チェリー


 籠にいっぱいのさくらんぼが届いたのは、ある晴れた昼下がりのこと。

「おお?何だこりゃ、どうしたんだ?」
 ビクトールが人込を掻き分け中を覗き込む。
 床の上に置かれた籠は5つ。
 どれにも真っ赤に熟したさくらんぼが山ほど入っている。
 城の連中も籠の周りに集まって代わる代わる中を覗き込んでいた。
「差し入れですよ。この前モンスターを退治してくれたお礼だといって、村の連中がもってきてくれたんですよ」
「ああ、そういやあそこの村には山ほどさくらんぼがなってたな」
 ビクトールはひょいとひとつ摘み上げると口に放り込んだ。甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「ああ、ビクトールさんっ!だめよっ、つまみ食いしちゃ!!」
 隣にいたナナミがぺちんとビクトールの手をはたく。
「まだ洗ってないんだから」
「死にゃしねぇよ。うん、こりゃなかなかいいさくらんぼだな」
「んも〜」
 食べたいのを我慢しているナナミは唇を尖らせる。
「はいはい、食べたい人はレストランへおいで。たくさんあるからね。
慌てなくても大丈夫だよ」
 レオナを始めとする女連中が籠を抱え、レストランへと歩き出した。
 子供たちが歓声を上げながらそのあとをついて行く。
「行くでしょ?ビクトールさん?」
「当然だな」
 やっぱりね。とナナミは歩き出したビクトールのあとをついていった。

 レストランの中はさくらんぼ情報を入手した連中であふれ返っていた。
 各テーブルには皿に盛られたさくらんぼ。
「へぇ美味そうだな」
 遅ればせながら姿を現したフリックがさくらんぼを見て笑みを浮かべる。
「遅いじゃねぇか」
 ビクトールがビール片手にさくらんぼを食べているのを見て、フリックは眉をひそめた。
「どういう組み合わせだ、それ」
「案外といけるぜ」
「悪食だな」
 いちごとシャンパンていうのは聞いたことがあるが、さくらんぼとビールだなんてどう考えても合いそうにない。
 フリックはビクトールの隣に座ると、目の前のさくらんぼに手を伸ばした。
 甘い果実の味に満足そうに舌鼓を打つ。
「そういや、さくらんぼの茎、舌で結べるか?」
 同じテーブルに座っていた砦時代からの傭兵仲間が思い出したかのように言った一言。
 その一言で、みんな結べるだの結べないだの口々に言い出し始めた。
 さくらんぼを茎ごと口に含み、トライしてみる者。できる連中はできない連中をからかい半分で眺めている。
「簡単だろ、そんなの」
 悪戦苦闘している連中を尻目に、あっさりと言い放ったのはフリック。
「!!??」
「え?」
「ええ??!!」
 みんな一斉にフリックを見る。
「ほら」
 フリックはぺろりと舌を出して、綺麗に結べたさくらんぼの茎をみんなに見せた。
「………」
「………」
 全員信じられない思いで、フリックの舌先にある茎を見ていた。
 本当にあっという間に結んでみせたのだ。
 それもかなり綺麗に結べている。
 あのフリックが?たこ焼でさえもひっくり返せないフリックが?
 これは何かの間違いではないだろうか?と誰もが自分の目を疑った。
「できないヤツっているんだな」
 手のひらに茎を吐き出して、フリックが新しいさくらんぼに手を伸ばす。いつも不器用だ不器用だとバカにされているので、かなりご機嫌の様子である。
 だが、周りの連中は口惜しがるどころ、顔がにやけて仕方ないという感じである。
「へぇフリックさんがねぇ」
「人は見かけによらないもんだな」
 ぶつぶつと囁き合う連中の一人がニヤニヤしながらフリックに尋ねる。
「フリックさん、それってビクトールさんと出会ってからできるようになったんじゃ?」
「え?さぁどうだったかな。ああ、でもそうかもしれないな」
 ビクトールと出会ってからというか、子供の頃はできなかったような気がする、とフリックが思いを巡らせる。その答えに周りの連中が一斉に笑い出した。
「やっぱり〜!そうだと思ったんだっ!!」
「それにしても、あれってやっぱりそうなんだな」
「信憑性あるな〜」
 ゲラゲラと笑い続ける連中に、フリックがむっとしたようにビクトールへと向き直る。ビクトールも何がおかしいのか顔を歪めて笑いに耐えている。
「おい、いったい何笑ってんだよっ」
「お前な、あんまり人前で堂々とそういう恥ずかしいこと言うんじゃねぇよ。照れるだろぉが」
「だからっ!何がっ!!」
「知らねぇのか?さくらんぼの茎を舌で結べるヤツってな、キスが上手なんだとよ」
「え?」
 固まったフリックに、人の悪い連中が何を想像してか、にやにやと笑いながらお互いの腕をつつきあう。
「フリックさん、めちゃくちゃ早く結べるし?おまけに綺麗に結べるし?そりゃあもう、とんでもなくキスが上手なんじゃ…」
「まぁビクトールさんのお仕込みじゃあ…わーっ!!!!」
 言いかけた男の横っ面をフリックが張り倒した。
 暴れだしたフリックにみんなが慌てて自分のさくらんぼを持って逃げ出す。真っ赤な顔をしたフリックをビクトールが押さえ込んだ。
「まぁまぁ落ち着けって、いいじゃねぇか、お前がキスが上手だってのは嘘じゃねぇだろ。それを俺が教えたってこともよ」
「何だとっ!」
「本当のことだろぉが。何なら見せてやんな、さくらんぼの茎を結ぶことばかりが上手じゃねぇってことをな」
 言うなりビクトールはフリックの肩を引き寄せて唇を奪った。
 わーっと周りから歓声(悲鳴?)があがる。
 次の瞬間、フリックに殴られたビクトールが部屋の片隅に倒れ込んだ。
「いってぇなっ!!お前、最近凶暴だぞっ!!」
「うるさいっ!!!一度殺す、絶対殺す」
 ふるふると拳を震わせてフリックがなおもビクトールに掴みかかる。
「ちょいとっ、暴れるんなら表でやっておくれっ」
 そばを通りかかったレオナが怒鳴る。
 いつもの賑やかな昼下がりである。

 その日以来、フリックの舌技がかなりものだという噂が城中に流れ、無邪気な子供たちはさくらんぼの茎を持ってフリックの元を訪れたとか。


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