不器用なあなた 我儘なあなた


 ハイ・ヨーのレストランに到着すると、辺り一面何とも言えない不思議な匂いで満たされていた。

「何だ、この匂いは?」
 くんくんとビクトールが鼻を鳴らす。
 その後ろにいたフリックも、廊下でばったり出会ったマイクロトフとカミューも同じように、今まで経験のない匂いに首を傾げる。
「何だか…食欲をそそる匂いですね」
 マイクロトフがつぶやく。
 レストランの中はむっとしていて、各テーブルから煙が漂っている。
「いらっしゃいませ〜、4人さまですね」
 ウェイトレスの女の子がにこにこと声をかける。
 席へと案内される間に覗き込んだ別のテーブルでは、何やら楽しそうな歓声があがっている。
「おい、ありゃ一体何だ?」
 ビクトールが席につくとウェイトレスに尋ねる。
「今日はたこ焼きの日なんです」
「たこ焼き???」
 聞いたこともないその名前にビクトールが知ってるか?とフリックに聞く。
「いや、カミューは?」
「いえ、初めて聞きますが」
「俺も初めてだ」
 たこ焼きなるものを知っているものは誰もいない。そこへ道具一式を手にしたハイ・ヨーがやってきた。テーブルの上にたこ焼き機を置いて、4人を見渡す。
「はい、これがたこ焼き機あるね。みなさん初めてあるか?」
「ええ。これは一体どういう食べ物なんでしょうか?」
 あくまで優雅にカミューが尋ねる。
「この前手に入れたレシピあるね。とっても美味しいあるよ。この丸い鉄板に、この出汁を入れるね。で、タコを入れて…」
 どうやらレストランの新しいメニューらしく、ハイ・ヨーが嬉々として説明をする。
 どうやらタコを中にいれて丸く焼く、というものらしい。そこにソースをかけて食べるということで、確かに周りを見てみるとなかなか美味しそうな匂いがしている。
「分かったあるか?慣れると簡単ね」
「ああ〜、ま、やってみっか」
 ビクトールがタコのたっぷり入った皿を受け取り、興味深そうに熱くなり始めた鉄板を眺めた。
「では、私たちもやってみようか、マイク」
「そうだな」
 そういうわけで、4人の初たこ焼き体験が始まった。


 やってみっか、などと言ったくせに、ビクトールは自分で焼こうという気はさらさらないらしく、タコの入った皿を正面に座るフリックに突き出す。
「何だよ」
「焼いてくれ」
「お前な、やってみるって言っただろ!」
「面倒臭そうだからな、お前が焼いてくれ」
 にやにやと笑いながらビクトールが、ほれほれと出汁の入ったボールを手渡す。フリックは小さく舌打ちすると、おそるおそるすっかり熱くなった鉄板に出汁を流し込んだ。じゅうっと焼ける音がする。
「おお、なかなかいい感じじゃねぇか」
「黙ってろ。えっと、タコを入れるんだよな。お前もそれくらいやれよっ」
「へぇへぇ…おお、でっかいタコだな。一個づつ入れるのか…面倒だな」
 鉄板の穴に一つづつタコを入れるのは面倒だ、とばかりにビクトールがまとめて中央にタコを放り込む。
「あ〜っ!お前、何するんだよっ」
 フリックがてんこ盛りになったタコを見て、ビクトールに怒鳴る。
「平気だって、バラけりゃ済むだろぉが」
 大雑把というか、何というか。
 何しろ初めて作るものなのだ。ちゃんとハイ・ヨーに教えてもらった通りに作りたいフリックとしては、こういういい加減なやり方は許せないのだ。
「ったく、もういい。俺がするからお前は見てろ」
「何だよ、やれって言うからやったのによ」
「いいから俺がやる。そこの紅生姜取ってくれ」
 ぴしゃりと言われたビクトールが肩をすくめてフリックに紅生姜を渡した。


 一方、隣のテーブルではマイクロトフが真剣な目をして出汁を流し込んでいた。
「マイク、そんなに均等に流し込まなくても大丈夫だよ。どうせあとで丸くするんだろう?」
「いや、形はきちんと揃えたい」
 やれやれとカミューは苦笑する。
 一見、カミューの方が几帳面でマイクロトフの方が大雑把だと思われがちなのだが、実際にはマイクロトフの方がずっと細かいのだ。細かい、というか、言われたことをきちんとこなさないと気がすまない性格というか。カミューは細やかに見えて、実のところ、かなり大雑把なのだ。
 今だって、カミューはハイ・ヨーに指示された手順を半分上の空で聞いていたのだ。どうせ焼けばいいのだから、と思っていたし、マイクロトフがちゃんとやってくれるだろう、とも思っていた。
 そしてカミューの考え通り、マイクロトフはちゃんとハイ・ヨーが説明した通りにたこ焼きを焼いてくれているのだ。
 カミューはマイクロトフのそういうところをとても好ましく思うのだ。
「よし、入った。カミュー、タコを入れてくれ」
「いやだよ」
「え?」
 マイクロトフは思わずカミューに聞きかえす。
「生のタコに触るのは嫌だ。知っているだろう。私は生ものは食べられないんだ」
「だがカミュー、たこ焼きというからにはタコを入れなくては意味がないのではないか?それに、焼くのだから生ではないぞ」
「じゃあマイクが入れてくれ。私は生ものには触りたくない」
 にっこりと微笑むカミューにマイクロトフは仕方がないな、と皿を手にする。
 この美しい恋人はマイクロトフには我儘なのだ。
 けれど、そんな小さな我儘が妙に嬉しかったりするものだから、困ったものである。
 マイクロトフは手にしたタコを、これまた几帳面に一つづつ鉄板に落としていった。


「おお、いい匂いがしてきたじゃねぇか」
 手を出すなと言われたビクトールは腕を組んでイスにもたれたまま、目の前で焼けあがっていくたこ焼きに目を輝かせる。
 あとはこれをくりっとひっくり返して丸くすればいいわけで。
「そろそろひっくり返した方がいいんじゃねぇか?」
「そうだな」
 フリックが千枚通しを手にする。
「あれ?」
 ふつふつと湯気を上げるたこ焼きをひっくり返そうとするのだが、なかなか上手くいかない。フリックは身を乗り出して鉄板の穴の端に千枚通しの先を入れる。
「よ、っと…あれ?おかしいな」
 何度やっても上手くいかない。
 焦れば焦るほどたこ焼きは回転せずに、ぐずぐずとその形を崩していく。
「おいおい、焦げちまうぞ」
「分かってる、だからひっくり返そうとしてるだろ」
 たこ焼きをひっくり返すというのはちょっとしたコツが必要なのである。
 コツさえつかめば簡単なのだが、フリックはそれが掴めないらしい。あまりに不器用なその様子に、ビクトールが喉の奥で笑いを漏らす。
「ど〜ら、ちょっと貸してみな」
 ビクトールが手を伸ばし、フリックの手から千枚通しを奪い取る。そして、器用にたこ焼きをひっくり返してみせた。いくらやっても出来なかったフリックにしてみれば、あまりに簡単にやってのけるビクトールに唖然としてしまう。
「どうしてだよっ」
「あん?何が?」
「どうして俺にはできなくて、お前はできるんだ?」
 次々とたこ焼きをひっくり返しながら、ビクトールがさぁなと肩をすくめる。初めてとは思えない鮮やかな手つきを眺めながら、フリックはどうにも釈然としない思いで、イスにもたれかかった。
「何だか、すっごい口惜しいぞ」
 唇を尖らせるフリックに、ビクトールは思わず吹き出した。


 カミューはテーブルに頬杖をついて、マイクロトフがたこ焼きを焼くのを眺めていた。
「マイク」
「ん?何だ?」
「タコ以外にも何か入れたいな」
「え?タコ以外って?」
 タコ焼きにタコ以外の何を入れるというのだ?マイクロトフは眉をしかめる。
「たとえば、ほら、コーンとか、海老とか、グリーンピースとか」
「……それはたこ焼きとは言わないのではないか?」
 カミューの提案にマイクロトフは首を傾げる。
 たこ焼きに海老を入れては、それは海老焼きになるのではないだろうか?
 それに、このたこ焼きの大きさからして、そんなにたくさん具を入れては丸くならないような気がするのだ。カミューの提案についていろいろと思案するマイクロトフの様子に、カミューが笑い出す。
「マイク、ちょっと言ってみただけだから、そんな真剣に悩まなくてもいいよ」
「ああ、そうだな」
「だが、なかなかいいアイデアだとは思わないかい?だいたい、タコを嫌いな人だっているはずだろう?そういう人はたこ焼きに何を入れればいいんだい?子供だったら、チョコレートなんてどうだろう?」
 チョコレート好きなカミューらしい意見だが、マイクロトフは甘いチョコレートの入ったたこ焼きなんて、食べたいとは思わない。マイクロトフだけではなく、他の人間もそうだろう。しかし、そこまで言うとカミューが傷つくのではないかと思い、マイクロトフは曖昧にうなづくだけだった。
 しかし、このカミューのアイデアを聞いたハイ・ヨーは新たなメニューとしてオリジナルたこ焼きを開発し、それがけっこうな人気メニューになるのだが、それはまだ先の話である。
「ほら、カミュー焼けたぞ」
「よし、では私がソースを塗ろう」
 子供のように楽しそうにたこ焼きにソースを塗るカミューにマイクロトフは思わず笑みを浮かべた。


「やっぱり、ずるいっ!!」
「何がだよ」
 出来上がったたこ焼きを口に頬張りながらビクトールが目の前のフリックを見る。
 皿には綺麗に丸く出来上がったたこ焼きがある。ソースはたっぷり。青海苔もかかっている。
「やっぱりたこ焼きはひっくり返すところが楽しいに違いない。それなのに、下準備だけ俺にさせて、美味しいところを取っていきやがって」
「フリックよ、取っていったんじゃなくって、お前が出来なかっただけだろぉが」
「う……、だけどっ、もうちょっとやれば出来たはずだ。だいたい、お前に出来て、俺に出来ないはずがないだろ」
「そりゃどうかな。お前、案外と不器用だからな。ほら、怒鳴ってないで、食えよ」
 フリックの八つ当たりなんぞ全く意に介さないビクトールがたこ焼きをフリックへと差し出す。
「美味いだろ?」
「……美味い」
 熱々のたこ焼きを頬張り、フリックが素直にうなづく。
 そんなフリックにビクトールはどうしようもないほどの愛しさを感じる。
 いつも出来上がった食事ばかりを共にしている二人だが、たまにはこうして一緒に作るというのもいいものだ。滅多に見れない不器用なフリックというものを拝むこともできる。
「何、笑ってんだよ」
 フリックがむっとして、ニヤニヤと笑うビクトールを睨む。
「いや、今度はちゃんとひっくり返せよな、俺はもう満喫したからよ」
「くっそ、ムカつくヤツだなっ!」
 フリックは怒りに任せてビクトールの皿から最後のたこ焼きを奪い取った。


 それぞれに無事たこ焼き体験を終え、レストランをあとにする。
「よぉ、ディラン、ちゃんと焼けたか?」
 同じようにレストランから出てきたディランにビクトールが声をかける。
「うん、俺はフリックさんと違って器用だから」
 にっこりと笑うディランにフリックがちっと舌打ちする。どうやら、たこ焼きをひっくり返せなかったところを見られていたらしい。
「ところで、それは何ですか?ディラン殿」
 手にした包みを見てマイクロトフが尋ねる。
「ああ、これはイカ焼きだよ。これも新しいメニューなんだってさ。俺はハイ・ヨーに焼いてもらったけど、自分で焼くこともできるらしいよ。これはナナミへのお持ち帰りなんだけど」
 自分で焼くことができる、という言葉にフリックが反応した。
「よし、イカ焼きでリベンジだ、来いビクトール」
「おいおい、まだ食うつもりかよ」
「いいから来い」
 フリックがビクトールの腕をつかんで再びレストランへと入っていく。
 二人を見送ったカミューが得意げにマイクロトフへと向き直る。
「ほら、言っただろ、タコだけじゃなくてイカだって入れるんじゃないか」
「……え?」
 思いがけないカミューの発言にマイクロトフとディランが顔を見合わせる。
 そして、マイクロトフはこのカミューの誤解をどうやって解こうかと頭を悩ませるのであった。



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