理性と狂気の狭間で
雨は止むことなく降り続く。
濡れて額に張り付く前髪を鬱陶しげにかき上げ、ポップはその場に留まり続けるダイを見遣った。腕を前に差し出したまま微動だにせず、頭上を見上げるその顔には何の表情も浮かんでおらず……焦点すらあってないように見えた。ポップの胸の内に言いようのない不安が漠然と広がる。
戦いの中で成長し、物凄い速さで強くなってゆくダイに、ポップは純粋に憧れていた。遠い昔、幼い頃に母親が読んで聞かせてくれた物語。その話に出てくる主人公が、その
まま『ダイ』という形で目の前に現れたかのようで……自分よりも年下で、庇護欲をかき
たてられる存在でありながら、戦場に立つ彼の姿に、羨望と絶対の信頼を向けていた。故
郷を離れ、全く違う環境の中で戸惑いを覚えつつも、いつだって明るさを失わなかったは
ずの彼が今、見たこともない表情を晒している。
ポップはダイの姿を無言で見つめた。何か悩み事があるのなら話して欲しい……だが、ダイのあの性格であれば、周りに心配をかけまいと明るく振舞って隠してしまうだろう。皆との合流を少し後にして尋ねてみようか……そんな事を考えていたポップであったが、本格的に降り始めた雨の冷たさに身を震わせた。止む気配はない。このままでは二人とも風邪を引いてしまう――意を決して、ポップはダイの腕を掴んだ。
ダイがゆっくりとこちらに顔を向ける。ただ周りの景色を映していただけの瞳に、本来の輝きが戻る。彼は呆けたような顔でポップを見上げた。
「………ポップ?」
「お前なぁ……冷たくなってんぞ。早く移動しようぜ」
ダイの様子に、僅かに安堵したポップはダイの腕をしっかりと握り締めると、先ほど自分がやってきた方向へと足を向けた。が、足が進まない。振り返れば、ダイがその場で硬直したように立ち止まっていた。ポップは舌打ちして、ダイの腕を引っ張ったのだが、その身体はびくともしない。いい加減キレたポップは、もう一度彼の傍へと歩み寄り、その頭を軽くはたいた。
「なにやってんだ! お前はどうでも、おれは風邪ひくなんてまっぴら御免だぞ!!」
肩を揺さぶるが、ダイは反応しない。ただ、真っ直ぐにある一点を見つめていた。怪訝に思ったポップが、彼の目線を追う。そこには、先ほど自分が放った呪文で絶命した魔物が、地に横たわっていた。ダイは静かにその屍を見下ろしている。
「ダイ?」
「――生きてたんだ」
ぽつりと、ダイが言葉を零す。ポップは眉を寄せた。
「何、言って――」
「おれが、殺したんだよ」
「おい、ダイ。殺らなきゃこっちが殺られてたんだ。この森の近くには村だってあるんだぜ? おれらが何とかしなきゃ犠牲がでてたんだぞ」
ポップの中の何かが警鐘を鳴らしていた。ダイは今日初めて魔物を倒したわけではない。数だけ言えば、一つの町に住む人間の数は余裕で超えているはずだ。一体何がここまでダイの心を不安定にしてしまったのだろう。ゆっくりと考えている時間はなかった。ここに留まり続ける事はマズイと判断を下したポップは、ダイの身体を強引に引き寄せる。一刻も早く、この場を離れなければ――その思考に捉われていたポップの警戒心が、希薄になってしまっていたのは、仕方のないことであった。
突然、身体が浮遊する感覚に襲われる。目に映る景色が一転し、考える間もなく背中に衝撃が起こった。一瞬息が詰まる。続いて鈍い痛みがやってきた。何が自分の身に起こったのか分からないまま、ポップは痛みに顔を歪める。背中から尾てい骨にかけて痛みが走ることから、自分はどうやら、背中から地面に叩きつけられたらしい事が判った。先ほどの浮遊感はすでにない。
「く、ぅ……いっ、て」
背中に響く痛みを堪えて見上げれば、ダイが静かな眼差しでこちらを見下ろしている姿があった。ポップは素早く辺りに視線を走らせる。だが、周りには誰の姿もなく、その他の気配は読み取れなかった。もし何かあれば、ダイが何らかの行動を起こしているはずだから、敵に襲われた……という事は、まずありえない。ならば――
「………ダイ、お前が……おれを」
「………」
「ダイ!!」
語気を強め、目の前の相手の名を呼んで起き上がろうとするポップの身体を、ダイの両腕が阻んだ。暴れる身体に馬乗りになって、こちらを無表情に見下ろしてくる。相手の重みでポップは完全に、地面に縫いとめられた。ぬかるんだ地面が布越しに触れる。その気持ち悪さにポップは顔を顰めた。
雨に濡れて身体に張り付く服が、重みを増し、抵抗力を削ぐ。仰向けの状態で拘束されたポップの顔を、無数の水滴が容赦なく打った。目も口も、まともに開くことさえできない。
不意に視界が翳った。ダイの顔が近づいてきて、避ける間も無く、ポップの唇に冷たいものが触れる。その正体に気付き、声を上げようと口をあければ、生温かいものが強引に口腔へと割って入ってきた。
「ふぅん! っん……」
口付けられ、ポップの全身が総毛立つ。腕を振り上げようにもダイに捕らえられ叶わず、腰を浮かそうにも、乗られていては動かすことすらできなかった。せめてもの抵抗で、自由になる足をばたつかせる。それでもダイの身体は動かなかった。
相手の舌がポップの口内の隅々を嬲ってゆく。奥へと逃げ、縮こまってしまったポップのそれは、簡単に絡め取られてしまった。驚愕に震える身体から抵抗を奪い取るかのように、ダイは執拗にポップを責めたてる。
初めての感覚に翻弄され、上手く息を継げないポップは、次第に意識が朦朧とし始めていた。地面を蹴っていた足が動きをやめ、撥ね退けようとしていた腕から力が抜けてゆく。急速に視界が狭まり、意識が途切れる、まさにその寸前、唇が解放された。
「つっ、ごほ……ごほっ!」
激しく咳き込んで、肺に空気を取り入れる。大きく開けた口に飛び込んでくる水を吐き
出し、ポップは顔を横に向けた。腹に乗っていた重みが消失する。だが、すっかり身体から力が抜けてしまっていたポップは、濡れた地面に身を預けたままでいた。指一本動かすことすら億劫であった。
何がどうなっているのか判らない。何故ダイが自分にキスをしたのか、理解出来なかった。こういうものは女性に、しかも好きな相手とするものではないのか。この場合、相手はレオナだろう。いくら傍にいないからと言って、自分を代用にするとは、物好きとしか思えなかった。はっきり言って、常軌を逸している。ポップには、ダイの考えている事が分からなかった。
しばらくして、自分の意思とは関係なく両足が持ち上がる。地面に横たわったまま、今度はなんだ……と、視線を動かせば、ダイがズボンを脱がそうとしているのが見えた。これにはさすがのポップも慌てる。
「なっ! だ、ダイ!? 何やって……」
ダイに向かって腕を伸ばそうとした時、腰から地面の感覚がなくなった。
「!!」
崩れる体勢を、慌てて両手で支える。手間取りつつも、ポップのズボンを下着ごと、膝まで脱がすことに成功したダイは、今度は膝が腹につく限界まで、ポップの身を折り曲げさせた。
相手の行動の意味に気付いたポップが、顔面を蒼白にさせる。雨に濡れ、冷えた身体が違う意味で震え始めた。恐怖のあまり目に涙を溜め、ゆるゆると首を振るポップに、何の感情も浮かんでいないダイの顔が近づく。続いて衣擦れの音が聞こえた。
「や、やめ……」
歯の根が合わず、上手く言葉を継げられないポップの唇から、懇願の声が漏れる。自分ですら直接触れたことのない箇所に熱く濡れたものが触れた。ポップが鋭く息を呑む。その直後、灼熱の痛みがポップの身体を貫いた。
「ぐああああっ!!」
目の前が真っ赤に染まる。感じた事のない痛みに、唇から苦痛にまみれた悲鳴が迸った。
体内に無理矢理、硬いものがねじ込まれる。
男同士で交わる時に使用されている事を、ポップは知識の上だけで知ってはいた。だが、普段排泄を行う為だけに使われているその箇所は、本来は異物を受け入れるよう出来てはいない。女のソレとは違って濡れることがないからだ。香油なりで潤して十分に解し、受け入れられるよう態勢を整えてやらなければならない。
無人島で暮らしていたダイが、その事を知っているはずがなかった。その証拠に何をすることもなく、自身を直接、ポップのそこに突きたてたのだ。
知識はあるものの、ポップ自身には性的な経験が全くない。当然慣れているはずもない場所は、相手の侵入を、硬く入口を閉ざすことによって防ごうとした。突き進もうとする度にギリギリと締め付けられるダイ自身、凄まじい痛みを感じているはずなのだが、それすらものともせず、最奥へと自身を埋めてゆく。理不尽な蹂躙を拒む肉が、その衝撃に耐え切れずに裂け、そこから血を溢れさせた。皮肉なことに、その血が潤滑油となり、時間はかかったものの、ダイは全てを収める事に成功する。
「うぐ……が、あああっ」
激しい痛みがポップの身を襲った。裂けた箇所が酷い痛みを訴える。燃え滾る楔が、その傷口を焼いた。それはまるで、焼き鏝を肌に直接押されたかのようで、ポップはさらなる苦痛を味わうことになる。無意識に痛みを和らげようと、呼吸を整えて、強張る身体から力を抜こうとした。
「うあ、あ……いて、ぇ……」
涙と汗と鼻水、そして今もなお降り続く雨によって、顔をぐしゃぐしゃにしたポップは、掠れた声でダイの名を呼んだ。
「だ、ダイぃ……たの……ぬ、抜いてく、れぇ……」
ポップの哀願にぴくりとも反応を返さないダイ。しばらくして、ダイが身を引き始めた。相手自身が動く度に内壁が擦られ、裂けた箇所から鋭い痛みが湧き上がり、鮮血が流れる。それでもようやく、この苦しみと痛みから解放される……と安堵したポップは、強張っていた身体から、自然と力が抜けてゆくのを感じた。しかし、それは一瞬の事で、ポップの願いは無残にも打ち砕かれた。じりじりと引き抜こうとしていたダイが、不意に動きをとめ、勢いよく突き上げてきたのだ。
「ひいっ! ぐあああああ!!」
新たな痛みに、ポップが首を仰け反らせて叫ぶ。大きく開いた目から、涙が止め処なく溢れ、全身が痙攣を起こしたかのように震えた。無理な抽送に、ポップが快楽を得られるはずもなく、当然自身も反応を示さない。拷問に等しいこの行為が早く終わる事を、ただひたすら祈るしかなかった。
傷口から滲む血のおかげか、ダイの動きがスムーズになる。それでもポップが痛みを感じなくなるわけではない。それどころか、ダイが感じれば感じるほど、体内のものが大きさを増し、ポップを苛んだ。流れる血の量が多くなり、雨と交じり合ってポップの腿を伝い、地面を赤黒く染めてゆく。突き上げられる度に、内臓を押し上げられるような感覚に陥り、吐き気を覚えた。
意識を失う事が出来たら、どんなに楽だっただろうか……逃げることも叶わず、抵抗すらままならない中で、ポップはただ、悲しかった。何の理由があって、ダイは自分に対してこのような仕打ちを行うのか。傷つけたいのか……知らぬうちに自分はこれほど嫌われていたのだろうか。それとも、ただの性欲の捌け口なのだろうか……ダイにとって、自分と言う存在はこの程度のものであったのか。
苦痛に流したものとは別種の、新たな熱い涙が頬を濡らす。身体以上に心が痛かった。
「だ、ダイっ……んで………なん、で――」
叫びすぎて、枯れてしまった声を、絞り出すように必死に紡いで、ポップは相手の名を呼ぶ。答えて欲しかった。せめて、名を呼んで欲しかった。
けれども、ダイから答えが返ってくることはなかった。ただ機械的な動作を繰り返す。無言のままで――
雨が降り続く。疾うに痛みの限界を超えた身体は、神経が麻痺してしまったのか、苦痛を感じなくなっていた。
自分の気持ちを踏みにじり、無慈悲な陵辱者と化した相手は、未だ飽くことなく行為を続けている。ポップは虚ろな眼差しを空へと向けた。風に煽られた木々の隙間から、時折顔を覗かせていた月は翳り、辺りを暗く染めていた。
音のない森にただ、獣の熱い息遣いだけが響く。自分はこのまま死んでしまうのだろうか……信じていた相手に裏切られ、屈辱的な仕打ちを受け、志半ばで――親友だと思っていたのは、自分だけであったのだろうか……だとすれば、それはあまりにも滑稽な話ではないか。
耐えられなくなったポップは、瞳を閉じた。眦から毀れた一雫が、頬を滑り落ちる。
思考の一切を放棄した体を獣が、思うままに貪る。
それでも雨は降り続いた。
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