Present for you




 世の学生達が冬休みを迎えた頃……ここ、ジニュアール家では、年に一度のクリスマスパーティーの準備に取り掛かろうとしていた。
 この家に住む者は皆、血の繋がりをもってはいない。それでも、本当の家族のように日々を暮らしてきた。そんな彼らは、そういったイベントが訪れる度に、ささやかなパーティーを開き、家族同士の絆を大事にしている。
 パーティー開催は、家主であり、一家の大黒柱でもあるアバンの提案で決められたものだが、今では皆、当たり前の事のように受け止めていた。
 クリスマスの日まで後三日をきったこの日、ジニュアール家の次女であるレオナは、家族全員を居間へと集める。部屋の真ん中にあるちゃぶ台を囲んでの、家族会議が開かれた。

「さて、皆さん。もうすぐ待ちに待ったクリスマスよ。役割分担を決めて、当日は大いに盛り上がりましょう!」
「そうですね、お料理の方は今年も、私が腕を振るいますよ」

 にっこりほややん、とこの家の主であるアバンが頷いた。彼のもつ、料理の腕は一流のシェフ並で、料理当番制度があるにも拘らず、殆どの日のご飯を彼が作っている。
 この家族があまり外食をしないのは、彼の天才的な腕前のせいとも言われていた。

「じゃあ、私は何をしようかしら……」
「マァムは部活の練習もある事だし、先生のお手伝いをしたら? 買い出しとか」
「……ええ、それなら出来るわ」

 マァムは空手部に入っている。常に試合に出場し、上位入賞するほどの実力を持つ彼女は、明日から年末までのスケジュールは、練習で埋めつくされていた。もちろん、クリスマスの日は早退させてもらう約束を取り付けている。

「じゃあ、おれはケーキでも作るかな……あと部屋の飾りつけもか?」
「おれも! おれもそれ手伝うよっ」

 ポップの言葉に、ダイがすかさず便乗する。ジニュアール家の次男坊と末子は仲が良く、ご近所でも有名であった。……この場合、仲が良すぎると言った方がいいのかもしれないが。
 ちゃぶ台に身を乗り出して挙手するダイの頭を、ポップは笑いながら、わしゃわしゃと撫で回した。

「わーった、わーった。おれと一緒にやるからには、しっかり働けよ?」
「もちろんだよ、ポップ!」
「つーことでいいよな、姫さん」

 この『姫さん』とは、レオナのあだ名である。彼女はさる大財閥の一人娘で、執事や何十人もの召使い達に囲まれ、蝶よ花よと大切に育てられた、文字通りの箱入り娘だった。その少女が何故、身寄りのない者や理由あって親元を離れた者達が集まったこの家にいるのかは、今のところ本人以外誰も知らない。
 今ではすっかり俗物にまみれてしまった彼女ではあるが、不意に滲み出る品の良さは隠しようがなく、そこから『姫』や『レオナ様』と呼ばれていた。無論、他意はない。
 ちなみに、『姫さん』と言う呼び方は、ポップだけがしているようだ。

「そうね、ポップ君は先生の次に料理が上手いし、ダイ君を一人にはしておけないものね。じゃあ、二人にお願いね。後は――」

 レオナの視線が、ある人物に向けられる。その視線を追うように、皆の視線が一箇所に集められた。合計十の瞳に注目される事となったその人物、一家の長兄ヒュンケルは、ぎくりと身を強張らせる。

「……お、オレは……」
「コイツに一体何が出来るってんだ。『邪魔だから、大人しく突っ立ってろ』くらいしか、言えないと思うぜ?」

 ポップが吐き捨てるように言った。この言葉に素早く反応したのは、長女とアバンである。

「そんな言い方はないでしょ、ポップ!」
「そうですよ。ヒュンケルだって一生懸命なんですよ? 結果はともかく」
「……先生、それはフォローになってません」

 尊敬している大好きな先生と、好意を抱いている少女にそう言われれば、さしものポップも口を噤むしかない。「けっ!」と吐き捨てるように言って、そっぽ向いてしまった。
 そんなポップに、ダイが懐くように飛びついた。驚いたポップは仕返しとばかりに、相手のこめかみを拳でぐりぐりと擦り、そのままじゃれあいへとなだれ込む。
 そんな二人を微笑ましそうに見つめていたレオナは、笑顔を湛えたままちゃぶ台へと、手を伸ばす。

 ゴゴッ!!

「はい、仲いいのは分かったから、今は話を聞いてね」

 お盆を手にしたまま、レオナがにっこりと笑う。その目の前には、側頭部を押さえたまま、悶絶するポップとダイの姿があった。

「あ、アンタなぁ……角はヤメロっ! 穴開いたらどーすんだよ!!」
「風通しよくなって、ちょうどいいんじゃない?」

 ポップの文句をさらっと流し、レオナはお盆を元の位置へと戻した。ダイは半泣きになりながら、大人しく座り直す。

「確かに、彼は料理も満足に出来ないし、一人で買い物行かせても、変な勧誘に捕まって、あげく役に立たない代物にウン万円だして、騙されて結局泣き寝入るしか出来ない、詐欺師にとってのちょうどいいカモみたいな存在だけれども……」
「……何気におれよか酷い事言ってるぞ」

 ぼそりと呟くポップのその横で、ヒュンケルがうちひしがれた。まさに『世の不幸を一身に背負ってます』な風情に、ダイもポップも同情を禁じえない。マァムとアバンも、二人交互にヒュンケルを励ますのだった。

「ねぇ、ヒュンケル。良かったら、私とお買い物に行かない?」
「マァム……」

 あぁ、オレの慈愛の天使……とか思ったかはさておき、この言葉に異を唱えたのはポップ。

「ちょい待ち! なんでコイツなんかがマァムと……」
「何もやる事ないならいいじゃない。先生に頼まれた品物が多かったら、私一人じゃ無理だもの」
「そ、それだったらおれが!」

 なおも言い募るポップに、マァムは首を傾げる。

「ポップはダイとでしょ? ダイを放っておく気なの?」
「おれはポップと一緒だよ、マァム」

 はいはーい、と手を上げたダイが、にこにこ笑ってポップの膝に懐く。

「ほら、ダイが可哀相じゃない。ポップ、貴方はダイと一緒に言われた仕事をちゃんとするのよ?」

 マァムの指摘は、見事に的を射ていた。『ダイ』の名を出されると、ポップはとことん弱くなってしまう。現に、彼は不機嫌そうな顔をしながらも、よく動く口を閉じてしまった。

「はいはい、ストップ、ストーップ」

 レオナが手を叩き、皆の注目を集めさせる。

「皆仲良い事も分かったから、ちゃんとあたしの話聞いてくれる? 別に、ヒュンケルに何もするなとか、仕事ないとか言ってないわよ」
「え……やだレオナったら。早く言ってあげなきゃ駄目じゃない」

 マァムは微かに頬を染めつつ、レオナの顔を軽く睨んだ。

「いきなり痴話喧嘩始めたのは、君達でしょ? ……で、ヒュンケルの事だけど。あたしと一緒に行ってもらいたい所があるのよ」
「そういや、アンタは何するんだ?」

 ポップが思い出したように、レオナに尋ねた。この疑問は皆同じように持っていたらしく、各々小さく頷く。場が一瞬、緊張に包まれた。そんな中、レオナは女王のごとく、悠然と構え真剣な面持ちの家族を眺め遣り、徐に口を開く。

「あたし? あたしは実家で行われるクリスマスパーティーに出席」

 さらっと言って、レオナはヒュンケルを指差した。

「君には、そのエスコートをお願いするわ。顔は文句なしだし、黙っていれば美青年だもの、適役でしょ」

 ムフフ……と笑う少女を前に、ダイを除く皆がガクリ、と項垂れる。

「おめぇ……全っ然手伝わねぇのかよ」
「別に人手が足りないわけじゃないでしょ? これ以上何しろって言うのよ」

 高圧的な物言いに、ポップの堪忍袋の緒が切れる。勢いよく立ち上がると、レオナに詰め寄った。

「逃げんのかよ! ちっとくらい何かしてけ!!」
「君じゃあるまいし、ホイホイ逃げないわよ! こっちは年間行事なんだし、仕方ないでしょ? ――それとも」

 くすっと笑ったレオナが、ポップに流し目を送る。彼女の突然の豹変に、僅かに怯んだポップは、後ろに一歩下がってしまった。

「このあたしがいないと、君は駄目なワケ? あたしに居て欲しいの?」

 余裕の表情を見せるレオナの、この挑発的な言葉に、ポップの首から上は茹蛸のように赤く染まってしまった。

「いらねぇよ! てめぇがいなくっても、おれとダイでやってやるさ!!」

 まさに売り言葉に買い言葉。レオナの策に見事にひっかかってしまったポップは、ダイの腕を引っ張ると、大きな足音をたてながら2階の自室へと引っ込んでしまった。
 毎度お馴染みの光景。結局この家の誰もが次女には勝てないのだ。残された面々は、思い思いのため息をつく。

 真のラスボスは、彼女かもしれない。

□□□

 次の日、ダイとポップは朝早くから近所のスーパーマーケットへ、買い物に出かけていた。
 今から何をするのかワクワクしているダイに買い物籠を押し付け、ポップは自分の後について来るよう命じる。そして、いかにも慣れた様子で店内を歩き、後ろから金魚の糞のごとくついてまわる末弟の籠へと、必要な物を投げ入れていった。
 年のわりに力持ちであるダイは、文句一つ言うどころか笑顔で、内容量を増してゆく籠を軽々と持っている。
 一通り買い物を済ませて会計をした後、二人はとある場所へと向かった。

「……ここ、ポップの学校じゃないか」
「おうよ。家じゃ何作るかバレちまうから、センセーに言って調理室借りる許可もらったんだ」

 そう言って、ポップはダイを連れて調理室の前までくると、彼にここで待つよう言い置いて、職員室へと走っていった。
 両手に荷物を抱えたまま、ダイが待つこと五分。駆け足で戻ってきたポップは、預けられた鍵を使って調理室のドアを開けた。先にダイを室内へと促し、自分も後から入ると中から鍵をかけてしまう。

「よし、これで邪魔が入らずゆっくり出来るぜ」

 悪戯を成功させた子供のように笑うポップの、一連の様子を見ていたダイが、不意にポツリと漏らした。

「ポップ……凄く大胆で積極的だね」

 僅かに頬を染めて。瞬間、何の事かと悟ったポップが、盛大に顔を赤く染めた。

「ばっ……違わい! ボケた事言ってねぇで、さっさと材料を出しやがれ!!」
「照れなくてもいいじゃないか」
「照れてねぇ!!」

 真っ赤な顔で睨みつける、そんな説得力のない次兄に苦笑し、ダイは言われた通りに荷物を調理台へ置いた。これ以上は、追い出される危険性を伴うと判断しての行動である。
 袋から材料を取り出し、一つ一つ並べてゆく。その頃にはポップも平常に戻っており、調理台の下から使う道具を選別し、準備を開始した。

「今からケーキ作るの?」

 ダイは、先ほど買ってきた材料の群を見渡し、そこから推測した事柄を尋ねる。ポップは軽く頷いた。

「あぁ。正確には試食だな」
「試食?」
「そっ、お試しってやつだな。取り合えず作ってみて美味いか試してみる」

 ポップは並べられた材料の中から、ケーキに使うチョコレートの袋を手に取った。

「こないだ、おめぇ『チョコケーキ食いたい』、つってたろ」

 ダイに見せ付けるように、持っている袋を軽く振ってみせる。末弟の顔が、嬉しそうに輝いた。

「うん、言った! おれ、言ったよ!!」
「このポップ様が、おぬしの願いを叶えてしんぜよう」

 今にも飛び跳ねそうなほど、喜びを露にするダイに不敵な笑みを浮かべ、ポップは袋から取り出したチョコレートを、軽く濯いだまな板の上に置く。慣れた手つきで包丁を操り、細かく刻みながら、ダイには大きめの鍋に水を張り、火にかけるよう命じた。
 ダイも小学校で調理実習をした事がある。一つ返事で引き受ける。

「二人で食うし、小さくていいよな……」

 チョコレートを刻み終えたポップは、手近なボウルにバターを落とし、その中に刻んだチョコも投入する。
 そして、かけていた鍋の火を止め、湯が沸騰してない事を確認し、チョコとバターの入ったボウルを鍋の湯につけた。

「んじゃお前、それを湯せんしてくれ。……湯せんてーのは『溶かす』って意味だ。ゆっくりやれよ、ゆっくりな」
「わかった!」

 元気よく返事し、いつもと違う真剣な表情で、たどたどしい手つきながらも、懸命にボウルの中身を溶かす作業を始めるダイを暫く眺め、ポップは次の作業へと移る。
 卵の卵白と卵黄にわけ、卵白を手早く泡立て、砂糖を少しずつ混ぜてメレンゲを作り、中身を溶かし終えたボウルには卵黄を混ぜて、ダイが気合をいれて、よくかき混ぜる。
 それが終わると、今度はそこにメレンゲを半分ずつ投入し、さっくりと混ぜ合わせ、さらに薄力粉を加え、丁寧に合わせていった。
 最後に、ボウルの中身をケーキ用の型に移し、十分に温められたオーブンへと収める。

「これで、スポンジは完成だ。次に表面をコーティングするクリームだな」

 生クリームを鍋にかけて沸騰させ、火を止めてからバターを加え溶かし、先ほど余分に刻んでいたチョコレートを投入して、滑らかになるまで混ぜてゆく。

「ほい。後はケーキが出来上がるのを待って、冷まし終えてから最後の仕上げだな」

 それから約一時間後、ダイの希望により、小さくも立派なチョコレートケーキが出来上がった。

「飾りとかは当日までお預けだ。味気ねぇけど、試食だしこんなモンだろ」
「凄い、凄いよポップ!」

 一息ついて腰に手をあて、作った作品を満足そうに眺めるポップのその横で、ダイが手を叩いて喜んだ。

「凄く美味しそうだよ。ポップは何でも出来るんだね!」

 ダイは目を輝かせながら、目の前に鎮座する出来たばかりのケーキを眺める。文字もなく、可愛らしい飾りも何もない、ただチョコレートクリームでコーティングされた小さなケーキ。なんとも物足りなく、味気もないものだが、それは紛れもなくダイの為に作られたものだった。ポップ自身にそんな気持ちがこれっぽっちもなくとも、自分の何気ない一言を心に留めていてくれた事が、ダイは何よりも嬉しかった。

「何でも、ってワケじゃねぇけどな。こんくらいは趣味の領域、つまり嗜みってやつだ」
「そっか、たしなみなんだ」

 ダイには『嗜み』の意味が分からなかったものの、自分が出来ない事を、いとも簡単にやってのける、この三つ年上の兄が、誰よりも格好よく見えた。

(魔法使いみたいだ)

 自分だけが知っている、自分だけの魔法使い……きっと他人に言えば馬鹿にされるかもしれないけれど。

「いいかぁ、ダイ。お前もちょっとは出来るようになっとけよ? 将来もらう嫁さん次第じゃ、お前が台所に立たなきゃならねぇ事だって、あるんだぜ?」

 その代表例である少女の顔が、ポップの脳裏を過ぎる。口が裂けても言えない、言えないが……
 ポップの内情を知る由もないダイは、くりくりとした大きな目で、その兄を見上げる。

「でも、おれは別にこのままでも構わないと思うよ。だって、ポップがいるもん」

 そう言って、誰もが幸せになりそうな無邪気な笑顔を浮かべた。

「ポップは、いいお嫁さんになれるね」

 にっこり。ポップの顔が盛大に歪んだ。

□□□

 クリスマス当日――ダイとポップ、それにマァムとで部屋を飾り、ペットのクロコダインがどこからか持ってきたモミの木にも飾りつけを終え、後はメインディッシュのチキンが焼き上がるのを待つばかりとなった。
 その他の用意はすっかりと出来ており、殺風景な居間は、明るく華やかなパーティー会場と化し、普段皆で囲んで食事をしているちゃぶ台は取り除かれ、大きく立派なテーブルが中央に置かれた。その上に白いテーブルクロスがかけられ、アバンが腕によりをかけたご馳走が、所狭しと並べられる。ダイとポップが作ったチョコレートケーキも、その中で燦然と輝いていた。
 台所はアバンの戦場となっていたので、二人はまたも学校の調理室を借り、今度はフルーツや生クリームでデコレーションをし、その出来栄えは店頭に並んでも遜色ないものとなっていた。
 実家のパーティーに出かけたレオナと、その下僕ヒュンケルはまだ戻って来ない。チキンが香ばしい匂いを奏で始めた頃、天頂にあった太陽は沈み、すっかりと日が暮れてしまった。
 全ての料理が揃い終わり、タイミングよく戻ってきた二人を迎え、ジニュアール家恒例のクリスマスパーティーが盛大に行われた。

 温かな料理に舌鼓をうち、今日は無礼講よ、とレオナに振舞われたワインなんかを嗜んで、デザートのケーキに頬をとろけさせる……幸せな光景。

「いいですね、家族って」

 ダイは嬉しそうに、クリスマスケーキを食べている。その口元についた食べカスをとってやりながら、マァムがヒュンケルの皿に料理を取り分けていた。差し出された皿を受け取って、もそもそと食べているヒュンケルの顔はいつもと同じ無表情。けれども、ほんの少し和らぎ、リラックスしているのが手に取るように分かる。
 レオナとポップは互いのグラスに、レオナが実家からくすねてきたワインを零れるほど注ぎ合い、けらけら笑い声をあげてはしゃいでいた。
 一部、困った所はあるものの、皆いい子で大切な宝物達。

 柔らかな笑顔を浮かべながら、アバンは小さく呟いた。

「最高の、プレゼントです」





微妙に間に合った、クリスマスネタでお送りしております。
この小説は、約一年ほど前に出した『ひとつ屋根の下で』と言う本の設定を元に書き上げました。
現代モノでありながら、設定すっとばしのエロだけ漫画だったので、ちょっとフォローいれて見ました(笑)
知らなくても全然問題なしなのですが、一応。

by司城らうい



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