The signs of LOVE


 それはあと数週間でクリスマスがやってこようという頃だった。
 マイクロトフとカミューと一緒にマチルダへ入団したマイケルが、とうとう結婚をするということで、久しぶりに同期の者たちで集まることになった。
 場所は城下にあるマイケルの自宅。明日が休みだという騎士たちばかり、総勢10人という大人数での飲み会となった。


「それにしても、ずいぶん早い結婚だね」
 ワイングラスを手にしながら、カミューがちょっとからかうようにマイケルに尋ねた。
 ここにいる者はみな同じ歳で、まだ若干21歳という若さである。
 普通で考えれば、妻を娶り一家の主となるにはまだまだ早い年齢であろう。異例の特進を重ねているカミューは別として、誰もがまだ騎士団の中では下っ端である。これから徐々に与えられる任務、責任が重くなっていくこの時期に、あえて結婚をしようなどとはなかなか思えるものではない。
「そりゃ、カミュー、あのエミリ殿が相手だぞ、ぼやぼやしてる暇はないよな、マイケル」
 誰かの言葉に、どっとその場がわく。
「そんなに美人なのかい?」
 カミューが首を傾げて、隣に座るマイクロトフに尋ねる。
「ああ、何だ、カミューは見たことないのか?」
 マイクロトフがびっくりしたようにカミューを見る。
 マイクロトフの反応に、カミューの方が驚く。
「お前、知ってるのか?」
「ああ、以前マイケルに紹介してもらったことがある。とても綺麗な人だ」
「ふうん」
 どうして、マイクロトフには紹介して、私には紹介しないんだ?とカミューはちょっとむっとして、マイケルを見る。マイケルは困ったように鼻の頭をかいた。
「いや、えっと、隠してるつもりはなかったんだけどな…えっと…」
 周りの連中はそんなマイケルをニヤニヤと笑いながら眺めている。どうやら、何か裏があるらしい。そして、どうやらそれを知らないのはカミューだけのようである。
 マイケルは入隊当時から仲のいい友人だった。要領は悪いが、真っ正直で、与えられた仕事をきちんとこなしていく姿に、カミューは好感を持っていたのだ。
 恋人ができたのなら、紹介してくれたってよさそうなものなのに。それとも、友人だと思っていたのは自分だけだったのだろうか。そう思うと、何だか淋しく思えてしまう。
 けれど、マイケルの口から出たのは、そんな理由ではなかった。
「いやぁ、実はさ、彼女、お前の大ファンなんだよ」
「え?」
 思いもかけない言葉に、カミューはきょとんとする。
 そんなカミューに、仲間の誰かが、おいおいと笑って肩をすくめる。
「赤騎士団のエリート、容姿端麗、眉目秀麗。涼やかな声と、内に秘めた熱い情熱。城下の年頃の娘たちは、みなお前に憧れてるんだ。エミリ殿も同じだってわけだよ」
 そうなのか?とカミューがマイケルに尋ねると、マイケルは赤い顔をしてうなづいた。
「カミューには何度も紹介しようとは思ったんだけどさ、エミリはほんとにお前のファンでさ、俺がお前と親しいだなんて言ったら最後、毎日でも会わせろって言われるに違いないし、それに実際にお前に会ったら絶対に俺なんて見向きもされなくなること、目に見えてたしさ」
 ごめんな、とマイケルが笑う。
「マイケル……ばかだな、そんな心配をしていたのかい?」
 呆れたようにカミューが溜息をつく。
 まったくレディたちのことを全然分かっていないな、とカミューは思う。城下のレディたちがみな自分のことを憧れの眼差しで見ていることくらい、敏いカミューは気づいている。
 けれど、それは恋愛感情ではないのだ。ただ単に、みんなで騒げるちょっと見目のいい誰かを作りたいだけなのだ。誰も本当のカミューのことを本気で好きなわけではないのだ。
 結婚をしたい、と真剣に願う相手と自分を比べるなんて馬鹿げているとカミューは思うのだが、そんなカミューに周りの連中が非難を浴びせる。
「かーっ!これだからモテる男は嫌なんだ」
「そうだそうだ、俺だってマイケルの立場なら、同じこと考えるぞ」
「だいたいお前は女に不自由してないから、そんなことが言えるんだ!」
 口々に責められ、カミューは閉口してしまう。
「だいたい、カミュー!お前がいつまでたっても、恋人を作らないから、俺たちがこんな余計な心配をしなければいけないんだぞ、誰か相手はいないのか?恋人はっ!?」
「………っ!!」
 隣に座っていたマイクロトフが、その言葉にげほげほっと咽返った。
 何でお前が咽返るんだ?とみんなが苦笑してマイクロトフをからかう。

 ―――― それはね、マイクロトフが私の恋人だからさ。

 胸の中でこっそりとカミューがつぶやく。
 決して簡単に人には言えないけれど。
 すぐ隣に座り、赤い顔をしている男が私の生涯の恋人だ。
 カミューはみんなに気づかれないように、一瞬マイクロトフの指に触れた。びっくりしたようにマイクロトフが振り返り、そして恨みがましい目でカミューを見る。
 くすっと笑って、カミューは指を離した。
「どうなんだ、カミュー?」
「どうって言われても……」
 カミューはちらりと隣の男を見た。
 どこか困ったように黙り込んでいるマイクロトフを見ていると、ちょっとからかってみたい気分になった。カミューはテーブルに頬杖をつくと、にっこりと綺麗な笑顔を見せた。
「私だって好きな人くらいいるさ」
「おおっ、本当か、カミュー!!」
「おい、カミュー!」
 一斉にどよめきたつ仲間たち。
 慌てるマイクロトフ。
 これで自分たちにもチャンスが来たとばかりに、相手は誰だとみんながカミューに詰め寄る。カミューは仕方がないな、というように軽く肩をすくめた。
「そうだなぁ…とても強い人だ」
「ふむ」
「……自分に正直で、信念を持っていて、そして優しい」
「……ふむ」
「そして、私のことを、とても愛してくれている」
「…………」
 その場にいた連中がぽかんとカミューを見つめる。
 レディとの噂は腐るほどあるカミューだが、今まで「恋人」と呼べるほどまで親しくなった女性はいないはずだ。それなのに、こんな大勢の前で、蕩けそうな笑顔で惚気られるとは誰も思っていなかった。恋人のことを語る時のカミューは、いつもに増してとても美しく、そして何ともいえず幸せそうだった。妙に甘くなったその場の雰囲気にいたたまれなくなったマイクロトフが、ごほんと咳払いをする。
「おい、今日はマイケルのための飲み会だろう?カミューの話ばかりしていては失礼だろう」
「あ、ああ、そうだったな」
 我に返ったみんなが、笑いながら話題を元へと戻す。
 ほっとした様子のマイクロトフに、カミューは小さく笑みを零した。



 すっかり夜が更けた頃、やっと飲み会はお開きとなった。
 次の日が休みということもあり、各々自宅へと戻っていく。
「おやすみ、気をつけて」
 賑やかな声がやがて小さくなり、散らばっていく。
 街の西側に住まいがあるのはマイクロトフとカミューだけだった。
 今までの賑やかさが嘘のように、突然二人きりになってしまった。
「さて、帰ろうか」
 カミューが白い息を吐きながらマイクロトフを促す。
「カミュー」
「うん?」
「少し、遠回りをして帰ろう。こんなに星が綺麗な夜だ。すぐに帰ってしまうのはもったいない」
 どこか照れたようにマイクロトフがカミューを誘う。
 いきなりのデートの誘いに、カミューは一瞬驚いたものの、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
 ゆっくりと歩き出すマイクロトフのあとをついて、歩き出す。
 冬の夜の空気はしんと冷えて、肌に痛いくらいだった。
 寒さが苦手なカミューは肩をすくめて、暖かなマフラーに鼻先まで顔を埋めた。それを見たマイクロトフがくすりと笑う。
 そして、ポケットから左手を出すとカミューへと差し出した。
「ほら」
「………」
 差し出された大きな手のひらに、カミューはそっと自分のそれを重ねた。きゅっと握られた指は、そのままマイクロトフの上着のポケットの中へと戻っていく。
「これなら寒くないだろう?」
「ずいぶんと洒落た真似をするじゃないか」
 カミューはくすくすと笑う。肩を並べてぴったりと寄り添い、夜の街をのんびりと歩いた。
 物音一つしない。まるでこの世界に二人しかいないような、そんな気にさえなってくる。
「幸せそうだったな」
「うん?マイケルかい?そりゃ今が一番幸せな時だからな」
 カミューがくすっと笑う。みんなにからかわれながらも、婚約者の話をするマイケルは、誰が見ても幸せそのものだった。幸せな人を見ていると、こっちまで幸せになれる。仲のいい仲間たちと過ごした久しぶりの楽しい時間に、カミューはまだ少し酔っていた。
「なぁマイク」
「何だ?」
「私と想いが通じあった時、どんな気持ちがした?」
「何だ、いきなり?」
 突然のカミューに問いかけに、マイクロトフが苦笑する。
「マイケルが言ってただろ。エミリ殿と想いが通じあったとき、天にも昇る気持ちだったと。お前はどうだったのかなぁとふと思ったのさ」
「なるほど……」
「で?どうだった?」
「そうだな……」
 マイクロトフは生真面目に何かを思い出すかのように夜空を仰いだ。
 そして、ふわりとカミューを見て微笑んだ。
「……嬉しすぎて、眠れなかったな」
「………」
「お前と両思いになれたと分かった夜、俺は嬉しくて眠れなかった」
「ばか……」
 カミューは思わず頬を染めた。
 洒落た口説き文句の一つも言えないくせに、マイクロトフは時々こうしてカミューの胸を締め付けるようなことを平気で言うのだ。そのたびに思い知らされる。自分はこんなにもマイクロトフのことが好きなのだな、と。マイクロトフのことをこんなにも愛しているのだな、と。
「そうだカミュー、お前、みんなの前であんなことを言うなんて、どういうつもりだ」
 マイクロトフがさっきの出来事を思い出して眉をしかめる。カミューはいたずらっぽく笑って、肩をすくめた。
「だってさ、たまにはいいだろ。私だって人前で恋人の自慢をしたい時だってあるさ」
「お前な……」
「はいはい。もうしないよ」
 呆れたようなマイクロトフの視線をカミューは軽く受け流した。
 そして、しばらく無言のまま二人で石畳の上を歩いた。ふいに、マイクロトフが足を止め、それにつられてカミューも足を止める。
「カミュー」
「何だい?」
 マイクロトフが白い息を吐きながら、少し困ったようにカミューを見た。
「その……結婚、したいか?」
「ええ?おいおい、マイク、私と結婚したいなんて言い出すつもりじゃないだろうな」
 そんな不気味な話はやめてくれ、とカミューは眉をしかめてみせる。いくらマイクロトフのことを愛していても、さすがに結婚したいなんて馬鹿げたことは思ったりはしない。
 カミューの言葉にマイクロトフも当然だ、と吹きだす。
「そういう意味じゃなくて……。つまり、男女なら結婚という形が取れるだろう?その…相手を愛している証としてそういう方法も取れるが、俺はそんな形あるものをお前にやることはできないからな。それが…少し淋しく思っただけだ。マイケルを見ていて、少し、そう思ったんだ」
「………」
 きゅっと少し力を込めてカミューがマイクロトフの指を握った。
「マイク」
「うん?」
「私は形のあるものなんて欲しいと思ったことはないよ」
「カミュー?」
 暖かいポケットの中からマイクロトフの手を引き出すと、カミューはそのまま口元へと引き寄せた。そして、マイクロトフの手の甲にそっと口づける。
 柔らかな唇の感触に、マイクロトフは一瞬息を飲んだ。そんなマイクロトフを上目遣いに見つめ、カミューは微笑んだ。
「ほら、こうして手を繋いでいれば、温もりを感じることができるだろう?私はね、私たちの間にはそんな温もりだけがあればいいと思っているんだよ。お前が私の冷えた手を温めてくれたように、私もお前の何かを暖められたらいいと思う。それで十分なんだ。目に見えなくてもいいんだよ。触れることができなくてもいい。ただ、私とお前の、二人の間だけで感じることができればね、それで十分だ。愛情に形なんてなくていいんだよ」
「………ああ、そうだな」
 マイクロトフがゆったりと微笑む。
 腕の中にカミューを抱きしめると、マイクロトフは冷たいその髪にキスをした。

 それはふたりのそばにある。
 目には見えなくても、形にはなってなくても、確かにそれは存在する。
 
「………てるよ」
 抱きしめられたまま、カミューがマイクロトフの耳元で囁く。
 滅多に聞くことのできないカミューの甘い囁きに、マイクロトフは胸が締め付けられる想いがした。
 そして答える。
「ああ、俺もだ」
 
 ふわりと、今年初めての雪が二人の上に舞い降りた。



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