恋 文(マイクロトフへ)


 一通の手紙をしたためた。



「さて、マイク。
 先日の大掃除の時に、私はとても懐かしいものを見つけてしまったよ。
 昔、お前が私にくれた恋文だ。
 くれた、というのは正しくないかもしれないな。何しろ、この手紙は「出すつもりはなかった手紙」らしいのだから。今でもあの時のことを思い出すと、笑ってしまう。
 あの慌てたお前の顔は、なかなか見ものだった。
 こうして考えてみると、あの手紙が唯一私たちの間で交わされた手紙のような気がする。
 その大切なこの手紙を、お前は返せなどというのだから、ちょっと腹が立ってしまったよ。
 だが、私だけが手紙を持っているというのも不公平だと思うから、今回は特別にお前に恋文というものを書いてみようかと思う。
 私が恋文を書くなんて初めてのことだ。
 なるほど、少し照れるものだな。


 あれはまだ私たちが想いを通い合わせるようになって間もない頃だった。
 お互いのことをもっともっと知りたくて、片時も離れることなく求め合っていた時だ。
 そんな時にお前は遠征に出ることになってしまった。
 旅立ちの前日、一夜を共に過ごしたあとでお前は言った。
「今回ばかりは辛いな」と。
 その言葉の意味はすぐに分かった。
 私は同意も否定もしなかったけれど、本当はお前の気持ちは痛いほど分かっていたのだよ。私だって同じ気持ちだったのだから。
 けれど、それを口にしてしまえば、私はみっともなくお前のことを引き止めてしまいそうな気がしたから何も言わなかったのだ。
 何も言わない私を、お前は冷たいヤツだと思っただろうか?


 あの頃、私は自分でもどうかしていると思うくらいに、お前のことを求めていた。
 ああ、もちろん、今だってお前のことを想っている。
 けれど、何というか、生まれて初めて誰かを愛するということの意味を知ったような気がしていたのだよ。
 お前も知っているように、私は若い頃から数多くのレディたちと恋愛を楽しんでいたし、理想だと思えるレディだって何人もいた。
 けれど、どんなに素敵なレディにも、私はどうしても束縛したいというような激しい思いを抱くことはできなかった。守ってあげたいと、大切にしてあげたいと思うことはあったけれど、執着心を抱くことはできなかった。その当時は意識してそうしているのだと思っていたのだ。
 私たちは騎士で、戦場へ出ればいつ命を落とすかもしれない身だから、大切な人というものを作らない方がいいのだと、心のどこかで言い聞かせていたのかもしれない。
 私はそうして、自分のことを守ろうとしていたのだろうか?
 誰かを失うことが恐かったのだろうか?
 今思えば、それは間違っていたのだと分かるよ。
 失うことが恐いから誰か一人に執着しなかった、というのであれば、ではお前のことは失ってもいいのかということになる。私は自分でも呆れるほどにお前に執着しているからね。
 だけど、それは違う。
 お前を失うことは恐い。それは今まで感じたことのない恐怖だ。だが、その恐怖さえ仕方がないと思えるほどに私はお前のことが欲しくてたまらない。
 お前のそばにいられるのなら、その他のことはすべて甘んじて受け入れようという覚悟ができた。それが本当に誰かを好きになるということなのだな。
 お前がそれを教えてくれたのだ。


 お前が、私のことを好きだと告げた時は正直言って驚いた。
 だってそうだろう?マチルダに入団してから、私たちは一番の親友として同じ時を過ごしてきた。お前のことなら何でも知っているつもりでいたけれど、あの時ばかりは、お前のことを本当は何も知らなかったのだと思い知らされたよ。
 私はお前の気持ちには気づかなかった。いや、気づいていたのかもしれない。
 だけど、お前が私を見る時の目の奥に潜む熱いものが、私はとても恐かったんだよ。
 そう、私は恐かった。
 お前のその真っ直ぐな気持ちが。
 熱い想いが。
 私のすべてを奪ってしまうほどの情熱が。
 そして、きっと私はそれに逆らえないだろうと、心のどこかで分かっていたのだ。
 求められれば拒むことなどできない、と。
 一度でも受け入れてしまえば、きっと元には戻れない。
 まぁ、最初からお前と離れるつもりなど毛頭なかったのだけれどね。
 例えそれが親友という形であろうと、恋人という形であろうと。


 私にくれた手紙の中で、お前は私の好きなところをいろいろと書いてくれたね。
 何だかかなり美化されているようで読んでいて恥ずかしかったよ。
 けれど、とても嬉しかった。本当に。
 お返しに、というわけではないけれど、私がお前のどこを好きなのかも考えてみようと思う。
 私はお前の正義感の強いその心が好きだ。
 曲がったことが嫌いで、いっそ不器用なくらいに自分の信じた道を突き進むお前のことが好きだ。誰にでも平等に優しく、間違っていることはきちんと正せるその勇気が好きだ。
 恋愛ごとには疎いところも好ましく思っている。まぁ疎いばかりではなく、私の知らないところで、いろいろと経験は積んでいるようだが、それはお互いさまということで大目に見てやるよ。
 お前の大きな手のひらが好きだ。
 私を抱き寄せる時の力強い腕が好きだ。
 耳元で囁く低い声も、そのあとに与えてくれる甘い口づけも。
 ああ、こんなことをいつまで書いていてもキリがないな。
 お前のすべてを愛してる。
 結局それに尽きてしまうらしい。私もお前のことを恋人失格だ、などと責められないようだ。
 やれやれ、まったく困ったものだよ。


 以前、お前は私に聞いたことがあるな。
「後悔していないか」と。
 マチルダに反旗を翻し、この同盟軍に身を置くようになってすぐのことだった。
 あまりにもバカバカしい質問だったから、私は笑うしかなかったよ。
 私が後悔していると、お前は本当に思ったのだろうか?
 だとしたら、お前はまだまだ私のことを分かっていない。
 私はね、お前と共に行ってきたことで何ひとつ、ただ一つとして後悔をしたことなどない。
 お前の気持ちに応えたことも、お前に抱かれたことも、マチルダを飛び出したことも、すべて私が自分で決めたことだ。
 お前を愛したことだって、すべて私がそうしたいからしたことだ。
 何を後悔することがある?
 何を迷うことがある?
 私には後悔することなど何もない。
 本当に何もないのだよ。


 時々思うことがある。
 この戦いが終わる時、私たちはどちらも欠けることなく、その勝利を目にしているだろうか、と。この戦いは今後さらに熾烈を極めるだろう。いつ戦場で命を落としてもおかしくはない。そのこと自体は恐れてはいないのだよ。騎士として、戦いの中で死ねるとすれば本望だ。
 だけどね、マイク。
 もし、お前が命を落としたらと思うと、私はとてつもなく暗い闇の中に落ちていくような気がする。お前のいない人生なんて、きっと私には耐えられないと思うからだ。
 お前の死の瞬間、私は正気を保っていられるだろうか?
 そんなことを考えるだけで、ほら、指先が冷たくなっていくようだ。自分が死ぬのは恐くないくせに、お前が死ぬことが恐いなんて、本当にどうしようもないな。
 こんなことを言えば、きっとお前は怒るだろうな。つまらないことを考えるな、と。
 簡単に死ぬつもりはない。だが、人というのはいつか死ぬものだ。
 だからこそ、今を精一杯生きようと思っている。
 後悔などしないよう、お前のことを精一杯愛したいと思う。
 お前を愛しているよ。
 心から、お前だけを愛している。――――」





 
 そこまで書いて、カミューはふぅと小さくため息をついた。
 開け放たれた窓の外から、子供たちの笑い声が聞こえる。
 天気のいい、気持ちのいいくらい穏やかな休日だった。
 便箋にして5枚。カミューは冷たくなった紅茶を一口飲んで、イスの背にもたれかかった。
「しかし、こんな手紙をマイクに渡すのも…あいつの真っ赤になる顔が目に浮かぶようだな」
 先日行われた城の大掃除で、カミューは一通の手紙を見つけたのだ。
 それはマイクロトフから貰った恋文で(本人曰く、恋文ではないそうだが)、書いた当人はひどく恥ずかしがってそれを返せとカミューに迫った。
 筆不精なマイクロトフが手紙を書くなど、この先考えられないので、カミューはその頼みはあっさりと却下したのだが、あまりにしつこく要求してくるので、代わりに返事の手紙を書こうと約束してしまったのだ。
 しかし、カミューだって恋文など書いたことはない。
 レディたちから貰ったことはあるが、自分からそんなものを書こうなどを思ったことはない。
 しかも、すでに自分のものになっている恋人にあてて、何を書けばよいというのだ?
 しかし、まぁ約束してしまったので、つらつらと筆を進めていたのだが、書いていくうちにかなり踏み込んだ内容になってきてしまい、どうしたものかと筆を止めたのだ。
 昼日中に書いていてさえこうなのだから、深夜に恋文を書いていたマイクロトフが赤面するような内容を書き連ねたとしても笑うことはできない。
「愛しているか…文字にすると、何とも気恥ずかしい言葉だな…」
 カミューは苦笑する。
 手紙の内容に嘘は何一つない。
 だが、これをマイクロトフが読むと思うと、ちょっと躊躇してしまうのも確かだ。
「かといってここまで書いたものを書き直すのも…」
 カミューが腕を組んで悩んでいると、パタンと音を立てて、マイクロトフが帰ってきた。
「カミュー、出かけていたのではないのか?」
「ああ…」
 マイクロトフが何をしているのだ?とカミューに近づく。
 机の上に広げられた便箋を見て、小さく笑う。
「何だ、手紙を書いていたのか」
「そう、お前への恋文だ」
 カミューの返事にマイクロトフがうろたえる。
「え?ええ、えっと…それはあの…俺の手紙への…」
「そう、返事だ。だが…」
 カミューが言い終えるより早く、マイクロトフがその手紙を手にする。
「こらっ!まだ出来上がっていないんだっ!読むんじゃないっ」
「待てるか。え〜っと、なになに…」
 マイクロトフがカミューの追撃をかわしながら、便箋に目を走らせる。
「よせ、マイク!」
 本気で怒ったかのようなカミューの声に、マイクロトフがニヤリと笑う。
「どうだ、恋文を読まれるというのは恥ずかしいものだろう?」
「う……」
 黙ったカミューにマイクロトフが手にした便箋を返す。
「あの時の俺の気持ちが分かったか?どちらにしても楽しみだな。お前から恋文が貰えるなんてな」
 楽しそうなマイクロトフの様子にカミューはむっとして便箋を手にしたまま、マイクロトフをイスに座らせる。
「どうした?」
 怪訝な顔をするマイクロトフにカミューがニヤリと笑う。
「朗読してやろう。お前への恋文だ。『さて、マイク。先日の大掃除の時に、私は…』」
「よ、よせっ!!声に出してそんなものを読み上げるなっ!!」
 真っ赤になってマイクロトフがカミューを遮る。カミューは嫌がるマイクロトフになおも恋文を読み上げる。いたたまれなくなったマイクロトフが情けない声を上げた。
「カミュー、分かった、俺が悪かったから…読まないでくれ…」
 自分の手紙を読まれるのも恥ずかしいものだが、自分宛ての恋文を声に出して読まれるのも相当に恥ずかしいことだとマイクロトフは初めて知った。
 たとえそれが事実であろうと、心の中ではいつも思っていることであっても。
 降参だ、とマイクロトフが両手を上げる。
「ふふ、お前がいぢわるなことを言うからだ」
 カミューは笑ってそう言うと、マイクロトフの膝の上に座り、両手を首に回した。
「私のことをからかおうなんて100年早いよ」
「………」
「さ、からかったお詫びをしてくれ」
「……まったく、お前は俺を誘うのが上手だな」
 マイクロトフは小さくため息をついて、両腕をカミューのしなやかな身体へと回す。
 近づいてくる唇にいつもときめいてしまう。
 それは何度キスしても慣れることがない。
「大好きだよ、マイク」
 恋文に書ききれない想いはキスで伝えよう。
 熱い吐息で応えよう。
 カミューの手から滑り落ちた便箋が、床で小さな音を立てた。

   


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