Believe


「フリックさ〜ん」
 甘ったるい声と共に、どんと背中に誰かが体当たりをしてきた。
 フリックは振り向かなくても、それが誰だか分かった。
「フリックさん。おかえりなさい。待ってたのよ」
「すごい出迎えだな、二ナ」
 フリックは首だけ振り返って、背中から腕を回している二ナのにこにこ顔を見下ろした。
 二ナは相変わらずフリックフリークで、一日一度はフリックの顔を見ないと気がすまないらしいのだ。フリックにしてみれば、こんな風に女の子に追いかけられることに対して、どう対応したらいいのか分からず、いつもおろおろしてしまう。もちろん表には出さないが。
「ねぇねぇ、ちょっと付き合って。ちょっとだけでいいから」
「おいおい、どこへ行くんだ?」
 二ナはぐいぐいとフリックの腕を引っ張っていく。二ナが連れていったのは、城にある一室だった。中に入るとナナミ、テアンガール、ビッキーといった面々がフリックを待ち構えていた。
「な、何なんだ、いったい」
 フリックは思わず後ずさりしそうになる。二ナが後ろ手でドアの鍵をかける。
「待ってたのよ、フリックさん。さあさあ座って」
 ナナミがイスを差し出す。
 フリックは何だかいやぁな予感がして今すぐにでも帰りたくなったが、しぶしぶイスに腰をおろした。
「お茶でもいれますね。今日は戦闘だったのでしょう?」
 ビッキーがティーポットにお湯を注ぐ。
「あ、いや…すぐに帰るから、おかまいなく…」
 知らず知らず声が小さくなる。
 何しろ、自分よりも10歳は若い女の子四人に囲まれては、生きた心地がしない。
「あのね、フリックさん。私たち、今度、探偵団を結成したの」
「は?」
「だからね、探偵団よ。リッチモンドさんに弟子入りして、いろいろとテクニックも聞いたのよ。でね、どうせやるなら、幸せを運ぶような探偵団になろうと思って」
 ナナミが身を乗り出して説明をする。
「あ、ああ…、それは…」
 すごいな、と言ってやりたいところだが、何だか嫌な予感が強くなってきていた。
「でね、どういう幸せかというと、やっぱり恋の成就を手助けしたいわけなの」
 ビッキーがいつも通りのんびりとした口調であとを続ける。
「やっぱりうら若き乙女としては、一つでも多くのカップルに幸せになってもらって、行く行くは私たちも同じように幸せになりたいわけなの」
「ほお」
 それはまぁいいだろう。余計なお世話と言えなくもないが。
「そこで、幸せになってもらうには、やっぱりそのカップルの愛が本物かどうか調べないとね!」
 二ナがフリックのすぐ隣でにっこりと笑う。
「調べるって…」
「そこよ!私たち、素晴らしい方法を考えついたの。つまりね、カップルの相手が本当にその人のことを愛しているかを調べるの。浮気調査よ、浮気調査。これしかないわ!!」
「はぁ???」
 フリックは二ナが何を言っているのかさっぱり分からず首をかしげる。
「ああん、もうフリックさんてば!心配じゃない?自分の恋人が誰かを浮気してないか?」
「別に。浮気ったって…」
「男の甲斐性だなんて言わないでね。じゃあ、もしビクトールさんが誰かを浮気してたらどう?」
「な、何でそこであいつの名前が出てくるんだ!!」
 思わず赤くなってフリックが叫ぶ。
「いやでしょ?悲しいでしょ?怒るでしょ?」
「それが当然よ」
「本当に愛してれば怒るわよね」
 みんな口々にうなづきあう。フリックはどっと疲れてテーブルに突っ伏した。
「まぁね。ビクトールさんが浮気してるかどうかは別として、本当にフリックさんのことを愛してるのかを、私たち探偵団が調べてあげるってこと!」
 それは本当に、本当にいらぬお世話だ。フリックは心の中でつぶやいた。
 だいたい何だってこんな小娘たちに自分とビクトールのことをとやかく言われなくてはいけないのだろうか。いや、それよりも、どうして自分たちのことを彼女たちが知っているのだろうか。誰にも言ったこともないし、極力表面にも出さないようにしているというのに。
 自分たちが傍から見ていかにラブラブ状態なのか、自覚していないところがフリックらしいところであった。
「ね、フリックさん、すごいいい考えでしょ。もうすでに何組かのカップルの調査を引き受けて、見事浮気調査を完了させたのよ」
「そ、そりゃすごい…」
 こいつらにそんな依頼を出すヤツの顔を見てみたいものだ。
「だからビクトールさんの浮気調査もしてあげる。報酬なんていいのよ、何たって、愛するフリックさんのためですもの。もしフリックさんが騙されてたら、私、耐えられないし」
 二ナは手を組んで、うるうるとフリックを見つめる。
「き、気持ちはありがたいが、あいつにそんな甲斐性があるとは思えないから、遠慮しておくよ」
「あら、今してるかどうかじゃないのよ」
 ナナミがにっこりと笑う。
「つまりね、今してるかどうかじゃなくて、これからするかどうか、なの」
「どういう意味だ?」
「可愛い女の子が迫ってきても、よろめかないかどうかを探るよ!」
 そうよそうよ、と四人がうなづきあう。
 フリックはまだよく意味がわからず呆けている。
「だいたいね、男はみんな狼なのよ!」
「いくら恋人がいたって、可愛い女の子が迫ってきたら、絶対に手を出すはずよ!」
「そのくせ、恋人には嘘ついたり、黙ってたりするのよね!」
「許せないわよ」
 みんな一体何があったのだ、というくらいにエキサイトしている。フリックはあまりにばかばかしい話にそっと席を立とうとした。その腕を二ナとナナミがひっぱる。
「フリックさん!ビクトールさんが本当にフリックさん一筋かどうか知りたくないの?」
「あのなぁ」
「それともビクトールさんが自分に夢中だっていうすごい自信でもあるっていうことなの?」
「ば、ばかなことを言うな」
「やっぱり心配でしょ」
 フリックは思わず言葉につまった。
 別に二ナたちに言われるまでもなく、ビクトールが女性たちにモテることは知っている。いったいあの熊のどこがいいのか理解に苦しむのだが、どういうわけかビクトールはいつも人の中心にいる。
 浮気をしているとは思わない。思ったこともない。だけど、それは自分に自信があるわけでもないのだ。
「ね、私たちに任せておいて。絶対にフリックさんの悪いようにはしないから」
 フリックはそれ以上何も言い返せなかった。


「あ〜あ、疲れた。早くメシ食いに行こうぜ」
 ビクトールが心底疲れたようにベッドに腰をおろす。毎回毎回どういうわけかビクトールは戦闘から帰ってくるとフリックの部屋へやってくる。やってくるというか、自分の部屋と間違えているんじゃないかと思うくらいに、我が物顔で好き勝手している。
「着替えるから先に行ってていいぞ」
「着替えるんなら、見ててやるって」
 いつもの調子でビクトールが言い返す。フリックはそんなビクトールをちらりと見ると、黙って着替えを始めた。いつもならここで、フリックがビクトールに噛み付くところなのだか、今日はえらく素直じゃないか、とビクトールはちょっと嬉しくなったりもする。
 フリックはといえば、実はそれどころではなかったのだ。あのあと、結局二ナたちの強引な勧誘に負け、ビクトールの浮気度チェックを依頼することになってしまったのだ。二ナたちは大喜びで作戦を練って、次の日その作戦をフリックに持ってきたのだ。
 そしてそれが今日決行となっているのだ。
「今日のメニューは何だろうなぁ。おい、早く行かねぇと…ん?」
 ビクトールは何かに気づいたように口を閉じた。伸ばした手に何かが触れたのだ。
 一体何だろう、とビクトールはそれを取り上げた。それは小さく折りたたまれた紙切れだった。
「あん?」
 紙切れを開いて、中を見る。
 その様子をフリックはそっと窺っていた。その紙切れこそが二ナが仕込んだ罠の第一弾なのだ。そう、いわゆるラブレターというヤツだ。しかし、ラブレターよりももっと性質が悪い。
 ビクトールはしばらくをの紙切れを眺めていたが、まんざらでもないようで、ニヤニヤと締まりなく頬を緩めた。「どうした?」
 そんなビクトールの様子に我慢できずに、フリックはつい声をかけた。ビクトールはフリックを振り返って、ニヤけた顔を元にもどした。
「あ、いや別に。着替え終わったか?早くメシに行こうぜ」
 ビクトールはそう言うとその紙切れをズボンの後ろポケットに押し込んだ。
「やっぱりフリックさんに打ち明けることはなかったわね」
「ええ」
 ひそひそと囁きあうのは当然二ナとナナミである。二人の様子を薄く開けた扉の陰でのぞいていたのである。ラブレターにはこう書かれてあった。
「以前からずっとビクトールさんのことが好きでした。一度二人だけで会ってもらえませんか?夜十時に屋上で待ってます」
 これだけ読めば単なるラブレターのようにも見える。しかし、「二人だけで」「夜十時」というところ読めば、その先に何があるか分かろうものなのだ。のこのこ出かけていくというのは、ある程度の下心があったと思われても仕方がないだろう。
「さぁて、あとは本当に来るかどうかね」
 二ナが楽しそうにつぶやく。
「でもぉ、ビクトールさんがフリックさんを裏切ったりするかしら?」
 ナナミが首を傾げる。
「だから、男なんてみんな据え膳はぜんぶたいらげちゃう生き物なのよ!まったく節操がないんだから!」
 自分が夢中になっているフリックもその男の一人だということをすっかり忘れている二ナである。


 別に、どうということはない。
 ビクトールがけっこう女性にモテるというのは、ずっと前から分かっていたことだし、自分とそういう関係になる前は、かなり遊んでいたらしいことも薄々気づいている。
 その手の誘いをかけられて嫌な気がしない男はいないだろう。
 フリックは酒場でグラスを片手にぼんやりと目の前の男を眺めていた。ビクトールは今夜は妙に上機嫌で、周りの兵士たちにも気前良く酒をおごってやったりしている。
 その様子が余計にフリックの気に障る。
 ちょっとラブレターをもらったくらいで完全に舞い上がっている様子を見ると、手にしたグラスの酒を、そのニヤけた顔にぶちまけたくなる。
「おい、どうした。そんな難しい面して」
 ビクトールがフリックの顔を下から覗き込む。
「…別に」
「ふうん。そういうわりにゃあ楽しそうにも見えねぇがな」
 楽しいわけがない。が、フリックははたと気づいた。これじゃあまるで嫉妬してるみたいじゃないか。ビクトールがどこのだれと何をしようが、自分には関係のないことだ。確かに自分たちの間には、いわゆる肉体関係はあるが、かといって恋人同士だと認めたわけじゃない。
 そう思っているのに、どうしても胸の奥が痛む。
「さぁてそろそろお開きにするか」
 いつもなら閉店までいるビクトールがさっさと切り上げて腰をあげた。壁の時計を見るとちょうど十時になろうというところだ。フリックはやれやれとため息をつく。
「俺は部屋に戻るが、お前はどうする?」
 ビクトールがフリックに聞く。
「俺はもう少し飲んでいく」
 その返事を聞いて、ビクトールは変な顔をした。いつもならビクトールが帰る時はいつもフリックも連れ立って帰るのに、残ると言うなんて初めてのことなのだ。
「ふうん…そりゃまぁ、かまわねぇが。あんまり飲みすぎるなよ」
 ビクトールはそう言うと、酒場を出て行った。フリックは小さくため息をつくと、テーブルに頬杖をついた。
「フリックさん!!!」
「うわっ!びっくりした」
 何時の間にか二ナとナナミがフリックの両脇に陣取っている。
「お前たち、こんな時間にこんな場所で何をしてるんだ」
 未成年が酒場に来るのを、フリックは快く思っていない。おまけに女の子2人で酒場に来るなんて、まともじゃない。
「何してるのよ、フリックさん。これからが、いい所じゃない!あの熊の浮気現場を押さえなきゃ!」
「そうよ。決定的証拠よ!」
「いや、俺は…」
 早く早く、と二ナとナナミがフリックの腕をつかんで、立ち上がらせる。二人の説明によると、屋上には二人が雇った美人が待っているそうだ。もちろん、ちゃんと話はついていて、いい雰囲気までもっていって、手を出してきた所で、二ナとナナミが登場するという計画らしい。
 フリックはもうどうにでもなれ、という投げやりな気持ちになっていた。
 もし、本当にビクトールが浮気をしようとしたら。その現場をこの目で見てしまったら、その時、自分はどうするだろう。怒る…か、そうだな、怒って当然だろう。だが、それは何のために?ビクトールは自分の恋人でも何でもないのに、怒る権利なんてあるのだろうか。
 いや、怒るよりも、もしかしたら…
「あ、あそこあそこ」
 屋上の建物の陰から、そっとのぞいてみる。二ナが指差した方向に、ビクトールがいた。そばには遠目で見てもかなりの美人だと分かる女性が立っている。
「見てよ、あのニヤけた顔」
「しっ、聞こえるわよ」
 フリックは二ナとナナミの会話をぼんやりと聞きながら、目の前の光景をじっと見詰めていた。
 ビクトールは腕を組んで、目の前の美人と何やら話をしている。美人の方も嬉しそうに笑う。ビクトールは体を屈めて美人の耳元に何か囁いている。
「決定的よ!これはもう浮気決定よ!」
 二ナが握りこぶしを振り上げる。それをナナミが押さえこむ。
「だめよ、二ナ。あの二人、まだ移動するわよ。部屋に入って、彼女に手を出そうとするところまで我慢しなきゃ。それこそが決定的証拠よ」
 フリックはこれ以上この場にいたくなくて、その場を離れようとした。これ以上の決定的証拠なんてあるものか。ビクトールが手紙を受け取り、のこのことこの場所にやってきただけで、十分フリックにとっては裏切りだ。
「あ、移動する。早く早く」
 ビクトールの腕に自分の腕をからめて、美人はにこにこと笑いながら歩き出す。それが仕組まれた演技だとわかっていても、誰かがビクトールに触れているのを見るのはたまらなかった。
 ビクトールはあろうことか、自分の部屋に彼女を連れ込んだ。周りの様子を窺いながら彼女を部屋に入れ、自分も中に入った。フリックと二ナ、ナナミは足音を忍ばせて、その扉に耳を当てた。
 中の声は途切れ途切れにしか聞こえてこない。
「…ね、ずっと好きだったのよ」
「へぇ、そりゃ光栄だ……」
 フリックは思わずぴたりと扉に耳を押し当てた。
「んじゃあ、据え膳食わぬは…っていうからな、遠慮なく…」
 ビクトールの声が近くに聞こえる。こうなったら恥じもプライドも捨てて、部屋に乗り込むか、とフリックが思った瞬間、ばたんと音をたてて、扉が開いた。
「うわっ」
「きゃあっ」
 いきなり扉が開いたので、フリック、二ナ、ナナミは重なり合って床の上に倒れこんだ。
 顔を上げると、ビクトールがそんな三人をニヤけた顔で見下ろしている。
「なぁにやってんだ、お前ら、あん?」
 二ナとナナミが慌てて立ち上がる。
「お子様はとっくに寝てる時間だろぉが、おらおら、さっさと部屋に戻れ!」
「きゃああ」
 ビクトールが一喝すると、二ナもナナミもばたばたとその場を走り去った。残されたフリックは起き上がることもできずに、ビクトールを見上げていた。
「あらあら、良かったわね、ビクトールさん。ちゃんとお目当ての彼が来てくれて」
 部屋の中からさっきの美人が出てきた。
「はっは、あんたのおかげで滅多に見られないものが見れたぜ。ありがとよ」
「それはいいんだけど…」
 彼女はフリックのそばでしゃがみこむと、心底すまなさそうに言った。
「ごめんなさいね。騙すつもりじゃなかったのよ。でもあんまり真剣なビクトールさんを見てたら可愛そうになっちゃって。このあと喧嘩しないでね」
 そう言うと彼女はひらひらと手を振って、部屋を出て行った。
 フリックは何が何だかわからずに呆然としていた。その身体をビクトールが引き上げる。
「いつまで寝そべってんだ。みっともないだろぉが」
 ビクトールは楽しそうにそう言うとフリックを中に入れ、扉を閉めた。
 中はいつものビクトールの部屋だった。ベッドが乱れている様子もない。混乱した頭で、フリックは徐々に状況を理解してきた。
 もしかしたら…もしかしたら…
「お前……知ってたのか?」
「何をだ?」
 ビクトールは笑いをこらえた顔でフリックを見ている。その顔を見たとたん、フリックはやっとすべてを理解した。
「お前、全部知ってたんだな。俺が…俺が…」
「ああ、ぜぇんぶ知ってたぜ。お前が二ナたちの企みに乗っかって、俺を罠にかけようとしたこともな。その様子をずっと監視してたこともな」
「何で…」
 ビクトールはよっこらせとベッドに腰かけると、くっくと喉の奥で笑った。
「二ナたちの探偵ごっこは城の中じゃ有名だしな。あのラブレター作戦は、この前やられたっていうヤツの話を聞いて知ってたしな。だいたい、俺あてのラブレターがお前の部屋のベッドの上にあるっていうのも、おかしな話じゃねぇか。あれを見たとたん、ぴんときたね。ああ、こいつら今度は俺を試すつもりなんだなって」
 フリックは信じられない思いでビクトールの話を聞いていた。
「案の定、お前さんの様子もおかしいしよ、こりゃ決定的だなと思って、騙されたフリをしてやることにしたってわけよ。お前が嫉妬してくれるのを見てるのは、なかなか快感だったしな。お前が浮気調査を依頼するくらい、俺のことを愛してくれてるのかと思うと、顔がニヤけて仕方がなかったぜ」
 ビクトールの上機嫌なわけはこれだったのか。
 フリックは目の前が暗くなっていくような気がした。
「さっきの彼女には屋上で会った時に、話をして、こっち側に寝返ってもらったってわけだ。え、フリックよぉ、お前まさか俺が本当に彼女と何とかなるとでも思ってたのか?ああ?」
「べ、べつに…」
「お前、俺が彼女の誘いにほいほい乗ったと思って、どうだったんだよ?ちょっとは嫌な気がしたか?嫉妬で気が狂いそうだったか?」
「ば、ばかなことを言うなっ。俺は別に、お前が誰と何をしようと…ぜんぜん…」
「ふうん」
「本当だからな。今回のことだって、俺は別に心配なんてしてないのに、二ナたちが勝手に…」
「ほお、勝手にねぇ。ラブレターを受け取ってからっていうもの心ここにあらずで、酒場でもあきらかに不機嫌な顔して、屋上にこっそり様子を見にきて、おまけに部屋の扉に耳つけてたヤツが何言っても信憑性にかけるってもんだよなぁ」
 フリックはぱくぱくと口を開けたが、それ以上反論できずに黙り込んだ。そしてぽつりと言った。
「………俺に、お前のことを縛り付ける権利なんてないだろう?」
「?」
 フリックはビクトールと視線を合わせないようにそっぽ向いたまま、ぽつりぽつりと話し出す。
「お前と俺は、確かにそういう関係になって、けっこうたつけど、だからといって、恋人同士ってわけでもないだろう?お前が他の誰かと寝たって、俺にはそれを責める権利なんてない。それはよく分かってるけど、だけど、お前が誰かと…って思うのがすごく嫌だったんだよ。嫉妬してるわけじゃない!ただ単に、気分が悪かっただけだ」
「おいおい」
「自分でもばかげたことしてるって分かってたさ。だけど、どうしても許せなかったから…」
 真っ赤になって叫ぶフリックに、ビクトールはぽりぽりと頭をかいた。
「それって立派な嫉妬じゃねぇか」
 つぶやいた言葉はフリックには聞こえなかったようだ。
「なぁ、こっちこいよ」
 フリックの手をとって、ベッドに引き寄せる。並んで座り、ビクトールはしばらくフリックの気持ちが落ち着くのを待っていた。どれくらい時間がたったか。あまりの静けさにフリックが顔を上げると、そこには真面目な顔をしたビクトールがいた。
「落ち着いたか?」
「………」
「なぁ、あんまり俺を傷つけるようなことを平気で言ってくれるなよな」
「?」
「恋人同士じゃないだと?責める権利がないだと?いったいそりゃどういう意味なんだ?」
 ビクトールがフリックの頭を胸へと引き寄せる。
「俺がお前の恋人じゃねぇなら、いったい何だっていうんだ?お前以外に誰が俺のことを責めることができるっていうんだ?」
 フリックのこめかみにビクトールが小さなキスをする。フリックは不思議と気持ちが落ち着いていくような気がして目を閉じた。
「俺はお前にベタ惚れなんだぜ、分かってんのか?」
 フリックはいつになく真面目なビクトールに、素直にうなづいた。本当は怖かったのだ。ビクトールのことはちゃんと信頼している。浮気なんてするはずないとも思っていた。だけど、不安だったのだ。もし、ビクトールが他の誰かと、そんなことになったら、自分はどうなってしまうのだろうかと思うと怖かった。
「なぁ、いいだろ?」
 耳元でビクトールが囁く。まるで子供がおもちゃをねだるかのような口ぶりにフリックは笑ってしまった。
 その笑いを封じるかのように、ビクトールが唇を重ねてくる。より深くお互いの熱を感じられるように何度も何度も角度を変える。口腔を嘗め回され、フリックはぞくりと背筋を粟立てた。
 ビクトールの指がフリックの身体の線をたどる。愛撫の優しさにとろけていきそうな気がした。フリックは手を伸ばすと、そっとビクトールの頬を両手で掴んだ。
「何だよ、今さら焦らすつもりか?」
 ビクトールが不満げに唇を尖らす。
「まさか。俺を騙してた罪、きっちり支払ってもらうからな」
 フリックの言葉に、ビクトールは望むところだ、と笑った。


「ん…」
 あっという間に衣服を剥ぎ取られ、胸の尖りを舌で嬲られ、フリックは身を捩った。
「も…よせ、って…」
「お前、ここ弱いよな。ちょっと可愛がっただけで、もうメロメロだもんな」
「うるさ…い…ぁあ…」
 きゅっと摘まれて、フリックは思わず息を飲んだ。ビクトールはまだまだそんなフリックを焦らして楽しみたかったが、自分自身が我慢できそうに思えず、やんわりとフリックの花芯を握りこんだ。ゆるゆるとそこを扱くき始めると、濡れた声が漏れ始める。
「あ、あぅ…んん…」
 ビクトールはフリックの唇を塞ぐと、きつくその舌を吸い上げた。
 何度肌を重ねても飽きることがない。抱きしめるたびに愛しさが増していく。ビクトールは切なげに歪められたフリックの顔中にキスの雨を降らす。どうしてこんなに求めてしまうのだろう。
「ふ…んぅ」
 ビクトールの手の中で、フリックの花芯からびくびくと震える。快楽に怯えるかのようにフリックがビクトールの手を掴む。やめてほしいわけじゃない。だけど、無意識のうちにビクトールの手首を掴んでいた。
「何だ?もっとか?」
「ば…ちがっ…」
 フリックの頬に朱が走る。ビクトールの指の動きが速くなる。その動きに合わせてフリックの腰が揺れる。しとどに蜜を溢れさせ、花芯が限界まで膨れ上がる。
「も、いく…」
 びくりと身体を震わせ、フリックは思わずビクトールの背にすがりついた。その瞬間、ビクトールの手の中でどくりと白濁の液が零れた。
 それでもなおも扱き続けようとするビクトールに、フリックは悪態をつく。ビクトールは喉の奥で笑って、その手を最奥へと伸ばした。自分の放った蜜が蕾を綻ばすために塗りこめられていく。その赤裸々な感覚に、フリックは泣きたくなった。指でそこをいじられている時間が一番嫌いだった。一方的に自分だけが高められていくのは我慢できない。。情けなくて二度とこんなことしたくないと思うのに、だけどまた同じようにビクトールに抱かれてしまうのは何故だろう。
「ほら、もっと足開けって」
「あっ、い…った」
 左右にぐいと足を広げられ、ビクトールは指を増やして、そこを掻き回す。ぐちゅぐちゅと信じられない音が部屋を満たす。
「くぅ…う…んん…あああ」
 フリックはきゅっと眉をよせ、ビクトールの肩にすがりつく。そんなちょっとした仕草に、ビクトールの下半身は痛いくらに張り詰めてしてしまう。早くフリックの中で楽になりたくて前を寛げた。
「なぁもういいか?」
 ずるりと指を抜こうとすると、フリックの中がそれを嫌がるように締まった。
「がっつくなって、今からもっといいもんやるからよ」
「あぁ…や…」
 ビクトールはフリックの腰を抱えると、屹立した欲望をためらいもなくフリックの蕾に沈めていった。
「ひ…あああ…」
 フリックの目から涙が零れる。ぐちゅっと粘液の絡まる生々しい音を響かせながら、ビクトールの牡が侵入を開始する。狭い内壁を押し広げるようにして、ゆっくりと。
「はっ…ああ」
 こみ上げる快楽に流されそうになる意識を必死でたぐりよせ、フリックは短く息をはいた。
「すげ…、お前…今日めちゃめちゃ狭い…」
「ば…、お前が…太すぎん…くっ…ああ」
 フリックの抗議を遮るように突き上げ、ビクトールはほぅっと息をついた。しばらくフリックの中の締め付けを味わうと、やがてゆっくりとを突き上げを開始した。
 指なんかとは比べものにならないほどの圧迫感がフリックを苛む。ポイントをついたビクトールの巧みな動きに合わせて自然と腰が揺らめいてしまう。
 ぴっちりと埋め込まれた蕾からぬらりと蜜が零れ落ちる。
 フリックはわずかに残る羞恥心を手放した。
「もっと…ああ、…ビクトー…っん」
「くそっ、我慢できねぇ…」
 言うなり、ビクトールはずるりと音を立てて肉棒を引き抜くと、一気に奥まで貫いた。
「……!」
 ギシギシとベッドを軋ませながら、ビクトールが激しく抜き差しを繰り返す。フリックの両足を抱えなおし、激しく腰を打ちつける。そのたびガクガクとフリックの身体が震える。二人の間で立ち上がっていたフリックの牡の先端からねっとりと蜜が滴り落ちた。
「いやっ…ああ…も…いく」
 瞬間、フリックが迸りを解き放った。それを見て、ビクトールも低く唸り、ずんとフリックの最奥へとその精を解き放った。二度、三度突き上げ、最後の一滴までフリックの中に搾り出す。そして、脱力したかのように、フリックの体に覆い被さった。
「ちくしょ…あんまりぎゅうぎゅう締め付けるから、いっちまっただろぉが」
 ビクトールがはぁはぁと荒い息をもらす。フリックはそんなビクトールの髪を撫でると、吸い込まれるように意識を飛ばした。


 翌朝。
「あ、フリックさぁん、おはようございまぁす」
 レストランで、フリックを見つけるなり二ナが手をあげる。
 げんなりとフリックは軽く手を上げる。
「ねぇねぇ、あのあとビクトールさんと喧嘩しなかった?」
「ああ、大丈夫…」
 喧嘩どころの騒ぎじゃない。フリックはずきずきと痛む腰を撫でる。あのあと3度も挑まれて、身体がぎしぎしと痛んでいる。
「でもぉ、何だか顔色悪いし…」
 二ナが心配そうにフリックを見上げる。
「ほ、本当に大丈夫だから」
「おらおら、ガキはさっさとメシ食って学校へ行きやがれ。俺のフリックに粉かけてんじゃねぇよ」
 レストラン中に響き渡るようなでかい声でビクトールが二ナを追い払う。目元を赤くして、フリックがビクトールを睨みつける。
「お前なぁ」
「ん?何だ、俺のフリック」
「〜〜〜〜!!」
 フリックはだん、とビクトールの足を踏みつけると、痛さに飛び上がるビクトールを残してレストランをあとにした。
「この…フリック!待ちやがれっ!」
 意外とやきもち焼きの恋人を、ビクトールは追いかけた。
 


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