FOR YOU(後編)


 さて翌朝である。
 お互いに眠れない夜を一人で過ごし、これ以上ないくらいにお互いのことを考えて迎えた朝である。
 めずらしく早朝訓練に姿を見せたカミューに、マイクロトフはいつもと同じ笑顔を見せた。
「おはようカミュー」
「ああ、おはようマイク」
「……」
「……」
 気まずい。
 こういう場合、より気まずいのはどちらだろうか。
 カミューは「マイクロトフに呆れられたのではないか」と思い、マイクロトフは「カミューに下手だと思われたのであろうか」と思っていた。
 何とも救いようのない二人である。
「もう大丈夫なのか?」
「え?」
 先に声をかけたのはマイクロトフだった。
 マイクロトフが周りに聞こえないようにカミューの耳元に顔を寄せる。
「昨夜、言っただろう?だめな日だ、と。体調でも悪かったのかと思って」
 これは真剣な言葉なのか、単にからかっている言葉なのか図りかねてカミューはまじまじとマイクロトフを見つめた。だが、マイクロトフはいつもの真面目な顔で続ける。
「それから…その…お前が逃げてしまうほどに、俺は下手だったか?」
「は?」
 この台詞にはカミューも言葉をなくした。
 どうやら、マイクロトフは自分が下手なせいで、カミューが逃げ出したと思っているようである。どう答えてよいか分からず、カミューは戸惑ってしまう。
 逃げ出したのは確かにマイクロトフのせいなのだが、それは決して下手だったからではなく、むしろその反対なのだ。
 昨夜のマイクロトフは、今まで自分が知っていると思っていた彼とは全く違った。
 カミューの知っているマイクロトフは真面目で、曲がったことが嫌いで、どこか不器用で。恋愛に関してはちょっと奥手な、そんなイメージを勝手に抱いていたのだ。
 それは違うと、1週間前に一晩同じベッドの中で過ごした時に分かっていたはずなのに。昨夜、セックスを前提にキスを交わしたとたん、それが現実のものとしてカミューを打ちのめした。
 マイクロトフはカミューが思っているような男ではないのだ。
 遊び馴れたカミューを翻弄できるほどに、上手なキスができる男なのだ。
 それが分かったとたん、急に恥ずかしくなってしまった。
 急に、恐くなったのだ。
「カミュー」
「何だい」
「もし、お前にその気がないのなら、いや、ないのは困るのだが、つまり…今すぐは嫌だというのなら、俺は待つから。お前が…もし、恐いと思ってるなら…」
「マイクっ!」
「え?」
 いきなり大きな声で怒鳴られマイクロトフは目を丸くする。
「誰が恐いと思っているって?ばかなことを言わないで欲しいな。たかがセックスごときで、この私が何を恐がると言うんだい?昨夜はちょっと調子が悪かっただけだ。今夜はちゃんとできる。そうとも、昨夜はちょっと、その気にならなかっただけだっ」
「………そ、そう…なのか?」
 あまりに力強く言い切るカミューにマイクロトフは思わず口ごもってしまう。
 したくないと言えば嘘になる。しかし、カミューの気持ちがまだ固まらないのであれば、無理矢理に抱こうとは思っていないのだ。マイクロトフにとってカミューは何よりも大切なもので、決して傷つけたくない最愛の人で。だから、カミューが望まないことはしたくないのだ。
 カミューが待てというなら、いつまででも待とうと思っているのだが。
「マイク、今夜、行くから。待っててくれ」
 カミューが真剣な顔でマイクロトフに言う。
「カミュー、だ、だから無理はしなくても…」
「無理なんてしてない。とにかく、今夜行くから!」
 それは、まぁ願ってもないことなのだが。
 マイクロトフが何か釈然としないものを感じつつも、カミューと約束をした。
 そういうわけで、今夜、もう一度……ということになった。


 何だか馬鹿みたいだな。
 執務室で書類を眺めながらカミューは小さくため息をついた。
 だいたい、セックスなんて「やろう」と思って行う行為ではないはずだ。ああいうのは、それらしい雰囲気になったらすればいいだけで、義務でも何でもないわけで。
 しかし、最初はきっかけを掴むのが難しい。
 そのきっかけを逃してしまった張本人であるカミューとしては、名誉挽回のためにも、何とかしたいと思っているのだが………。
「カミュー様?何かご心配事でも?」
「え?」
 声をかけられ、顔をあげるとそこには心配そうな副官がいた。
 カミューが先ほどからため息ばかりついていることを心配しての言葉だったが、暗に仕事はどうなっている?と言われているような気がして、カミューは咳払いなんぞしてみる。
「すまない、ちょっとぼんやりしていたな」
「いえ。どうもお顔の色が優れませんが、ご気分でも悪いのでは?」
「いや、大丈夫だ。仕事を続けるよ」
 雑務に追われながらも、頭の中で考えるのはマイクロトフのことばかり。
 今夜行く、などと口走ってしまったのがいいが、果たしてちゃんとコトが進められるかどうかが心配なのだ。どうして、こんなことになってしまったのだろうか?
 セックスなんて初めてでもあるまいし、同じことをするだけなのに、どうして昨夜はあんなに恐いと思ってしまったのだろう?初めての時でさえ、恐いなんて思わなかったというのに。
「カミューさま」
「何だい?」
「……サインが」
 副官に言われて書類を見ると、書類の最後、カミューがサインしていたのはすべて上司ゴルドーがサインしなければならない個所であった。
「しまった…」
「カミューさま、今日はお疲れのようですから、お部屋に戻られた方がよろしいのでは?」
「しかし…」
「いえ、私がきちんとこのあとのことはしておきますので」
 いつになく強い口調で副官が言う。満面の笑みがちょっと恐い。
「……そ、そうかい?では、すまない、あとの仕事を頼めるかな」
「もちろんですとも。さ、どうぞお戻りください」
 あからさまに副官がほっとするのを見るのは癪だったが、カミューは残りの仕事の指示をすると大人しく自室へ戻ることにした。
 何だか本当に気分が悪いような気がしてきた。
 カミューは小さくため息をついて自室へと向かった。途中、剣術の訓練を終えたばかりの赤騎士たちと出会った。誰も赤騎士団に入ったばかりの若い連中ばかりである。
「もう練習は終わったのか?」
 にぎやかな集団の先頭を歩いていた団員にカミューが声をかける。声をかけられた団員は思わぬ幸運に顔を真っ赤にした。
「はい、団長はどちらへ?」
 誰もが憧れるカミューから声をかけてもらえるというだけで、感激ものの赤騎士たちである。声をかけられなかった者も足を止め、興味津々といった感じでやりとりを見守っている。
「ああ…少し気分が優れなくて、今日は早めに仕事を終わらせてもらった」
「え?お加減が悪いのですかっ!!」
 カミューの言葉に団員たちがどよめく。
「あ〜別に悪いというわけでもないのだが…」
「いえっ、だめですよ、風邪はひき始めが肝心なんですから」
「そうです、無理をされてはいけません」
「いや…別に風邪と言うわけでは…」
 カミューは困ったように言葉を濁す。
 まさかマイクロトフとのことを考えすぎて気分が悪くなったとはいえない。
「いいえ、いけませんっ!!」
 どういうわけか団員たちの方が必死の形相で、後ずさるカミューを取り囲む。
「団長、我々がお部屋までお供しますから」
「ちゃんとベッドに入られるまでっ」
「い、いや、私は…」
「さ、さ、行きましょう!」
 わらわらと引きずられるようにしてカミューは自室へと向かう。
 何しろ団員たちにとってカミューは憧れの君であり、何よりも大切で、かけがえのない存在なのだ。もちろん風邪のことは心配なのだが、この機会にカミューの部屋に入りたい、という小さな野望もあったりするのだ。
 途中、医務室で風邪薬をもらい、有無を言わさずカミューをベッドへと寝かしつける。
「団長、着替えられた方がいいのでは、お手伝いいたしますっ」
「あ、ああ、それは…あとで自分でするから」
 その言葉に残念そうに団員たちが肩を落とす。
「団長、ゆっくりとしてください」
「あとのことは心配ご心配なさらずに」
 だから、風邪ではないと言っているのに…
 しかし、否定するのも面倒で、カミューは曖昧に微笑んだ。その笑みが儚げに見えたのか団員たちがほぅっとため息をつく。
「じ、じゃあ我々はこれで。何かありましたら、遠慮なく呼んでくださいっ!」
「あ、ありがとう…」
「ではお大事にっ!!」
 最敬礼をして団員たちが部屋をあとにする。カミューはベッドの中でやれやれ、とため息を漏らした。
 一方、カミューの部屋を出た団員たちは大役を果たしたとばかりに満足そうにうなづきあう。
「見たか、さっきの笑顔」
「顔色が悪かったよな」
「ああ、お可愛そうな団長。きっと執務が忙しすぎるんだな」
「どう見てもお体が強そうには見えないし」
「華奢だしな」
「青団長とは違ってな」
「青団長といえば…」
 はた、と全員が口をつぐむ。
 カミューとマイクロトフの関係がどうなってるのか、はっきりとしたことは分からないにせよ、どうも怪しいと思っている団員たちである。何よりも大切なカミューのことに関しては敏感なのだ。
「まさか…団長の具合が悪いのって…」
「何だよ」
 真っ青になった団員の一人が、次に赤い顔をして、声をひそめる。
「まさか、まさか昨夜マイクロトフ様に…その…その、ヤられてしまったのでは」
「なっ!!」
「ヤっ??!!」
「何だとっ!」
 団員たちが一斉に色めき立つ。
 体調が悪いというのはそのせいなのか?マイクロトフが無茶をさせたせいでカミューがあんなに青い顔をしていたのか!
「許せんな、それは」
「絶対に青団長のことだ、1回ではすまないはずだ」
「一晩に何回も…お可愛そうな団長」
「体力だけはありそうだからな、青団長」
「他にはないのか?」
 マイクロトフが意外と女性にモテることは団員たちは知っているのだが、何しろあの真面目な性格のマイクロトフが経験豊富だとはどうしても思えないのだ。
 きっとカミューにいろいろと負担がかかっているに違いない、と勝手に解釈して団員たちはメラメラと怒りの炎を燃やした。
「許せん、我らのカミューさまにっ!」
「そうだ。これは、直談判に行かねば」
「そうだな」
 もしカミューが聞いていたら青筋立てて怒りそうな展開だったが、団員たちはすっかり自分たちの考えに酔っていた。そして勢いに任せて一致団結してマイクロトフの元へと赴いた。
 少しでも騎士団にいた人間ならば、団長の、それも所属の違う団長のところへ直談判に行こうなどという恐ろしい考えは思いつかないであろう。無知というのは恐ろしいものである。
 部屋にいた青騎士団の副官はいきなり現われた赤騎士団員たちに目を丸くし、隣の執務室にいるマイクロトフにその旨を告げにいった。
「赤騎士団員たちが?俺に何の用なのだ?」
「それが…直接マイクロトフ様にお話したいと」
 困ったように副官が肩をすくめる。
 執務室で苦手な書類作成に追われていたマイクロトフは、いきなりの赤騎士団員たちの訪問に驚きを隠せなかった。赤騎士と青騎士が仲が悪いというわけではないのだが、所属する団が違うと滅多に交わることはない。ましてや、まだ入団したばかりの赤騎士たちとなると、上官に仕事を頼まれた時くらいでなければ執務室へはやってこないものだ。
 だとすると、カミューに何かを頼まれてやってきたのか?
 マイクロトフは首を捻りながらも、部屋に通すようにと副官に告げた。
 ほどなくして部屋に入ってきた団員たちは全部で5人。
 ここへきてやっと緊張してきたのか、誰もが顔を強張らせている。
「突っ立ってないで、座るといい」
「は、はい」
 おずおずとイスに座り、きょろきょろと執務室の中を見渡す。
「さて、俺に何の用かな」
「はいっ、マイクロトフ様にお願いがあってやってまいりましたっ」
「お願い?」
「そうです」
 5人が一斉に身を乗り出す。
「カミューさまのことですっ」
「カミューのこと?」
 団員たちの口からカミューの名前が出るとは思っていなかったマイクロトフは、内心「さっさと用件を言え」と思ったが、努めて平常を装った。
「マイクロトフ様、あまりカミューさまに無理をさせないでください」
「無理?」
「そうです、いくらカミューさまでも、マイクロトフ様の体力にはついていけないと思うのです。カミューさまはあんなに儚げで華奢でいらっしゃる!それを、それを、あんまりです」
「カミューさまはそういう経験は少ないと思うのですが!」
「もちろん、マイクロトフ様が下手だと言ってるわけではないのです」
「ですが、このままでカミューさまがあまりにもお気の毒で」
 同時に5人が口々に訴えるものだから、マイクロトフは一体何をお願いされているのか全く分からなかった。とりあえず、自分がカミューに対してひどいことをしているから改めろという内容だということくらいはかろうじて分かる。分かるが、酷いこととは何だろうか?
「あ〜、すまない。話がよく見えないのだが…」
「マイクロトフ様!本当にカミューさまをお任せしてよろしいのでしょうかっ!!」
 だから、要点を簡潔に述べろっ!とマイクロトフは思ったが自分の直属の部下ではない赤騎士団員たちを怒鳴るのも大人気ないと思い、わけのわからないままうなづく。
「もちろんだ。カミューのことは心配しなくてもいい」
「本当ですねっ!」
「俺が信用できないのか?」
「そういうわけでは…ただ、先ほどのカミュー様のご様子があまりにも…」
 口篭もる団員たちから出たカミューの言葉に、マイクロトフが身を乗り出す。
「カミューがどうしたのだ?」
「お加減が優れないということで、執務を早退されたそうです」
 そういう大切なことをこそもっと早く言え!と今度こそ本気で怒鳴りそうになる。
 しかし、何とかそれも押しとどめた。
「分かった。カミューのことは俺がちゃんとするから」
「良かった」
 団員たちはお互い顔を見合わせほっと胸を撫で下ろす。さりげなく中の様子を見にきた副官が軽く咳払いすると、やっと団員たちは腰を上げる。
「では失礼いたしました、マイクロトフ様」
「ああ、ご苦労だった」
「いえっ、カミュー様とお幸せになってください」
「あ、ああ?分かった…」
 ばたばたと執務室を出て行く団員たちを見送り、マイクロトフはため息をついた。
 いったいあれは何なのだろうか?
 あんな団員たちばかりでは、それはカミューも苦労することだろう。
 それにしてもカミューの具合が悪いなどと言われてはおちおち仕事もしていられない。
 マイクロトフは苦手な書類処理をすごい勢いで片付け始めた。


 うとうとと浅い眠りを繰り返していたカミューは部屋の外を行き交う人の声で目が覚めた。
 無理矢理に風邪にされてしまい、仕方なくベッドに入ったのだが、疲れていたのかすぐに眠ってしまったようだった。
 どうやら本当に微熱があるようで。
 身体が妙に熱い気がする。
 カミューは起き上がると、ベッドサイドの水を一口飲んだ。
「病は気からというのは本当なのだな」
 いろんなことが一気に起こったから戸惑っているのだと思う。仕事であれば、それが戦いの中のことであれば、どんなことが急に起こっても冷静に対応できるだけの自信はある。それなのに、それがマイクロトフのこととなると、どうしてこんなにみっともなくなってしまうのだろう。
「情けない」
 恋なんてどれも同じだと思っていたのに。
 今までの恋愛はいったい何だったのだろう?
 カミューは汗ばんだシャツを握り締めた。いったいどんな顔でマイクロトフに会えばいいのだろう。
 自分が、本当は恐がっているなんて死んでも知られたくない。
 そうだ。認めたくはないけれど、恐いのだ。
 セックスすることが恐いわけではなくて…自分の知らないマイクロトフが、自分のことをすべて変えてしまうのではないかと思うと、それが恐いのだ。
 カミューが小さくため息をついた時、扉がノックされマイクロトフが姿を見せた。
「カミュー、具合が悪いと聞いたのだが…」
「あ…」
 とたんに赤くなったカミューに近づくと、マイクロトフはその大きな手で額に触れた。
「少し熱があるようだな。風邪でもひいたか?」
「……風邪ではない」
 そっけない返事に、マイクロトフはそうか、とつぶやきベッドに腰かける。
 どうにも気まずい雰囲気に、先に降参したのはマイクロトフの方だった。
「カミュー、その…昨夜、俺が何か気に障ることをしたり、言ったりしたのなら、謝るから…許してくれないか?お前にそんな顔をされるのは…とても辛い」
「マイク…?」
「すまない…少し焦っていたのかもしれない。お前と少しでも…近くなりたくて…」
 少しでも長く一緒にいたくて、少しでも触れていたくて。
 うなだれるマイクロトフにカミューが笑う。
「マイク…そうじゃないんだ。お前が悪いんじゃない。私が…ちょっと…その…」
「何だ?」
「だから…」
「だから何だっ?」
 マイクロトフが身を乗り出す。
「……焦らないって言ったばかりじゃなかったか?」
「………す、すまん」
 再びうなだれるマイクロトフに、カミューはくすくすと笑った。
 いつもと何も変わらないマイクロトフのその姿に、不思議と気持ちが落ち着いた。
「私はね、マイク、お前のことが本当に好きなんだなぁと思い知らされたよ」
「な、何だ、いきなり!?」
「恐かったんだよ」
 絶対に知られたくないと思っていた言葉がさらりと口を出た。
「恐かったんだ。昨夜、お前にキスされて、今までとは違うお前の一面を見たような気がして、急に恐くなった。ああ、お前が乱暴だったということではないんだよ。お前はとても優しく私のことを扱ってくれるし。だけど恐かった。何ていうか…今までのすべてが変わってしまうような、そんな気がして…どう対応していいか分からなくなったんだ」
「………」
 熱のせいか、それとも恥ずかしさからか、うっすらと頬を染めるカミューがやけに可愛らしく思えてマイクロトフは我慢しきれずに、手を伸ばした。肩先に触れた指先が耳元から、柔らかな髪へ。顔を背けるカミューの顎を掴んで、正面を向かせる。
「カミュー」
「………」
「キスしてもいいか?」
「……」
 返事を待たずにマイクロトフが唇を近づける。近づいてくる体温にカミューは身をすくめたが、触れ合った瞬間、自分がほっとしていることに気づく。
 何度か触れるだけのキスを繰り返したあと、マイクロトフはそっとカミューの髪に触れた。
「カミュー、恐いのは…俺も同じだ」
 カミューをその腕に抱きしめたまま、マイクロトフがつぶやく。
「お前が恐いと感じるほどに、余裕なくお前のことを欲しがってしまって、まったく自分でも呆れてしまってる。恐がらせてしまったのなら謝る。その…したくない…ということでないのなら…今すぐにでなくても全然かまわないんだ…かといってずっと待たされるのも、それはそれで困るのだが…」
「だろうね」
 マイクロトフが柔らかなカミューの髪を何度も撫でる。
「カミュー…何も変わったりはしないから安心しろ。お前は…変わらない。誰もお前を変えることなどできない。それは俺が一番よく知っている」
 一番分かってないのはお前だろう?とカミューは思う。
 そう、誰もカミューのことを変えたりすることはできないだろう。
 ただ一人マイクロトフを除いては。
 マイクロトフだけがカミューのことをこんなに不安にさせたり、幸せにしたりできるのだ。
 だが、それならば。マイクロトフにならば、自分は変えられてもいいのかもしれない、と思った。
 どんな風に変わろうとも、きっとマイクロトフは変わらず愛してくれるだろう。
「マイク…あまり優しいことばかり言ってると、私はいつまでたっても決心できないかもしれないよ」
「カミュー?」
「騎士道精神に乗っ取って、紳士的に接してくれるのは嬉しいけどね、だけど、たまには強引に奪ってみるのもステキだと思うけど?」
「……お望みならいつでも奪うが…?」
 カミューの誘惑にマイクロトフは苦笑する。
 奪おうとして逃げたのはどこのどいつだ、と思わないでもなかったが、カミューの気持ちが分からないでもないので、マイクロトフは追求するのはやめた。
「まぁ、強引に奪うのはいつでもできるからな。最初くらいはちゃんと手順を踏もう。お前が…いいと言うまでは待つことにする。だが、あまり待たせてくれるな。騎士道精神に反してしまいそうだ」
「……さすが青騎士団長、素晴らしく紳士的だな」
 たぶん、待てといえば、マイクロトフはいつまででも待つのだろう。
 そしてそんなカミューのことを何よりも一番に大切にしてくれるに違いない。
 その優しさがとても嬉しい。
 自分は…ちゃんと愛されているのだと、確信できる。
 カミューはマイクロトフを引き寄せると、きつく抱きしめた。
「ありがとう、マイク」
「……礼を言われると…何とも複雑な心境だな…」
 ぽつりとつぶやくマイクロトフは、それでも同じ強さでカミューを抱きしめてくれる。
 そんなに待たせやしないさ、とカミューはマイクロトフの腕の中で微笑む。
 いや、どこまで忍耐力が続くか試してみるのも悪くはないかもしれない。
 駆け引きの下手なこの恋人が、いったいどんなセリフで自分を口説きにくるか、想像するだけでも楽しめる。
 けれど、そんな駆け引きよりももっと楽しいことが待っている。
 それは肌を触れ合わせれば分かること。
 触れ合って初めて分かること。
 最愛の人としか分かち合えないこと。

 愛しているよ。

 言葉にはせずにつぶやいてみる。
 だからもうちょっとだけ。
 たぶん、甘い時間はこれから嫌というほど味わえるだろうから。
 それまでは、こんな焦れた気持ちを楽しむことにしてみよう。
 少なくとも、マイクロトフの忍耐が続くまでの間は。
「何がおかしいんだ?カミュー?」
「え?いや……ちょっとね…」
 くすくすと笑いを洩らすカミューを、マイクロトフがちょっとむっとしたようにぎゅっと抱きしめた。
「……痛いよ、マイク」
「何だか、自信がなくなってきた」
「絶え間ない努力を期待するよ、青騎士団長殿」
 カミューの一言に、今度こそがっくりとマイクロトフは肩を落とした。
 


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