代償
「しめて3万ポッチ。ずいぶんと派手にやってくれたもんだな」
ひらりとシュウの指先から舞い落ちた領収書の数々を目の前に、ビクトールはがっくりと項垂れていた。
先日、王国軍との戦いに勝利して、かなり有頂天になっていたビクトールは、ついつい気が大きくなってその場にいた兵士たち全員に酒を振る舞った。
飲めや歌えの馬鹿騒ぎは夜通し続き、気がつけばレオナの酒場の酒はすべてなくなっていた。
その代金、しめて3万ポッチ。
まさかそんな額になろうとは思っていなかったビクトールは、レオナからの請求に目を丸くした。
「ぼったくりじゃねぇのか!?」
と思わず口にしてしまったのが運の尽き。
腹を立てたレオナは料金未払いの訴えを、あろうことか軍師のシュウに申し出たのだ。
同盟軍の本拠地内で起こる様々な揉め事は、基本的には各自で解決するのがルールだが、それでも解決できない時には訴状は軍師へと持ち込まれる。
面倒なことは盟主の耳には入れないように、シュウはすべてを円満に元の鞘に収めることに余念がない。そのためには多少の汚い手でも涼しい顔をして行使するシュウではあるが、今回のことはたいしたことではない。
ビクトールがちゃんと飲み代をレオナに払えば終りである。
早々にビクトールを呼び出したシュウは、まずは真っ向から解決策を持ち出した。
「ビクトール、自分が飲んだ分はちゃんと払え。大人なんだからそれくらいのことは常識として分かっているだろう。それとも何か、本拠地内で無銭飲食をやろうとでもいうつもりか?」
「別に払わないなんて言ってないだろうが!ただ、その今は持ち合わせがないっていうか…何ていうか……」
「………レオナは3万ポッチ、耳を揃えて今すぐ払えと言っている」
「だから無理だって!今はそんな金はねぇんだ。それとも何か。お前が3万ポッチ貸してくれるとでもいうのかよ」
ビクトールの言葉を、シュウは鼻で笑い飛ばした。
「俺は無謀な賭はしない主義だ」
「けっ。じゃあやっぱり金は払えねぇよ。俺は本当に今おけらなもんでな」
半ば開き直りにも似た態度を取るビクトールを、シュウは冷ややかな目で見つめた。
金がないと言えばすべてをちゃらにできるとでも思っているのであれば、あまりにも愚かな話である。シュウはゆっくりと立ち上がると、だんっと片手を執務机についた。
「ビクトール」
「な、何だよ」
「これから先のお前の稼ぎを、すべてレオナの支払いに充てるという方法もあるが、3万ポッチの支払いを済ませるには何年働けばいいか想像もつかんからな。もっと手っ取り早く金を回収する方法を取ることにする」
薄く笑いを浮かべているシュウはいつも以上に恐ろしい空気を醸し出している。ビクトールはごくりと喉を鳴らすとシュウが何を言い出すのかあれこれと想像を巡らせた。
何かヤバイ仕事でもさせるつもりなのだろうか。
しかし3万ポッチにもなるような仕事など、そう簡単には思い浮かばない。
そんなビクトールを楽しそうに眺めていたシュウは、やがてゆっくりと口を開いた。
「3万ポッチもの大金、傭兵の仕事ではそうそう簡単には稼げない。だが、一晩で稼げる方法がひとつある」
「………一晩で……3万ポッチ?」
これはどう考えても危ない仕事だ、とビクトールの頭の中では警鐘が鳴り響く。これ以上聞いてはいけないと。聞けば逃げられなくなる。
断る、と口を開こうとした瞬間、シュウが言った。
「フリックを俺に貸せ」
「なっ!!!!!!!!」
思いもしなかった言葉に、ビクトールは思わず腰を浮かせた。
「お前っ!!!!何でフリックが関係あるんだよっ!てめぇ、フリックに何かしやがったらただじゃおかねぇぞ」
「うるさいヤツだな。誰があの青いヤツに何かすると言った?馬鹿も休み休み言え」
心底呆れたようにシュウが肩をすくめる。
確かにシュウがフリックに手を出すというのは考えにくい。ビクトールがフリックといい仲だと知らないシュウではない。フリックに何かしたらビクトールが黙っていないということはシュウだってよく分かっているはずだ。
「じゃあいったいどういうことだ?何のためにフリックを貸せっていうんだよ」
「お前の借金はあの青いのに払わせる。お前では無理だが、フリックなら簡単に一晩で3万ポッチ稼いでくれるだろう」
「だからっ!!!フリックにいったい何をさせるっていうんだっ!!!!」
「まぁ一言でいえばウェイターだな」
あっさりと言ったシュウだが、まさかただのウェイターじゃあるまいとビクトールは頬を引き攣らせた。
「で、何で俺がお前の借金の尻拭いをしなくちゃならないんだ?」
これ以上ないくらいに冷ややかにフリックが言い放つ。
深夜になって自室に戻ったビクトールは、もうベッドに入ろうとしていたフリックを引きとめた。そして、それまでの顛末を包み隠さず告白した。
ビクトールの話を聞き終えたフリックは、さすがに少しばかり怯んだ。
3万ポッチの借金を作った夜はフリックも一緒に飲んでいたのだ。ずいぶん気前よく奢ってるから、そこそこのツケにはなっているだろうとは思っていた。けれど、まさかそこまでの借金になっているとは思っていなかった。まさか3万ポッチにもなっていようとは!
金がなくて困っているという件までは、少し可愛そうかなとは思っていたのだけれど、シュウにフリックを貸し出せと言われたということを聞かされると、とたんに気色ばんだ。
「あの鬼軍師、俺に何をさせるつもりだ?」
まさかおかしなことをさせるつもりじゃないだろうな、とフリックがビクトールを睨む。
「シュウが言うには、その……ハイ・ヨーのレストランで、一晩…そのウェイターをすればいいってことなんだ……そうすれば3万ポッチの借金はすぐに返済できるって」
「ああ?何で一晩レストランでウェイターをすれば3万ポッチの金になるんだよっ!そんなのどう考えてもおかしいじゃねぇかっ!」
「ま、まぁ…そうなんだが」
口篭もるビクトールに、フリックは何か嫌な予感がした。だいたいいつもならもっとはきはきと答えるビクトールが、どうにも歯切れが悪い。
長年の付き合いから、こういう時のビクトールは何かを隠しているに違いないと踏んだフリックは、ぐいっとその胸倉を掴んだ。
「言え。お前、俺に何をさせるつもりだ、ああ?」
「そ、それは…俺も詳細はシュウから聞いちゃいねぇんだよ。本当だっ」
「お前なー!何をさせられるかも分からないのに、俺がほいほい引き受けるとでも思うのか!」
勝手にしろよ、とでも言いたげな投げやりなフリックの態度に、ビクトールが思わず叫んだ。
「お前、俺のこと愛してるだろう」
「な……っ…!!!何でそこでそういう言葉が出てくるんだよっ!それとこれとは話が……」
呆れ返るフリックに、ビクトールは一気にまくし立てた。
「俺がこのまま3万ポッチを返せなくてあのシュウに何かされてもいいっていうのか!?お前はそんな薄情なヤツだったのかよっ!お前に迷惑かけてすまないとは思ってる。だから、今回だけ。今回だけ何とか力を貸してくれ。お前じゃなきゃ俺の借金は返せねぇんだよっ」
「…………っ」
どこまでも芝居臭い台詞だ、と思いながらも、フリックはやれやれと溜息をついた。
確かに一晩ウェイターをやって借金が返せるなら簡単なことではある。
多少のサービスを求められたとしても、まさか死ぬわけでもなし。だいたいあの軍師に「そんなこともできないのか」と馬鹿にされるのも癪に障る。
とは言うものの、どう考えても胡散臭い。
一晩で3万ポッチだなんて、ヤバイことに違いない。何しろあの軍師が企むことなどろくなもんじゃない。どうしたものかとさんざん考えたあと、フリックは仕方がない、と渋々首を縦に振った。
「……わかった…今回だけだぞ……」
「フリック!!!!!」
助かった〜とビクトールががっしりとフリックに抱きついた。
何でこんな目に会わなくちゃならないんだ…とフリックは己の運のなさにほとほと嫌気がさした。
フリックが渋々ながらも承諾してくれたので、いったいどういう仕事をさせられるのかをシュウのところに確認しにいったビクトールとフリックは、そこで聞かされた内容に今度こそ本当に仰天した。
ウェイターはウェイターだった。
けれどただのウェイターではない。
「ノーパンしゃぶしゃぶのウェイターだとーーーーーーーっ」
何なんだ、それはっ!!!!とビクトールが色めき立つ。フリックは咄嗟に何のことだか分からずにきょとんとしていたが、それがあまりにも破廉恥極まりない内容だと分かり絶句した。
「シュウっ!!!お前、いったい何を考えてるんだっ」
ビクトールの怒りなどどこ吹く風。シュウはまったくうろたえた風もない。
「お前こそ何を考えている。ただのウェイターで一晩3万ポッチも稼げるわけがないだろうが。てっとり早く金を稼ぐのは、どの時代でも水商売だと相場は決まってる。違うか?」
「そ、そりゃそうだろうが……」
「ちょっと待てよ……ノーパンしゃぶしゃぶって……俺が?」
冗談だろ?とフリックが力なく笑う。だがシュウに一瞥されて、その笑いも空回りに終わる。
「勘弁してくれよ……」
その場にがっくりと崩れ落ちるフリックに、シュウは容赦ない言葉を投げつけた。
「ハイ・ヨーのレストランで一晩ノーパンしゃぶしゃぶの日を作る。もちろん中に入るのにたっぷり入場料を取る。食事代もいつもよりも高めに設定する。ハイ・ヨーの取り分は売上げの1割ということで話をつけてある。あとは、客からもらうチップはすべてお前のものにしていい。せいぜい愛想を振りまいて稼ぐことだ」
「あのなぁ、そんなの客が入るわけないだろうが!」
フリックがつぶやくと、シュウは何やら書類を取り出した。
「俺は勝てない勝負はしない主義だ。ちゃんと事前リサーチは済ませてある。どういうわけか、お前の人気は半端じゃない。女性客ばかりが集まるかと思ったが、予想以上に男の客も集まりそうだ。お前、おかしなフェロモンでも出してるんじゃないのか?まぁそのおかげでいざという時に金が稼げるのだから文句は言えないがな。顔がいいっていうのは一つの才能だな。せいぜい大事にすることだ。今回のことはおおっぴらに宣伝するわけにはいかないから、口コミで客を集める。そのあたりはフィッチャーに一役買ってもらうことになってるから心配するな。俺の作戦に抜かりはない」
「………はぁ…」
ここまで言われてはもう何も言い返すことができない。フリックはしくしくと泣き出しそうな勢いでその場で脱力した。どうしてビクトールの口車に乗せられてこんなことを引きうけてしまったのか。もっとも今さらそんなことを思ってもあとの祭りなのだが。
シュウは項垂れるフリックにさらに追い討ちをかける。
「ああ、そうだ。いい忘れたが、お前、まさかノーパンでいつものズボンを穿くつもりじゃないだろうな。そんなものじゃあ客は喜ばんぞ」
「何だとっ!」
この上まだ何か恥さらしなことをさせるつもりなのか。
怯えるフリックに悪魔のような笑みを浮かべてシュウが告げる。
「普通の格好でただノーパンだなんて、誰が楽しい?本来ならば、ホンモノのノーパンしゃぶしゃぶへ言って社会見学をしてこいと言いたいところだが、レオナからの取り立ても厳しいし時間もないので、それは勘弁してやる。いいか、ああいう場所では短いスカートをはいているものだ。わかるか?見えそうで見えないあたりがいいらしい。まったく馬鹿馬鹿しいとは思うが、どうせ来る客は少し頭のおかしいヤツらばかりだ。お前がそういう格好をしたからといって誰もおかしいとは思わんだろう。むしろ喜ぶヤツらの方が多いだろう、どうせ稼ぐならがっぽり稼げ」
「短いスカートだと!?何で俺がそんなものっ!!!!!」
「楽して3万ポッチを稼げるほど水商売は甘くないぞ」
「…………っ」
別に好き好んで水商売に身を窶すわけではないのだ。どうしてこんな酷い目に合わなくてはいけないのか。フリックは恨めしげにビクトールを睨んだ。だいたいこの男が調子に乗って借金など作らなければこんなことにはならなかったのだ。
「ビクトール」
「あ、ああ?」
「言っておくが、この貸しは高くつくからな。あとで覚えてろ」
「す、すまん………」
フリックの恥ずかしい姿などあまり人目に晒したくないビクトールではある。だが、実は少しばかりそういう姿を見てみたいという欲望がないわけではない。
ノーパンしゃぶしゃぶ。
淫らではあるが、一度経験してみたいと思うのは悲しい男の性である。
フリックがハイ・ヨーのレストランでウェイターをするという話は、フィッチャーの暗躍のおかげで一気に城中に広まった。もちろん水面下で、である。
同盟軍にはフリックのファンは意外と大勢いる。何しろ青雷のフリックである。女性たちはもちろん、純粋に憧れの戦士として、男連中からも人気は絶大だ。
ストイックな雰囲気を纏ったフリックが、そんなはしたない真似をするのかと想像しただけで、しばしぼーっと顔がニヤけてしまう連中も大勢いたのだ。
「いっそ死んでしまいたい」
今夜ウェイターデビューをするフリックは、与えられた衣装を目の前にがっくりと項垂れた。
可愛い女の子が着ればさぞかし男どもが喜ぶだろう。ひらひらとしたレースのついたスカートは妙に短い。
「やだなーフリックさんてば、そんな大袈裟な。たかが一晩ウェイターをするくらいで死にたいだなんて」
同盟軍の盟主であるディランがけらけらと笑った。
「お前は…他人事だと思って…っ!」
「他人事だもん」
シュウから今回のことを聞き、一番喜んだのはこの盟主かもしれない。フリックのことを兄のように慕い、尊敬しているディランだが、その一方で、フリックが不幸な目に合うのを見ると何とも言えない楽しさがあるのも事実なのだ。
戦場では誰もが恐れるフリックが、普段は笑ってしまうほどに情けない姿を見せるそのギャップが楽しいのかもしれない。そして、そんな姿を見せることを、別段恥ずかしがることのないフリックの人柄がまた好ましいと思うのだ。
「フリックさん、だらしない旦那を持つと大変だねぇ。これを機にすっぱり別れちゃった方がいいんじゃないの?」
「……できることならそうしたい」
「それにしてもシュウさんも楽しいこと考えるよね。確かにフリックさんなら一晩で3万ポッチは楽勝だもんね。俺もハイ・ヨーさんのレストランに行きたいって言ったのに、子供はだめだって言われちゃったよ」
「当たり前だ」
「その代りにこうしてフリックさんの衣装選びをさせてもらえるんだけどさ」
どこかうきうきとした様子で、今夜の衣装をベッドに綺麗に並べる。
「やっぱりこのピンクのやつがいいよ。きっとすごくよく似合うよ」
「…………」
ピンクのミニスカートが似合ってもしょうがない。むしろ似合いたくなんてない。
「さ、じゃあ観念して着替えてくださいねー。お店に出る前にちゃんと俺に晴れ姿を見せてくださいよ!これ、盟主命令ですからね!」
「…………」
つまらんことで盟主命令などを出すな、とフリックは苦々しく舌打ちをした。
もちろんフリックとて一度やると言ったからには逃げるつもりなどはなかった。そんな格好の悪いことはできはしない。とはいうものの、この場合、ミニスカートを履く方が恥ずかしいのではないかという気がしないでもないのだが。
フリックはとほほな気持ちでスカートを身につけた。下着を脱ぐの有に30分は逡巡し、最後は勢いで脱ぎ去った。
ブーツはそのままにしたので、実際に空気に触れる部分はわずかだが、どう考えてもまともじゃない自分の格好に本当に死にたくなる。
「阿呆だ……ここにいるヤツらは全員阿呆に違いない……」
鏡に映る自分の姿はあまりにも情けないものだ。
だいたいノーパンしゃぶしゃぶってのは何なんだ!いったい何が目的でレストランへ来るんだ。
後ろがすーすーしてどうにも居心地が悪い。
フリックはふと思いたって、さっきまで身につけていたマントを手にした。よく考えればこれをつければ、少なくとも多少屈んでも丸出しにはならないだろう。
よし、これでいこう。
マントをつけるなとは言われていない。
ささやかなフリックの反抗であった。
ぼったくりにも似た高い入場料を取られてレストランに集まった人々は、フリックが現われるのを今か今かと思いながらしゃぶしゃぶと口にしていた。
もともとハイ・ヨーの食事は極上品なので、しゃぶしゃぶ自体はそれだけで満足いくものだった。
「それにしても、フリックさんも苦労されますねぇ、気の毒でなりませんよ」
カミューが器用に箸を使いながら、肉を湯に通す。
一緒の席についているビクトールは返す言葉もなく項垂れている。まるで借金のかたに最愛の妻を水商売に売り飛ばしてしまった旦那の気分である。
「3万ポッチは大金ですからねぇ、まぁ仕方がないといえばそうなんでしょうけど。シュウ殿も半分は嫌がらせなんじゃありませんか?」
「かもしれねぇ」
「でも、私たちにしてみればいい気分転換になりますけどね。みんなもお祭り気分でここに来ているようですし」
ぐるりと周囲を見渡せば、どの席も満員御礼、空きはない。みんなフリックの恥ずかしい姿が見たい変態ばかりかといえばそういうわけではなく、カミューが言うように、半ばお祭り気分で笑いの一つとして参加しているのだろう。
「ったく、高い金まで払ってご苦労なことだぜ」
「だってフリックさんのミニスカート姿なんて滅多に見られるものじゃありませんし、見たいよな?」
「………」
話を振られたマイクロトフは、何ともいえない複雑な顔をして黙り込んだ。マイクロトフはカミューに誘われてきただけで、それこそフリックのミニスカート姿になど興味はない。
「おお、今夜の主役の登場だぜ!」
どこかから歓声にも似た声があがる。視線を向けると、厨房の中から肉の乗ったトレイを手にしたフリックが現われた。
「おおおおおおっ!!!!!!」
みな思わず腰を浮かしてフリックの姿に目を凝らした。
ピンクのミニスカートから伸びたすらりとした脚。ブーツで半分は隠れているがなかなかのものである。しかし、
「おいおいおい、ありゃなんだ!」
とたんに聞こえ始めた不満の声。
もちろんフリックが身につけたマントである。ノーパンしゃぶしゃぶの醍醐味は、具材を鍋に入れるために屈んだ瞬間にちらりと見える尻なわけで、それがなければ意味はない。
「フリックよー、それはないんじゃないか!マントは詐欺だろ!!」
「うるさいっ!野郎のケツ見て何が楽しいんだっ!」
「楽しい楽しい。青雷の尻なんて滅多に拝めるもんじゃねぇ」
どっと沸き起こる笑い声に、フリックは頬を引き攣らせた。すっかりおもちゃにされている。しかし、ここで怒ってはいけない。何しろ3万ポッチを稼がなくてはならないのだから。客に呼ばれるがままに、フリックはすかすかするスカート姿で食事を運んだ。
わざと身を屈めようとする者は容赦なく一発殴り、代わりにチップをもぎ取る。
「フリックさーん、こっちにも追加お願いしますー」
カミューがにこにこと笑いながら手を振る。
じろりと一瞥して、フリックはたっぷりの肉をテーブルへと運んだ。
「可愛いですね、フリックさん。ほんと、こんなにミニスカートが似合う戦士っていうのもめずらしいんじゃないですか?」
「……お前は俺に喧嘩を売ってるのか?」
「誉めてるんですよ、ね、ビクトールさん?」
「お、おう……」
ビクトールはフリックをまじまじと見たあと、へらりと笑った。
カミューに言われるまでもなく、ミニスカート姿のフリックはやはり何とも言えず可愛らしく、目の保養には違いない。諸悪の根源であるビクトールに一向に反省した様子がないことに、フリックの表情が険しくなる。
「ほら、肉だ。チップは200ポッチだ!」
さっさと払えとばかりにフリックが手を出す。もうちょっと恥じらいってものがあれば言うことないんですがねぇとカミューがポケットから200ポッチを取り出す。
はいどうぞ、と渡す瞬間に、カミューはさりげなくフリックの尻を撫でた。
「わーーーーーーーーーっ!」
フリックが思わず叫び声を上げた。そのあまりの大声にカミューの方が目を丸くする。
「てめぇ……何しやがるっ!!!!!!!!」
「おいそこ!入場料にお触り代は入ってないぞ。触るんならプラス1000ポッチだ」
レストランの入口で支配人よろしく差配をしていたシュウが鋭く言い放つ。問題はそこじゃあないだろう、とフリックが心の中で突っ込むが、あちこちで「1000ポッチ払うぞー」という笑い声が聞こえる。
「フリックさん」
「な、何だよ」
カミューが珍しくむっとした表情でフリックを見つめた。カミューはシュウに一喝されて腐るような繊細な神経の持ち主ではない。だとすればいったい何を怒っているのか。
フリックはごくりと喉を鳴らした。
「フリックさん……あなたノーパンじゃありませんね」
「………………っ!!!!!!!!!」
「何だとっ!!!」
「えーっ!」
カミューの一言に、周囲の連中がにわかに騒ぎ出す。
カミューはゆっくりと席を立つと、素早い動きでフリックのマントを捲り上げた。
「わーーーーーーーーっ」
「やっぱり!!!」
マントの下、短いスカートのその裾から、見えたのは間違いなく下着だった。
フリックは慌ててマントをカミューの手から奪い返す。
「フリックさん……どういうことですか説明していただきましょうか」
下着をつけているのならノーパンしゃぶしゃぶというのは嘘になる。高い入場料を取っておいて、これではまったくの詐欺である。
どういうことだ!と周囲の連中がフリックに詰め寄る。
追い詰められて、フリックはしどろもどろと説明をした。
「ど、どうせ見えないんなら一緒じゃないか……別に触るわけでも……覗き込むわけでもねぇんだったら……そ、想像してりゃいいことだろっ!」
「何を言ってるんですか!!!!!本当に何も履いてないのと履いているのではまったく違いますよ!分かってるんですか!フリックさんっ!」
「そうだそうだっ!」
「入場料返せっ!!!」
騒ぎ出した客を代表して、シュウが一歩前に進み出た。
「フリック」
「は、はい……」
まさしく鬼の形相といったところのシュウに、フリックが怯えたように後ずさる。
「よくも私の顔を潰すような真似をしてくれたな。この落とし前はどうつけてくれる」
「そ、そんな落とし前って……」
どこのヤクザの台詞だよ、とフリックは眩暈を感じた。シュウにしてみれば、自分が企画したイベントを台無しにしたフリックを許せるはずもない。フリックには告げていないが、収益の1割は同盟軍の財布にも入る予定になっていたのだ。
その計画をだめにされてはたまらない。シュウはふと思いついたことに満足そうに微笑んだ。その微笑にフリックは背筋を嫌な汗が伝うのを感じた。
「仕方がないな。フリック、では、ここで脱げ。目の前で。ちょうどいい、それも一つのサービスだ」
「な…に……言ってんだっ!!!!!!!お、俺にここでストリップをやれっていうのか!」
「その通りだ。言っただろうが、水商売は甘いものではないと。ノーパンしゃぶしゃぶを売りに客に入ってもらったんだ。約束を守らなかったお前が悪い。違うか?」
「そ、そ、そうかもしれないけど……」
フリックはつまらない小細工をしてしまった己を深く後悔していた。
マントで後ろが隠れるならば、すべてを脱がなくても一緒じゃないかと思った自分が恨めしい。
「さぁどうするんだ。青雷ともあろう者が、下着の一枚も脱げないでのこのこ逃げるつもりか?」
「勘弁してくれよ……」
もちろん勘弁などしてくれるはずもない。
それはレストランに入った客も同じである。
いつもなら真っ先に激怒するビクトールも、今回ばかりは3万ポッチの借金があるためにフリックを助けてやることもできない。
「往生際の悪い男だな。さっさと脱げ」
「……くっそ……ぉ……」
冷ややかに言い放つシュウに、フリックは半ばヤケクソ気味に片足を上げると、下着に手を伸ばした。ごくりと皆が注目する中、フリックは潔くそれを脱ぎ去った。そして手にした下着をびたんとビクトールに投げつけた。
「くっそーっ!!!!お前のせいで俺がこんな目にあってるんだぞ!!!てめぇがノーパンでもしゃぶしゃぶでもストリップでもしやがれっ!!!!!」
「俺がストリップやって何が楽しいっていうんだっ!」
「物好きがいるかもしれねぇだろっ!」
「ありえねぇっ!」
「逆ギレすんなっ!!!!!」
公衆の面前で不毛な夫婦喧嘩を始めた二人に、シュウは渋い顔のまま一喝した。
「うるさいっ!そんな話は仕事が終わってから部屋でしろっ!!フリック、お前は3万ポッチの借金を払い終えるまでは自由はない。さっさと給仕を続けろ。ビクトール、お前は何を優雅に食事などしている。一緒になって働けっ」
「…………」
「…………」
容赦ないシュウの一言に、二人は口を閉ざし、傷心のまま仕事に戻った。
その後開き直ったように愛想をふりまき、客からチップを巻き上げ続けたフリックは、目標の3万ポッチをはるかに越える額を一晩で稼ぎ出し、もし戦士をやめても十分食べていけることを証明した。
胡散臭いイベントに店を貸すことを最初は渋っていたハイ・ヨーも、予定以上に収益があがり満足し、同じくシュウも同盟軍の財政が僅かなりとも潤ったことにいたく満足をした。
唯一ビクトールだけは、今まで以上にフリックに頭が上がらなくなり、しばらくの間辛い日々を送ることとなった。
もちろんそれは自業自得なので、同情するものは誰もいなかった。
「もし次回、同じようにお金に困ったら、ノーパンしゃぶしゃぶじゃなくて、ホストクラブにしてください」
そんな女性たちからの投書がシュウの元に舞い込んでいたことは、フリックには内緒である。
←お気に召したらぽちっとな。