YES-NO


「○月×日
 きこりの結び目ゲームの景品で「YES−NO枕」なるものをいただいた。ビクトール殿に使い方を教えていただいた。
 素晴らしい!!!!!
 なるほどこれならば、毎晩「だめか?」と聞かなくてもカミューの気持ちが分かるというものだ。早速明日カミューに枕の交換を申し出ることにする」



「ふうん」
 話を聞き終えたカミューは何とも言えない神妙な顔つきで、手渡された「YES−NO枕」を眺めた。
 表はYES、裏はNO。
 誰が考え出したのか知らないが、下世話な枕だとカミューは嘆息した。
 しかし目の前にいる恋人はずいぶんと興奮した面持ちで、この枕の素晴らしさを説明する。
「これを使えば言葉がなくても気持ちが通じ合えるぞ!お前は毎回、俺が聞くと「そんなことを聞くな」と言うからな。いや、照れ隠しだとは分かっているが、時々YESなのかNOなのか分かりかねることがあるし……も、もちろんそれは俺の精進が足りないせいだが…毎回お前にいらぬ気使いをさせるのは俺も心苦しいし…」
 などとブツブツと言い募る男に対してカミューは
「私が嫌だと言ってもするくせに……」とか
「照れ隠しだと分かっているなら聞くんじゃない」とか
「つまらないところで精進するな!!」とか、何度も心の中で突っ込みを入れたが、所詮惚れた弱みである。
 積極的に使いたいとは思わないが、マイクロトフが使いたいというなら仕方がないかと同意した。
「分かってくれて嬉しいぞ」
 ぎゅーっと力いっぱい抱き締められ、カミューはやれやれと天を仰いだ。


 さて、マイクロトフたっての希望で使い始めた枕だが、すぐにこれが失敗だったと気づき始めた。というのも、カミューの枕はいつも「NO」なのである。来る日も来る日もしっかりと「NO」を出されては、さすがのマイクロトフも手が出せない。
 何しろこれを使えば言葉がなくても気持ちが通じると言い出したのはマイクロトフなのだから、今さら口で「だめか?」などとは聞けない。聞けば足蹴にされるのは目に見えている。
 しかし1週間ほど枕が「NO」を示したある夜、とうとう我慢しきれず、マイクロトフは口を開いた。
「カミュー」
「うん?」
 粗末なベッドにころりと横になり、「NO」の面を表にした枕に頭を置いたカミューが視線を上げる。
「何だい?」
「そ、その……」
「どうした?」
「いや……その枕なのだがな……」
「うん?」
 ごくりと喉を鳴らして、マイクロトフがぎゅっと握り拳をつくる。
「毎晩NOなのだな…」
 言ったとたん、カミューは気まずそうに唇を曲げた。その頬が薄く赤らんだように見えたのは気のせいだろうか。
 カミューはマイクロトフに背を向けると、小さな声で彼を責めた。
「NOを出していてはまずいのか?」
「い、いや!そ、そういうわけではないのだが……」
 ぶんぶんと首を振るが、どこか哀愁の漂うマイクロトフである。カミューはそれきり何も言わずマイクロトフに背を向けたままだし、はっきりとそのつもりがないと意志表示しているため強引なこともできない。
 マイクロトフは滾る想いと身体をなだめつつ、その夜も一人淋しくベッドに入った。


 それから数日後、マイクロトフがその日の仕事をすべて終えて部屋に戻ってくると、綺麗に整えられたベッドの上の枕が「YES」の面を向けていた。
「………っ!!!!!!」
 思わず駆けより、枕を掴む。
 決して見間違いではない。どう見ても「YES」である。
 マイクロトフがドキドキと胸を高鳴らせていると、ちょうどタイミングよくカミューが部屋に戻ってきた。
「ただい…っ……!!」
 カミューが最後まで言うより早く、マイクロトフが攫うようにして、その身体を抱きかかえ、ベッドに押し倒した。
「カミュー!!!!!」
「うわーーーーっ!!!!何なんだ!お前はっ!」
 いきなり大きな犬に飛びつかれたような錯覚をしたカミューが、首筋に顔を埋める男のシャツを引っ張った。
「今夜はいいんだな!」
「なっ!!!馬鹿っ!お前はこれが見えないのか!!」
 カミューが頭の下の枕を引っ掴んで、ばっとマイクロトフの目の前に出す。
 「YES」の面が出た枕。
 それは「今夜はよい」という意思表示である。
「……だから、いいのだろう?」
 マイクロトフが憮然とつぶやく。するとカミューがさらに憮然とした表情で叫んだ。
「違うだろ!これは……今夜はしないという意味だ!!」
「どうしてだ!!」
「どうしてって……」
 納得できないという表情のマイクロトフに、カミューが説明をする。
「だってマイクロトフ、お前はいつも「だめか?」って聞くだろう、ということは

「だめか?」→「NO(違う)」→「今夜はよい」
「だめか?」→「YES(うん)」→「今夜はだめ」

ってことだろう?」
「…………」
 カミューの説明にマイクロトフはうっと言葉に詰まった。
 確かにカミューの言う通りかもしれないが、普通は「YES」がよいという意味で、「NO」はだめだという意味ではないのか???
 しどろもどろとマイクロトフが言い募ると、カミューが苦笑を洩らした。
「何だかずいぶんな誤解があったようだね、どうりでお前が手を出してこないはずだ。まぁ、とにかく、今夜は疲れてるからだめだ」
 冷酷に宣言して、カミューは自分の上で唸り続ける恋人の肩を押し返す。
「………」
「マイクロトフ?」
 今夜はだめだと言われたわりには、マイクロトフの顔は嬉しそうである。嫌な予感がして、カミューは秀麗な眉を顰めた。
「カミュー、ということは、お前は毎日「今夜はよい」と言っていたのだな!お前の枕はずっと「NO」だったのだからな!」
「……っ!」
 カミューは瞬間に顔を紅くして、満面の笑みを浮かべる男を睨みつけた。それは確かに事実だけれど、声高に叫んで欲しいことではない。少なくともカミューには。
 一方のマイクロトフはその事実に悦に入っていた。
「そうか、知らなかったぞ。いつもいつも嫌だと言うが、本当はそうではなかったのだな!やっぱりあれは照れ隠しだった……の……」
 そこまで口にして、マイクロトフは美しい恋人がふるふると震えているのに気づいた。そこでやっと自分が言ってはならないことを言ってしまったということにも気がついた。
「カ、カミュー?」
「本当にお前は馬鹿正直なヤツだよ……」
 ぎしりと音をさせて身を起こしたカミューは、ばんっと枕を叩いた。
「いいか、私がいいと言うまで絶対にこの枕を裏返すんじゃないぞ!」
 くるりと枕を裏返し、「YES」の面を表にしたカミューに、マイクロトフが慌てる。
「カミュー!そ、それは「だめ」の意味の「YES」なのか!!」
「当たり前だっ!!!」
 ぷいっとそっぽを向いたカミューにマイクロトフががっくりと肩を落とした。


 しばらくの間、マイクロトフに禁欲生活を余儀なくさせた「YES-NO」枕は、意外なことにもカミューの手によって処分された。
 カミューとて、こんなつまらないことで愛しい恋人と触れ合うことができないのは辛かったわけである。もちろん、そんなことは口にはしなかったけれど。
 そして、件の枕は、捨てるのももったいないかと思ったカミューが、お隣の傭兵の片割れに譲ることにしたのである。自分よりももっと必要としているであろう人物を、カミューは的確に選んだのである。
「せっかく貰ったのに」
「あんなもの使わなくても、早く私の気持ちを読めるようになってくれ」
 残念そうな口振りのマイクロトフにカミューは肩をすくめ、その頬に軽く口づけた。
 
  


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