恋の罪 どうしてこんなに誰かを好きになってしまったのだろう。 その人がいなければ胸が痛くて。 その人の声を聞けなければ、不安で、いてもたっていられないくらい心が騒いで。 こんな恋ならしたくない。 「おや、一人で食事とはめずらしい」 「ああ、おはようカミュー」 フリックが顔を上げて朝の挨拶をする。空いていた隣のイスを引いてやると、カミューはどうも、と言って腰をおろした。 「いつも一緒の相棒はどうしました?」 「ビクトールなら朝一番に出発した。ディランたちと一緒にな」 「ああ、そういえば今日から3日間は交易ディでしたっけ?」 カミューが笑いをこらえる。 最近仲間が増えてきたために、城の財政が苦しくなってきているのだ。もちろん、そんなことを知っているのは上層部のごくごく一部の者たちだけだ。そこへディランは昨日の会議の席でいきなり交易ディなるものを発表したのだ。 いわく、1週間、ひたすら交易のためだけに奔走するというものである。もちろん、道中で出会ったモンスターたちはきっちりと退治して、お金をかせぐ。 「だって小さな子供たちがいるのに、餓えさせるわけにはいかないだろ?」 会議室。ディランは大きく開け放した窓枠に座り、足をぶらぶらさせて、集まった面々を眺める。いくら注意してもディランがちゃんと会議に出席したことはないのだが、今日はめずらしく最初から出席していた。参加態度は良いとはいえないが、朝一番の会議に出席するだけでもたいした進歩といえるのかもしれない。。 「しかし、ディラン、うちは畑でちゃんと穀物を育ててるし、今のところ餓えるほどは切迫してないと思うが」 フリックが異論を唱えたが、ディランはがんとして譲らなかった。 「だめだめ。ぎりぎりになってからじゃ遅いんだから。それに今は幸いにも大きな戦いは控えてないし。新しい仲間にも出会えるかもしれないしさ」 「そりゃそうだが、何もお前がわざわざ金を稼ぎにいかなくても…」 ビクトールも反対らしく、めずらしく口を開く。いつもなら会議の席で意見などしたことはないのだ。ビクトールの抗議にディランが大げさに眉をひそめる。 「ええ〜、んじゃあさ、ぎりぎりになってお金がなくなって、飢え死にするようなことがあってもいいってこと?それとも、ビクトールさん、毎月の支給額減らしちゃってもいいのかなぁ」 「お前なぁ、んなことしてみろ、ただじゃ済まさねぇぞ!」 ビクトールががばっと身体を起こし、ディランを睨む。 「でしょ。じゃあ今のうちにせっせと稼いでおこうよ」 にっこりとディランが微笑む。 その場にいた全員、ビクトール、フリック、カミュー、マイクロトフ、ハンフリー、がお互いの顔を見合わせた。正直なところ、ディランを除く全員がこの交易計画には乗り気ではなかった。 が、あまり反対して毎月の支給額を減らされるというのも困るのだ。そんなみんなの気持ちを代表したかのように、シュウが口を開いた。 「分かりました。では、試しに三日間だけ交易をしてみてください。商売をするということがどれだけ大変なことが、身を持って知るというのも大事なことです」 元貿易商だったシュウの言葉は奥が深い。 「さすが、シュウさん。話が早いや」 ディランがにっこりと笑う。その屈託のない笑顔にシュウは内心舌を巻く。 昨夜のことだ。 突然執務室にやってきたディランはシュウに言った 『明日の会議で交易ディに行くっていうから、後押ししてよ』 いきなり何を言い出すのやら、とシュウが黙っていると、ディランはなおも続けた。 『一応さ、これでも城のリーダーなわけだし、最近の財政難を放っておくわけにはいかないだろ?』 『では、商売の心得のある者に行かせましょう』 シュウが言うと、ディランはくすくす笑う。 『意地悪言うなって。分かってるくせに』 こういう時、シュウはこの少年のことが読めなくなる。子供だと思っていたら痛い目に合うと身を持って知らされる。それまでのふざけた表情とは打って変わって、真面目な表情でディランが言う。 『最近、ハイランドの動きがきな臭いって聞いてるだろ?ちょっと近くまで行って探りいれてくるわ』 『あなたが行かなくても、誰かに行かせますが』 『ん〜、まだ何も分かってないのに、下手に心配かけたくない。それから、俺がいない間に、この前入った兵士たちのレベルアップを図ってほしいんだけど。もし噂が本当なら、近いうちに戦いになる』 シュウは自分が考えていることと、まったく同じことを考えていたらしいディランに苦笑する。 『わかりました。では、そのように。レベルアップの方は任せてください。くれぐれも無理はなされないように』 『うん』 じゃあ、おやすみ、と言って部屋を出ようとしたディランをシュウが呼び止める。 『なに?』 『理由はそれだけですか?あなたがわざわざ出向いていくのは』 思わせぶりな言葉に、ディランは一瞬、冷たい目をしてみせる。そして、口元だけで笑った。 『……ねぇ、シュウさん。ほんのちょっとでも希望があるんなら、かけてみるべきだよね。たとえ命をかけるようなことになったとしてもさ。まぁもちろん、それだけの価値があることに対してのみだけど』 ハイランドにいるたった一人の愛しい人。 ほんの少し、噂だけでも聞けるなら、行ってみようと思う。 『………お気をつけて』 シュウの言葉にディランはにっこりと笑った。 本心をこれっぽちも見せないディランのことが、シュウは時々とても痛々しく思える。いつもはちゃらんぽらんなフリをしているが、ディランは本当はかなり切れ者だ。だけど放っておくと間違った道を辿るだろう。なぜなら、ディランの頭の中にあるのは、いつでもハイランドにいる彼のことだけだからだ。 「では、ディラン殿、あまり無理をされないように。ああ、道中は危険ですからね、何人か護衛を連れて行ってください。ビクトール」 シュウが不満そうにしているビクトールに声をかける。 「あん?」 「お前が一緒に行くように。お前以外は適当な誰かを選んでいい」 「んじゃ、そこにいる俺の相棒は連れてくぜ、あとは任せる」 「いや、フリックには残ってもらう。三日間は、兵士たちの強化合宿とする。その指導員だ」 「何だと!」 ビクトールがシュウにかみつく。大きな戦いもない、こんな交易道中にフリックなしで行くなんて、ビクトールには耐えられそうにない。しかし、シュウは一度決めたことは覆さない。 「三日くらい我慢できるだろう。何も一生会えなくなるわけでもあるまいし。どうだ、フリック?」 「ああ、俺は別にかまわない」 「フリック!お前!!」 いくらビクトールが訴えたところで、何も変わるはずもなく、会議は終了した。終わったとたん、ビクトールはかなり不機嫌な顔で、フリックに訴えた。 「お前、どうして一緒に行くって言わねぇんだよ、こんなくだらねぇ旅に俺一人で行けって言うのか?」 「いいだろ、別に。たった3日間じゃないか」 「……お前、実は行きたくなかったんだろ?」 「何だ、お前もバカじゃなかったんだな」 ニヤっと笑ったフリックをビクトールが抱え込む。きつく抱きつかれて、フリックはバランスを崩しそうになる。 「よせよ、まぁしっかり金を稼いでこいよな。期待して待ってるぜ」 「ちくしょう。いいか、俺がいないからって浮気すんじゃねぇぞ」 あほらしい。フリックはビクトールの鳩尾へと肘鉄を食らわした。あまりに見事に入ってしまったため、その場にうずくまったビクトールを捨てて、フリックは執務室をあとにした。 というわけで、今日から三日間、ディランたちのお供でビクトールは交易の旅へと出かけてしまったのだ。 「それにしても、交易ディとは、ディラン殿もおかしなことを考えつく」 優雅に自分専用にティーカップに紅茶を注いでカミューが小さく笑う。 「ていうか、あいつ最近交易のおもしろさを知ったからなぁ。財政難にかこつけて、けっこう自分が楽しみたかったんじゃないのかな」 フリックが最後のパンを一切れ口にいれ、目の前の友人に笑いかける。カミューはその言葉ににっこりと微笑む。 元赤騎士団長だったこの男は本当に貴族的というか何というか、いつも穏やかで、フリックが今まで知り合ってきた仲間の中ではぴか一の男前だと思う。 性格的は礼儀正しく、何事もきっちりとしている。もっともカミューの想い人であるマイクロトフには負けるが、それでも思わずこちらも敬語を使ってしまいそうになるくらいに、礼儀正しい。自分とはまったく正反対の性格だと思うのだが、どういうわけかカミューはフリックのことをいろいろと気にかけてくれる。カミューとは年齢も近いし、フリックとビクトールの仲も知っていて、不器用なフリックにさりげなくアドバイスをしてくれたりする。 今ではフリックにとってカミューは数少ない心を許せる友人となっていた。 「マイクロトフはどうした?一緒じゃないなんてめずらしいじゃないか」 「ああ、彼なら強化合宿初日だというので張り切って早朝練習に行ってますよ」 「早朝練習。あいつらしいな」 フリックが苦笑する。 「どうしました?元気がありませんね。やはりあの熊がいないと寂しいですか?」 「ばかなこと言うなって。久しぶりに一人で寝られてほっとしてるっていうのに」 「おや、そうでしたか。でも覚悟しておいた方がよろしいのでは?三日間もあなたと離れていて、あの性欲魔人が黙っているはずありませんからね。帰ってきてからが大変ですよ」 さらりというカミューの言葉にフリックはげんなりとした。確かにカミューの言うとおりだ。あの絶倫男が戻ってきた時のことを考えておかなければ。 「さて、それでは強化合宿の準備でもしましょうか。先に行きますね」 「ああ、俺もすぐに行く」 フリックはカミューを見送って、残りのコーヒーを飲み干して自分も立ち上がった。 フリックがシュウに渡されたメニューは初心者、中級者、上級者にクラスわけされた剣の指導のもので、フリックの担当は初心者クラスのものだった。ちなみに中級者はカミューが、上級者はマイクロトフが担当となっていた。 なるほどよくできたクラスわけだと思う。マイクロトフは一度熱中しだすと止まらないため、初心者クラスではとてもついていけないだろう。中級者クラスあたりの連中は少し剣が使えるようになった喜びで、つい先走りしがちだ。カミューなら程よくおだてながら、暴走を止めることができそうだ。 まぁそこまではいいが、どうして自分が初心者クラスなのだろうか、とフリックは首をひねる。 フリック自身は分かっていないのだが、彼ほど他人に対して心広く、我慢強い人間は指導者の中にはいないだろう。もっとも限界点を超えた時のフリックの怒りは正直いって他の誰とも比べられないくらいに恐ろしいのだが。 フリックは練習場へと向かい、練習を待つ兵士たちの前に立った。 「さて、と。この中で今日初めて剣を手にする者は?」 目の前に整列した30人ほどの兵士をぐるりと見渡して問い掛ける。手を上げたのは20人ほど。やれやれ。本当に一から教えないといけないらしい。 「じゃあまず剣の構え方から始めるか」 フリックは三日間でせめて中級クラスのカミューへ半分以上は渡せるようにしたいものだと肩を落とした。 その日のノルマが達成できたのは夕方5時を過ぎた頃だった。初日にしてはみんなかなり上達した方だと思う。中には明日から中級クラスへ行けるほどの者も二、三人はいた。 フリックはほんの少しの達成感を感じて、自分の部屋へと戻った。薄暗い部屋には当然誰にもいなくて、ふいにフリックはビクトールのことを思い出した。 「あんなヤツでもいないと寂しいもんだな」 フリックはつぶやくとマントを脱ぎ捨て、どさりとベッドに腰をおろした。 今ごろビクトールたちも宿で一休みしていることだろう。自分がこうしてビクトールのことを思い出しているように、ビクトールもまた自分のことを思い出しているだろうか。 フリックはそう考えて、あまりのばかばかしい思いに笑ってしまった。 何だってあいつのことばかり考えなくちゃいけないのだ。 せっかくの自由な三日間だ。ここは完全にビクトールのことは忘れて、自分のしたいことを満喫しよう。フリックはそう決めると夕食を取るためにレストランへと足を向けた。 中は混んでいて、空いている席を探すのが一苦労だった。今夜のお薦めメニューを手にして、テラスにあるテーブル席に空いた見つけ近寄ると、そこにはカミューとマイクロトフが仲良く食事をとっていた。 まずい席についた。 フリックはそう思ったが、顔には出さず、イスを引いた。 「ここいいかな」 「どうぞ。おや、フリック殿も今夜のお薦めメニューですね」 マイクロトフがにっこりと微笑む。 なるほど、テーブルを見るとそこには同じメニューの皿が並んでいる。ハイ・ヨーのお薦めとなれば、まぁたいがいの者がそれを選ぶだろうが。 フリックはカミューの前の席につくと、さっそく食事を始めた。もともと穏やかな性格の三人なので、世間話に花が咲いて夕食の場は和やかに過ぎていった。 「ビクトールさんがいなくて寂しいんじゃありませんか?」 食事も終盤に差し掛かった時、マイクロトフはフリックにワインを注ぎながら問い掛けた。 「あ〜いや、うるさいのがいなくてさっぱりしてるよ」 「そうですか?私ならカミューがいないと、一日でも寂しいですが」 マイクロトフは真面目な顔でこっ恥ずかしいことを口にする。 そうだろう、そうだろう。 フリックは内心、やはりこの席に座るべきではなかったと後悔していた。 何しろ、マイクロトフはビクトールと同様、まったく人目を気にしない男なのだ。ビクトールは羞恥心のない男で、マイクロトフは天然という差はあるが、人前でいちゃいちゃすることを何とも思わないという点では変わりはない。 いきなりこんな話題になって、フリックは今すぐにでも席を離れたい気持ちになっていた。 ところがカミューは平気らしい。この辺りが恋の成せる技というところだろうか。 「マイク、フリックは本心でそう言っているわけじゃなくて、照れてるだけだ」 「なるほど。だが、思ったことはきちんと口に出した方がいい」 「そうだな」 「心にないことを口にしてれば、ビクトール殿も誤解するだろう」 「それは大丈夫だ。あの男はああ見えて意外と人の心を読む力がある。おまけに最愛のフリックのこととなれば、ちゃんと本心を見抜くさ」 「そうか。愛の力だな」 フリックは飲みかけていたワインを吹き出した。 「お前ら…、いつもいつもそんな痒くなるような会話をしてるのか…?」 「失礼な」 カミューがナプキンをフリックへと手渡す。 マイクロトフは何が痒いのだ?とカミューへと聞いている。フリックは目の前の出来上がったカップルをしみじみと眺めてしまった。もともとマチルダ騎士団の青騎士団長と赤騎士団長だった二人は、同盟軍へ参加する頃にはすでに恋人同士だった。いったいいつ、どういうきっかけでそんな仲になったのか、フリックは知らないが、この二人を見ていると、不思議とほのぼのした気持ちにもなる。 それはお互いがお互いを見る目が優しいからだろうと思う。 「今夜は一人で眠れそうですか?」 レストランを出て自室へ戻る途中、カミューがフリックに言った。あんまりな台詞にフリックは小さく笑う。 「子供じゃあるまいし。明日早いからもう寝るよ。おやすみ」 「おやすみなさい」 部屋の前で二人と別れたが、とてもまだ寝る気にはなれず、フリックは屋上へと足を向けた。気持ちのいい風が頬を撫でる。つい、今ビクトールたちがいるであろう方角を見てしまう。 あの空の下にビクトールがいる。 そう思うだけで、いてもたってもいられないような気持ちになる。いつもはべったりとそばにいて、うるさいくらいにフリックにまとわりついているから、たまには一人になりたいと思うくせに、いざこうして一人になると、たまらなく会いたくなってしまう。 「困ったな」 こんな風に誰かを好きになるなんて。 そばにいないと思ったとたん、急に寂しさがこみ上げてくるなんて。出かけ際、ビクトールは言った。 『俺がいないからって浮気すんなよ』 ばかばかしいと笑い飛ばしたが、もしもこんな状態が長く続くとしたら、誰かの温もりを欲しくなる気持ちも分かる。一度、人の温もりを知ってしまうと、人はもう元へは戻れないのだろうか。それが人を好きになるということなのだろうか。 もう自分はビクトールなしでは、こんな短い時間でさえ耐えられなくなっている。 どうしてこんなに誰かのことを好きになってしまったのだろう。自分は、ビクトールと知り合ってから、どんどん弱くなっていっているような気がする。 『愛してるぜ』 ビクトールの声が聞こえたような気がして苦笑した。どうやらかなり重症らしい。 早く帰ってこい。 フリックは胸の中でつぶやいた。 あっという間に3日間が過ぎ、フリックたちの強化合宿も終わろうとしていた。 初心者クラスからは半数の人間が中級者クラスへと移ることができた。カミューが面倒をみていた中級クラスからも約半数が上級者クラスへと移ったので、結局マイクロトフのクラスが一番人数が増え、一人では行き届いた指導ができない、と申し出たため、急遽ハンフリーが借り出され指導をするという始末だった。 とにかくシュウの希望通り、レベルを上げることができたのだから、たいしたものだろう。 「おや、帰ってきたようですよ。にわか商人たちが」 この3日間、自分よりもレベルの低い者たちの相手ばかりしていので、どうも調子がおかしいフリックが、カミューに頼んで剣の相手をしてもらっていた。 一休みしていた時に、ふいにカミューが言ったのだ。 指差された方を見ると、ディランを筆頭にビクトールたちが城の門をくぐったところだった。瞬間にしてビクトールの姿を目に捕らえてしまう。そんな自分に嫌気がさす。それでも元気そうな姿にほっとした。 「おやおや、ビクトール殿はずいぶん疲れてるようですね」 「ほんとだな。俺たちは強化合宿担当で助かったかもしれないな」 フリックが笑う。立ち上がり、土を払ってそのままビクトールへと歩き出す。城の入り口辺りでディランたちと別れたビクトールが近づいてきたフリックに気づき、何ともいえない笑顔を見せる。 「よぉ相棒、元気だったか?」 手を伸ばして、フリックの髪をくしゃりと撫でる。その大きな手のひらの暖かさに、フリックはほっとした。そして、それまでの不安な気持ちが薄れ、いつもの調子を取り戻すことができた。 「おかえり。どうだった?交易の成果は?」 「ああ、ああ、まったくディランはたいした商人になれるぜ。3日間で3万ポッチ稼ぎやがった」 「へぇそりゃすごい」 「ああ、疲れたぜ」 ビクトールが心底疲れたというようにつぶやく。あっちの街、こっちの街とさんざん重い荷物を持たされ、護衛というよりはただの荷物持ちのような3日間だったのだ。一刻も早く帰りたいと思ったのも仕方がないことだろう。 「で、そっちはどうだった?兵士らのレベルは上がったのか?」 「ああ、まぁな」 土産だという酒瓶を受け取り、フリックはビクトールと並んで部屋へと向かう。 おかしなもので、久しぶりに会うと、(といってもたった3日間なのだが)ちゃんと顔を見るのが妙に気恥ずかしい気がしてしまう。会いたいと思っていたくせに、いざ顔をあわせると、何を話したらいいのか分からなくなる。 「フリック、俺ぁ先に風呂入ってくるわ。埃でドロドロだからよ」 「あ、ああ」 大浴場へ続く廊下の真ん中で別れることになる。じゃあ、部屋に戻ってる、と歩き出したフリックの腕を急にビクトールが引き寄せた。 「なっ!」 強く引っ張られ、どんとビクトールの胸にぶつかる。汗くさい匂いがフリックを包む。 「よぉ、久しぶりに会ったってのに、えらく冷たいじゃねぇか」 「……たった3日間だろ。離せよ」 「何だ、何だ、会いたいと思ってたのは俺だけかよ」 ビクトールが大げさに肩をすくめて見せる。そんなわけないだろ、と言いそうになって、フリックは唇をかむ。会いたかったのは自分も同じだ。だけど、そんなことは死んでも言えない。 「ちったぁ優しくしてくれたって罰は当たらないと思うぜ」 「何ふざけたこと言ってんだ…」 ビクトールがフリックの腰を引き寄せ、そのまま壁に押し付ける。抗議する間もなく唇を奪われた。息もできないくらいに激しく貪られ、頭の芯がくらくらしそうだった。歯列をなぞり、ビクトールの舌先が口腔を犯す。熱い舌が絡まる頃には、フリックは一人では立っていられなくなっていた。がくりと崩れ落ちそうになる身体をビクトールが抱きかかえる。 息ができない。会えなかった時間を埋め尽くそうとするかのように、ビクトールは口腔を舐め回し、きつく舌を吸う。 「ん…ふぅ…」 苦しさからフリックが身を捩ると、くちゅりと音をたてて唇が離れた。目の前にはいつになく真面目な顔をしたビクトールがフリックを見つめてた。 「部屋で待ってろ。すぐ行くからよ」 「………」 目元を赤く染めたフリックに満足したようで、ビクトールは音をたててフリックの頬にキスをすると、軽い足取りで大浴場へと下りていった。 「こんなとこで、あんなキスしやがって…」 ぐいと口元を拭ってフリックは毒づいた。 部屋で待ってろ、とビクトールは言ったが、馬鹿正直に部屋で待っていたら、まるであのキスの続きを期待しているように思われるに違いない。かといって、したくないのかと言えばそういうわけではないのだ。 ビクトールとのセックスは嫌いではない。そんなこと認めたくない事実だが、仕方ない。 フリックはベッドに横になって、ぼんやりと天井を眺めていた。 嫌なのは、自分ばかりが一方的に熱くされてしまうこと。恥ずかしいくらいにビクトールを求めてしまうこと。 一番望ましいのは、ごくごく普通に会話を楽しんで、何もせずに眠ること。本当はそばにいれば、それだけでいいのだ。 「まぁ無理だろうな」 あのビクトールが一つのベッドで一緒にいて何もしないなんて考えられない。 フリックはさっきのキスを思い出して、急に恥ずかしくなってきた。どうしよう。3日間、一人で眠っていたのはフリックだって同じなのだ。あんなキスをされたら… 「あ〜、いい湯だったぜ」 いきなり部屋の扉が開いてビクトールが入ってきた。上半身は裸で、濡れた髪をタオルでがしがしと拭っている。 「お、お前、そんな格好でここまで来たのか?」 「仕方ねぇだろ、着替えなんて持っていってないし、あの汚れた服をもう一度着るのはごめんだからな」 「それは、そうだが」 「それに、どうせすぐ脱ぐんだからよ」 その言葉の意味を理解するよりも早く、ビクトールがフリックに襲いかかった。 「ばっ…何するんだっ!どけよっ重たいだろっ」 ビクトールは片手でフリックの両手を掴み、頭の上できつく拘束した。フリックの身体に馬乗りになって、右手でフリックのシャツのボタンを外しにかかる。 「バカバカバカっ!!!お前…何考えてんだっ!!」 フリックはじたばたと足だけを動かす。その間にもフリックのシャツははだけられ、あっという間に衣服をすべて剥ぎ取られ、ビクトールの目の前にその肌を全て晒してしまう。 「んなこと言ったってよ、悪いが、手順を踏んでるような余裕がねぇんだから仕方ねぇだろ」 「仕方ないで全部済ますな!」 はいはい、とビクトールは笑うと、ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねた。 余裕がないなどと言いながら、ビクトールは何度もフリックの唇を嘗めるだけで、少しもそれ以上のことをしようとしない。ぬるりとした舌の感触を自分の舌で味わいたくて、フリックは知らず知らずに舌先を出して、ビクトールのそれにからめようとしていた。ほんの少し触れては離れていく。完全に遊ばれてる。頭では分かっていても、もう止められない。熱い舌を味わいたくて、ちゃんとしたキスが欲しくて、顎を上げる。 その間にもビクトールはフリックの首筋から胸にかけて肌をまさぐり、胸の尖りを何度も親指で撫で上げる。 「ん…っ…」 フリックは身を捩るがビクトールの身体はびくともしない。 「なぁ、俺がいない間に浮気なんてしなかっただろうな」 「するわけないだろっ、つまんないことを聞くな」 ビクトールの心配を「つまらないこと」と言い切るフリックに、愛しさが込み上がる。ビクトールは唇を深く重ねた。やっと訪れた熱い舌をフリックは夢中で味わう。喉の奥までビクトールの舌が差し込まれ、まるで3日間の空白を埋め尽くそうとするかのように、口腔を嘗め回し、舌を吸われる。含みきれない唾液が唇の端が流れ落ちた。 「んんっ……」 熱い。 身体中が熱を持ってビクトールを求めている。たった3日間しか離れてなかったというのに。どうしてこんなに求めてしまうのだろう。フリックは遠くなりそうな意識で考える。 誰かを好きになるっていうのは、こういうことなのか? その人がいなければ胸が痛くて。 その人の声を聞けなければ、不安で、いてもたっていられないくらい心が騒いで。 こんな恋ならしたくない。だけど仕方ない。もう捕まってしまったのだから。 「会いたかったぜ、フリック」 唇を離して、ビクトールがフリックのを目を覗き込む。 ――― ああ、仕方がない。この男がこんなにも好きなのだから。 フリックは捕まれていた両手をビクトールの頭の後ろへまわし、抱き寄せた。 「ああ、会いたかった…」 フリックの囁きにビクトールは喉の奥で笑うと、フリックの胸の突起にむしゃぶりついた。指でさんざんいじられていたそこは堅く立ち上がり、唇で、舌で嬲られると、痛いくらいだった。ビクトールは身体をずらすと、何の躊躇いもなく、フリックの足の間へ指を滑らせる。 「あっ…」 すでに堅く立ち上がりはじめていたフリックのモノを指で扱き始める。すぐに先走りの液で濡れ始め、フリックが苦しそうに息を飲んだ。 「もうこんなに濡れてるじゃねぇか」 ビクトールがフリックの両足を大きく広げ、顔を寄せる。ぬるりとした熱い舌先がフリックの先端に触れる。 「ひっ…ああ……」 ぴちゃぴちゃと音を立ててビクトールがフリックのモノに舌を這わせる。形をなぞり、その全てを口の中へと含んでしまう。熱い口腔の中できつく吸い上げ、舌で追い上げる。 「いや…ああっ…ん…」 フリックはあまりの快感に耐え切れず、大きく背を仰け反らした。背筋をぞくりと快楽の震えが走る。フリックの絶頂が近いことを知ったビクトールは唇を離し、先端だけを口に含むと指で上下に強く擦り上げた。 「…っああ」 一瞬の緊張のあと、フリックがビクトールの口の中へすべてを放出する。ビクビクと震えるモノをしっかりと銜えて、ビクトールはそのすべてを飲み干した。 「う…」 ごくりと喉をならしたビクトールを視界の端に捕らえ、フリックは思わず涙をこぼした。あんまりにも即物的すぎて。恥ずかしくて、何が何だかわからなくなる。 「良すぎて泣いてんのか?」 顔を上げたビクトールが右腕にフリックの左足をかけて大きく開け、身体の間に自分の身体を割り込ませた。 「ちがっ…」 「んじゃ何で泣いてんだよ」 ペロリとフリックの頬の涙を嘗め取る。 「飲むから…」 「あん?」 「お前が…飲んだりするから…」 「なに可愛いこと言ってんだ、別に泣くほどのことじゃねぇだろぉが」 笑ってビクトールはフリックの足の間から後ろの蕾へと指を這わせる。自分の放った液で濡れているビクトールの指が、くぷりと中へと進入を始める。 「いっ…った…」 「くそ、たった3日なのに、何でこんなに締まってんだ」 ビクトールのぼやきにフリックは軽くその頬をはたく。 「そういうことを口にするな」 「はいはい。んじゃ黙ってやらせてもらいましょ」 言うなりビクトールはずぶずぶと指を埋め込む。フリックの表情を見ながらゆっくりと注挿を開始する。すぐに蕩けだした粘膜がビクトールの指の動きを滑らかにしていく。 「はあ…あ、…ぅん…」 ぐちゅぐちゅと出し入れの速度が速くなっていく。綻び始めたそこは、ビクトールの指が2本から3本に増やされても、何の抵抗もなく飲み込んでいく。後ろへの刺激だけで、フリックのモノが再び勃ち上がり始める。 「なぁ…触ってくれよ」 ビクトールがフリックの耳元で囁く。一瞬、何を言っているのか分からなくてフリックは分からないと首を振る。 「お前の指で触ってくれ」 フリックの太もものあたりで堅く立ち勃ちあがっているビクトールの肉棒を触れということだ。フリックは熱に浮かされたようにビクトールのモノへと指を伸ばした。フリックの指が触れたとたん、それはビクリとさらに質量を増したような気がした。 おずおずと指を上下に動かす。すでに堅く張り詰めたそれは先端からしとどに液を流している。自分のものさえろくに触ったことがないフリックは、どうすればビクトールが喜ぶのか分からず、ただ必死で握りしめる。 「そう…もうちょっときつく握ってくれ…」 ビクトールの声がほんの少し上ずっている。気持ちがいいのか、と思うと嬉しくなる。ビクトールの指は相変わらずフリックの後ろの蕾を可愛がっている。お互いに気持ちよくなれるなら何でもできるような気がして、フリックはぎこちないながらもビクトールのモノを擦り上げた。 「いいぜ…気持ちいい…」 「ん…んっ…あああ」 フリックもまた上り詰めていきそうな気がして、思わず声を上げた。 「ちくしょう、なぁ入れてもいいか?もう我慢できそうにねぇや」 「だから…そういうことを聞くなって…言って…」 もう我慢できないのはフリックも同じだ。早くいつものようにビクトール自身で満たして欲しかった。ビクトールは指を引き抜くと代わりに屹立した欲望をあてがった。 「力むなよ」 熱い塊がずぶずぶとフリックの襞を開いて分け入っていく。見せつけるかのようにゆっくりとビクトールは挿入していく。 「あああっ…あ…っ!」 太くて堅い肉棒が身体を引き裂いていく。痛みとともに信じられないくらいの快感が広がっていく。半分ほど入ったところでビクトールは動きを止めた。ゆるゆると引き抜いては再びずくずくと押し進む。 「んあっ……ああっ…いや…」 蕩けた秘部がすべてを飲み込もうと収縮を始める。ビクトールは目を細めてそんなフリックの痴態を眺めた。 「フリック…どうして欲しいか言ってみな」 「…いや…だ」 「んじゃあ、このまま抜いちまってもかまわねぇのか」 ずるりとビクトールのモノが引き抜かれそうになる。 「やっ…抜かな…」 思わずフリックがビクトールの腕を掴む。こんな状態のまま放っておかれたら、どうなるか分からない。フリックは痛いほど張り詰めた自分のモノに手を伸ばそうとした。その手をビクトールが掴む。 「おいおい、自分だけイこうなんて、そりゃねぇだろ」 「お前がっ…意地悪するから…」 「欲しけりゃちゃんと言葉にしてみろよ」 フリックは死んでも言うものか、と首を振るが、その間にもビクトールがゆるゆると抜き差しを始める。中途半端なその動きに、もう耐えられなくなる。何でもいいから、早く最後までちゃんとしてほしかった。フリックはぱたぱたと涙を零したが、ビクトールはそんなフリックを見ても、ちゃんと口で言わない限りは最後までくれるつもりはないらしい。 「………て」 「あん?何だって?」 蚊の鳴くような小さな声に、ビクトールは聞き返す。何だってこんなに意地が悪いのだろう、とフリックは怒鳴りたくなったが、それよりも先にして欲しいことがある。 「…れて…ちゃんと奥まで…入れてくれ…頼むからっ」 フリックが言い終わらないうちにビクトールは一気に張り詰めた欲望を根元まで押し入れた。 「――――っっ!!」 突然の衝撃にフリックはがくがくと身体を震わせる。力強い律動に合わせて、フリックは知らないうちに腰を揺らめかしていた。ずぶりと最奥まで突かれると、身体中を甘い疼きが満たしていく。ビクトールがフリックの腰を抱えなおし、音を立てて欲望の証をつきたて、中を掻き回す。 「ああ…くっ…は…」 ベッドの軋む音とお互いの荒い吐息だけが部屋に響く。 「フリック…最高だぜ」 パンパンとビクトールの腰を打ち付ける速さが増す。絶頂感がもうそこまで来ている。何かを掴もうと伸ばしたフリックの手をビクトールが掴み取る。 「一緒にイくか?ん?」 「ああっ…あ…イク…も、イかせて…」 狂ったようにお互いを求めてしまう。その人さえいれば何もいらないと思わせる瞬間。その人の髪も、腕も、指も、胸も、脚も、何もかもが恋しい。嘘でもいい。好きだと言ってくれたら… 「愛してる…フリック…」 フリックの考えを見抜いたかのように、ビクトールが低い声でフリックに囁いた。どくんと心臓を掴まれたような震えが走る。次の瞬間、フリックは悦楽の熱い飛沫を振り撒いた。ビクトールはそれを見届けてから、自分もフリックの中にすべてを吐き出した。 よほど疲れていたのだろう。ビクトールはコトが終わると、すぐにぐっすりと眠ってしまった。腕の中にフリックを抱きしめたままで。フリックはビクトールを起こさないようにそっと身体を起こすと、子供のような無邪気な顔で眠っている男を見つめた。こんな風に誰かを好きになる日が来るなんて。この罪は大きいぞ、とフリックはつぶやく。こんな風に自分を変えてしまったのはお前なのだから、ちゃんと責任を取れよ、と苦笑する。 恋の罪。 同じ罪を、フリック自身もビクトールに対して行っているとは考えもしなかった。 |