その夜



「あ、夕食の注文はもう済ませてあるから」
レストランの入口であれこれとメニューを眺めているビクトールにフリックが言った。
「へ?」
「だから、もう済ませたんだって。さ、行こうぜ」
すたすたとフリックはビクトールを促して、いつもの席へとついた。今日は何か特別なメニューでもあったかな?とビクトールは首を捻りながらもフリックの向かい側に腰を降ろす。
「あー2週間ぶりのハイ・ヨーの飯か、楽しみだな」
ここのところずっと遠征に出ていたビクトールは、ついさっき帰ってきたばかりだった。
フリックと顔を合わせるのも2週間ぶりである。
何だか妙に照れくさくて、二人ともテーブルに着いても無言のままぼんやりとしていた。
話したいことは山ほどあるのに。
「えっと、フリック……」
ビクトールが口火を切ったのと同時に、フリックが頼んでおいたという料理が運ばれてきた。
それはどれもビクトールの好きなものばかりだったが、これといってわざわざ先に注文をしておかなければならないほど、珍しいメニューでもなかった。
「……なぁ、俺がいない間、何してた?」
むしゃむしゃと目の前の料理を平らげながら、ビクトールがフリックに尋ねる。
「別に……普通にしてたが?」
「本当か?」
どうもさっきからフリックの様子がおかしい。
心ここにあらずといった感じで、そわそわした感がしないでもない。もちろん、傍目から見ればいつもと同じに見えるだろうが、長年一緒にいるビクトールの目を誤魔化すことはできない。
まぁ、このあと部屋で白状させてみるか、とビクトールはそれ以上突っ込むことはやめた。
「はい、デザートです〜」
食事が終わった頃、レストランの手伝いの女の子がトレイにカップを載せてやってきた。
「デザート?」
ビクトールがそんなもん頼んだか?とフリックを見る。
フリックは無言のまま、ふいっと視線を外した。
テーブルの上に置かれたカップの中には琥珀色の液体。
「何だこりゃ」
「ホットチョコレートです。フリックさんからの注文で」
「………」
甘い香りのホットチョコレート。
それは滅多に注文することのない飲み物だったので、ビクトールがわけが分からないとばかりにフリックを眺めた。
「だから…っ、長い遠征で疲れてるだろうと思って…先に頼んでおいたんだ。疲れた時には甘いものが効くっていうから」
何故か赤い顔をして早口に言うフリック。
「ああ、そりゃ…ま、あんがとよ」
さして好物でもないホットチョコレートだったが、ビクトールはフリックの気持ちだ、と思って口にした。
その様子を見ていたフリックがおずおずと尋ねる。
「えっと……美味いか?」
「ん?ああ、美味い」
「そか……よかった」
ほっとしたように、フリックが微笑む。
おかしなヤツだな、とビクトールもつられて笑った。



その夜、2週間ぶりに肌をあわせることに夢中になっていたため、長い遠征ですっかり日にちの感覚を無くしていたビクトールが、その日がバレンタインディだったことに気づいたのは、日付が変わった深夜のことだった。


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