GROWING


 熱い。
 カミューはあまりの熱さに目を覚ました。
 身体がほこほことして、うっすらと汗までかいている。
「あつ…い…」
 のろのろとその身を起こそうと、自分を抱きしめているマイクロトフの大きな腕をそっと解いた。
「……」
 自分ひとりだけが真夜中に目覚めてしまうと、気持ち良さそうにぐっすりと眠っているマイクロトフの姿が、どういうわけか憎たらしく思える。
 小さくため息をついて、カミューはマイクロトフを起こさないように、そっとベッドを抜け出した。


 翌朝。
 休日ということもあり、いつもより、ほんの少しばかり寝坊をしたマイクロトフが目を覚ますと、隣にいるはずのカミューの姿がなかった。
「カミュー?」
 掠れた声で恋人の名を呼んでみるが返事がない。
 マイクロトフはのっそりとベッドを降りると、きょろきょろと部屋の中を見渡し、そして、ぴたりと足を止めた。
 窓際に置かれたソファの中で、まるで子供のように身体を丸めて眠っているカミューの姿を発見し、その愛らしさに思わず頬を緩め、そして首を傾げる。
 確か昨夜は一緒に眠ったはずだった。
 いつものようにカミューが眠りにつくのを見届けてから、自分も眠りについたのだから、間違いはない。それなのにどうしてカミューはこんなソファで眠っているのだろうか?
 マイクロトフはソファのそばで跪き、安らかな寝息をたてるカミューの前髪に触れてみる。柔らかなその髪は朝日を浴びて眩しく、その頬はまるで透き通るように白い。マイクロトフはしばらく美しい恋人の姿に見惚れていたが、やがて、そっと肩を揺すった。
「カミュー、カミュー」
「う…ん…」
 何度か名前を呼ぶと、カミューがだるそうにその瞳を開けた。
「ん〜、もう朝なのか?」
「ああ、おはよう。カミュー」
 囁いて、頬に小さくキスを落とす。
 カミューはくすぐったそうに微笑むと、身体を起こして大きく伸びをした。
「う〜、身体が痛い」
「それはソファなんかで眠っているからだ。どうして、そんなところで眠っていたんだ?昨夜、一緒にベッドで眠ったはずだが」
 マイクロトフの言葉に、カミューが何かを思い出したように、むっと、その眉を顰めた。
「私をソファに追いやった原因はお前にあるんだぞ、マイク」
「え?」
 わけが分からずマイクロトフがカミューを見返した。


「熱いって?」
「ああ、熱い。もう熱くて熱くて死にそうだった」
 カミューがミルクティーを片手にマイクロトフを睨む。
 要はこういうことである。
 昨夜、ベッドに入ったあとほとんどマイクロトフに抱きかかえられるようにしてカミューは眠りについた。それはいい。しかし、1時間もしないうちに、あまりの熱さに目を覚ましてしまったのだ。
 原因はマイクロトフである。
 とにかくマイクロトフは体温が高い。普段はそうは思わないのだが、ベッドに入って眠りにつくと、ぐんとその体温は高くなる。ぴったりと抱かれているカミューにしてみれば、その熱さでいつも目が覚めてしまうのだ。昨夜は特に熱くて、どうにも我慢できなくなってソファへと逃げ込んだというわけだ。けれど狭いソファの中ではぐっすり眠れるわけもなく、カミュー睡眠不足で頭がふらふらしているのだ。
「熱い…か?」
「ああ、熱い。冬はいい。私は寒がりだし、お前の体温はちょうどいい湯たんぽ代わりになるからな。だが、真夏は地獄だ。前から思っていたのだが、昨夜は特に熱かった。だから眠れなくて、私はソファで眠っていたんだよ」
 湯たんぽ代わりとはひどい言われようである。
 しかし寝不足ということも手伝って、カミューは容赦ない言葉をマイクロトフに浴びせかける。
「だいたい、あんなにぎゅうぎゅう私を抱きしめて眠るせいだ。あんなに身体をくっつけていては嫌でも熱くなる。ねぇマイク、しばらく別々で眠ってもいいかい?このままじゃ私は完全に寝不足になってしまうよ」
 突然のカミューからの別居宣言にマイクロトフは言葉も出ない。
「しかしカミュー」
「だからね、ちょっとの間だけ」
「ちょっと、とは?」
「冬が来るまで」
 にっこりとカミューが言い放つ。
 まだ初夏である。冬まで別居だなんて、そんなことを簡単に承諾できようか?
「絶対にだめだ」
 マイクロトフがだんっとテーブルを叩く。
「……マイク…頼むよ」
 私を睡眠不足で殺したいのかい?
 それでなくても、夜はいろいろとやることがあって寝不足気味だというのに。
 しかし、そんなカミューの訴えはあっさりと却下されてしまった。


「体温が高いって?」
 フリックが眠たそうな目をしているカミューに聞きかえす。
 今日は平野での訓練の日で、フリック、カミューの組と、ビクトール、マイクロトフの組に分かれ実戦さながらの模擬戦争を繰り広げている最中だった。
 ただいま昼の休憩時間で、簡単な食事をすませた二人は兵士たちから少し離れた場所で世間話をしていたところだった。
「マイクロトフの体温が高いせいで眠れなかったって?」
「ええ、それで寝不足なんです」
 小さな欠伸をかみ殺してカミューがため息をつく。
「しかし、まるで子供みたいなヤツだな、眠ると体温が高くなるなんて」
 フリックがおかしそうに笑う。
「笑い事じゃありませんよ。本当に熱いんですから。ビクトールさんはそんなことはありませんか?」
「ビクトール?いや、別に。普通だと思うが」
 フリックは少し考えたあとにそう言った。
 一緒に寝ていて熱くて目が覚めるなんてことはないような気がする。
「どうしてなんでしょうかね。まさかマイクロトフが熱血漢だから、なんてことはありませんよね?」
「まさか。風邪でも引いて熱があったとかじゃないのか?」
「いえ。彼は昔からそうなんです。私は寒がりなので、ちょうどいいんですが、それでも昨夜のあの熱さは尋常じゃありませんでした」
「なぁ、それってどこか悪いんじゃないのか?一度ホウアンに診てもらった方がいいかもしれないぞ」
「え?」
 フリックが立ち上がり、土を払う。
「ま、あのマイクロトフが病気だなんて思えないが、自覚症状がないってこともあるだろ?何か悪い病気だと困るし、一度マイクロトフを連れてホウアンの所に行ったらどうだ?」
「マイクが病気?」
 マイクロトフと病気なんて、およそ結びつかない言葉である。
 しかし、確かにフリックの言うように病気ということだって十分考えられるのだ。
 カミューは急に心配になってきてしまった。


 フリック、カミューたちのいる場所から遠く離れた陣地で、同じく簡単な食事を取っていたビクトールはマイクロトフからの訴えに唸っていた。
「別居宣言ね。そりゃまた気の毒な」
 冬までベッドは別々だと言われてはたまったもんではない。
 ビクトールはもし自分がフリックからそんなことを言われたら、と思い、身震いをした。マイクロトフは食後のコーヒーを片手にため息をつく。
「だいたい、体温が高いなんて、俺のせいではありません」
「まぁそりゃそうだな。だが、一緒に寝たくないって言われるほどに体温が高いってのはなぁ。もしかして、アレをしたあとだから熱いとか…」
 練習中に不謹慎なことを言わないでください、とぴしゃりとマイクロトフが釘を刺す。
「昨夜は何もしてません。とにかく、冬は良くて、夏はだめだなんて、ひどいとは思いませんか?」
「ああ、まぁな。そうじゃなくてよ、お前、どこか悪いんじゃないのか?風邪とか」
「いえ、俺はここ何年も風邪は引いてません」
 だろうな。とビクトールはうなづく。
「だが、もしあんまりおかしいようなら早めにホウアンに診てもらった方がいい。今、お前に倒れられると困るからな」
 ビクトールがぽんとマイクロトフの肩をたたく。
 だいたいにおいて、大きな病気というのは本人が一番最後まで気づかないものだ。マイクロトフは自分で丈夫だと思っているから、余計に始末が悪い。
 どうせこいつに言ったところで素直にホウアンのところへ行くとは思えない。フリックを通じてカミューに忠告した方がいいかもしれないな、とビクトールは思った。


 模擬戦争はフリック、カミュー組の勝利で幕を下した。
 疲れた様子の兵士たちで溢れ返る城の中庭で、カミューが頭一つ分大きいマイクロトフを素早く見つけ、駆け寄った。
「マイク」
「ああ、カミュー。見事な作戦だったな」
 にこやかに、しかしどこか口惜しそうにマイクロトフが微笑む。
「そんなことより、今から一緒にホウアン殿のところへ行こう」
「ホウアン殿?どうかされたのか?」
「どうかしたのはお前の方だろう?さ、早く来るんだ」
 ぐいぐいとマイクロトフの手を引くカミューに、マイクロトフが慌てる。
「ちょっと待て、カミュー。いったいどうしたというのだ?どこか悪いのか?怪我でもしたのか?」
 マイクロトフがカミューの腕をつかむ。
 そんなマイクロトフにカミューが怒鳴った。
「ばかっ、どこか悪いかもしれないのはお前の方だろう。やっぱりどう考えてもおかしい。いつもいつもあんなに体温が高いなんて。もっと早くにホウアン殿に診ていただくべきだったよ。マイク、もしお前に何かあったら、私はどうすればいいんだい?きちんとホウアン殿に診ていただいて、悪い所があるなら治してくれ、お願いだ」
「……しかし…」
 どこも悪くないと思うのだが、などと言おうものなら、泣き出すのではないかと思うくらいに真剣な表情で訴えるカミューに、マイクロトフはしぶしぶ医務室へと足を向けた。
 医務室の扉を開けると、中ではホウアンとトウタが消毒薬や包帯のストックを作っているところだった。
「おや、どうなさいました?お二人そろって」
 ホウアンが優しい目で問い掛ける。
「今日の練習でどこか怪我でもしたんですか?」
 トウタが心配そうに二人を見上げる。
「いえ、そうではなくて。ホウアン殿、マイクの診察をしていただきたいのです」
「マイクロトフさんの?どうされました?」
 マイクロトフは無理矢理カミューにイスに座らされる。
「実は…」
 まるで子供を連れてやってきた母親よろしく、カミューがホウアンに状況を説明する。
 ふむふむと黙って聞いていたホウアンはカミューの話を聞き終えると、にっこりと笑った。
「大丈夫ですよ。別におかしなことではありませんから」
「しかし、ホウアン殿!」
「まぁまぁ落ち着いてください、カミューさん」
 ホウアンが微笑む。
 マイクロトフは困ったようにカミューの手を取った。
「カミュー、落ち着いてホウアン殿の話を聞いてくれ。さ、そこに座るんだ」
 トウタが用意してくれた丸イスに座り、カミューが真剣な表情でホウアンを見る。
「おかしなことではない、とはどういうことですか?」
「ですから、子供と同じですよ。ほら、赤ちゃんとかは眠ると身体が熱くなるでしょう?別に病気じゃありませんから、心配しなくても大丈夫です」
「そんなっ!あんなに体温が高いのに、原因がないとおっしゃるのですか?」
 必死に言いの募るカミューにホウアンは少し困ったように微笑む。
「そうですねぇ、まぁ強いて言えば、成長期なのでしょうか」
「せ、成長期っ!!??」
 ホウアンの口から出た言葉にカミューは思わず声が裏返ってしまう。
「ええ、成長期の子供は夜寝ている時に特に身体が大きくなるので、その分熱を発散するんですよ。ですから、マイクロトフさんの体温が高いのも、成長されているからではないのかと」
 ホウアンの言葉に、そばにいたトウタが小さく吹きだす。
 成長期??
「だから言っただろう、カミュー。俺はどこも悪くないと」
 やれやれ、というようにマイクロトフがため息をつく。
 カミューは力なく立ち上がると、その手でマイクロトフを立たせた。
「マイク…お前、いくつになる?」
「26だが?」
「…で?身長はいくつだ?」
「さぁ…最近測ってないが…」
「確か190cmはあったはずだな?」
「そ、そうだな…」
 何やら不穏な空気を感じて、思わずマイクロトフがあとずさる。
 うつむいていたカミューが顔を上げ、自分よりも背の高いマイクロトフに怒鳴りつける。
「どうして26歳にもなった男がまだ成長期なんだっ!!190cmもあるくせに、お前はまだデカくなるつもりなのかっ??もうそれ以上大きくならなくてもいいっ!これ以上成長して私の安眠を妨げるようなら、本気で怒るからなっ!!」
 そう言い捨てるとカミューは失礼しました、とホウアンに頭を下げ、さっさと医務室を出て行った。残されたマイクロトフはカミューの理不尽な怒りに途方に暮れていた。
「ホウアン殿」
「はい、何でしょうか?」
「人というのは一体いくつくらいで成長がとまるものなのでしょうか?」
「…そうですね、人によって違いますから、何とも…」
 がっくりと肩を落とすマイクロトフである。そんな自分の責任ではないことで、カミューに怒られなければいけないとはあまりにも情けない。
 成長を止めるのと、カミューを宥めるのとどちらが簡単か?
 成長を止めろといわれて、はいそうですかと止められるなら苦労はない。
 マイクロトフはどうやって冬までの間、愛しい恋人と涼しくベッドを共にできるかを考えなければならない、という難問に頭を悩ませるのであった。

 


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