜ?」
「いらない…こんなところで…」
 ビクトールがフリックの腰を抱き寄せ、引き締まった腹部に顔を埋める。熱い舌先で舐められ、フリックは小さく呻いた。
「いいだろ、夏しかできねぇぜ、こんなこと」
「…絶対、嫌だ」
「んじゃ間を取るか…」
 間?
 ビクトールがフリックの背に片手を回し、しゅるっと帯を解いた。はだけた浴衣の裾をさらに広げてその場にしゃがみこむと、ビクトールはフリックの片足をその肩にかけた。
「ちょっ…!!」
 熱い息がふきかけられ、ビクトールがフリックの股間に顔を埋めていく。あっという間のことで抵抗する暇もない。
「ひぁ…っ…」
 濡れた感触がそこに触れた瞬間、フリックは大きく背を反らした。
 反射的に閉じようとする脚をビクトールが押し返す。一旦口から吐き出し、まだ柔らかいフリックのモノを舌で舐め始める。
「あ――っ」
 思わず声があがりそうになったフリックが慌てて口元を両手で塞いだ。
 自分の足元でうずくまる男はそんなフリックの様子に微かに笑ったようで、それが余計にフリックの羞恥心を煽る。
 ビクトールの右手が顕になったフリックの足元、踝からふくらはぎ、内腿の柔らかい部分を何度も撫で擦る。まるでくすぐるようなその触れ方に、ぞくりと背筋を快感が走りぬけた。
「やめ…ろ…っ」
 指の間から漏れた拒絶の言葉は弱々しく、フリックは大きく胸を喘がせる。
 ビクトールは徐々に形を変えてきた目の前のものを何度も唇と舌で愛撫した。再び口腔に含むと、きつく唇をすぼめて、全体を根元から先端へと扱いていく。
 ぬるりとした唾液で滑りがよくなると、そのスピードを上げる。
「あっ…は…ああっ…」
 膝をがくがくとさせ、フリックは崩れ落ちまいと片手で背後にある木をつかむ。
「イっていいぜ」
 ビクトールが意地悪く囁く。その振動さえも刺激になってしまう。しかしフリックは嫌だというように首を振る。
「ったく強情だねぇ」
 フリックの花芯はすでに痛いほどに張り詰めて、先端からはトロリと蜜が溢れているというのに、まだ嫌だというのだ。ビクトールはすくい上げるようにして溢れた蜜を舌にからめとった。再び口腔いっぱいに含むと、わざと音を立ててしゃぶり始める。
「あ…っ…うぅ…やめ…ぅ…」
 腰から下の感覚がなくなっていくような気がして、フリックはきつく唇を噛んだ。
「はっ…ああ…っ…」
 軽く歯を当てられて、フリックはびくりと身を震わせる。それを宥めるようにして、ビクトールが指で余った部分を扱く。聞くに堪えないような湿った音が耳に聞こえ、フリックは大きく頭を振った。
 もう限界だった。
 根元から先端へ、先端から根元へと何度も舌を這わされ、淫らな音を立てて吸われ、フリックは片足で体重を支えていることさえ苦痛になってきた。
「フリック…」
 ビクトールがなかなか達しようとしないフリックに業を煮やしたのか、人差し指を濡らすと足の間へと滑り込ませた。
「ひっ…っ…!」
 堅く窄まった後ろは簡単に侵入を許しはしなかったが、思いもかけない刺激に、フリックはとうとうその強張りを解いた。
「は…っ…ああ…!!」
 吐き出される蜜は、すべてビクトールの口の中で飲み込まれていく。
 一滴残らず啜り上げようとする舌の蠢きに、フリックは耐えられず、ぽろりと涙を零した。
 青臭い匂いのするそれをすべて飲み込んだビクトールは、自分の唇と舌だけでフリックをイかせることができたのに満足したのか、ぺろりと唇を舐めると立ち上がり、フリックの口づけしようと顔を寄せる。
「いや…だっ…」
 思わずフリックが顔を背ける。ビクトールがむっとする。
「何でだよ」
「……」
「味が嫌か?だが、全部お前のもんだぜ?」
「言うなっ!!」
 赤くなるフリックに、図星か、と笑い、ビクトールが強引に唇を重ねた。
 舌先に残る蜜をフリックの舌へと擦りつける。自分の放ったものを口腔に押し込められ、フリックは眉を顰めた。けれど、ビクトールに執拗に舌をからめられ、だんだんと、その味さえも分からなくなっていく。
「ん…ぅ…」
 身体の奥がじわりと疼いてくる。フリックは震える指先でビクトールの浴衣の胸元をつかんだ。立っていられない。そのまま、ずるずるとその場にしゃがみこみ、フリックは大きく胸を喘がせ、はだけた裾を合わせる。
 火照った頬で俯くフリックの前髪をビクトールがつかんだ。
「フリックよ、外でしたくないっていうお前に妥協してやってるんだぜ、な?」
「なに…が?」
「このままじゃ歩けねぇからよ」
「………」
 男が何を言わんとしているのか分かり、フリックはビクトールを睨みつける。
 そんなのは自業自得だろ!と怒鳴りたくなったが、もうここまで来て意地を張るのも馬鹿らしい。嫌だと言ったところで、どうせ簡単に解放はしてくれないのだ。フリックは目の前の男の浴衣の裾を割ると、中に手を忍ばせた。
 その時、どんっと大きな音がして一瞬周りが明るくなった。
「花火…始まったみてぇだな」
「……」
「さっさとやってくれりゃ、観に行けるぜ?」
 笑いを含んだ声が頭上から聞こえる。
 フリックは小さく毒づくと、すでに堅く勃ちあがった男のそれを指で撫でた。
「おいおい、まさか手だけで…ってわけじゃねぇだろな」
 いくぶん慌てたビクトールの声。
「うるさいっ!!お前は、もう黙ってろっ!!」
 フリックは怒鳴ると手にしたものをそっと口に含んだ。
 とたんに質量が増したような気がして、息をつめる。とても全部なんて含みきれない。ゆっくりと舌先で先端部分を円を描くようにして舐めてみる。独特の味が口の中に広がっていく。
 もともと口での奉仕はあまり得意ではないのだ。
 ビクトールはその度にフリックを口で責め抜く。どんなに嫌がっても必ず一度はそれだけでイかされる。だが、それをフリックに強要はしない。
 いつまでも慣れないフリックのことを決して責めたりせず、いつも気が遠くなるほどに愛してくれるだけだ。
「んぅ…んっ…」
 それでも、いつも自分に施される愛撫を思い出しながら、フリックは必死で舌を使った。裏側を丹念に舐め、唇を扱くようにして上下に滑らせる。顎を唾液を伝った。けれど、それは自分だけの唾液なのか、それとも滲み出てくる男の精なのか分からない。
「ふ…ぅ…いいぜ…フリック」
 ビクトールの手がフリックの後頭部に触れた。何度か髪を梳いていたかと思うと、そのままぐいと自分の股間へときつく引き寄せる。
「うっ…ん…ぅ…」
 いきなり喉の奥まで含まされ、フリックが両手をビクトールの太腿の辺りで突っ張った。
「悪ぃな…もちっと口開けてくれ」
 これ以上は無理だ、と心の中で叫ぶ。
 そんなフリックの頬をビクトールの無骨な指がそっと撫でる。苦しげに眉をひそめ、口をいっぱいに開き、いやらしく男を頬張っているというのに、フリックはいつもどこか清廉としている。
 どんなに手荒く抱いても、最後まで汚すことができないような気がして、それがビクトールを焦らせる。いつまでも自分の手の届かないところに、フリックがいるような気がして…。
 ぴちゃっと濡れた音を立てて、フリックが口腔のビクトールを吸い上げた。苦味のある味のするそれをコクリと喉へと流し込む。ビクトールの腰がぶるっと震えた。
「くそ…っ、たまんね…ぇ…」
「…うっ…!」
 ビクトールが腰を前後に動かした。だんだんと早くなるその動きについていけず、フリックはただ口を開き、出入りする男のものが熱く膨らんでいくことだけを感じていた。
 口の中いっぱいに溜まった唾液の雫が顎から喉元へと絶え間なく流れていく。その何ともいえない扇情的な眺めにビクトールはもう我慢ができなくなった。
「出すぞ…」
 何かを堪えたような低い声が頭上で聞こえたと思ったとたん、喉の奥で熱い飛沫が弾けた。思わず咽せ返り、フリックが顔を背ける。そのはずみで含んでいたものが口外へと零れた。
 ビクトールの先端から溢れ出した白濁とした蜜はフリックの頬を濡らした。
 その熱さにフリックはびくりと身を震わせた。
 どくっと最後の一滴が唇の辺りに飛び散る。
「ふ…ぅ…」
 ビクトールが荒い息をつき、フリックの背後の木に両手をついた。
「はぁ…はぁ…」
「悪い…我慢できなかった…」
 顔にかけるつもりなんてなかったのだ。
 ビクトールはそっと手を伸ばすと、フリックの頬を濡らした自分の蜜を拭う。
「……っ」
 フリックがぺろりとその指先を舌で舐めた。
 虚ろな目でビクトールを見上げる。
 ビクトールは身を屈め、半開きの唇を奪う。苦い味がした。



「お前とはもう絶対に夜道は歩かない」
 恐ろしく低い声でフリックがつぶやく。
 あのあと、嫌がるフリックを再び押し倒そうとしたビクトールは手ひどい抵抗にあい、結局最後まで目的を果たすことはできなかった。
 おまけにコトが終わった頃には、花火も終わってしまっていて、フリックはかんかんに怒っているのだ。
「でもよ、お前だってけっこうイイ感じだったじゃねぇか」
「ふざけんなっ!!」
「部屋に帰ったらちゃんと続きをしようぜ。お前だってあんな中途半端じゃ辛ぇだろ?」
「………」
 反論できない自分が口惜しい。
 フリックは肩にまわされたビクトールの腕を捻り上げる。
「痛い痛いって」
 ビクトールが悲鳴を上げる。
「おや、お二人そろって、どこへ行ってたんですか?」
 城近くまで戻ってくると、門の入口でカミューとマイクロトフにばったりと出会った。
 カミューはせっかく場所をとって待っていたのに、結局現われなかったフリックのことを心配していたのだ。
「ずっと待ってたんですよ、花火観ましたか?姿を見かけませんでしたが」
 カミューがぱたぱたと団扇で扇ぎながら尋ねる。
「あ…えっと…ち、違う場所で…見てた…悪い、せっかく場所取っててくれたのに…」
 だんだんと声が小さくなるフリックに、ビクトールがニヤニヤと笑う。
 舌打ちするフリックをまじまじと見ていたカミューがくすりと笑い、手にしていた袋をフリックへと差し出した。
「え?」
「さしあげますよ。先ほどディラン殿からいただいた花火です。子供たちに配っていたものが余ったそうで」
「え?いや…俺は…」
「観れなかったんでしょ?花火」
「っ!!!な、何で…?」
 気の毒なほどにうろたえるフリックの耳元にカミューがその顔を寄せて囁いた。
「浴衣、合わせが逆ですよ」
「…………っ!!!!」
 思わず胸元を見ると、指摘された通り、合わせが逆になっている…。
 すっかりはだけられた浴衣を着なおす時に間違えたのか。
 フリックは真っ赤になってうつむいた。
「今度は私が着るのを手伝ってさしあげますよ」
 くすくすと笑うカミューはマイクロトフを促して城へと帰っていく。
 フリックはうつむいたまま、その場を動こうとしない。
「フリック?」
「……ビクトール、今夜はとても疲れたから、俺は一人で寝る。お前も自分の部屋で寝ろ。間違って一歩でも入ってきたら…殺すからな」
「そ、そんな…冗談だろ?」
「俺はお前と違って冗談は言わない」
 あっさりと言い放ち、フリックはビクトールが止めるのも聞かず城へと歩き出す。
 途中、フリックに出会った人間は、その恐ろしい形相に思わず身を引いた。
 そのおかげで浴衣の合わせが逆だったことは誰にも気づかれずにすんだ。
 それが唯一、不運なフリックにとっての幸運だった。
 


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