ヒトリエッチ その日ビクトールが戦闘から帰ってきたのは、辺りが暗くなり始めた頃だった。 リーダーであるディランが女性たちのレベルを上げるために戦闘に行くので、護衛としてついてきてくれとビクトールに言ったのだ。 護衛につかないといけないようなヤワな女どもじゃねぇだろう、と言ったビクトールは女性群たちからの非難の声に音を上げ、しぶしぶついていったのだ。 これといった大きな戦闘もなく、そこそこにレベルもあがり、まぁ無事に終了したといったよいだろう。 一方フリックはお役免除で城に残っていた。本当なら一日いちゃいちゃして過ごせたはずなのに、と思うとビクトールはディランを恨みたくなった。 「今帰ったぞ」 音を立ててドアを開けると、そこにはくつろいだ様子のフリックがいた。 「おかえり。どうだった?」 「別に。中途半端な敵ばかりで、かえって疲れちまったぜ」 ビクトールはずかずかとフリックに近づくと、腕を伸ばし、その顎に手をかけ、唇を寄せた。 「ばか。何考えてんだっ」 フリックが慌ててビクトールの肩を押し返す。その仕草にビクトールはむっと眉をひそめる。 「俺ぁ一日ディランのお供でくたくたなんだぞ。ちったぁ労わろうって気はねぇのかよ」 「何言ってんだ。だったら風呂でも入ってすっきりしてこい。お前泥だらけだぞ」 「お前が一緒に入ってくれんのかよ」 「お前わ〜」 にやにや笑うビクトールにフリックは小さくため息をつくと、されるがままに唇を重ねた。すかさず割り込んできた舌に口腔をひとしきり蹂躙され、息があがる。 「お前とキスすると疲れも吹っ飛ぶってもんだな」 「ったく、甘えんのもいいかげんにしろ」 フリックは頬を赤くして、手の甲で口元をぬぐった。 ビクトールはいつまでたってもキス一つで頬を染める恋人に苦笑しながら、腰の剣を外した。 「で、俺が今日一日モンスターどもと戦ってる間、お前さんは何やってたんだ?」 「ああ、ヒトリエッチだよ」 「―――――」 こともなげに言ったフリックに、ビクトールはその動きを止めた。 「えええええ〜〜!!!」 いきなり叫んだビクトールにフリックの方がぎょっと驚く。 「な、何なんだよ、いきなり!」 「だ、だって、お前…本当に???」 ビクトールは自分の耳がおかしくなったのかと思った。あのフリックがヒトリエッチだと?性的なことにはじれったいほどに淡白で、こいつには本当に性欲があるのか?と疑いたくなるほどのフリックが、ヒトリエッチだと?? 「何だよ、俺がやっちゃおかしいか?」 フリックが拗ねたようにつぶやく。心なしか頬が染まっている。ビクトールはぶんぶんと首を振った。 「いやいや、そりゃあまぁお前だってそういう気分になる時だってあるだろうし、別に驚きはしないが…」 「十分驚いてるじゃないか」 「いやぁ…だってよぉ…お前がそんなことするなんて思わなかったし、よくやり方を知ってたなと…」 よくよく考えれば失礼な台詞なのだが、その時のビクトールは心底驚いていたので、素直に思ったことを口にしてしまっていた。 「ああ、俺も初めてだったから、カミューに教えてもらったんだ」 「な、何だとっ!!!!」 あっさりと言ったフリックにビクトールは掴みかかった。 「お、お前、カミューに教えてもらっただとっ!!」 「あ、ああ…あいつああ見えて、けっこう上手いんだぜ」 「お、お、お前なぁ…」 がっくりと肩を落としてビクトールは頭の中が真っ白になっていた。 何だって恋人である自分よりも先に、あのカミューにそんな姿を晒したりするんだ! 教えてもらったということは、当然その時の姿も見られているわけで、当然イク時の顔なんかも… 「ビクトール?どうかしたのか?」 「………見たい」 「は?」 「俺も見たい!!カミューに見せておいて、俺に見せられないなんて言うんじゃねぇだろなっ!」 ビクトールはフリックの肩をゆさゆさと揺すった。 「そりゃ別にかまわないが、こ、ここでか?」 フリックがびっくりしたように聞き返す。 「ここでじゃなくて、どこですんだよ」 「いや、さっきは練習場でやったからさ」 練習場だと?あんな広い場所で?扉もなくて、誰でも自由に出入りできる場所で?このフリックが? 「見られなかったか?」 「誰に?」 「他のやつらにだよ」 「見られたさ。だって、5,6人はいたからな」 当たり前だろ、と言わんばかりのフリックの言葉に、初めてビクトールは何かがおかしいことに気づいた。 「ちょっと待て、フリック。お前、何の話をしてるんだ?」 「何って?お前こそ何の話をしてるんだ?」 フリックも何かがおかしいということに気づいたのだろう。何だか嫌な予感がして表情を雲らせる。 「いや…お前、カミューに何教えてもらったって?」 「だからストレッチだよ。最近身体が堅くなってきたから…」 ストレッチ? ビクトールはポカンとフリックの顔を見つめた。ストレッチ?ヒトリエッチじゃなくて?ああ、そういや似てるか?と思ったとたん、笑いがこみ上げてきて止まらなくなった。 「あっはっはっはっはっはっは、こりゃいいや、ははは」 「何だよ。何笑ってんだよ」 「そうだよなぁ、お前がそんなことするわけねぇよなぁ。どうもおかしいと思ったんだ」 ビクトールがひぃひぃと笑い転げる。 「何だよ」 「いや、てっきりやったのかと思ってよ」 「何を!!」 「ヒトリエッチ。お前発音悪いんじゃねぇのか?舌が短いのかな。ストレッチがヒトリエッチに聞こえるなんてよ。いや、短くはねぇな。お前の舌よく動くし…あ、?」 不穏な空気を察してビクトールが顔を上げる。 そこには静かに怒りで身を震わすフリックがいた。ゆっくりと指が上げられる。 「お、お、おいおい待てよ、俺が悪いんじゃねぇだろ…」 ビクトールが慌てて後ずさる。 「うるさいっ!勝手に変な想像しやがって…いい加減にしろっ!!」 短く紋章を唱えると、ビクトールの上に天雷が落ちた。 「おや、ビクトールさんはどうしたんですか?」 ハイ・ヨーのレストランでカミューがフリックにたずねる。 「知らん!」 ホウアンのもとに大火傷を負ったビクトールが担ぎ込まれ、その理由を聞いて、みんなが呆れ返ったのは言うまでもない。 |