休日の過ごし方


初めて会った時、「真面目が服着て歩いている」と思った。
カミューのその第一印象はその後も変わることなく、現在に至る。


「カミュー、明日の遠征には参加してくれと、ディラン殿からの伝言だ」
 ただいま三時のお茶の時間である。自室で優雅にティーカップを手にしていたカミューに、マイクロトフがいつもの真面目な口調でそう言った。マイクロトフは剣の練習に勤しんでいたようで、額にはうっすらと汗をかいている。
 今日は久しぶりの休日で、カミューは一日のんびりとすると決めたのだ。読みかけの本を読み、お茶を飲む。そんな何でもないひと時を、マイクロトフと一緒に過ごしたかったのだ。それなのに、そんなカミューのことを放ったらかして、一人で練習へ行ってしまったマイクロトフに、少し腹を立てていた。だからマイクロトフにほんの少し冷たくしようと決めていたのだ。
「ありがとう」
 よそよそしい返事に、マイクロトフの手が止まる。
「?どうした?機嫌が悪そうだ」
 マイクロトフが馬鹿正直に聞いてくる。普通、機嫌が悪そうだ、なんて直接相手に聞くものだろうか?カミューは内心ため息をついたが、それは表には出さずいつもの穏やかな笑顔を見せた。
「別に。マイク、汗をかいているようだから、風呂に入ってきたほうがいい。大浴場はもうやっているはずだから」
「ああ、そうしよう。カミュー、具合が悪いならホウアン殿を呼んでくるが?」
「別に体調は悪くないよ」
 にっこりと微笑むカニューにマイクロトフは首をかしげる。何か機嫌を損ねるようなことをしただろうか?いつもと同じ笑顔だし、体調も悪くないと言うが、どこか様子がおかしいということくらいは、マイクロトフにだって分かる。それほどは鈍くはない。
「じゃあまたあとで」
 何となく、居心地の悪いものを感じてマイクロトフはカミューの部屋をあとにした。

 何かしただろうか??
 広い浴槽に手足を伸ばして、マイクロトフは考え込んでいた。
 昨夜は同じ部屋では眠ったが、特に何もしなかった。まぁそうそう毎晩盛り上がるわけでもないのだ。まさかそれで怒っているなんてことは?
 ぜんぜん見当違いのことを考えているとも気づかず、マイクロトフはうなっていた。
 たった一晩しなかったくらいで機嫌が悪くなるだろうか?新婚夫婦でもあるまいし。いや、しかしそれくらいしか思いつくことはないし。
 う〜む。
 何というか、そういうことはマイクロトフにとっては苦手な分野に属していた。つまり、恋愛沙汰のことだ。カミューのことは好きだし、とても大事に思っている。彼とセックスすることも嫌いではないし、いつまでも一緒にいたいと思っている。 けれど、それを表に出すのが苦手なのだ。幸いなことにそんなマイクロトフの性格を分かってくれて、カミューはやたらに愛の言葉など求めてはこないし、何をするにもスピードを合わせてくれる。
 それに甘えすぎていたのだろうか?
「そうか…そうかもしれないな」
 特に最近は長年連れ添った夫婦のように、何も言わなくてもお互いのことが分かるようになってしまって、ついつい言葉を省いてしまうことがある。それがまずかったのだろうか。
「よぉ、お前も嫁さんに先に風呂に入れって言われた口か?」
「は?」
 ばしゃんと大きな音を立てて湯船に入ってきたのは、さっきまで一緒に剣の練習に付き合ってくれていたビクトールだ。気持ちよさそうにざぶざふと顔を洗っている。鍛え上げられた筋肉は見事なもので、同じ男としては少々羨ましくもある。
「私には嫁はいませんよ」
 さきほどのビクトールの台詞を思い出し、マイクロトフは訂正をする。
「カミューに言われたんだろ、さっさと風呂に入ってこいって」
「ええ、まぁ」
「じゃあ間違ってねぇだろ」
 マイクロトフはわけが分からず首をひねる。
「ビクトール殿はフリック殿に言われたのですか?」
「おお、ったくあいつはちょっと潔癖症気味な所があるんだよな。アレの前に風呂に入るなんて誰が決めたってんだよな」
「アレ?」
「おいおい、とぼけるなって。お前も同じだろぉが?」
 ビクトールは豪快に笑い、マイクロトフの肩を叩く。
「あの、それは、つまり?」
「休日の午後に好きな相手とすることと言えば一つだろぉが。さぁてと、夕食までの間たっぷりと可愛がってやるからな、待ってろよ、フリック」
 ふっふっふと不気味な笑みを浮かべてビクトールは湯船から上がっていった。からすの行水とはこのことだろう。
 再び一人になったマイクロトフはやっと謎が解け、すっきりとしていた。
 なるほど。やはりそういうことだったのだ。
 昨日の夜、何もしなかったから、さっき誘いをかけてきたということか。どうもその手のことは苦手で、上手く自分から誘いをかけられないマイクロトフをリードしてくれるのはいつもカミューだが、いつもいつも任せきりでは騎士道に反するというものだろう。さっきのカミューの冷たい態度も、それを自分に分からせようとしたものに違いない。
 マイクロトフは勝手にそう判断すると、意を決して湯船からあがった。


 汗を流し、さっぱりとしたマイクロトフは、楽な部屋着に着替えて再びカミューの元へと赴いた。
 小さくノックをして扉を開けると、カミューは窓際にイスを置いて、難しそうな本を読んでいた。後ろ手に扉を閉めて、しっかりと鍵をかける。何しろ昼間なのだ。誰かに入ってこられては大変困った状態になる。
「カミュー、昨夜のことを怒っているのか?」
 いきなりストレートに尋ねるのはまずいだろうか、などという常識的なことは頭には浮かばない。カミューは何の脈絡もないマイクロトフの台詞にキョトンとしてしまった。
「どうしたんだ、マイク?いったい何の話だ?」
 つかつかと窓際に近寄り、カミューの手から本を取り上げる。あまりに真剣な顔のマイクロトフに、「怒らせてしまったかな」とカミューは内心思った。しかし最初に怒っていたのはカミューの方なのだ。それでもマイクロトフにこんな顔をされると心が痛む。
「カミュー、今からやろう、それで許してくれ」
「え?マイク、今何て言った?」
「何も言わなくていいから、全部分かってるから」
 まったく何も分かっていないことに気づいていないマイクロトフはカミューの手を引っ張ると、すぐそばにあったベッドに引っ張り込んだ。カミューの頭の中は混乱していて、言葉もない。だいたい、何だっていきなり真昼間からベッドに引きずり込まれなければならないのだ?まぁマイクロトフがしたいというなら別にかまわないのだが、だけど、先ほどのマイクロトフの台詞が気になる。
 カミューの服を脱がそうと悪戦苦闘しているマイクロトフの手を掴んで、カミューは聞いてみた。
「マイク、昨夜のこととは何のことだ?」
「だから、昨夜、一緒にいたが、何もしなかっただろう?」
「ああ、それで?」
「だから怒っているのだろう?違うのか?」
 カミューは身体からどっと力が抜けるような気がした。いったいどこからそんなつまらない考えが浮かんでくるんだろう。やりたい盛りのガキじゃあるまいし、たった一晩何もしなかったからといって、本気で自分が怒るとでも思っているのだろうか、この男は?あまりの馬鹿馬鹿しさに、怒るのを通り越して笑ってしまう。
「カミュー、違うのか?」
「あ、いや。だからといって、マイク、何も昼間からしなくてもいいだろう?」
 そう言いながらもマイクロトフの頬に指を沿えて、キスを促す。軽く触れるだけのキスをして、マイクロトフはその甘さにうっとりとしながら、さっきの風呂場でのビクトールとの会話を聞かせた。
「俺に風呂に入って来いといったのはそういう意味ではなかったのか?」
「……マイク、それは…ぜんぜん違う。私が怒っていたのは、お前が休日の午後を私を放って練習なんかに行ってしまったからだ。別に昨夜のことを怒っていたわけじゃない。風呂は、ただ汗をかいて気持ち悪いだろうと思ったからだ」
 マイクロトフのあまりのボケボケぶりを気の毒に思ったカミューはつい本音を言ってしまった。それを聞いたマイクロトフはがっくりと枕に顔を埋めた。
「…やられた」
 ビクトールの言うことなど真に受けるのではなかった。というか、勝手にビクトールの台詞を解釈しただけなのだが、マイクロトフはビクトールが悪い、と一方的に決め付けてしまった。あとで会ったら文句の一つも言わなくては気がすまない。
「悪かった、カミュー。放ったらかしにしたつもりはなかったのだ。ただ、兵士たちに練習を見て欲しいと頼まれたので」
「分かってるさ。何も本気で怒っていたわけじゃない」
「ああ…。すまない、いきなりこんなことをして」
 身体を起こそうとしたマイクロトフの肩をカミューが引き寄せる。
「カミュー?」
「人をベッドに引きずり込んでおいて、何もしないのは騎士道に反するのではないか?」
 妖しいカミューの微笑み。マイクロトフはそれもそうか、と思い直し、再びカミューの上へと被さっていった。


「ビクトール殿!あなたという人はっ」
「な、何だよ、いきなり」
 夕食の時間である。ハイ・ヨーのレストランで上機嫌で夕食を食べていたビクトールに、マイクロトフは詰め寄った。
「カミューが風呂に入ってこいと言ったのは、本当に純粋な意味で言っただけです。それなのに、あなたのせいで、勝手におかしな方向へ解釈してしまいました」
 ビクトールはいったいマイクロトフが何を言っているのか分からず、首を傾げたが、やがて風呂場での会話を思い出した。
「ああ…、何だ違ったのか?そりゃあ残念だったな。それにかこつけてやっちまえばよかったのに」
「あ、いや…やることはやりましたが…」
 思わず小さな声になるマイクロトフにビクトールは腹を抱えて笑う。
「で、そのカミューはどうしたよ」
「部屋で眠っています。ちょっと…その、無理をさせてしまったようで…」
「はっは、うちと同じだな。座れよ、一緒に飯でも食おうぜ」
 マイクロトフはイスをひくとビクトールの向かい側に座った。
 もう二度とこの男の言葉を鵜呑みにするまい、とマイクロトフは心に決めた。いや、でも…
「まぁ休日の過ごし方としては悪くはなかったですけれど…」
 小さくつぶやくと、ビクトールのグラスに酒をついだ。ちょっとした礼の意味をこめて。

 


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