【あたたかい】
今でも夢に見る。
炸裂する閃光。激しい爆発音。仲間達の制止の声。そして、彼の涙――
衝撃に地面が震え、爆風が真正面から吹きつける。無力だった自分は、彼の名前を叫ぶことしか出来なかった。頬を熱いものが幾度も伝い落ちる。
腕に絡んだバンダナが風に煽られてはためいた。自分の不甲斐無さを痛感する。
その時、初めて失ったものの大きさを知った。
真夜中、自分の声無き叫びで目覚めるのは何度目だろうか。全身から噴き出した汗が、服をぐっしょりと濡らした。肩で荒い呼吸を繰り返し、顎へと伝うものを無造作に拭う。漏らしそうになる声を堪え、身を横たえていたベッドから下りた。
足音を忍ばせて、隣のベッドへと近寄る。彼はそこにいた。
目を閉じて、安らかな表情で眠っているその姿。自分の目で確認をしても、胸のざわめきが、一向に治まる気配がなかった。鼓動が早さを増す。
震える腕を伸ばして、布団から出ている彼の手に触れた。掌を通して、じんわりと伝わってくる彼の体温。そこでようやく生きているのだと実感する。不安だった気持ちが、落ち着きを取り戻し始めた。
けれども、今度は罪悪感が胸を満たす。自分のせいで、一度は失われてしまった彼の命。あの時の奇跡は、もう二度と起こらないのだ。
強くなりたいと思う。人一倍臆病な彼は、誰よりも命を粗末にしすぎるから。大切な人の為ならば、犠牲になることを厭わない奴だから――
不意に、目頭が熱くなった。彼の寝顔がぼやけて見える。慌てて両目を擦った。
「……ダイ、どうした?」
小さく掠れた声。驚いて視線を向ければ、ベッドの主がこちらを静かに見返していた。
「なんだよ、こんな時間に……小便か?」
ゆっくりと上半身を起こし、尋ねてくる相手に、ダイは笑顔を作ってみせる。
「違うよ、ちょっと目が冴えちゃって……」
ダイは当たり障りの無い答えを返した。彼は驚く程勘が良い。こちらの様子を窺うかのように、しばらく見つめていたポップであったが、ふ〜ん……と相槌を返すだけで追求はされなかった。
どうやら、夜の闇がダイの想いを隠す手助けをしてくれたのかもしれない。それとも、見て見ぬふりをしてくれたのだろうか。
「起こしちゃってごめんね、ポップ」
「べっつにー。けどよ、ちゃんと寝ねぇと身体もたないぜ?」
いつもと同じ、軽い口調。その中に自分を気遣う気持ちが含まれている事に気付いたダイは、嬉しくもあり、同時に切なくもなった。
「うん、分かってる。でも、まだ眠れそうにないから、外の風に当ってくるよ」
「おい、ダイ」
ポップの睡眠の妨げにならないよう、もっともらしい言い訳でその場を離れようとしたダイであったのだが、そのポップに呼び止められ、そのタイミングを逃してしまう。
相手に気付かれないように、こっそりとため息をついてから口を開いた。
「何? ポップ」
「あぁ、一緒に寝るか? 久しぶりによ」
ポップはそう言って、自分の身体に掛かっている布の端を持ち上げた。そして、身体を少しずらし、空いたスペースのシーツを軽く叩く。
「ほら、来いよ」
「え……いいよ、なんか眠れそうにないし」
「アホか。ンなもん横になってたら自然に眠くなんだよ。いいから来い」
強い口調で言い切られ、仕方なくダイはポップの寝床に身体を滑り込ませた。ポップの体温でほんのりと暖かくなったベッドは、まるで彼に抱かれているような錯覚を覚え、気恥ずかしくなる。
「そうそう、このおれが来いっつってんだから、初めっから言うこと聞いてりゃいいんだよ」
楽しそうに笑ったポップは、しばらくしてダイの身体に両腕を回して抱き寄せた。これには流石のダイも、慌てふためく。
「ぽ、ぽぽぽポップ!?」
「うるせぇ、湯たんぽ。静かに目ぇ瞑ってろ」
湯たんぽ……その一言は、ダイを脱力させるのに十分な威力を発揮した。言い返したいことは色々とあったものの、これ以上眠りを妨げてはいけないと思い、口を閉じる。
触れた箇所から、伝わってくる彼の熱が心地よかった。目を閉じ、耳を傾けると胸の鼓動が柔らかく滑り込んでくる。彼は確かに、自分の傍に存在した。
あたたかい。
彼はこんなにもあたたかい。このささやかなぬくもりを、ほんの一時とはいえ、忘れてしまった自分が恨めしかった。
忘れない。失くさない。おれは、こいつが命を懸けて取り戻してくれたものを、何よりこいつ自身を守ってみせる。
このあたたかな場所を二度と失わないように――
新たな誓いを胸に、ダイは訪れはじめた眠りへと身を任せていった。
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