月夜 ――― 眠れない むくりと起き上がり周りと見渡すと、同室の連中は全員気持ち良さそうに眠っていた。やれやれと小さく溜息をつき、カミューは机の上の時計を見た。 午前1時だった。 マチルダ騎士士官学校にその身を置くようになって2週間。 カミューがまともに眠れたのはその内1、2日だ。 「6人部屋で、どうしてあんなにぐーぐー眠れるんだ?」 特別神経質な方ではない。だが、慣れない共同生活は思いのほかカミューの負担になっているようだった。 カミューはみんなが寝ていることを確認すると、そっと物音を立てずにベッドから抜け出た。 消灯後に部屋から出るのは規則違反だったが、定刻の見回りは済んだばかりで、次は2時間後だ。見つかるようなヘマはしない。 カミューは慣れた足取りで屋上への階段を上がった。 綺麗な月夜だった。 青白い月と冷えた空気にほっとした時、建物の影に誰かがいることに気づき、カミューはぎくりと足を止めた。 まずい、と思った瞬間、その人影が振り返った。 「カミュー?」 聞き覚えのある声に緊張が解けた。 「マイクロトフ……こんな時間に何をしているんだい?」 困ったように立ち尽くしていたのは同期のマイクロトフだった。騎士士官学校にトップで入学した男だ。部屋が違うため、親しく話したことはなかったが、それでも何度か言葉を交わしたことはあった。 マイクロトフの印象は、馬鹿がつくほど正直で真面目な男だなということだった。 あまり親しくなれるタイプではないと、その時カミューは思っていた。 それが数年後には唯一無二の親友になり、やがて何ものにも変えがたい恋人同士になろうとは、お互い夢にも思っていなかった。 「どうした?規則違反だってわかってるのかい?」 自分のことは棚に上げてカミューがからかう。 「ああ…そうだが…」 「だが?」 「眠れなくて」 何と。 決まり悪そうに頭をかくマイクロトフにカミューは唖然とした。 どう見ても神経が細かそうには見えないこの男でも、眠れないなんてことがあるのか? 早寝早起きを身上にしてそうな男なのに? しかし、マイクロトフの言葉にカミューは何故かほっとした。 慣れない生活を送っているのは自分だけではないのだ。そう思ったとたん、カミューは張り詰めていた何かが溶けていくのを感じた。 「と、まぁ、あの夜そういうことを考えていたのさ」 ベッドの上にうつ伏せ、肘をついた姿勢で、カミューが懐かしそうにうなづいた。同盟軍の本拠地の一室。深夜のことだった。 「ちょっと待てカミュー」 カミューの傍らで横になっていたマイクロトフが、憮然とした表情でカミューの思い出話に待ったをかける。 「今、何か釈然としない言葉を聞いたぞ」 「何だい?」 「神経が細かそうには見えないだと?それは、無神経という意味か?」 「違うとでも?」 カミューが首を傾げる。 「それは心外だ。俺が無神経というなら、お前はどうなんだ?俺よりもお前の方がずっと無神経ではないか」 「それこそ心外だな。私のどこが無神経だと?」 カミューがむっとしたようにマイクロトフを睨む。 「………そうやって俺のシャツを着て、そういう目で俺を見るところだ!」 「……何だ、それは?」 ほら分かってない、とマイクロトフは息をつく。 コトが終わったあと、人のシャツを奪い取ったカミュー。大きなシャツは肩が落ち、そのせいでずいぶんと華奢に見える。熱の残った潤んだ瞳。そんな目で見つめられて落ち着いていられるわけがない。 無意識なのか意図的なのか。 どっちにしろ無神経には違いない。 「やっぱり俺よりもお前の方が無神経だ」 「だから、どうしてっ!」 声を上げたカミューの身体をマイクロトフは両腕で抱きしめた。圧し掛かる男から逃げようとカミューが身を捩り、シャツの釦を外そうと試みるマイクロトフの手をつかむ。 「さっきしたばっかりだろ。こういうのは無神経とは言わないのか?」 「……言わない」 マイクロトフがきっぱりと断言する。 どうもお前の無神経の基準は分からないな、と苦笑しながらも、カミューは与えられる甘いキスにうっとりと酔った。 窓の外には青白い月。 あの夜と同じ月だ、とカミューは思った。 |