WING


 ばたんっと大きな音を立ててカミューが部屋の扉を開けた。
 いつもの優雅な動作とは程遠く、ずかずかと部屋に入ると、白い手袋をもどかしげに脱ぎ取りテーブルの上へと投げつける。
「カミュー…」
 あとから入ってきたマイクロトフがため息をつく。
「ものに当たるな。お前らしくもない」
 カミューは不機嫌丸出しの顔で振り返ると、きつい眼差しでマイクロトフを睨む。
「マイク、お前は腹が立たないのか?」
「……それは確かにな」
「まったく、あんな会議、時間の無駄だっ」
 怒り心頭という感じのカミューは大きく深呼吸をひとつした。
 つい先ほどまで一週間に一度開かれる定例の報告会が行われていた。マチルダ白、赤、青騎士団長、副官、幹部連中が各団の現在の任務の状況や問題事項についてそれぞれ報告を行うのだが、いつものごとく白騎士団長のゴルドーが嫌がらせとしか思えないような言いがかりをつけてきたのだ。
 今日の標的は青騎士団長のマイクロトフであった。
 重箱の隅をつつくような些細なことでねちねちと嫌味を言い、あげくの果てには疲れたから続きは明日やるといい途中退席をする始末。それでもいつもの報告会の倍の時間が過ぎていたのだ。みんな今日ばかりは心底ぐったりと疲れていた。
 カミューもマイクロトフも例外ではない。
 しかし、それ以上に腹が立って仕方がないのだ。
「だいたいあれは完全に嫌がらせだ、お前は何も悪くないのに、どうしてあんなことを言われなくてはいけない」
 会議の途中で、カミューは何度ゴルドーに意見しようとしたことか。
 しかし、隣に座る副官が目でそれを制した。
 ゴルドーはいつも冷静沈着でやることにそつがないカミューのことも快く思っていないのだ。下手に刺激して矛先が赤騎士団に向いてはたまらない。
「マイク、お前、どうしてそんなに落ち着いているんだっ。腹が立たないのか?」」
「いや、怒ってはいるが…」
 言いかけてマイクロトフはくすりと笑った。
「お前があまりにも激怒しているから怒るタイミングを逸してしまったのだ」
「な…っ…」
 あっさりとそう言い、襟元を寛げるマイクロトフに、カミューは呆れてしまった。
 人というのは自分がどれだけ怒っていても、誰かに先に激怒されてしまうと不思議と怒りが引いてしまうのも確かである。
 まるで人ごとのように淡々としているマイクロトフにカミューは心底呆れた。
 そして、こういう時、カミューはいつも思うのだ。
 かなわないな、と。
 何事にも真っ直ぐで正義感の強いマイクロトフは、弱い者が虐げられることに対しては我を忘れるくらいに怒りを顕にするが、自分が理不尽に不当に扱われることについては、鈍いのではないかと思うくらいに寛大なのだ。
 しかしそれは鈍いのではなく、とてつもなく強いからなのだ、とカミューは思っている。
 自分の中に信念があるから。
 だからどれほどゴルドーに嫌味を言われても、平気なのだ。
 自分が正しいと分かっているから。
 ある意味、それは傲慢なことなのかもしれない。
 しかし、カミューはそんな強さを持つマイクロトフのことをとても好ましく思うのだ。
「それに、俺の代わりにお前が盛大に怒ってくれているからな」
 マイクロトフが上着を脱ぎ、ソファの背もたれにそれをひっかける。
「会議中、ひやひやしたぞ。いつお前がゴルドー様に噛み付くんじゃないかと思って、生きた心地がしなかった」
「マイク、私が怒っていたのを分かっていたのか」
「当然だろう。あんな不機嫌丸出しの顔をしていれば嫌でも気づく」
「ふうん。会議中でも私のことを見ていたんだな」
「………」
 カミューはほんの少し機嫌を直したようだったが、それでもまだ腹の虫が治まらないのか、どさりと乱暴にソファに座り込んだ。
「カミュー、いつまでもそんな顔しているんじゃない。眉が寄ったままになるぞ」
 マイクロトフがカミューの前髪をくしゃりとかきあげ、微笑む。
 余裕のマイクロトフをじっと見ていたがカミューが何を思ったのか、にやりと笑った。
「そうだな、では憂さ晴らしをしよう」
「え?」
 勢いよく立ち上がったカミューが戸惑うマイクロトフの手を引き、隣の寝室へと向かう。
「おい、カミュー?まさか昼間っから…」
 だいたい、あれをやって憂さが晴れるというのも妙な話だし、それに昨夜も嫌というほど戯れたばかりなのに?
 ぐるぐるとそんなことを考えているマイクロトフにカミューは残念でした、と笑う。
「まぁ、そっちで憂さを晴らしてもいいんだけどね、それよりももっと憂さの晴れることをしようじゃないか」
 カミューがベッドの上にある枕を手にして、いたずらっ子のようにマイクロトフを見る。その表情にマイクロトフは嫌な予感がして眉をひそめた。
「カミュー…まさか…」
「そう、こうするんだよっ」
 言うなりカミューが手にした枕をマイクロトフへと叩きつけた。柔らかな羽枕のそれで叩かれたからといって少しも痛くはないのだが、二度三度叩かれると、ぱふっと音を立てて中の羽が飛び散った。
「よせっ、カミュー」
「もう破けたって」
 両手で枕を持ち、逃げるマイクロトフに枕を叩きつけるカミュー。その顔は、冷静沈着の赤騎士団長のものではなく、無邪気な子供のそれで、実に楽しそうである。
「ははは…ほらっ、逃げるなマイクっ」
 破れた枕から無数の羽が飛び散る。
「やめろっ、カミュー…うわっ」
 バランスを崩したマイクロトフがどさりとベッドに倒れ込む。カミューは笑いながらマイクロトフに馬乗りになると、手近にあったもう一つの枕も引きちぎり、中の羽毛を盛大に撒き散らす。
「ほら、マイクお前もやってみろ」
「この悪戯っ子め…」
 マイクロトフはばんばんと枕を自分に叩きつけるカミューの身体を抱きしめると、そのままベッドの上に押し倒した。暴れるカミューを強くその腕に抱きしめる。舞い上がった羽がふわふわと二人の上に舞い降りた。
「はぁ…はぁ…」
「気がすんだか?」
 くすくすと笑い続けるカミューにマイクロトフがおそるおそる聞いてみる。
 そう、マイクロトフはすっかり忘れていたのだ。
 昔、まだ二人がマチルダに入団したばかりの頃、カミューはキレると、こうして枕に八つ当たりをして部屋中を羽だらけにしたのだ。何ともはた迷惑な癖である。
 さすがに大人になってからは、こんな馬鹿げたマネをすることはなくなっていたので、まさか今頃こんなことをされるとは…
「ふふ…マイク…痛いよ」
「いたずらっ子は目を離すと何をするか分からないからな」
 ぎゅっと背中からカミューの身体を抱きしめ、羽だらけの髪に鼻先を埋めるマイクロトフ。
「それで、少しは憂さは晴れたのか?」
「まぁね。やっぱりこれをすると気分がいい」
「それは良かった」
 しかし、とマイクロトフは思う。
 いったいこの部屋の惨状を誰が片付けるのであろうか?
 まさか従者に頼むわけにもいくまい。
 こんな子供じみた遊びをカミューがしているなんて知られたら、赤騎士団長の威厳に関わる。
 だとすると、片付けるのは…
 そこまで考えたマイクロトフは内心ため息をついた。
 カミューが大人しく片付けるはずがないのだから、きっとその役は自分に回ってくることであろう。まったくもって迷惑な話である。
 そんなマイクロトフの苦悩を知ってか知らずか、カミューはその身を反転させると、マイクロトフの首に腕をまわした。そして、いつもの綺麗な笑顔で囁く。
「さ、マイク。私の憂さは晴れたから、今度はお前の憂さを晴らすといい」
「俺の憂さ?」
「そうさ。羽だらけのベッドで、身体中羽だらけにしてみるというのもいいもんだ」
「……それで俺の憂さが晴れるとでも?」
「ふふ…晴れるように、うんとサービスしてあげるよ」
 カミューのセリフにマイクロトフは真っ赤になる。
 もちろん断るはずはない。
 羽だらけのベッドの上で羽だらけのカミューに口づける。
 このあとに待つ掃除のことはとりあえず忘れることにしよう。
 マイクロトフはそう決めて愛しい恋人の優しい心遣いをありがたく受けることにした。



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