伝染する想い
あてがわれた部屋でダイとポップは寛いでいた。これといってやる事もなく、各々したい事をしている。ダイはレオナから貰ったパプニカの短刀を、ポップは師匠と呼ばせてもらっているマトリフから、「読んどけ」と言われた魔道書を手に暇な時間を潰していた。
ダイは短刀を磨いている。この間、剣の練習をしている時にレオナが偶然通りかかり、剣の汚れを見て怒ったのだ。いわく、
「あたしがせっかくあげた物を粗末に扱うとは何事!?」
と、いうことらしい。当たり前の事である。もっとも、レオナ自身はダイに特別な感情を抱いているので、それに輪をかけて許せないようだが。
そんなわけで、ダイはその短刀に時折はぁ〜っと息を吹き掛けつつ、真新しい布でキュッキュッ、と磨いている。むろんレオナに怒られると言う理由からであって、レオナの本心に気付いているわけではない。
ポップはと言うと、初めのうちはダイの動きを興味深そうに眺めていたのだが、しばらくして飽きたのか、魔道書を開いて内容に目を通し始めた。それでも、ふと思い出したように顔を上げては、ダイの一連の行動を見ていたのだが、今は本格的に、書物を読む事に没頭してしまっている。ベッドの上に俯せに寝転がり、肘をついた腕に顎を乗せるというリラックスした体勢のまま、片手でページを繰っていた。
そんな中、短刀に視線を固定させたまま、不意にダイが口を開いた。
「ポップって、綺麗だよね」
ずるっ。
ついていた肘を滑らせ、ポップは突っ伏した。本で顔面強打のおまけつきである。
ダイは短刀からポップのいるベッドへと視線を移し、突っ伏したまま微かに震えている相手のその姿に首を傾げる。
「ポップ、もう寝るの?」
「寝るかぁ!」
叫び声と共に上体を起こしたポップは、ダイをきっ、と睨み付けた。強打したその鼻が、僅かながら赤くなっている。
ずきずきと痛む鼻をさすりながら、ポップはベッドから飛び降り、ダイに詰め寄った。
「なんだ、今の唐突な発言は!」
「え、トートツじゃないよ? 前から思ってた事だし……ホントの事じゃないか」
磨き終えた短刀を鞘に納めながら、ダイ。
その言葉にポップの思考が一瞬にして停止した。ダイは鞘を傍らに置き、硬直しているらしいポップをしばらくの間見つめていたが、不意に首を伸ばして、目の前の相手の唇にちょん、と口づけた。
「!!!!?」
呆然自失であったポップが反応に一瞬遅れ、自分を取り戻した頃には、ダイはすでに身を離しており、声を上げる暇すらなかった。そんなポップを余所に、ダイは手にした短刀を馴れた手つきでベルトに固定する。
「だ、ダダダダダイっ……!?」
真っ赤になりながら声を上擦らせるポップの様子にニコ、と人懐こい笑顔を見せたダイはポップの唇に人差し指を当てる。その行動の意図が読めず、されるがままの相手に、「隙あり」と、楽しげに告げて指を離す。
「な、何言って……!!」
ポップは訳が分からず何か言おうとして、続くダイの行動に我が目を疑った。
ダイが先程ポップの唇に触れた指を、自分の口元へと運ぶなり舌を出してペロっ、と舐めたのだ。
その光景を目の当たりにしたポップは、顔をこれ以上にないほど真っ赤にして、思わず絶句してしまう。そんなポップの様子を楽しそうに見つめていたダイは、ニカっと笑った。
「ご馳走さまっ。おれやることなくなったから、クロコダインと手合わせしてくるね? ポップも気が向いたら来いよ!」
そう言うなり、ダイは放たれた矢のように、元気よく部屋を飛び出して行ってしまった。慌しく足音が遠ざかっていき、やがて静寂が訪れる。
「は、はは……はははははは」
思わず笑いがこみ上げてくる。
「ははは……はぁー」
大きなため息を吐き出し、ポップは天井を見上げた。今の表情を隠すかのように顔を覆う掌に否応なく伝わる熱。誤魔化しすら利かない、純然たる事実。
「……勘弁してくれよ」
胸の高鳴りが、まだ治まらない。
|