【昼寝】
「お前の、そーゆうトコがムカつく」
パプニカの城から少し離れた小高い丘に、大きな木が植えられている。城の敷地内にある為、町の人間は立ち入る事を許されず、城の人間も滅多に近づく事がないその場所は、ポップのお気に入りの場所であった。
誰にも邪魔をされず、体を休める事の出来る場所。他人から見れば、『サボる為の場所』でしかないのだが、地位と名誉にしがみ付き、古いしきたりに縛られた、頭の固い連中の多い中で暮らす事は、庶民出であるポップに相当な負担を要した。
カッとしやすい性格である事を重々承知はしている。多少の事は我慢できても、譲れない部分が人間誰しも持ち合わせているはずだ。
売り言葉に買い言葉。根負けして、あてがわれた自室で地団駄を踏んだ回数、数知れず。時には相棒であるダイにまで八つ当たりをした事もあった。
激しい口論の末、城を飛び出した時に偶然見つけた場所。木の根元に腰を下ろして背を預け、空を流れてゆく雲を目で追っていると、心がだんだんと落ち着いてくるのを感じた。ささくれた気持ちが癒され、あんな些細な事で腹を立てていた自分がちっぽけに思えて、馬鹿らしくなってくる。
植物は人の心を落ち着かせ、癒す力を持っていると母親から教えられていた。その日を境に、ポップは何かあるとここへと足を運ぶ。
周りに何もなく、城の人間すら無闇に近づかないと言う事が幸いした。一度来てしまえば、あとは瞬間移動呪文で訪れる事が出来る。空いた時間に訪れては読書に耽ったり、惰眠を貪ったりしていた。
この、とっておきの場所を独り占めにしたかったポップであったが、ダイには打ち明けている。それ以来、ポップがここで寛いでいる時、その気を頼りにダイも頻繁に訪れるようになっていた。
昼寝をしたり、他愛ないお喋りをしたりと、二人だけの時間を楽しく過ごす。まるでピクニックに行くようにおやつを持って連れ立った事もあれば、待ち合わせの場所として使用する事もあった。
そんなわけで、今日も丘へと足を運んだポップであったが、そこを陣取る先客を前にどうしたものか……と、腕を組む。
木の幹に凭れ、気持ち良さそうに夢の世界へと旅立っている勇者様がそこにいた。
「おいおい、勇者様が勉強サボってお昼寝かよ」
自分の事は棚に上げて安らかな寝息をたてているダイを見下ろす。まだあどけなさを残す寝顔に思わず笑みが零れた。こういう所は年相応だよなーと一人ごちる。
相手の前にしゃがみこんだポップは、その寝顔をじっと見つめた。起きる気配もない。
「寝首かかれっぞーおれが暗殺者だったらおめぇ、一発オダブツじゃねーか」
ダイは夢の世界を満喫しているらしかった。呆れたようにため息を一つついて、ポップは辺りをキョロキョロと見回す。程なくして、視界が捉えた物に手を伸ばした。
それは1本の細い木の枝。それを手に、にんまり笑ったポップは早速行動に移す。相手の頬に残る傷跡を、その枝の先で軽く突付いた。
つん、つん
「ん、んん……」
ダイの眉が軽く寄せられる。さらに、突付いてみた。
つん、つん
「っ……う、う〜ん」
つんつく、つん
「……んっ!」
不意にダイの腕が跳ね上がった。ポップは慌てて枝から手を離して身を引く。仰け反った衝撃で臀部をしたたかに打ってしまったものの、ダイの攻撃を間一髪で避けた。
「……勇者は、寝返りをうった……ってか」
呟き、自分の反射神経の良さに感謝する。鈍い痛みを訴える臀部を押さえながら、ポップは身を起こした。
ダイは変わらず夢の中。幸せそうな顔で眠り続ける相手の顔を見ていると、思わず怒りがこみ上げてくるのをポップは感じた。
自業自得とはいえ、痛みに苦しんでいる自分の目の前で、安らかな寝顔を見せ付けられると、無性に腹がたってくる。
ポップは腰に手をあて、ダイを見下ろした。そして、相手を睨みつける。日頃の積み重なった鬱憤も溜まっていた。
この際だ、ダイに対する不満をぶちまけてすっきりしてやる! そう思ったポップは、相手が寝ている事をいいことに、蓄積していた胸の内を吐き出す事にした。
寝ている奴が悪いんだ……と、心の中で言い訳がましい呪文を唱えながら――
「おめぇな、おれが仕事してる時に邪魔してくんな。集中力乱されるの、嫌いなんだよ。しかも文官や女官が傍にいるときにひっついてきやがって……恥ずかしいからやめろって、何度言わせりゃ気がすむんだ!」
寝ている人間が聞いているはずもなく。意味のない行為ではあったが、その事実に無視を決めこんでポップは続ける。
「こないだなんか、女官連中があからさまに噂してたんだぞ! 恥ずかしくて城ン中歩けなくなったら、てめぇのせいだからなっ。少しはTPOを考えろっての! それから……」
人の話を聞け。物教えてる時は集中しろ。余所見してんな。勉強中はじゃれて抱きついてくんな。変なトコ触るな。事に及ぼうとするな。おれがレオナに怒られるような事はするな……などなど。次から次へとダイに対する不満がポップの口から零れていった。
「あと……あとなぁ、おめぇが体力馬鹿だからって、おれまでそうだとはかぎんねぇんだぞ!? 毎日毎日、盛った犬みたくヤりたがるのやめろ! 身体いくつあっても足りねぇだろっ」
ダイの身体がぴくり、と微かに動いた。
「せめてもーちょっと間隔空けてだな……」
そこまで言って、はっとしたように赤くなる。不意に湧き上がった気持ちを、首を横に振ることによって切り替えた。慌ててした咳払いが実に空々しい。
「あーあーだから、その、やめろっつったらやめろ。無理強いさせんじゃねぇ。こちとら竜の騎士様と違ってか弱い人間なんだぞ? 丈夫いてめぇと一緒にしてんな。もーちょっとおれを労われ。優しく扱えってーの。恥ずかしい事ばっか言いやがって……おれがいつも、どんな思いしてんのか、全っ然分かってねぇだろ!」
ダイの男らしい眉が寄り、眉間に僅かな皺が出来る。
「大体なぁ、デリカシーっちゅーもんが欠けてんだよ。お前の、そーゆうトコがムカつく」
一気にまくし立てて、肩で息をする。しばらくダイの様子を見つめた。
先ほどまでの幸せそうな顔は、すっかり鳴りを潜め、僅かに苦悶の表情を浮かべている。耳を澄ませると、呻く声が小さく聞こえた。
その様子を見て、ポップは満足そう頷き、口元に笑みを浮かべる。ダイを見つめるその瞳が、驚くほど優しくなった。
「でもな……そんなおめぇの不満部分を差し引いても、マイナスになりゃしねぇんだから、タチわりぃよな」
ポップは地面に膝をつき、四つんばいになったままダイの顔を覗き込む。歪んでいた表情が消え去り、年齢のわりに凛々しさを僅かに滲ませる寝顔があった。ポップは苦笑を浮かべる。
「ホント、ムカつくぜ……」
呟き、静かに顔を寄せた――
□□□
ダイが目を覚ましたのは、西の空が茜色に染まる頃。長時間同じ体勢でいた為、すっかり固まってしまった筋肉を解すかの様に大きく伸びをした。そこでようやく自分の足の違和感に気付く。
「……っ、え?」
目の前の光景に、思わず目を見開いた。ポップが自分の足を枕に眠っているではないか。全然気付かなかったのは、足が痺れて感覚がなくなってしまっていたからだった。現に、ポップの重みが全く感じられない。
動くことが出来ず、かといって眠る相手を起こす事は絶対したくなくて、身動きの取れない状態のまま、ダイはそっとポップの寝顔を覗き込んだ。
夕焼けに照らされ、ほんのりと赤く染まった顔。ダイは素直に綺麗だと思った。ここまで近づいても起きる気配がないという事は、それだけ自分に気を許しているという事なのだろう。純粋に嬉しかった。
薄く開らかれた唇から、小さな寝息が聞こえてくる。ダイの視線が釘付けになる。思わず、誘われるように顔を近づけ――
「……よ、寝ぼすけ。ようやく目ぇ覚めたかよ」
ダイは弾かれたように頭を上げる。すっかり眠っているものだと思い込んでいたので、急に声をかけられ、驚いてしまったのだ。胸の内に後ろめたい気持ちが湧き上がる。
そんなダイをよそに、ポップは状態を起こして、大きな欠伸を漏らした。目尻に浮かんだ涙を指でこすって、未だ衝撃から立ち直れないダイへと視線を向ける。
「なんだ、どうしたよ」
「な、なんでもないよ」
様子のおかしさを感じ、聞いてくるポップに、機械的な動作で首を横に振って答える。それから、相手の様子を窺いながら、ダイは口を開いた。
「あ、あのさ……なんでポップがここにいる、の?」
「いちゃ悪いのかよ」
恐る恐る尋ねたところ、逆に尋ね返されて、慌てて両手を振る。その様子に、ポップが噴き出した。
「ちょっくら昼寝すっかなーって来てみたら、おめぇが間抜け面で寝てっからよ、ついでだから枕になってもーらおっかなーってな」
そう言って、ポップは軽い身のこなしで立ち上がる。夕焼け色に染まった空に相手の姿が映え、それがとても印象的に見えて、ダイは思わず見とれてしまった。
「なんだ、まだ頭が起きてねぇのか? おれぁ腹減ったから帰るぞ。早く立たねぇと、置いてくぜ?」
城へと歩き始めた相手に、置いていかれるのはマズイと慌ててダイは立ち上がろうとして……出来なかった。足が痺れて、思うように動けない。
「ぽっ、ポップ! 待って……足が動かないよっ!!」
「ふーん、へぇー?」
帰ってきたのは、気のない返事。ダイは泣きそうになった。なんとか立ち上がろうと両手を突っ張るも、動かすたびに足に痺れが走り、のた打ち回ってしまう。
大魔王を倒し、世界を救った勇者でも、足の痺れには敵わなかった。
「ぽ、ポップ……! ちょ、助けて……起こしてよっ」
「ヒヒヒっ、ザマーミロってんだ。人様の寝込み襲おうとした罰だぜ」
その言葉で、ダイの顔が強張った。気付かれていたという事実に顔が蒼白になる。目に見えて変わったダイの表情を見て、ポップは心の中でほくそえんだ。
まっ、お互い様なんだけど……と、小さく呟く。気分が最高に良かった。
結局、泣きを入れたダイに免じて、ポップが瞬間移動呪文唱えてやったのは、すっかり日が落ちてしまった後の事であった。
|