誤 解


 フリックを襲った悲劇は表だって語られることはなかったが、蛇の道は蛇というか、それは知る人ぞ知る有名な話となっていた。
 さて、悲劇とは何のことか。
 何を血迷ったかビクトールが「玉当て」なるものを夜なべまでして作り上げ、それを愛するフリックとの愛の営みで使用したのだ。
 つまり、アレの最中、すっかりその気になったフリックが簡単にイけないようにしてしまう、という世にも恐ろしい代物である。
 結局ホウアンの世話になることになってしまったフリックが、しばらくビクトールにきついお仕置きをしていたことから、「玉当て」が決して快楽を高めるだけのものではない、と普通なら分かりそうなものなのだが、噂とは恐ろしいもので、
「ビクトールが作った「玉当て」はえっちの最中に使うと最高に気持ちのいいものらしい」
 という、とんでもないデマが城の水面下で流れているのである。
 そして、何とかしてその「玉当て」を手に入れたいと願う愚か者が後を絶たないのである。
 ビクトールに直接交渉しても、頬を引きつらせるだけで答えてくれない。
 手に入らないとなるとなおさら欲しくなるのが人間の悲しい性である。
 あのフリックが気持ち良すぎて失神した(この辺りが大きなデマ)という「玉当て」を一度でいいから使ってみたい!という悶々とした思いがここ最近城中に渦巻いているのであった。


 深夜。
 何度目かの甘い口づけにうっとりとしていたカミューがふと何かを思い出したかのように、自分の上にいるマイクロトフを見た。
「マイク、聞いたかい?」
「何をだ?」
「フリックさんのことだよ」
 マイクロトフはとたんに秀麗な眉を顰め、腕の中の美しい恋人に小さくため息をつく。
「噂は少しだけ、な」
「何でもとんでもなくいいものらしいな。いったいどんなものなんだろう、とちょっと興味が湧かないかい?」
 カミューがいたずらっぽい瞳でマイクロトフに問いかける。マイクロトフはびっくりしたようにそんなカミューをまじまじと見た。
「興味って、カミュー?」
「だって、すごく気持ちいいらしいじゃないか。いったいどんなものだろうって思わないかい?」
「いや…思わないが」
 フリックの「玉当て」の話はマイクロトフも知っている。
 しかし、そんなものをつけてカミューに辛い想いをさせてまで気持ち良くなりたいとは思わないのだ。噂で聞く限り気持ちいいだけではないような気がするし、どうもそういう道具を使うというのはマイクロトフの性には合わないのだ。マイクロトフがそんなことを思っているというのに、カミューはさらに追い討ちをかけるようなことを言い出した。
「マイク、ちょっとだけ使ってみたい」
「ええっ!!!」
 いきなりのカミューの発言に、マイクロトフはそれこそ飛び上がらんばかりに驚いた。冗談ではないらしいカミューの表情にマイクは戸惑う。
「カミュー、頼むからそんなものに興味を持たないでくれ」
「どうして?マイクも使ってみたいとは思わないかい?」
「……カミュー、俺はそんなものを使わなくても十分満足しているのだが」
「………」
 カミューは何か考えるように黙っていたが、やがてにっこりと笑った。
「一回だけ」
「〜〜〜っ、カミュー、俺の話を聞け」
「私が何とかして手に入れてくるから」
 だめだ。
 カミューは思い込んだら何を言っても聞かないところがあるのだ。
 一途で可愛らしいと思う反面、こういう場合は、大変困ったことになってしまう。しかし、失神するほどに気持ちがいいという「玉当て」をつけたカミューとするセックスがいったいどんなものなのか、考えまいとしてもついつい妄想してしまうマイクロトフであった。


 その3日後。
 城中がすっかり寝静まった時刻である。
 シャワーを浴びてきたマイクロトフは自分のベッドの上にしどけなく座り込み、窓の外を眺めているカミューの姿に思わず微笑んだ。
 まるで子供のように満月を見つめるカミューがやけに可愛らしく見えて、マイクロトフは濡れた髪を拭いながら、片手でカミューの肩を抱いた。柔らかい蜂蜜色の髪に鼻先を埋め、腕の中へと抱き込むと、カミューがマイクロトフを見上げる。
「見てみろマイク、すごく綺麗な月だぞ」
「ああ、だが俺にはお前の方が綺麗に見える」
 思いもかけないマイクロトフの甘い囁きに、カミューはくすぐったそうに笑う。そしてマイクロトフの首に両腕を回しその唇を奪った。
 お互いに満足するまで口付けを交わし、そのままベッドの上に身を投げ出す。
「カミュー…」
「ああ、そうだ、マイク、ちょっと待て」
 カミューの首筋に顔を埋めていたマイクロトフの肩を押し返すと、カミューは上半身をベッドから乗り出して何やらごそごそと床の上を探っていたが、やがて「例のもの」を手にしてマイクロトフへと向き直った。
「カミュー……」
 がっくりと肩を落として、マイクロトフが唸る。
 それは先日からカミューが興味津々の「玉あて」だった。
 綺麗な赤と青のチェックのそれは、どうやって使うものか、常識人のマイクロトフには想像もつかない。一方のカミューは嬉々として説明を始める。
「苦労したんだぞ、これを手に入れるのは。それにしても同じようなことを考える人間はたくさんいるものだな。けっこういろんな色や形のものがあったぞ」
「だからっ、いったいどこでそんなものを…」
「ふふ、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ、マイク」
「………」
 くるくると「玉あて」を指で回しながら、カミューは艶やかな笑みを浮かべる。そして、ゆっくりとマイクロトフの肩に手を置くと、そのまま身体をベッドの上に押し倒した。
「さ、マイク。今夜はたっぷり楽しもう」
「……だめだ、そんなものを使うのかと思うと…その気に…なれない…」
 本当はちょっとばかり使ってみてもいいかな、などと思っているマイクロトフであったが、しかしどうしてもそんなものをカミューにつけてみたいとは…いや、やはり少しは…いや、やはり…
「だめだっ、そんなものを神聖な儀式に使うのは許せんっ!!」
「マイク、大丈夫だよ、ちゃんとその気にさせてやるから」
 な、何が大丈夫なんだ?とマイクロトフが問いかけるよりも早く、カミューが再び唇を塞ぐ。薄く開かれた唇の間から舌を忍ばせると、思うがままにマイクロトフの口腔を蹂躙する。
 いつもよりずっと情熱的なカミューの口づけにマイクロトフはそっとその背中に腕を回した。
 何度も角度を変えてはより深く舌をからませあう。
「カミュー…」
「じっとしてて…」
 カミューはマイクロトフの身体に跨ると、顎先から首筋へ、そして胸へと舌を這わせていく。くすぐったいような愛撫にマイクロトフは身を任せる。
 カミューの濡れた舌先が見事な腹筋を辿り、さらに下へと降りていく。
「お、おいっ…」
 マイクロトフが慌てて上半身を起こそうとする。
「見るんじゃないよ」
 カミューが頬を赤くして、マイクロトフを睨む。
 さらりとしたカミューの前髪がマイクロトフの脚の間で揺れた。
「う…」
 ぴちゃりと耳鳴れぬ音が聞こえ、すでに堅くなりつつあったマイクロトフのそれが熱い口腔の中へと消えた。突然訪れた熱い舌の感触に、マイクロトフは息を飲む。
 カミューは片手で含みきれない部分をゆっくりと上下に扱きながら、先端の敏感な部分を何度も舐め上げた。きつく唇を窄めてスロートを繰り返す。
 いつもなら恥ずかしがって滅多にしないカミューのこの行為に、マイクロトフは耐え切れずに片肘をついて身を起こした。カミューがいったいどんな顔をしているのか見てみたくて。
 苦しげに眉を顰め、それでもどこか恍惚とした表情でマイクロトフの雄を口にするカミューはいつにも増して美しく、そんなカミューを見ただけで、さらに欲望が育ってしまう。
「んっ…ふぅ…」
 滲み出てきた透明の液体を音を立ててすすり上げ、カミューは上目遣いにマイクロトフを見上げる。視線が合うと、痛いくらいに唇で締め付ける。
「だ、だめだ…カミュー」
 じんじんと腰の辺りがうずき、吐き出してしまいたい衝動がマイクロトフを襲う。すっかり勃ちあがったそれを、きゅっと指で掴むとカミューは顔を上げた。
「その気になっただろ」
「くっ…」
「だめだよ、まだイかせないよ」
 言うが早いか、カミューは手にしていた「玉あて」をマイクロトフの勃ち上がったその根元にはめてしまった。
「っ!!!!!カ、カミュー??」
 驚いたのはマイクロトフで。
 いったい何が起こったのか理解することができず、自分の股間を眺める。
「な、な、何でっ!!」
「いやだな、マイク。まさかそれを私につけるつもりだったのかい?」
 普通はそうだろう。
 フリックがつけていたのだから、当然、これは入れられる方がつける代物なわけで、決して入れる方がつけるものではないはずだ。
 暴れるマイクロトフを押さえつけて、カミューがその身を乗り上げてくる。
「だってマイク、あのフリックさんが失神するほどのものだよ?私はとてもじゃないけど我慢できないよ。それにね、それをつけてる間はイけないんだ。つまり勃ち上がったまま、ってことだろ?一度試してみたかったんだ。私が主導権をとって、思う存分楽しませてもらうには、そうそう簡単にイってもらわれては困るからね」
「だからって…カミュー」
「大丈夫。私が動くから」
 そういう問題じゃないだろっとマイクロトフが訴える間もなく、カミューがゆっくりと腰を降ろしてくる。十分に育ったマイクロトフのものを手にして、自ら快楽のために飲み込もうとするカミューの姿に、不覚にもマイクロトフは反応してしまった。
「うっ……!!」
 そのとたん、耐えがたい痛みが股間を襲う。
 何しろ赤と青の「玉あて」はしっかりとマイクロトフの中心に食い込んでいて、少しでも反応しようものならきつく締め上げるのだ。
「ああ…ん…」
 艶かしい嬌声を上げて、カミューがマイクロトフを飲み込んでいく。
 先ほどの口腔よりももっと熱い内部にマイクロトフは目を閉じた。ただでさえ狭い蕾に締め付けられ、さらに「玉あて」できつく締め付けて、それは快楽なのか苦痛なのか分からなくなってくる。
 いつもよりも堅く大きく育った欲望にカミューは喉を鳴らし、ゆっくりと腰を動かし始める。
 「玉当て」が根元を戒めているため、いつもより浅い場所で何度か抜き差しを繰り返す。
 濡れた音が室内に響いた。
「んぅ…ああっ…いい…マイクっ…」
「う…」
 カミューが熱いため息を吐く。
 マイクロトフに体重がかからないようにと半分膝立ちのような姿勢で、腰だけを上下させるその淫らな姿に、マイクロトフは否が応でも興奮してしまう。
 しかし、興奮すればするほど、きつく「玉当て」が食い込んでくる。
「う、だ、だめだ、カミュー」
「ああっ…もっと…マイク…動いて…っ」
 動けと言われても、あまりの痛みに歯を食いしばって耐えるのが精一杯で。
 だいたい、射精できない辛さは同じ男なら分かるだろうに、カミューは自分の快楽を追いかけることで手一杯のようで、何も聞こえていないようなのだ。
 カミューの花芯の先からは、ぱたぱたと快楽の蜜が零れ落ちている。
 自分ばかりイくなんてあんまりではないか、とマイクロトフは痛みに眉をしかめながら内心思った。しかし、それを訴えることすらできないほどの苦痛が下半身を襲っている。
「あっ…ああ…ん…」
 カミューが一層深く腰を沈めてきた。
 そのとたん、根元を締め付けていた「玉当て」がおかしな具合にマイクロトフのものを締め付けた。
「うっ!!!」
 快感なんてものじゃない。これは、これは本当に拷問としか言いようのない痛みで…
 そんなマイクロトフの苦痛なんてまったく分かっていないのか、カミューは腰を動かす。緩く、そして円を描くように。次第にその動きが速くなり、ぐちゅぐちゅと濡れた音が聞こえ始める。
「マイクっ…ああっ…イ、く…っ…」
 ほとんど泣き声のような声でカミューがその身を仰け反らせた。次の瞬間、マイクロトフの腹部に白い蜜が飛び散った。
 カミューがくたりとマイクロトフへと倒れ込んだ。
 汗で濡れた肌に頬を寄せて、荒く息を吐く。
「…すごい…やっぱり…気持ち良かった…」
 カミューはうっとりとつぶやく。
 やはり噂は本当だったということが証明された。今までだって十分楽しんでいたけれど、こんなに強烈な快楽を味わったのは初めてだった。
「マイク?どうだった?…マイク??」
 カミューは返事のないマイクロトフを見上げた。目の前のマイクロトフはぐったりとしている。
「ちょっ…おいっ!!マイクっ、しっかりしろっ、マイクっー!!」
 青ざめたマイクロトフの頬を何度か叩いて、カミューは身の内からまだ堅く勃ち上がったままのマイクロトフのそれを引き抜き、慌てて「玉当て」を外す。
 そして、脱ぎ捨ててあったシャツを羽織り、ホウアンの元へと駆け出した。


 何とも気まず〜い空気が部屋に流れる。
「……あなた方は…いったい何を考えてるんですか」
 真夜中にたたき起こされて慌てて部屋に来てみれば、ベッドの上ではマイクロトフが気絶していて、その横に「玉当て」があるとなっては、ホウアンが激怒しないわけがない。
「そんなにこれを使ってみたかったんですかっ、どうなるか、フリックさんの例を見れば分かるでしょう」
「……申し訳ありません」
 ひたすら小さくなるカミューである。
「いいですか、何度も言いますが、一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたんですよ?もしそうなったら、どうするつもりだったんですかっ」
「本当に申し訳ありません」
 ホウアンはやれやれとため息をつくと、もう二度とこんな馬鹿げたことで夜中に起こされないように、シュウに訴えて「玉当て」禁止令を出してもらおうと心に決めた。
「ん…」
「マイクっ、気がついたか?」
 目を開けたマイクロトフにカミューがその手を取る。
「すまない、マイク。まさかこんなことになるなんて思わなかったから…」
「いや…大丈夫だ…心配するな」
 マイクロトフがそっと涙目のカミューの髪を撫でる。
 まぁ死ぬかと思ったのは事実だが、あんなに色っぽいカミューを拝めたのは初めてだったので、良しとしようとマイクロトフは思っていた。どこまでも馬鹿ップルな二人である。
「ホウアン殿、お騒がせしました」
「いいえ、ではお大事に」
 カミューに見送られて部屋を出ようとしていたホウアンがふと振り返り、二人を見る。
「しかし、知りませんでしたね」
「え?」
「まさかマイクロトフさんが入れられる方だったとは、てっきり入れる方だと思っていたんですが。やっぱり人は見かけで判断してはいけませんね。勉強になりましたよ」
「!!!!!!」
 ふむふむとうなづくホウアンにマイクロトフが叫ぶ。
「ホウアン殿っ!!!誤解ですっ!!違うんですっ!!!」
 あまりのことに言葉もないカミューへにっこりと微笑んでホウアンは部屋を出て行った。
 

 翌日、城の中に通達が流れた。
 それは「あのマイクロトフでさえも気絶した」という「玉当て」の使用を禁止するという禁止令である。
 今回の騒動での一番の被害者は夜中に何度も起こされたホウアンと、こんな馬鹿馬鹿しい禁止令を出さなければならなかったシュウの二人であろう。
 そしてマイクロトフはホウアンの誤解を解くために、あの夜の「玉当て」の使用方法を説明し、再びカミューと二人して説教を食らったのであった。



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