兄妹の距離

番外編

作者・ねびにらる

オレは最低の気分だった。
熱が下がらない。
関節も痛い。
おまけに下痢ときた。

思うに、風邪の症状の中で下痢くらいたちの悪いモノはない。
熱でぼぉっとするのは仕方ない。
関節が痛いのだって我慢できる。
でも下痢だけはだめだ。
あれは漢と書いて男と読む、その誇りを根こそぎ奪いとってしまう。

2日にわたって続く下痢。
衰弱しきってベッドに横たわる今のオレには、
なにもかもがどうでも良かった。
この下痢を止めてくれる奴がいたら、
オレはそいつのためにどんなことだってするだろう。

「お兄ちゃん! 大丈夫?」

のろのろと声がする方に顔を向けると、ともみが心配そうに覗いていた。

「…あまり大丈夫じゃない」

ともみにだけはやせ我慢してみせていたが、もう限界だった。
オレは正直に返事をした。

「お腹、痛いんだよね?」

「ああ…」

「お兄ちゃん、かわいそう…わたしが、さすってあげるよ…」

ちょっと目をうるませたともみが近づいて来た。
そんな顔されたら、断われないだろ…。
オレの下腹部にそっと手を当てると、優しくなで始める。

ともみの手って、あったかいんだな…。

「どうかな、お兄ちゃん…少しは楽かな…?」

ともみの真剣な表情を見るとうかつな返答はできない…。
幸い、ともみがさすってくれた箇所は痛みが退き、
かわりにぽかぽかと暖かくなってきた。

「ああ、楽になってる気がするよ、ありがとな、ともみ…」

弱ってるからだろうか、自分でも驚くほど素直に礼が言えるから不思議だ。

「う、うん! じゃ、もっと続けるよっ!」

ぱっと笑顔になる。
ああ、やっぱりともみは可愛い…。
しばらくするとシクシクとオレを苛む腹痛が薄れ、ふんわりと包みこむような、
眠気が訪れた。
こんな感じは久しぶりだ。
オレは目を閉じてそのまどろみに身をゆだねた。

「お兄ちゃん…、お兄ちゃん!」

うとうとっとしていたオレを、ともみのささやき声が呼び戻す。

「お兄ちゃん、ご飯の時間だよ…何か食べないとお薬飲めないよ…」

目を開けると、ともみがオレのための食事を載せたトレイを運んでくれていた。
豆腐の味噌汁に卵焼きにほかほかのご飯。
…これなら食べられそうだ。
ともみはオレに寄りそうと、箸を取り上げた。

「わたしが、食べさせてあげるね…ハイ、あーん…」

「バ、バカっ、恥ずかしいからいいよ!」

「だって、お兄ちゃん病人なんだよ?
こんな時は家族に甘えるものなんじゃないのかな…」

「だ、だからってお前…!」

「あっ! どうしよう、お腹痛いんだもん、
おかゆのほうがよかったよね…」

ともみはそう言って、急に黙りこむ。
と、ご飯をひとくち、小さな口に放りこんだ。

「お、お前、なにやってんだ…?」

空いている左手でもぐもぐしてる口元を隠しながら、ともみが答える。

「わたし、おかゆの作り方知らないから…。
ちょっとでも、柔らかくしようと思って…」

オレは絶句した。
そりゃ、お母さんが赤ん坊に食べさせる時に
よく噛んでから食べさせたりするけど…。
それって、完全に間接キスだってこと、わかってるのか?

「あ…スプーン用意すればよかったね…。
どうしよう…どうやって食べさせてあげたらいいのかな…」

本当に考えなしだな、このバカは…。
オレは心の中で安堵のためいきをついた。

「お兄ちゃん! んー…っ」

突然、ともみが可愛らしく唇を突き出してきた!

「う、うわっ! バカっ! なにする気だよっ!」

「だって、スプーンないから、口移しじゃないと
食べさせてあげられないかな? と思って…」

「く、口移しってお前…! オレ達兄妹だぞ?」

「べ、別におかしくないもん! 家族なんだから平気だもん!」

「しかしな、ともみ…」

「わっ、わたしは、気にしないよ…!
それとも、お兄ちゃんわたしとじゃイヤなの…?」

「イ、イヤじゃないけど…まずいだろそれは…」

「なにもまずくないよ…兄妹だもん…。
わたし、ドジだからスプーン忘れちゃったけど…。
でも、お兄ちゃんにちゃんと食べさせてあげたいんだもん!」

ちょっと怒ったような顔で、ともみがもう一度唇を近づけてくる。
だめだ、こんなコトしちゃいけない。
口移しなんてしたら、オレは、それだけで済ます自信がない。
頼むから少し待ってくれ、ともみ…!



「お兄ちゃん…お兄ちゃん!」



ともみ!
…あれ?




「お兄ちゃん、起きて…ご飯だよ! 食べてお薬飲まなきゃ」




あれ、オレ、寝てたのか…。
今のは、夢…?

「伯母さんがおかゆ作ってくれたよ…ほら、ふーふーしてあげる…」

ともみがスプーンにすくったおかゆをいっしょうけんめい冷ましている。
良かった…夢で本当に良かった…!

「ふーっ。ふーっ。…ハイ、お兄ちゃん、あーんして?」

命拾いした気分の今のオレにとっては、それくらいなんでもなく思えた。

「…あ、あーん」

いや、やっぱり恥ずかしいな。
なんか恥ずかしくて、でも嬉しくて、安心する…。
体が弱ってるからだろうか。
ともみへの気持ちに、いつもの自己嫌悪を感じない。
オレは、ともみを見た。
なんだかとても嬉しそうに見える。

…今日くらいはいいだろう。
少しだけ甘えてしまおう…。


---- あとがき ---------------------------------------------
このSSはENDLESS CHASINGのねびにらるさんから頂きました。多謝。
っていうか完璧にいつもの「兄妹の距離」のノリで書けてますね! スゴイや!
これならいつボクが病に倒れても大丈夫ですよ。(笑)
ただ、2回連続で夢オチの話を載せるのはマズかったかな?(汗)
(2002年7月26日)


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