小さな祈り カミューが明日の合同訓練の最終打ち合わせを軍師シュウと終えて、自室へ戻ろうと長い廊下を歩いていた時のことだった。 午後の眩しい光を廊下へと招き入れる大きな窓の外、ちょうど階下の扉から中庭へ出ようとしているマイクロトフの姿を見つけたのだ。 思わず足を止め、今朝方まで一緒にいた恋人の姿を目で追う。 マイクロトフは手には小さなブリキの箱を携え、もう片方には何やら大きな袋を引っさげていた。 いったいアレは何だろう? 「マイク」 窓から半身を出して呼びかけると、マイクロトフは聞き慣れたその声がどこから聞こえてくるのか、と辺りを見渡した。 もう一度呼びかけると顔を上げ、そこにカミューの姿を見ると、とたんに顔を綻ばせた。心底嬉しそうに微笑むマイクロトフにカミューもつられて微笑む。 「カミュー、打ち合わせは終わったのか?」 「ああ、お前、何をするつもりだ?」 カミューの問いかけに、マイクロトフは何か言いかけたが口を閉ざし、代わりにくいくいとカミューに降りて来いというように手で合図した。 分かった、と軽く手を上げ、カミューは中庭へ出るために階段を下りた。 マイクロトフ一人だと思ったのは間違いだったようで、中庭へ出てみると、そこにはナナミとミリーがいた。めずらしい組み合わせだな、とカミューは思ったが、いつもの柔和な笑みを浮かべて、二人に声をかける。 「あ、カミューさん」 「こんにちわ、カミューさん」 「どうされたんですか?お二人そろって」 「あのね、マイクロトフさんに小屋を作ってもらおうと思って」 「小屋?」 はて、と首を傾げるカミューに、ナナミがにこにこと説明をする。 「ボナパルト用の小屋が欲しいってミリーちゃんが言うから、何かいいものないかなぁって道具屋に行ったんだけど、ちょうどいい大きさのがなくて。で、思い切って作ってみようかって話してたら、マイクロトフさんが……」 なるほど。 ナナミからすべてを聞くまでもなく、カミューは事態を理解した。 偶然通りかかったマイクロトフが、この状況を黙って見過ごすはずもない。どう考えてもナナミとミリーにボナパルト用の小屋が作れるとは思えない。話を聞いたマイクロトフが、代わりに作りましょうと申し出るのは当然だろう。 お世辞にも女性の扱いが上手だとは言えないマイクロトフだが、それくらいの親切心と礼儀は弁えている。 「ではレディたち、私もお手伝いいたしましょう。出来上がったら声をかけますから、お二人はレストランで甘いものでも食べていてください」 「ほんと?ありがと、カミューさん」 良かったねぇと、はしゃぐ二人が姿を消すと、マイクロトフが胡散臭そうにカミューを見た。 「お前が手伝うだと?」 「おや、何だい、その疑わしそうな目つきは?」 「……いや、別に」 では始めようか、とマイクロトフがどさりと手にしていた大工道具を地面に置いた。 それにしても、元マチルダ青騎士団長に大工仕事をさせるとは…… 長年マイクロトフと一緒にいるカミューも、さすがにマイクロトフが大工仕事をする姿はついぞ見たことがない。 腕まくりをして、どこか楽しそうに大工道具を取り出している男に、カミューは思わず笑みを零した。 「何だ?」 「え?いや……ときにマイク、お前、小屋なんて作ったことあるのかい?」 「いや、ないが?」 「…………」 あっさりと言うマイクロトフに、カミューは呆れた。 そんな簡単に作れるものだろうか? カミューだって小屋なんて作ったことはないが、簡単そうに見えるものほど難しいというのが世の習わしだ。 おもしろい。 マイクロトフがちゃんと作れるかどうか、見届けてやろう。 悪戯心とも、好奇心ともいえる興味がむくりと湧いて、カミューは内心おもしろいことになった、と喜んでいた。 上手くできない方に100ポッチ まさか口にするわけにもいかないので、こっそりとカミューは胸の中でつぶやいた。カミューそんな賭けを考えているなどとは露とも思わないマイクロトフが、ふと手を止めて首を傾げる。 「ところでカミュー、お前は何を手伝ってくれるんだ?」 「私?私は、ここでお前が小屋を作るのに声援を送るのさ。ギャラリーがいた方が闘志がわくだろう?」 にっこりと微笑むカミューに、マイクロトフは深々と溜息をついた。 「そんなことだろうと思った」 「ちゃんと出来たら、何か冷たいものでもご馳走してあげるよ」 賭けの100ポッチで。 「……何だか、出来ないと言われているような気がするのは気のせいか?」 「どうして私の言葉を素直に聞けないんだろうね、お前は」 それは日頃のお前の行いが……と言いかけたマイクロトフをひと睨みして、カミューは一段高くなった石畳の上に腰を下ろした。 そして、マイクロトフが大工仕事を始めるのを眺めることにした。 マイクロトフは大きな木片を鋸で切り分け、丁寧に鉋をかけた。たかがペットの小屋に、何もそこまでしなくても、とカミューは思うのだが、そういうところもマイクロトフらしいなとも思う。 カミューが想像していたよりもマイクロトフは器用なようで、手際よく必要なパーツを作り上げていく。 ……つまらん この調子だと何事もなく小屋を作り上げてしまいそうな気配だ。 まぁ別に失敗してほしいと思っているわけでもないのだが、とカミューは軽く溜息をついた。それに気づいたマイクロトフが手を止め、振り返る。 「どうかしたか?」 「いや……お前、初めてだというわりには上手じゃないか」 「そうか?」 「うん、いいお父さんになるよ、お前は」 「お父さん?」 カミューの言葉にマイクロトフが仕事の手を止める。 「そう。例えば家庭を持つとするだろ。小さな子供なんかがいて、犬を飼っていたりするわけだ。で、ねだられるがままに、休日に庭で小屋を作ったりするんだ」 ちょうど今のお前みたいに。 何とも幸せで暖かな風景。 マイクロトフはまじまじと、カミューを眺めた。 「何だい?」 その視線に気づいたカミューに、マイクロトフはおかしそうに笑った。 「何がおかしい?」 むっとしてカミューが聞き返すと、マイクロトフは軽く肩をすくめた。 「いや……まぁそれは無理な話だと思ってな」 「何故?」 「お前と家庭を持つことはできても、子供は無理だ」 「…………」 「それに、お前は動物を飼うのは好きじゃないだろう?」 あくまで将来そばにいる存在はカミューだと信じて疑わないマイクロトフの言葉。あまりにもあっさりと言ってのけるマイクロトフに、カミューは顔が熱くなるのを感じた。 これだから天然は嫌いなんだ カミューを舞い上がらせるようなことをさらりと言うマイクロトフ。 意識してではなく、当然のことのように言うから始末に困る。 さらに困ったことは、そういうマイクロトフのことが好きだと感じてしまう自分がいることで……… 「あっ!!」 「どうした?」 突然叫んだマイクロトフに、カミューが思わず立ち上がった。 そばに寄り、散らばった木材を覗き込む。マイクロトフが出来上がったパーツをいろいろと組み合わせてみたあと、ぽつりと言った。 「………どうして長さが合わないんだろう?」 「…………」 呆然といった感じのマイクロトフの言いように、カミューは吹き出した。 それは、後先考えずに、パーツを作り始めたりするからだ。 設計図もなしに小屋を作ろうという方が間違っている。 やっぱり上手くできない方に100ポッチ……で正解だったな。 くすくすと笑い続けるカミューに、マイクロトフが少々むっとしたように唇を尖らせた。 「笑いすぎだ、カミュー」 「すまん。では一緒に最初からやり直そう。今度は私がちゃんと正確な指示を与えてやるから、お前は実行部隊としてパーツを作るといい」 「……分かった」 やれやれ、結局手伝うことになるのか。 カミューは己の甘さに苦笑する。 「冷たいものは、お前が奢れよ」 地面に棒で図面を引き始めたカミューに、マイクロトフはしぶしぶ了解した、と返事をした。 「ところでマイク」 「何だ?」 「私は動物を飼うのは嫌いじゃないよ」 「そうか?」 「うん、お前が小屋を作ってくれるならね」 「では、犬でも飼うか」 この闘いが終わったら。 二人で、静かな暮らしができるのならば。 お互い口には出さずに想う、それは小さな祈り。 |