眠り


ごんっ。
鈍い音にビクトールが顔を上げた。
テーブルの向かい側、決まり悪そうにフリックが赤い顔をして額を押さえている。
「……テーブルに頭打つくらい眠いんなら、さっさと寝たらどうだ?」
「いや、まだ大丈夫だ」

(強情なヤツ……)

ビクトールは呆れて軽く肩をすくめた。

――― 先に眠った方が、明日の酒代をすべて持つこと

何てことはない、つまらない賭だった。
言い出したのはビクトール。受けてたったのはフリック。
だが、この勝負は圧倒的にビクトールの方が有利だった。
何しろフリックは、今日(1時間前に日付が変わったので正確には昨日)、1週間の交易のお供から戻ってきたばかりなのだ。
くたくたで、本当はすぐにでも眠りたいに違いない。
ビクトールもそれは十分に分かっていたが、こんな些細な勝負でも、いや些細な勝負だからこそ、わざと負けるようなことをすれば、フリックが怒り狂うのは目に見えている。
そういうところはいつまでたってもガキ臭い、とビクトールは思うのだが、反面妙に可愛いと思ってしまうのも事実だった。
(さてと、どうしたもんかね)
ビクトールは残り少なくなったグラスの酒を一息で飲み干すと、頬杖をついたまま一点を見つめて動かないフリックに声をかけた。
「フリック、お前にゃ悪いが、俺は今夜はどういうわけか全く眠たくねぇんだ。お前がどんなにがんばったところで、負けは目に見えてる。諦めてベッドに行きな」
「絶対に嫌だ」
「…………」
ビクトールはがしがしと頭をかくと、フリックの腕をつかんで立ち上がった。
「何だよ」
「分かった、分かった。んじゃ俺も一緒に寝てやるよ」
「えっ??」
ビクトールはフリックの手を引っ張りベッドへ押し込むと、自分もその隣に横になった。
薄い毛布でフリックを包み、その頭の下に右腕を差し入れてやる。
「一緒に寝るから、勝負はチャラだ。どっちも勝ってないし、どっちも負けてない。それでいいだろう?さ、寝た寝た」
ぽんぽんと、まるで子供をあやすようにビクトールがフリックの身体を軽く叩く。
「………次は絶対に負けないからな…」
むっつりとつぶやいたフリックだったが、ビクトールの体温の心地よさに進んで意識を手離した。
すぐに穏やかな寝息がビクトールの胸元で聞こえてくる。
ビクトールはフリックの柔らかな髪を指で梳くと、その前髪に唇を落とした。
「黙って眠ってりゃ可愛げがあるのになぁ…」
意地っ張りで負けず嫌い。
そのくせこうして無防備に人に寝顔を曝したりするのだ。
ビクトールは自由になる左腕で、そっとフリックの身体を引き寄せ目を閉じた。

(眠るのがもったいねぇな)

一晩中こうしてフリックの寝顔を見てるのも、たまにはいい。
静かな夜、腕の中の温もり。
ビクトールの眠りはまだ遠い。
 


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