文明開化後、間もない頃。
 男はとある華族の長男として生まれ、何不自由ない幼少時代を過ごした。その後、彼は西欧に留学。やがて日本に帰れば、その財産を引き継いで、これまでと変わらぬ何不自由ない生活を続けていくのだろう。そんな、裕福ではあるが幸福ともいえぬ人生の青写真を、彼はぼんやりと描いていた。
 だが、それはこの西欧留学で一変する。
 初めて招かれたダンスパーティ。そこで目にした西洋の貴婦人達の煌びやかなドレス姿を目にした時、彼は心を鷲掴みにされた。そして、笑顔と共に彼をダンスに誘うべく差し出された女性達の、絹の手袋を填めた手に自らの手を重ねた時、彼はこれまで感じた事のない高揚を感じ胸躍った。何が彼をそれほどのめりこませたのかはわからない。が、西洋の社交界は彼に大変な感銘を与える。
 やがて訪れる帰国の日。彼は、一つの決意を胸に再び日本の地を踏む。
 この日本にも、あの素晴らしき文化を根付かせて見せる。それには、付け焼刃ではダメだ。幼少の頃から西洋の文化に慣れ親しんだ、立派な淑女を育て上げなければ。
 彼は私財を投入し、ある学園を創設する。傍目から見れば、その行為は学業に尽力する賢人と見えたかもしれない。いや、本人もあえてそう見えるように振舞っていた。が、彼の奥底には、あの日の決意がなお息づいていた。
 西洋から多数の講師陣を招き、純粋な淑女を育成する為に都心から外れたのどかな地に全寮制の学園を建設する。
 戦時中は、国策に背くとして批判を受けたこともあったが、それでも彼は死力を尽くして学園とその理念を守り抜く。やがて終戦を迎え、それでも自分の描いた理想から外れなかった学園の姿を満足気に見ながら、彼は眠りにつく。
 その後学園を継いだのは彼の血縁ではなく、彼が同志として学園を託すことができると認めた彼の同好の士であった。その男もまた、彼の理念から外れることなく、その体制を維持していく。
 そうして21世紀を迎えた今でも一風変わった校風が息づいているこの学園は、現在も一部から熱烈な支持を受け、以前と変わらぬまま存続している。

 その学園の名を、白絹学園と言った。


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