血に飢えし獣は 何を想う


 獣の咆哮が森に響き渡る。それすら少年の足を止める事は出来なかった。
 深き森の奥、静寂に彩られた空間に、突如湧き上がった狂気。この森を住みかとする動物達の気配は完全に消え去っていた。
 美しい声で歌う鳥達の姿も、己の存在を音として奏でる虫達の存在すら感じられない濃い緑に覆われた世界を風のように疾駆する影が一つ。地を蹴り、草葉を踏み分け、その影は森を駆け抜ける。
 不意に木々が途切れ、視界に飛び込んだ緑以外の色に気付いた影は足を止めた。周りを取り囲むように乱立する木々、むせ返るほど濃く香る緑。頭上を覆う葉は、閉鎖的な空間を作り出し息苦しさを与えてくる。
 少年は無意識に手を動かし、その甲で頬を拭った。夜露を含んだ冷たい風が髪を乱す。と、同時に森に漂う緑が濃さを増した。木々が煽られ、葉を揺らす。
 仄白い光が木々の間からこの暗い空間を照らし出した。
 その様子に驚き、目を大きく見開いた少年は、しかし次の瞬間安堵の表情を浮かべた。小さく息をつき、静かな呼吸を繰り返す。
 新たに気持ちを切り替えた少年は、次の瞬間、大きく跳躍をして、その場を離れた。着地と同時に、少年が今まで佇んでいた地面が音をたてて抉られる。
 黒い大きな影が姿を現した。その影に押し潰された木々達が悲鳴をあげる。地響きをたて、少年の前方に巨大な怪物が立ち塞がった。
 その身体は少年の3倍は優にあるだろうか……その怪物の腕が唸りを上げて少年に振り下ろされる。だがしかし、彼は素早く身を沈め、相手に向かって駆け出し、その距離を詰める。怪物の懐に潜り込むと、抜き身の剣を一閃させた。
 そのまま返す刀で背後に突如出現した殺気の元を叩き切る。返り血が少年の頬を汚した。
 その血を拭うこともせず、2匹の怪物が完全に事切れるのを確認した彼は、後方に感じた魔法力に気付き顔を上げる。

「……!」

 瞬間凄まじい轟音と閃光が炸裂した。爆風が少年の髪をたなびかせる。
 風が収まりきらぬ内に少年はその場を飛び退り、新たに現れた怪物を剣圧で切り裂いた。
 倒れる姿を見ることなく、少年は僅かに混じる焼煙が流れてくる方へと駆け出す。

「ダイ!」

 しばらく進んでいくと、自分を呼ぶ戦友の声が聞こえた。それに続いて草木を踏みしめる小さな足音。
 ダイと呼ばれた少年は安堵の表情を浮かべた。
 すぐ真横に殺気が生まれる。足を止めたダイは、剣を両手に構え、上段から一気に振り下ろした。
 なすすべもなく、ダイの手によって肉片と化した魔物が完全に事切れるのを見届け、彼は剣を一振りして刀身を汚すものを払う。
 俯いた顔には、表情の一切がなく、ダイはただ、足元の屍を見下ろした。
 背後に気配が現れる。ダイは気づいているのかいないのか、剣を構えることも、振り向くことすらしなかった。
 無感動に目の前の物体を見つめている。動かないダイ目掛けて、怪物の鋭い鈎爪が振り下ろされるまさにその瞬間、相手の心臓を閃光が貫いた。
 腕を振り上げたまま動きを止めた相手に、さらに追い討ちをかけるように閃光が迸り、次々とその身体を貫いてゆく。
 身体の数箇所に穴を穿たれた怪物は、その姿勢のまま轟音をたてて倒れた。
 ダイは静かに顔を上げる。視線を彷徨わせれば、木の幹に背を預け、こちらに視線を投げかけてくる戦友と目があった。なにやら不機嫌そうな表情を隠さず、こちらを見つめている相手の様子に何の疑問を持たず、先ほどまで浮かべていた表情を一瞬で消し去ったダイは、まるで飼い犬が主人を見つけたかのように、笑顔で彼の傍へと駆け寄る。相手が木の幹から身を離した。

「ポップ、怪我はな……」
「こンっの阿呆! 気づいてんなら自分で何とかしやがれ!!」

 罵声と共に拳がダイに振り下ろされる。
 景気のよい音と共に地面にしゃがみ込み、痛む頭を両手で押さえ涙目になりながらダイは相手を見上げた。

「酷いよ〜ポップぅ。殴らなくてもいいじゃないか〜」
「うるせぇ。てめぇは一体何考えてんだ。 ちったぁ心配するこっちの身にもなりやがれ!」

 腕を組み、睨みつけるように見下ろしてくる相手にダイは「ごめん」と謝った。

「……怪我ねぇか? と、その様子なら大丈夫そうだな」

 ポップはため息を一つ落とし、ダイの頬に付着したものを指で拭うと、いつもの人好きする笑顔を浮かべながら幼い勇者の髪をわしゃわしゃと撫で回す。

「んじゃ戻るか。この辺の怪物もあらかた片付いたようだし、姫さん達と合流しようぜ」
「そうだね……」

 ダイの頬を雫が伝う。ポップは無言で空を見上げた。緑覆う梢の隙間から幾筋もの線を描きながら、二人の頭上に音のない雨が降り注ぐ。
 木々の隙間から毀れる月の光に照らされた雫は美しく幻想的で……それと同時に二人の身体から熱を奪うのに十分な程の冷たさを伴っていた。

「……雨だな。風邪ひいちまうから急ごうぜ」
「うん」

 降り注ぐ雨が髪を、服を濡らし洗い流してゆく。
 ダイはゆっくりと振り返った。静寂な森に横たわる魔物達の屍。地面を穢す、不浄の血。そして、それら全てに分け隔てなく、優しく降り注ぐ天からの恩恵。
 生き物は、いつか死ぬ。死して屍となり、大地へと還ってゆくのだ。そして新たなる命としてこの世に生を授かる。それは決められた定め。曲げようのない真実。
 悲しい宿命から解き放たれた彼らは、別の形としてこの世にまた生れ落ちるだろう。だからと言って、彼らの命を奪ったと言う事実は消えないのだ。


 ――これは、罪だ。


 一生消えることのない疵として刻まれる痕。
 この先も、この両腕は抱えきれない程の罪を重ね続けるだろう。
 ダイは両手を前へと差し出した。降り注ぐ雨が体温を奪いながらダイの腕を濡らしてゆく。
 ダイは目を閉じ、祈りを捧げた。

 この手を汚すものも、一緒に洗い流してくれればいいのに……




これは以前、猫柳女史んちで即興打ちしたものです(もちろん原稿中でした、わー)
ポル○○ラフィティの『音のない森』を聞いて、すげーダイポップ変換してしまい、それをイメージして作った記憶があります。
素敵な曲で持ち歌の1つです(笑)

原作ではダイ様は魔物を一切殺してなかったと思います。魔法生物は問答無用で叩き切ってたようですが(苦笑)私もダイには魔物を殺して欲しくありません……が、実はこういう血生臭い戦闘シーンは大好物だったりします。でもダイだから、こんな感じで。

by司城らうい



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