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NOVEL

罪悪感 航矢編
〜第一話〜

注意)特になし

求めてやまなかった青い、青い鳥を手に入れた。

だが、それはするりと俺の手の中から飛び立ち。

また遠くへと、手の届かない場所へ。

 渉が失踪してから、一週間以上が経った。
 余りに前触れのない突然の失踪に、さしもの俺も最初は戸惑った。バイトから戻ってこないあいつを待ちわび、何度も携帯に連絡した。
 しかし、携帯は何度かけても通話中か、電源が入っていないという無機質な応答が返ってくるばかり。失踪直後か直前かに携帯をなくしたか、それとも、ただ単にバッテリーが切れてしまったのか……。
 ただ、一つ解っている事は何度かけてもあいつに繋がることはないって事だけ。
 結局いつまでたっても繋がらない携帯に、仕方なく、俺はあいつの最後の足取りを追って、あいつのバイト先に押しかけその行方を聞いたり、あいつのバイト先の周辺を訪ねまわった。
 だが、すぐに俺はあてどもなくあいつを探す事を止める。
 それはあいつが自発的に居なくなった訳ではないと、あいつの足取りを追う中で気がついたから。
 大体が、そう、よく考えるまでもなくあいつが自発的に居なくなるとは思えない。
 なにせあいつは俺の想いに応え、俺を受け入れた直後だったのだから。
 だとすると、残る可能性は二つ。
 何かの事件事故に巻き込まれた。
 それか、俺達の知る“誰か”があいつを奪いに来たか。
 まず何かの事件事故に巻き込まれた可能性を考える。
 だが、それはすぐに否定された。
 あいつの足取りが消えた周辺には、なんら事件や事故が発生したような痕跡がなかったからだ。と言う事は、二つ目の予測が事実である可能性は高い。
 ボスか、美奈か。
 その二人の内のどちらかが、あいつを攫った。
 そう俺の中で結論付けると、俺の腹は決まる。
 そのどちらかであっても、いずれ何らかの連絡が俺の元にくる筈だ。
 美奈であれば数日中。ボスであれば、数ヶ月以内には何らかの使いか連絡が来る。
 俺はそう確信すると、渉をむやみに探し回る事を止め、極力いつもと変わらない日常を送るよう努めた。
 そして、俺のその目論見はまんまと当たり、今、俺の目の前には“誰かさん”の使いが座っていた。

「――と言う訳で、お嬢様は貴方様さえお帰りになれば、彼の安全は保障すると申しております。」

 慇懃無礼な態度で渉に関する今までのあらましを話し終えた野村と名乗る男は、ダークスーツの襟元を正しながらそう言葉を締めくくった。
 その言葉に俺は苦笑をする。
 『安全を保障する』、そんな確証のない言葉など信じられはしない。
 なにせ、相手はあの美奈だ。
 あの女が俺と共に失踪したあいつを許すはずなどなかった。
 独占欲が強く、顕示欲も強い。自分を裏切った人間にはとことんまで報復をする。執念深く、嫉妬深い、プライドの高い哀れな女だ。
 そんな女が、安全を保障するなどとほざいたところで、それが守られるとは到底思えない。

「どうなされますか? 渡良瀬様。」

 下手に出ているような言葉使いの癖に、相変わらず高圧的な言い方で俺に再度返答を求めてきた。
 それに俺は瞳を細めて返し、胸ポケットに入れていた煙草を取り出すと口に咥えてライターで火をつける。ゆらゆらと揺らすようにしてそれを燻らせ、思案する風を装う。
 実の所、こいつ等が俺の元を訪れた時から俺の答えは決まっていた。
 だが、それをすぐにこいつらに聞かせるわけにはいかない。

「――俺の答えを言う前に、俺からも質問してもいいか?」

 たっぷりと時間をかけて煙草一本を吸い終わると、その吸殻を灰皿の上で揉み消しながら俺は漸く口を開く。
 それに目の前に座る男の眉がぴくりと動いた。だがすぐにまた無表情に戻ると、小さく頷く。

「私に答えられる範囲でしたら、なんなりと。」
「あ、そう。じゃあ、聞くけど、アンタ等は美奈の側近じゃないよな? って事は、如月グループとは無関係の外部から雇われた人間って認識でOK?」
「……。」

 予想外の質問だったらしく、男はまた眉を小さく持ち上げるといぶかしむように俺を見返す。
 それがすでに答えだった。
 美奈の側近だったり、グループに関係する人間ならばこんな反応は返さない。あいつ等は揃いも揃ってこういう質問の時は即座に如月の関係者である事を口にする。特に、俺みたいな美奈の夫となる筈だった相手ならば、それは当然のように口にするはずだった。
 だが、こいつは無言。
 俺の予想は大当たりだったって訳だ。

「如月の人間でないなら、アンタ等にお願いしたい事があるんだ。」

 そう、俺は瞳を細めて一つの賭けを口にした。


◆◇◆◇

 物心ついた時にはもうあいつは俺の傍に居た。
 年は同じだが、学年は一つ上になる幼馴染。
 いや、幼馴染、と言うよりは兄弟のような関係に近かったかもしれない。
 それというのも俺達の両親は、家が隣同士の馴染みでか、それともそんな事以上に互いに気があったからか、俺達が産まれる前から何くれとなく良く一緒に遊びに行っていたりしていたらしい。
 そんな蜜な関係の隣同士の家に、産まれたのは半年違いの男の子同士ときた。
 その事が余計に俺とあいつの家の結びつきを強くさせ、殊更、どこに行くにも一緒と言う稀有な環境を作り出したのも仕方のない事だろう。
 ピクニックや旅行、魚釣りにバーベキュー。
 そんな感じで週末ともなると家族ぐるみで出かけ、しかもほぼ毎日のように、俺達子供は互いの家を行き来する。
 ミニカーを集めたり、夏には虫を取りに出かけたり、当時の特撮ヒーロー物の玩具で遊んだりと、ただただ当たり前のように毎日、毎日飽きる事無くあいつと遊ぶ。
 何も考えなかった幼少期はそれでよかった。あいつと一緒に居るだけで楽しかったから。互いの違いなど気にした事もなかった。
 狭い世界で生きていたあの頃は、二人とも一緒に居ることが当たり前だったんだから。
 だが、俺より一学年上のあいつはいつも俺よりも先に違う学校に、世界に行ってしまう。
 幼稚園に入り、小学校に入学し、それぞれがそれぞれに少しずつ違う世界を持ち始める。
 しかも俺とあいつは、決定的に頭の良さが違った。
 と言うのも、俺が手のつけられない勉強嫌いだったからだ。
 それに比べてあいつは出された宿題は全てキチンとこなし、真面目に授業も受ける。
 そりゃ、頭の出来が違い始めるのも仕方なかった。
 それでもガキの頃は成績の良し悪しなんて全く関係なかった。
 その上、あいつとはたった半年違いの出生だったが、先に言ったように悲しいかな、学年が一つ違う。その学年の違いはそのまま俺達の違いを広げる事に繋がってしまう。
 年を追うごとにその差が大きく開き、俺が漸くあいつに追いついてあいつと同じ中学に上がる頃にはその違いは覆しようのないほどはっきりと隔離していた。
 お陰で、俺とあいつは決定的に道が別れてしまう事となった。
 俺は落ちこぼれ。あいつは優等生。
 俺がいじめっ子気質なら、あいつはどっちかと言えばいじめられっ子気質。
 学年も違い、頭の良さも違い、こんなにも性格も違う。
 気がつけばおのずと俺達は自分と似た人間との付き合いが出来始め、遊びに行く場所も違ってきた。
 しかも俺はこの短気で喧嘩っぱやい性格のせいで所謂ヤンキーやドロップアウトした人間達の中で一目置かれる存在となり、あいつはその成績の良さと穏やかな性格で先公に気に入られるような優秀な生徒となっていて。そんな状態では、到底学校の中ではあいつと話をしたり、遊んだりなんて出来る筈がない。
 もとより、俺のような不良が優等生のあいつに近づく事を、あいつを大切に思っている先公どもが、許すはずもなかったから。悪影響を与える、そんな詰まらない大義名分を掲げ、あの阿呆どもは俺をあいつから遠ざけた。
 それはさながら、厳重に警備された城の中に居る姫に悪心を持って近づく、野や山や町で狼藉を働く盗人のようで。
 だからか。
 俺達の間にはいつしか見えない壁が出来、話をする事も減り、互いの家に行き来する事も少なくなっていた。
 だがその事を多少寂しいとは思いはすれ、俺はその時出来ていた仲間との遊びに夢中になっていたので大してあいつの事を気にする事はなかった。
 なにせ、俺はあいつも俺と同じように楽しく遊びまわれる仲間が居て、その中で幸せに暮らしているのだとばかり思っていたから。
 確かに時折気が向いたときにあいつの部屋を訪れると、昔以上に寂しそうに笑うその笑顔が気になってはいたが……。
 それでも、それは次の日には俺の中から消えてしまう程度の気付きではなくて。
 まさかあいつの微笑みの裏にあんな事があったとは、その時の俺はどうしても気がつく事が出来なかった。

 あの日が来るまでは――。

 そう。
 あの日。
 あいつの両親が離婚し、俺の両親も揃って離婚した、その半年後。
 最初は同時期に互いの両親が離婚するなんて、どこまで仲良しなんだよ、と自分達の両親の馬鹿さ加減を笑い飛ばしていたが、その後、あいつの母親と俺の父親が結婚すると聞いた時。
 流石に笑い飛ばせない事実と現実がそこに含まれていて。
 まさかそんな斜め四十五度な現実が待ち受けているとは思わなかった俺達は、酷くショックを受けたものだ。
 なにより俺以上にショックを受けたのは、繊細な渉の方だった。
 この事が奴の繊細な心に深いダメージを与えたせいで、自分の殻に閉じこもる事が前より増え、その顔からは完全に笑顔が消えた。
 俺はその事が悔しくて。悔しくて。
 だが、まだ子供だった俺にはその悔しさをどうすればいいかわからなかった。
 だから荒れて、荒れて。家庭内で暴力を振り、外でも暴力を振る。
 何度も補導され、新しく出来た母親を泣かし、父親を困らせた。
 そんな事をすればする程、渉の顔からは笑顔だけじゃなく表情も消えていき。
 気がつけば、部屋に篭りっきりになって折角受かった名門校にさえも通うことが出来なくなっていた。
 それがまた、子供だった俺には悔しくて。
 自分がどれだけ無力な人間だったのかを、渉の変貌を通して俺は嫌というほど知り、味わった。
 だから、俺は家を飛び出た。
 この狭い世界から飛び出して、渉の顔に笑顔を取り戻すことが出来るような“大人”になるまでは戻らないと強く誓って。
 力と金を手に入れた頃にまたこの家に戻って、渉を連れ出す事を誓って。

 だけど、それが一番最初で、そして重大な過ちだとは、その時の俺には気づきようがなかった。






to be continued――…