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My CR93 History

 

里帰りしたCR93(CR93 History)
Honda CR93 Benly レーシングは1962年9月、鈴鹿サーキットの完成と第一回日本グランプリーに
合わせ、またその3ケ月前にCR110と同時に発売された市販レーサーである。
このCR93はGPマシン並みの高性能でクラブマン向けに生産され,1962年イギリスのマン島TTレースで2台の
RC145に次いでワークスマシンを尻目に堂々の3位入賞を果たした実績を残している。
このCR93は125ccでありながら、DOHC 2気筒で21.5ps、13500rpm、5速ミッションを持ち最高速135km/hを
マークした。
1962年6月から生産が始まり、一説によると総生産台数252台とも言われているが、部品で組まれた
完成車もあり、また時代の進化と共に戦闘能力を失ったこの市販レーサーCR93はスクラップ化され、正確な
現存数は不明である。
ここに紹介する私のCR93は、はるかかなたのドイツから空輸された1台である。
そして購入当時、このCR93を良く観察すると、フロントフェンダーの先端には販売証明用のメタルプレートがネジ止め
された状態で残っていた。
それを頼りに日本から購入先のドイツまで連絡を取り、このCR93の入手経路とそのレースヒストリーを追求した。
このCR93はエンジン番号194、車体番号182で1963中期頃に製造され船便でイギリスのマンチェスター近くの
リバプールに到着したのが1963年10月であった(CR93の製造日をエンジン番号より逆算し推測)。
そしてイギリスで販売されたCR93はそのままオーストリアまで運ばれ、翌年の1964年のオーストリア国内選手権に
初戦からこのCR93で参戦、勢いに乗り、見事1964年度のAustria国内チャンピョンに輝いたのが
このCR93だった。
このCR93は大きく改造されており通常は5速ミッションを装備されているが、6速化とハイカムシャフトで最高速を
稼いでいた。また当時としてはサスペンションの性能を向上する為にGaringのサスペンションを採用していた。
そして時代と共に戦闘能力を失ってきたこのCR93は、1967年にホンダの愛好家に売却されました。
それから十年後、その持ち主はカワサキZ900とCR93の交換を決意した、それが1974年の事であった。
それから5年後、私が購入する前の持ち主がこのCR93を購入しました。それが1979年でした。
CR93を購入したときは破損がひどく、完走させるまでに部品の調達などで3年かかり、1982年に完成しました。
彼はこのCR93をコレクションの1台に追加したがその後、彼の都合により1992年4月に私の手元届いた。
そして1996年4月、出張でドイツ行きが決まり、偶然にも彼とCR93について電話で話すことが出来た。
しかし、心残りはこのCR93がイギリスのどの様な販売店で売られたのか知りたくも当時の販売証明の
メタルプレートだけでは電話番号も古く困難を極めていたが、これまた運よく1996年5月にイギリスへの駐在が
舞い込んできた。そして同8月からLondon郊外のMaidenheadに住み、ある日の土曜日、近くで旧車バイクの
Auto jumbleが開かれ,そこに行った時、偶然にも1冊のモーターサイクリスト本(1964年10月発行)が目に止まり、
読んでいるとメタルプレートの電話番号と同じ電話番号が書かれた広告記事を発見、早速その本を購入しました。
その販売店の名は、ビル スミス商会でリバプールの近くのHoole Chesterで確認された。
そしてドイツ人からの購入後、私が譲り受けたCR93のヒストリー全てが解明された。
このCR93のヒストリー調査は出張、駐在と非常に恵まれた環境であった事が調査完結にもつながった。
*日本語版より英語版を詳細に書きました。英語がご理解できる方はそちらを読んで下さい。

 

 



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