兄妹の距離

番外編

ともみたんしーしーパニック


今日は日曜日。
休日だ。
普段は朝8時までに起きて、8時20分までに家を出なければ、
学校に遅刻してしまうが、今日は休日。遅刻はしないのである。
遅刻しないどころか、退屈な授業も受けなくていい。
9時45分から10時35分までは国語の授業、
10時45分から11時35分までは体育の授業、
といったように、厳格にスケジュール化されている、
文部科学省が決めたカリキュラムに従わなくても良い日。
つまり、お昼頃にのそのそ起きてきて、
伯母さんが作ったブランチを寝ボケ眼でもそもそ食べて、
のんびり推理小説でも読みながら、
トイレで用を足してもOKなのである。
っていうか今現在、本当にそうしている。

高校生が日曜の昼過ぎにトイレで推理小説を読む。

なんかスゲー、「青春の無駄遣い」っていう感じの一文だ。
しかしオレはその行為が悪いことだとか、無為だとは思わない。
普段できないことを実践しているワケだから、
むしろ挑戦的というか、独創的っていうか…。
まぁ、端的に言うと、推理小説の犯人が気になってしょうがないのである。
ちょっと読み進めようかと思って、トイレに持ち込んだこの推理小説だが、
読み出したら止まらないほど面白い小説だった。
まばたきするのも勿体無いぐらい、読み続けたい小説。
そんな言葉が相応しい小説だと思う。
オレはそんな推理小説を、夢中でむさぼり読んでいた。
トイレで。

コンコン。

突然ノック音がする。
トイレを使用したいという合図。
誰だろう?
伯父さんは日曜出勤で家にいないし、
伯母さんはさっき買い物に出かけたし…。
っていうことは妹のともみかな?

がちゃっ! がちゃっ!

続けて鍵がかかっているドアノブを無理にひねって、鈍い金属音が響く。

「わっ、はうぅぅ…。誰か入ってるのぉ?」

間違い無い。
この情けない声はウチの愚妹、ともみの声だ。
なんだ、ともみかぁ…。
伯母さんだったらすぐに出ようと思っていたが、所詮ともみだしなぁ…。
ともみと、この面白い推理小説を天秤にかけたらどっちが上か?
と聞かれたら、もちろん小説と即答するだろう。
よってオレはともみの呼びかけを無視して、推理小説を読み続けることにした。

コンコンッ、コンコンッ!

「ねぇ、誰なのぉ? 早く出てよぉ!」

黙殺。
あぁ、この小説面白いなぁ。
主人公の田中はこの後、どうなってしまうんだろう?

コンッコンッ! コンッコンッ!

「はうぅぅ…。伯母さん? それともお兄ちゃん?」

再び黙殺。
えぇ?
田中の同僚の鈴木が死んじゃうの?
こんなところで第二の殺人?
おいおい、いいのかよ?
いったいどんなラストが待ってるんだろう?

コンッコンッコンッ! コンッコンッコンッ!

「うぅーっ! こんなイジワルをするのは、
きっとお兄ちゃんに決まってるよっ! 早く出てよぉ!」

あー、もうっ!
折角、被害者の山川の娘、頼子と田中が良い雰囲気になってきたのにっ!

「五月蝿いぞ、ともみ! お兄ちゃんは今、排泄の最中なんだ。
良い子だから邪魔をしないでくれ」

「うぅーっ! そんなのウソだよっ!
だってお兄ちゃん、一時間以上トイレに入ってるもん!」

「残念、まだ49分でした」

「うううぅーっ! そんなのどっちだって一緒だよっ!」

「まぁ、まぁ、そう怒るなよ。
ところでどっちがしたいんだ? 大か? 小か?」

「そ、そんなの…お兄ちゃんには…言えないよぉ…」

「残念、大と言っていたらすぐ出たのに。
流石のオレも大の邪魔だけは出来ないからな」

「うぅ…」

ともみが悔しそうに小さくうめいた。
トイレのドア越しでも、その悔しそうな様子が想像できる。

「まぁ、そう落胆するな。トイレなんか無くたって、人間生きていけるんだぞ」

「私は生きていけないよぉ!」

「ともみ、いつまでもそんな情けないことを言っていてはダメだ!
もっとたくましくなれ。というワケで十分延長決定!」

「えぇ!? そんなのないよぉ!
だいたい、オシッコを我慢したぐらいで、
たくましくなんてなれないよぉ!」

「そうか、やっぱりオシッコの方だったのか…」

「うぅ…」

ともみはまた小さくうめいた。
オレに「オシッコがしたい」ということを知られたのが、
そんなに恥ずかしいのだろうか?
別にそんなに恥ずかしがることじゃないと思うが。

「オシッコを我慢してもたくましくなれない?
馬鹿者ぉ! オシッコを笑う者はオシッコに泣く!
オシッコを我慢するということは、
膀胱活躍筋と肛門活躍筋を鍛えるということなんだぞ?
(あまり自信はないがそう言っておく)
つまり、オシッコを我慢すれば、
膀胱活躍筋と肛門活躍筋がムキムキに…」

「そんな筋肉、鍛えたくないよぉ!」

「じゃあ、天下一オシッコ我慢選手権で優勝して、
『鉄の膀胱を持つ女』という異名をつけられたり…」

「そんな異名、つけられたくないよぉ!」

「バカだなぁ、高速道路で渋滞になった時とか、
恥ずかしい思いをしないで済むんだぞ?」

「それは確かにそうだけど…」

「そうだろ? その為にも今、苦しい思いをして、
膀胱活躍筋と肛門活躍筋を鍛えておけば、首都高だって楽勝だぞ?」

「そんな苦しい思いをしなくても、こまめにトイレへ行けばいいんじゃ…」

「シャラップ! 黙りやがれコンチクショウ!
そのヘッポコな堕落した精神はなんだ!?
何故、自己の能力をもっと高めようと努力しない?
そんなことをずっと言っていたら、この競争社会で勝ち残れないぞ!」

「うぅ…、だからって膀胱を鍛えなくても…」

「大事な勝負がある時に、膀胱を鍛えてなかった所為で、
おもらしをしてしまったら、その勝負に負ける可能性が高いだろ?
勝ち組の人間は膀胱も鍛えているんだよ!」

「ホントかなぁ…」

「本当だよ。(もちろんウソだ)中田だって、イチローだって、
みんな膀胱を鍛えてるんだよ。
その証拠に彼等は試合でおもらしをしたことないだろ?」

「う、うん…。テレビではおもらししたところを観たことないよ…」

「ほらっ、彼等はいつも膀胱を鍛えているから、
テレビの前で失態をさらさなくて済むんだ。
でもお前は膀胱を鍛えてないから、
きっとジャージャー滝の様に失禁してしまうんだ」

「しないもん! 私、失禁なんて絶対にしないもん!」

「口ではなんとでも言えるからな。暫く様子を見させてもらうよ」

「はううぅ…。お兄ちゃん…酷いよぉ…」

だんだんともみの声が弱ってきている。
限界が近づいているということか?
脚をもじもじさせて、落ち着かない様子が想像できる。
なんか、ちょっと可哀想になってきたかな?

「よし、ともみ。チャンスをやろう」

「なに? なにをすればいいの? お兄ちゃん!」

この辛い状況から抜け出せるのならば、なんでもするよ!
とでも言いたいのだろうか?
ともみはこの話に飛びついてきた。

「今オレはとても面白い推理小説を読んでいて、
今さっき、犯人がわかったんだ」

「それで?」

「今から5人の名前を言うから、
その中からこの推理小説の犯人の名前を当てるんだ」

「わ、わかったよぉ…」

「じゃあ、言うぞ。1人目、市原悦子。2人目、蒲生稔。
3人目、カイザー・ソゼ。4人目、まのやすひこ(通称ヤス)。
5人目、山川頼子。さあ、誰だ?」

「う、う〜ん、名前だけじゃ難しいよぉ…」

「しょうがない、ヒントをやろう。犯人は日本人だ」

「じゃ、じゃあ、3人目のカイザー・ソゼは消えるね!」

「いや、解らんぞ。もしカイザー・ソゼがペンネームとか
ハンドルネームだったら、日本人の可能性は充分にある」

「うぅ…、それじゃあヒントになってないよ…」

「さぁ、時間がないぞ!」

「えっ! 時間制限があるの?」

「ああ、お前の膀胱がタイマーになっている」

「はうぅぅ…、お腹も痛くなってきたよぉ…」

「さあ、早く言うんだ! お前が廊下を濡らす前に!」

「よ、4人目の、ヤス…かな?」

「ファイナルアンサー?」

「ふぁ、ふぁいなるあんさーだよぉ!」

ともみは、
「急いでるんだから、余計な演出を入れないでよぉ!」
と言わんばかりの面持ちだ。

「残念! ヤスは某ファミコンのアドベンチャーゲームの犯人で、
正解は5人目の山川頼子でした!」

「はうぅぅぅ…、残念…」

「では2問目です」

「えぇ! 2問目もやるの?」

「あたりまえだろ? お前は問題に正解できなかったんだから。
もう1回チャンスをやるんだからありがたいと思え」

「うぅぅ…、お兄ちゃん…本当にもう、我慢…できないよぉ…」

なにやら本当に苦しそうな声でオレに懇願するともみ。
ともみをからかうのは本当に面白い。
ひょっとしたらこの推理小説よりも面白かったかもしれない。
でもそろそろ許してやらないと洒落にならなくなるからな。
オレはジャーッと水を流してから、トイレを出た。

「ウソだよ。ほら、好きなだけ放尿して来いよ」

オレがそう言ってトイレを出たのと同時に、事件が起きた。
ともみの脚をつたって、黄色い水がボタボタと落下したのだ。
立つのもやっとだったともみは、
今までの努力が無為になってしまったことを知り、
ペタンと廊下に座りこんでしまう。

ともみたん

「あ、あぁ…、やあぁ…、見ないで…お兄ちゃん…」

「あ、ああ、わ、悪い!」

オレは動揺して、それしか言うことが出来なかった。
本当はもっと謝りたかったのだ。
そしてオレ自身が許せなかった。
オレが面白がってともみに無理させてしまったのがいけないのだ。
きっとともみはオレを一生恨むだろう。
こんな恥辱を受けたのだ。
恨まれても仕方が無い。

「そ、そうだ! オレは雑巾とタオルを取ってくるから、ちょっと待ってろよ!」

そう言ってオレは洗面所へ急ぎ、雑巾とタオルを探した。
いつもは伯母さんが全て洗濯しているので、
どこに何が仕舞ってあるのかよく解らなかったが、
適当な物を2、3枚持ってともみの元へ駆けつけた。

「さぁ、このタオルで脚を拭け。オレは雑巾で廊下を拭くから」

「うぅ…、パンツがビショビショで気持ち悪い…」

濡れてしまったスカートが脚に触れると気持ち悪いらしく、
ともみはスカートをたくし上げるので、オレは目のやり場に困った。
時々見える白い逆三角形はビッショリ濡れているので、
皮膚やピンク色の局部がうっすら見え、
オレの愚息は精一杯背伸びしようとしている。
こんな時でも男の煩悩は正直者である。

「ねぇ、お兄ちゃん…」

「な、なんだ?」

「あのね…私の部屋へ行って、着替えの下着を取ってきてほしいの…。
ほら、私が動くと他の所も濡らしちゃうから…」

「そ、そうだな。解った、行って来る」

オレは階段を駆け上って、急いでともみのパンツを探した。
何も知らない第三者が見たら、下着ドロの変態にしか見えないかもしれない。
しかし、急いで着替えのパンツをともみの元に持っていかないと、
ともみがかわいそうなのだ。
あの濡れたパンツをずっと履いていたら、
むず痒くなるだろうし、冷えて風邪をひいてしまうかもしれない。
それにいつまでもトイレの前から動けないではないか。
パンツを探しに行くのは、ともみに対するささやかな謝罪でもある。
贖罪というべきか。
今、オレの背中には見えない十字架を背負っている。

「むむっ、このタンスからともみのパンツの匂いがする!」

もちろんウソだ。
オレはともみのパンツの匂いなんて嗅いだことはない。
どうか誤解しないでほしい。
ただちょっと言ってみたかっただけだ。

オレはタンスの引出しを下から順々に開けてゆく。
だんだん楽しくなってきた。
あった!
ホントにあった!
オレの鼻も満更ではない。
下から2段目の引き出しに、
なんかおにぎりの様に球状になったパンツがいくつも並んでいる。

「うーむ、どれを持っていけば良いんだ?
むっ! なんだこの黒い下着は!
って、あっ、なんだ…スクール水着か…それなら良しっ!
これに決定!」

思わずスクール水着を持っていきそうになったが、
変態呼ばわりされたらかなわないので、
普通の白いパンツとスカートを持って、ともみの元へ急いだ。

「ほらっ、これで良いんだろ?」

「うんっ、ありがとう。お兄ちゃん」

礼を言われる筋合いはない。
これくらい、あたりまえのことなのだ。
オレは時々思う。
ともみは優しすぎると。
優しいこと自体は悪くはない。
むしろ良いことなのだ。
しかし、その優しさ故に、周囲の人間が甘えてしまうのだ。
「ともみは優しいから、これくらいの無理なら聞いてくれるだろう」と、
そう思わせてしまう。
きっとオレ以外の人間にもこう思われているに違いない。
そしてともみはアホだから、素直にその無理を聞いて、
結果的には自分が傷つくまで奉仕してしまう。
今回のことだって、オレのアホなクイズに付き合ってないで、
真剣に怒るべきだったんだ。
「私をからかうのは止めて」って、真剣にオレを拒絶すべきだったんだ。
オレなんか相手にしないで、
近所の公園のトイレにでも駆け込めばよかったんだ。
アホだ。
本当にともみはアホだ。
もっと自分自身のキャパシティーを知って欲しい。
もっと自分自身を大切にして欲しい…。

「んっと、あのね、お兄ちゃん…」

「ん? どうした?」

「えっと、私ここで着替えるから、
ちょっと後ろを向いてて欲しいなー、と思って…」

「あ、わ、悪い! 気が利かなかった!」

オレが後ろを向くと、後方から、シュルッ、シュルッと、
濡れた下着が肌に触れ、摩擦する音がした。
今、ともみの下半身は一糸纏わぬ姿に…。
と、イケナイ想像してしまう自分が許せなかったが、
やっぱり想像してしまう。
情けない。

「ん、もうこっち向いても大丈夫だよ。お兄ちゃん…」

「そうか…、その、すまなかったな…。
まさかこんなことになるとは想像していなかった…」

「ううん、もう気にしてないよ」

ともみはニッコリ笑ってそう言った。
オレはドキッとした。
そのともみの笑顔が、オレの心をチクリと刺激したのだ。
やはり、コイツは優しすぎる。
そのことを指摘しなければ、コイツは…。

「なんで…」

オレがポツリという。

「え?」

「なんで、お前はいつもそうなんだよ…」

「え? どうしたの? お兄ちゃん…」

ともみがきょとんとした顔で、オレのことを見ている。
突然声色を変えたオレにビックリしたのだろう。

「なんでお前はいつも怒らないんだよ!
ムカついたら怒ればいいんだよ!
たとえその相手が兄だとしても!
悪いことをした人間には怒った方がいいんだよ!
そうしないと悪いことをした人間は許されないんだ!
いつまでも許された気がしないんだよ!」

オレは心に思っていたことを、そのままともみに伝えた。
結局オレはいつも自分のことばかりだ。
今、オレは自分が許されたいから、ともみを怒鳴っている。
ビックリするほど傲慢な人間だと思う。
オレってヤツは。

「えっと、ゴメンね。お兄ちゃん…」

「なんでお前が謝るんだよ! 悪いのはオレの方じゃないか!
お前はオレを怒らなきゃいけないんだ!
さぁ、オレのことを怒れ! 怒ってくれ!」

興奮してしまっている所為か、上手くともみに伝えることが出来ない。
優しすぎるヤツは損をするっていうことを。

「そんな、いきなり怒ってくれと言われても…」

「それでもお前はオレを怒らなきゃいけないんだ。さぁ! さぁ!」

オレは不器用にそう言って、ともみに迫った。

「はうぅ…、えっと…、その…あのね、お兄ちゃん。
ホントはね、スゴク怒ってるんだよ。わたし。
すっごく、すっごく、恥ずかしかったんだから…。
いくらお兄ちゃんでも…、ううん、お兄ちゃんだからこそ、
あんな姿、見られたくなかったんだよ」

ともみはまるで、学校で書いた作文を皆の前で発表するように、
恥ずかしがりながら、目に薄っすら涙を浮べながら、たどたどしく喋り始めた。
オレは黙ってともみの言葉を聞く。


「でも、でもね。わたし、お兄ちゃんを怒りたくないんだよ…」

「何故?」

「それはその…、なぜって言われても…」

「何か理由があるから怒れないんだろ?」

「う、うん…、たぶん…」

「たぶんってなんだよ? ハッキリしろよ!」

「はうっ、ゴメンなさい…」

「だーかーらーっ!」

反射的に謝ってばかりいるともみにイライラしたオレは、
つい右手を上げてしまった。

「はうぅぅ!」

ともみは目に涙を溜めて、両手で頭を守るように覆った。
オレが振り上げた右手がそのまま自分の頭に
落ちて来ることを予想しての行動であろう。
パブロフの犬の条件反射のようだ。
オレはこの程度のことで妹を殴る男なのだろうか?
怒鳴りつけてしまう男なのだろうか?

違う!

怒鳴りたくなんかないんだ!
ホントは右手を振り上げたくなかったんだ!
だけど、ともみのヤツがハッキリしないから!
ハッキリしないから…。
………。
……。
…。
ともみが悪いって言うのか?
それは違うだろ?
悪いのはオレだ!
なのになんでオレはともみを怒ってるんだ?
あー、もうっ!
ワケわかんなくなってきたぞ!?

「お兄ちゃんを…」

「え?」

ともみがポツリと言うので、
思わずオレは聞き返してしまった。

「お兄ちゃんを怒らすと…、怖いから…」

拒絶。
ともみは今、オレを恐れ、オレを拒絶している。
そんな感じがした。
あっ!
そういえば思い出した。
昔、オレ達が幼かった頃、
オレはともみが悪さをした時には必ず、
ともみの頭を殴っていた。(女の子なので顔は殴らないでやった)
オレが大事にしていたプラモデルを壊された時は、特に酷かった。
今、ともみがアホなのも、あの時頭を殴り過ぎたからなのかもしれない。
あの時はオレも怒り心頭で、
ともみが女の子だということを忘れ、無茶しすぎたと思う。
そう、確かあの時のともみも、恐怖に震え、
最後には尿失禁してしまった。

あの時は本当に幼くて、バカだったと思う。
一時的な感情で暴力をふるってしまう大馬鹿野郎だ。
ともみを殴ってもプラモデルは元に戻らない。
そんなことは解っていたハズなのに…。

あの時のこと、まだ覚えていたのか…。
ともみは…。

「だから…、お兄ちゃんのこと…、怒りたく…ない…」

ガタガタ振るえ、スンスン鼻をすするともみ。
その姿はあまりにも痛々しかった。
そしてその原因はオレなのだ。

過去のオレが犯した過ちが、今もともみを苦しめている。

そのことを思うと、ズキッとオレの胸が痛む。
その痛みから逃れたくて、オレはともみをオレの胸に抱き寄せた。

「お、お兄ちゃん?」

ともみは驚いて、上目遣いでオレの顔を見る。
ともみの頬はほんのりピンク色だ。


「ゴメンな…、ともみ…」

オレは出来るだけ優しい口調でささやく。

「オレ、もう怒ってないから…、もう殴ったり…しないから…」

「お兄ちゃん…」

「だからオレのこと、怖がらないでくれ…」

そしてオレのことを嫌わないでくれと言いたかったが、
言葉にならなかった。

「う、うん…、お兄ちゃん…本当は優しいってこと、わたし、知ってるよ…」

「ともみ…」

「でもね…、でも、ダメなんだよ…。
わたし、臆病だから…身体が振るえちゃう…」

ともみの振るえる身体を、オレは力一杯抱きしめた。
ともみの振るえが止まるぐらい力強く。

「どうだ? 少しは振るえが止まったか?」

「う、うん…。けど…まだ少し、振るえてる…かな?」

「じゃあ、もう少し。もう少しだけ、こうしていようか?」

「うん…」


ともみはコクリと頷いて微笑む。
その笑顔に少しだけオレの胸の痛みが癒された。

ともみは優しい。
優しいからいつもオレは許されている。
けど、その優しさに甘えてばかりいてはいけない。
オレもともみも、もっと強くならないといけない、
そんな気がした。


END

---- あとがき ---------------------------------------------

どもどもATFです。このお話は今年の夏コミで発行したコピー本の小説を書き直した物です。随分変わってしまいましたが、コピー本を読んでない人には関係無い話なので「まぁいいかなぁ」と。(汗)あと、毎回イラストを描いてくれるぽこへっず改めP.I.A.S〜ぴあす〜の弐紫さん、ホントにありがとう! 次回もよろしくね!
イラスト:弐肆
文章:ATF

(2002年8月26日)


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