恋 文(カミューへ) 一通の手紙が手元に届いた。 「カミュー、マチルダを離れて一ヶ月が過ぎようとしているが、元気にしているだろうか? こちらは大きな問題もなく任務は無事に終えることができそうだ。 もちろん、俺も元気にしている。 こんなに長い期間、お前と離れることは初めてで、この任務を聞かされた時は、正直言って受けたくないと思った。こんなことを思うのは騎士としては恥じるべきことだとは分かっている。 それはお前に諭されるまでもなく十分に。 しかし、そう思ってしまったのは事実だ。 思わず辛いな、とつぶやいてしまった俺に、お前は何も言わず、ただ小さく笑っただけだった。 子供みたいなことを言うヤツだと呆れたのだろうか? しかし本当にそう思ってしまったのだ。今はお前と片時も離れていたくない、と。 こんなことを馬鹿正直に告白すれば、またお前に説教をされそうだ。 城にいる時も、24時間常に一緒にいるわけではないのだから、この状況もさほど辛いものではないかもしれない、とも考えた。だが会いたい時に会えないということは想像以上に辛いということがよく分かった。日中任務についている時はまだいい。仕事をしている時にまでお前のことを考えるようになっては、騎士としては失格だ。 辛いのは一日が終わる時だ。 一日の任務を終え、一人の時間が訪れると、どうしてもそばにお前がいないことが不自然に感じてしまうのだ。どんなに疲れた時でも、お前の笑顔を見れば安らげたから。 それは無意識のうちに、俺の習慣のようなものになっていたようだ。 こうして離れてみるまで気づかなかった。 お前が、俺にとってどんなに必要な人間であるか。初めて出会った時から、もう10年以上がたつというのに今頃気づくなんて遅すぎるな。またお前に怒られそうだ。 だが、もう一つ気づいたことがある。 それは、そばにお前がいなくても、お前のことを考えるだけで、不思議と気持ちが満たされるということだ。 これは離れてみて初めて分かった事実だ。大きな発見だとは思わないか? 夜、眠る前に必ずお前のことを考える。 お前の笑顔を。 お前の声を。 お前の肌の温もりを。 安らかに眠れるどころか、かえって目が冴えてしまうこともあるのだが、今ではそれが眠る前の俺の儀式のようなものになっている。 おそらくマチルダに戻ってからも、この儀式は続くのだろう。 それともお前がそばにいてくれれば、終わるのだろうか? お前が終わらせてくれるのだろうか? カミュー、人の欲というのはキリがないものだな。 お前と出会った頃、滅多に笑わないお前を見て、おれは「一度でいいから笑顔が見てみたい」と思った。そして、それが叶うと、次は少しでも長く話しをしたい、と。 少しでも一緒にいたい。 誰よりも近い存在になりたい。 お前に触れてみたい。 お前のことを抱きしめたい。 そして、お前に愛されたいと、そう願うようになった。 苦しい想いは一生抱えていく覚悟だった。同じ性を持つお前に、この気持ちを受け入れて欲しいと願うことは愚かなことだと分かっていたからだ。 だが、思いもかけずに打ち明けてしまった俺の想いにお前が応えてくれた時、俺がどんなに幸せな気持ちになったか、お前に分かるだろうか? お前がどういう想いや考えを経て俺の気持ちに応えてくれたのか、きちんと確かめたことはないが、ほんの少しは同情もあったのだろうか? 俺はきっと思いつめた顔をしていたはずだから。 そんなことはない、と今は分かっている。お前は同情などで誰かを受け入れたりするような男ではないからな。いくら親友だからといっても、愛情と同情を混同するようなお前ではない。 だから、俺は自惚れている。お前にちゃんと愛されているのだと。 間違ってはいないだろう? ここから見える地平線の向こうがグラスランドだ。 俺がまだ見たことのないお前の故郷だ。俺と出会うまでのお前が育った場所をいつか見てみたいと思う。お前と二人で、その地に立ってみたいと思う。 まったくお前のことに関しては、俺はどこまでも欲深くなれるらしい。 お前と二人でしてみたいことがたくさんあるのだ。お前と同じものを見て、同じことを経験し、喜びも悲しみもすべてを分かち合いたいと思う。 お前の喜びが俺の喜びになるように、お前の悲しみが俺の悲しみになるように、少しづつでもいいから、そんな二人になりたいと思うのだ。 お前を手に入れることができたというのに、まだそれ以上を望んでしまうなんて我儘だとお前は笑うだろうか? 自分でも知らなかったが、俺はずいぶんと欲張りで我儘な一面があるようだ。 決して誉められたことではないかもしれないが、お前に関してだけなので、大目に見てもらえるとありがたい。 夜は長い。 もう少しだけ、お前のことを考えたいと思う。 以前、お前は俺に聞いたことがあったな。 「私のどこをそんなに気にいったのだ」と。 その時俺は、さんざん考えた挙句、結局何も言えず、お前に「恋人失格だ」と言われ困ってしまった覚えがある。 あの時、お前の問いかけに俺はすぐに答えることはできたのだ。 俺はお前のすべてを愛している。 だが、そんなありきたりの答えでは、きっとお前に馬鹿にされるだろうと思い、もっと気の利いた答えができないものかと考えていたのだ。 お前のすべてを愛している。 それ以外の答えはないのだが、もう少し考えてみた。 ふいに視線があった時にお前が見せる微笑が好きだ。 俺の肩にその頬を寄せた時の髪の匂いが好きだ。 穏やかに話す柔らかい声が好きだ。 今考えるだけでも、ここには書ききれないくらいだ。 だがこれだけははっきりと言える。 お前が持つすべてのもの、その髪も、その瞳も、その声も。 優しそうに見えて案外頑固なその性格も。何事にも冷静に柔軟に対応できる所も、誰にも平等に誠意を尽くせる所も。 何もかもがあってこそ、お前なのだから、どれか一つだけを選ぶことなどできないのだ。 お前のどこが気に入ったかと聞かれて、何か一つだけを上げることは無理な話だ。 だが、もしどれか一つが欠けたとしても、やはりお前はお前なのだから、俺はきっとお前のことを好きになると思う。 結局、お前に「恋人失格だ」と言われることになるのだろうか? 今度聞かれる時までに、お前が喜ぶような答えを考えておくことにしよう。 お前のように洒落た言葉を口にすることができない俺を、お前はどう思っているのだろう。 一度聞いてみたいと思うものの、薮蛇になりそうなので、よしておく。 お前の知らないところで練習をして、少しづつ口にするようにしようと思う。 それまで待っていてくれると嬉しいのだが。 ああ、こうしてお前のことばかり考えていると、やはりお前に会いたくなってしまった。 任務はまだ1週間残っている。 これがどれだけ長い時間か、お前は分かってくれるだろうか? お前も少しは俺に会いたいと思ってくれているだろうか? 1週間後、お前に会ったら、最初に何を言おうかと今から考えている。 何を言えば、お前は喜んでくれるのだろうか? ずいぶんと長い手紙になってしまったが、この手紙は出さないでおく。 ここまで書いてきたものを読み返してみると、さすがに気恥ずかしくなってしまったからだ。 だが、カミュー。 最後にこれだけは言っておこう、――――――」 ばたばたと慌しい足音が聞こえてきたかと思うと、勢いよく扉が開いた。 びっくりしたカミューが顔を上げると、そこには一ヶ月の間待ち焦がれていた恋人、マイクロトフの姿があった。 「マ、マイク?」 「はぁ…はぁ…い、今戻った…」 見るからにここまで走ってきたようで、息は荒く、うっすらと汗までかいている。 城の入り口からカミューの部屋まで駈けてきたのだとすれば、それは息も切れるだろう。 「カ、カミュー…」 「どうしたんだ?そんなに慌てて…」 マイクロトフはカミューの手元にある手紙を見て、顔色を変えた。 すごい勢いでカミューの近くに駆け寄ると、その手紙を取り上げようと手を伸ばす。だが間一髪でカミューがそれをかわした。 「マイク、いきなり人のものに手を出すなんて失礼じゃないか」 「カ、カミュー、よ、読んだのか?」 「ああ、今読んでいた。お前からの恋文だ」 その答えにマイクロトフはがっくりとその場に座り込んだ。 「遅かったか……」 あまりにも気落ちした様子にカミューが思わず吹き出す。 「どうしたんだい?まぁ少し落ち着け。冷たいものでもどうだ?」 カミューは手紙を胸ポケットに入れると、マイクロトフのために冷えた紅茶を用意した。 グラスを受け取るとマイクロトフは一息でそれを飲み干した。 「さて、いったいどういうことなのか話してもらおうかな」 カミューが久しぶりに会うマイクロトフに微笑む。 マイクロトフはどこかいたたまれないような表情を見せていたが、やがて口を開いた。 「その手紙は…出すつもりはなかったのだ」 「みたいだね」 「……読んだのか?」 「読んだよ」 「全部…最後まで?」 「まだ途中だった。でもまぁほとんど読んだかな」 カミューの言葉にマイクロトフは小さく呻くと、片手で顔を覆ってしまう。 いったい何があったのだ?とカミューが促すと、渋々といった感じでマイクロトフが話を続ける。 「夜が長かったから…手慰みに書いた手紙だったのだ。出すつもりはなかったのだが、翌朝封筒に入っていたそれを見つけた部下の一人が気を利かせて…出してしまったのだ」 「なるほど。で、それを知ったお前は青ざめた、と」 「ああ…死ぬほど驚いた。だが任務はまだ1週間残っていたし…手紙がマチルダに届くのにも時間がかかるはずだから、上手くいけばお前の手に渡る前に取り戻せるのではないかと思ったのだ」 「それで息を切らして走ってきたのか。残念だったね、手紙は午前中に私の元へ届けられたのだ。あいにく会議で席を外していてね、読み始めたのはついさっきだったんだよ」 「そうか…」 「マイク、どうしてそんなに取り戻したいと思ったんだい?これは私に宛てた手紙だろう?それとも別に誰かに宛てた手紙だったのかい?」 「いや、それはお前に宛てた手紙だ」 「じゃあ、私には読む権利があるはずだね」 「そう、だが…あれは…」 「とてもステキな恋文だったよ」 カミューがポケットの中の手紙を取り出す。 白い便箋に綴られたマイクロトフからの手紙を、カミューはゆっくりと時間をかけて読んでいたのだ。マイクロトフから手紙が届くなんて初めてのことで、最初は一体何があったのだろうと慌てたのだが、読み進むうちに、自然に顔が綻んだ。あまりにも嬉しかったから。 「マイク、とても嬉しかったんだよ」 「そうか、それなら…良かった」 カミューの嬉しそうな顔にマイクロトフは小さく息をつく。 「ところで、まだ最後まで読んでいないんだ。「最後にこれだけは言っておこう」の続きは何て書いてあるんだい?お前の口から聞かせて欲しいな」 マイクロトフはとたんに顔を赤らめた。 「勘弁してくれ、カミュー」 「じゃあいいよ、手紙を読むから」 「カミュー…俺を困らせないでくれ…」 「困るような内容が書いてあるのかな?」 「………」 マイクロトフは恨めしげにカミューを見ていたが、どう反論したところでカミューには勝てないのだ。大きくため息をつくと、諦めて手紙のフレーズを口にし始めた。 「『最後これだけは言っておこう…カミュー、お前を…愛している…』」 「………」 「『1週間後、お前に会えたら…大好きなその声が聞きたい。お前に触れたい、お前に……キスしたい…』」 何とも気まずそうにマイクロトフが視線を外す。カミューが小さく笑って、そんなマイクロトフのそばに近寄りその肩に手を置く。 「それだけ?マイク?それで終わりなのかい?」 「……終わりだ」 ぶっきらぼうに言うマイクロトフの手を取り、カミューは自分の頬に触れさせる。そして、自ら首を傾げてマイクロトフの唇の端にキスをした。 「私に触れて、キスしたかったんだろう?」 「……」 「さ、恋文の続きはここでは無理だから、ベッドへ行こうじゃないか」 あくまで余裕の笑みを浮かべてカミューがマイクロトフの手を引く。立ち上がったマイクロトフがカミューに尋ねる。 「どうして分かったのだ?あの手紙の続きが」 「ん?それはね、私も同じことを考えていたからさ」 艶っぽいカミューの笑みに、マイクロトフは勝てないなと肩をすくめる。 もちろん、カミューの誘いを断るような無粋な真似はしない。 離れていた一ヶ月分を埋めるため、マイクロトフはカミューの指を握り返した。 |