月 光


 ふと物音に気づいて目を開けると、隣にいるはずのフリックの姿がない。
物音だと思ったのは夜に鳴く鳥の声だったらしい。開け放した窓の外は青い月の光で満ちていた。
 ビクトールは腕を伸ばして、フリックが眠っているはずのシーツをまさぐる。シーツはひんやりと冷たい。ということはかなり前にベッドを抜け出したということになる。
「ちっ」
 いつもならほんの少しの物音であっても、誰よりも先に目が覚めるのに、昨夜は久しぶりに倒れるほど飲んでしまい、ベッドに倒れこんだことさえ覚えていない。
 いったいいつフリックがいなくなったのかも分からない。
 確かにこの部屋に入るところまでは一緒だったはずだ。
 まだ頭ががんがんと痛む。どうやら新しく仕入れてきたという酒が合わなかったらしい。もう二度とあの酒は飲むものかと心に誓う。いくら安くても体に合わないとしゃれにならない。
 ビクトールはベッドの脇のイスにかけてあったシャツを羽織ると、ベッドから這い出た。
 いったいフリックはどこへ行ったというのか。もちろん自分の部屋で寝ているというのが一番妥当な線だとは思うのだが。
ビクトールは部屋を出ると、隣の部屋のドアを開ける。もちろんノックなどはしない、というか、したことがない。
 いつもそれでフリックと言い争いになる。
「フリック、いるのか?」
 部屋はしんと静まり返っている。ビクトールは一応ベッドのそばまで寄り、ぐるりと部屋を見渡してみる。そこには人の気配はなかった。
 ビクトールはフリックの部屋を出ると、静まり返った城の中をフリックを捜して歩き回ることにした。
 一番いそうな所といえば、レオナの経営している酒場だが、この時間じゃもう店じまいをしているはずだ。
「いったいどこに行きやがった」
 目ぼしいところは一通り見回ってもフリックの姿は見えない。
 まさか、どっかの男のところへしけ込んでるんじゃねぇだろうな、とビクトールは勝手に腹を立てる。どっかの女と思わないところがビクトールらしいといえばそうなのだが、勝手に想像されているフリックはいい迷惑だろう。
 おまけにビクトールがどっかの男と思ったのは、根拠のないところでもなかったのだ。ビクトールは2階の通路を抜け、船着場へと足を向けた。
 もうそこくらいしか探していないところはないのだ。もしここにいなければ、あの男の所へ乗り込んでいってやろう、と心を決めていた。
 湖面は空に浮かぶ青い月を映し出している。右手に小さな小屋がある。魚釣りができる場所だが、ビクトールは魚釣りはしたことはない。何もせずに魚が食らいついてくるのを待ってるなんて性に合わないのだ。たまにディランが気分転換に魚を釣ってきては、ハイ・ヨーが料理したりしている。
 ビクトールは左手に泊めてある船に近づくと、中を覗き込んだ。
「お前、何だってこんなところにいるんだよ」
 探し続けた愛しい恋人をやっと発見することができ、ビクトールは小さくため息をついた。
 フリックは薄い毛布にくるまるようにして船の中で眠っていた。長い睫が白い頬に影を落としている。薄い唇は小さく開かれていて、安らかな寝息が漏れている。まるで幼な子のような寝顔。
 ビクトールは思わず微笑んで、そっとその前髪に触れた。
 そのとたん、フリックが目を開け、身を起こした。あまりに素早いその動きに、本当に寝ていたのかと疑いたくなる。
「何だ、驚かすなよ」
 ビクトールだと分かったとたん、フリックはほっと肩を力を抜いた。
「それはこっちの台詞だろぉが。お前、いったい何でこんなとこで寝てんだよ」
「ああ、お前のいびきがあんまりうるさかったから」
「………」
 こいつはマジボケか?とビクトールは突っ込みを入れそうになったが、黙っていた。
「お前酒飲んで体温高くなってるくせに、俺にまとわりついて暑かったし、涼しいとこないかなと思って」
「んで、船の中で寝てたってわけか?」
「ああ、まぁな」
 フリックは大きく伸びをすると、こきこきと首をならす。
「やっぱり板の上は寝心地悪いな」
「当たり前だろぉが」
 ビクトールは笑って、フリックの隣に座った。
「ああ、綺麗な月だな」
 空を見上げ、そのあまりに青白い月にビクトールは思わずつぶやいた。
「ほんとだ。気づかなかったな」
 フリックは目を細め、同じように月を見上げた。ビクトールは月に照らされたフリックの横顔に思わず見惚れた。フリックには月の光がよく似合う。青い瞳と同じ青い月の光。その光に照らされたフリックの白い肌…
 ふいに肩を抱かれ、フリックは驚いてビクトールの方を振り向いた。その唇がビクトールの唇で塞がれる。
「何だよ、急に…」
 フリックは赤くなってビクトールを押し返す。
「いいだろ、たまには外でっていうのも…」
 その言葉の意味がわかったときには、フリックはすでに再び床の上に横になって、ビクトールの重い身体に押さえ込まれていた。
「ば、ばかやろっ、何考えてんだよっ!ふざけんなっ」
「誰がふざけてんだよ、俺はいつでも本気だぜ、お前さんのことに関してはな」
 喉の奥で笑ってビクトールはフリックの首筋に唇を寄せる。
「やめろっ!お前、さっきもう十分やっただろ!俺を殺す気か?」
 フリックの台詞に、ビクトールは自分が酔って帰ってきたにもかかわらず、いつものようにフリックを抱いたらしいことに気づいた。
 もっとも、一回くらいじゃやってないのと変わりはない。ビクトールは抵抗するフリックの身体をらくらくと押さえ込み、ぐいと腰を押し付けた。すでに堅くなっているその部分に気づいて、フリックは呆気に取られて、次に赤くなった。
「お前、今さっきまで寝てたくせに、何でそんな気になるんだよっ」
「なるなる。寝起きの方が元気いいんだぜ、男は」
「それは朝の話だろぉが!はな、せ、ってば」
 フリックの抗議などまったく意に介さず、ビクトールは慣れた手つきでフリックのシャツを剥ぎ取っていく。首すじから胸へと唇を這わせ、胸の突起を舌で嬲る。まだ懲りもせず抵抗をやめないフリックの身体を押さえつけ、下着の中へと手を滑り込ませる。
「ん…、やめ…」
 文句をいい続けるフリックの唇を自分の唇で塞ぐ。すぐに舌を入れ、歯列をなぞり、熱い舌を絡ませる。何度も角度を変えて、より深く唇を合わせていく。飲みきれなかった唾液がフリックの唇の端から零れ落ちた。
 濃厚な口付けに、ビクトールの手の中のフリックのものも硬くなっていく。ビクトールはゆっくりと指を上下に動かし始めた。
「あっ…ビクトー…ル、や…」
 フリックはきつく目を瞑り、ビクトールがもたらす快楽に溺れないように首を振る。
「我慢しなくていいんだぜ」
「いや、だって…ああっ…」
 きゅっとビクトールがフリックのものを強く握る。一度声があがると、あとはもう止めようがない。フリックははぁはぁと荒い息をはく。
 溢れてきた先走りの液でビクトールの指が濡れる。ぐちゅといやらしい音を立てて、何度も扱きあげる。ビクトールは左手でフリックの片足を大きく広げた。濡れた指をそのまま最奥へと滑らせる。
「んん…っ」
「さっきやったとこだからな、まだ濡れてるだろ?
「…最低…」
 フリックが吐きだすように言うと、ビクトールはペロリと唇を舐め、まだ硬く窄まったままの奥をいやらしく撫で上げた。
「だが、もうちょっと濡らしてからだな」
 そう言うと、ビクトールは再びフリック自身を握りこむ。何度も何度も擦りあげられ、もう少しでイキそうになったところで動きを止められる。フリックはもう何が何だかわからず、ぎゅっとビクトールのシャツを掴む。
「も…、イカせ…て…」
「だめだ。イッちまうと、あとが辛いぜ」
「だって…あっ…くっ…」
 びくりとフリックは大きく身を震わせる。ビクトールはフリックが溢れさせた蜜で再び奥を探る。そしてゆっくりと、その濡れた指を中へと入れていった。
「ああっ…っく…」
「息を吐け、ゆっくりと…、そうだ」
 フリックの目にうっすらと涙が溢れる。ずるりと指が奥まで埋没していく。熱い内壁を掻き回すようにくちゅくちゅと指を抜き差しする。そのたび、フリックが息を飲む。慣れた頃を見計らってビクトールはその指を二本に増やした。
「はっ…ああ…も、…やっ…」
 フリックの足がびくびくと震える。ビクトールの肩先に顔を埋め、息を殺す。その姿があまりに可愛くて、ビクトールはもっともっと泣かせてみたくなってしまう。とは思うものの、あまりにも色っぽいフリックの姿にこれ以上我慢ができず、痛いほどに張り詰めた自分のものをズボンから取り出し、フリックの最奥へとあてがう。ぬるりと先端が飲み込まれそうになる。
「なぁフリック、入れていいか」
「き…くな…そんなこ…と」
 そうだよな、と笑ってビクトールは一突きで欲望の塊をフリックの中へと埋没させた。
「あああ…っ!ん、んっ…」
 がくんとフリックの首が後ろへと倒れる。フリックの足を抱えなおして、ビクトールは体勢を整えると、フリックの中を激しく擦りあげ始めた。深く埋め込まれたビクトールのものを無意識のうちにフリックが締め付ける。その心地よい締め付けにビクトールはうっと声を詰まらせる。
「そんなに締め付けんな、すぐにイッちまうだろうが」
 粘液質な音を立ててビクトールのものがズルリと音を立てて引き抜かれる。離れていく気配に怯えてフリックが無意識のうちにビクトールの腕をつかむ。
「いやっ…ぬか…な…」
「分かってる。これからが本番だろぉが」
 そう言うと、ビクトールは堅く張り詰めた肉棒をフリックの中へと押し込み、そして蹂躙を開始した。何度も何度もイヤらしい音を立てて、引き出しては深く埋め込む。がくがくとフリックの身体が揺れる。
「ん、ん、んぁ…や…ぁだ…」
「ここか?ここがいいのか?」
 ビクトールがズンっと奥を突く。その衝撃にフリックは息を飲む。
 熱くて熱くて、身体の芯が溶けそうな気がして、涙を溢れた。溢れた涙をビクトールがペロリと舐める。
「すっげ気持ちいい。お前の中、むちゃくちゃ熱い…」
 ぬちゃぬちゃと抜き差しする音が耳に聞こえて、フリックは羞恥で首を横に振る。もう助けて欲しかった。痛いほど張り詰めた自分のものも、自分自身ではどうすることもできない。ビクトールの太くて熱いものを身体の奥に感じる。突き入れられたその場所から信じられないような快感が体中に広がっていく。
 もう何が何だかわからない。
「ひぃ…っ…、おかしく…なる」
 震える唇をビクトールが噛み付くように貪る。きつく舌を吸われ、気が遠くなりそうになる。
 ビクトールも限界が近いらしく、狂ったように腰を打ち付けてくる。そのたび、ぎしぎしと身体がきしむ。自分とビクトールの腹の間で擦られ続け、限界に達したフリックのものから飛沫が飛んだ。
 その瞬間、ビクトールのものをきつく締め上げ、それを合図にビクトールもフリックの中に熱いほとばしりを放った。

 肌を包み込む冷気にフリックがぶるりと身体を震わせた。それに気づいたビクトールが太い腕を肩に回す。
「こんなことをしたって、許すつもりはないからな」
 ぴしゃりとビクトールの腕を払い、フリックは不機嫌そのものの顔でビクトールを睨む。
「まぁいいじゃねぇか。たまには外でするのも」
「よくない!」
 こんなところでするなんて、信じられない、とぶつぶつとフリックは文句を言う。
「だってよ、月があんまり綺麗だったから…」
 お前が消えてしまうような気がしたんだ。とビクトールは言葉を濁した。青い月の光のもと、フリックはいつにも増して儚げに見えた。儚げなんて言うと、フリックは顔を真っ赤にして怒るだろう。けれど、ビクトールの目にはそう見えるのだ。
 月の光に溶けて消えてしまいそうに思えて、怖かったのだ。
「お前は、月が綺麗だと、発情するっていうのか!ふざけるのもいい加減にしろ。俺は部屋に戻るからなっ」
 そう言うとフリックはよろよろと立ち上がり、船を下りていった。
 一人残されたビクトールはふと空を見上げた。
 そこには怖いくらに美しい青い月があった。



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