押しかけメイドイルファさん

 

A-Part

「あーあ、疲れた疲れた……」
 修学旅行を終えて、学校に帰り着いて、
「皆さん、これで修学旅行は終わりではありません。家に帰って『ただいま』と言うまでです」
 という校長のおきまりの訓示を聞かされて重い荷物を担ぎながら貴明は誰もいない我が家に帰り着いた。
「(……俺は最初から考えてた通り雄二や小牧と一緒にラーメン食い倒れツアー敢行できてそこそこ楽しかったけど、雄二はそれでも不満そうな顔してたよなあ…どうせならダブルデートとしゃれたかったとか言って。小牧がいたんだからいいじゃないかって俺は思うんだけど。さて、家に帰ったら風呂入って軽いもん食ってさっさと寝ようっと)」
 貴明は玄関まで来ると、灯りが点いていることに気づいた。
「(はてな? 俺は家中の電気は消して、鍵もかけて出たはずなのに)」
 貴明は面妖な気持ちになった。
「(俺の留守中にこのみが合鍵を使って勝手に上がりこんでたとか……ははは、まさかね)」
 嫌な予感を覚えながらもそれを打ち消すように都合のいい解釈をしながらドアノブに手をかける貴明。
 カチャッ、スイーン……
 河野家の玄関の扉は些かの抵抗もなく開く。ピッキングで鍵を開けて泥棒に入られたんじゃないかという最悪の展開も浮かんだ貴明の胸のうちは、
「(そりゃないぜビビンバクッパ。金目のものとか取られてたらどうしよう。こ、ここは被害はどうあれ『修学旅行中に泥棒に入られちゃった事件』としてこのみの家と警察に報告したほうが良さそうだな)」
 であった。
「おかえりなさいませ、貴明さん」
「……え?」
 貴明は声の聞こえてきた玄関の上がり框に視線を落とすと、メイド服姿の女性が正座して頭を下げ、三つ指をついて貴明を出迎えていた。見上げ見下ろす顔と顔、そこにあったのは明らかにお互い面識のある顔だった。
「い……イルファさん?」
「お久しぶりです、貴明さん。本日修学旅行から戻られるとお隣の柚原さんからお伺いしておりました。ちょうど貴明さんが戻られる時間に合わせてお迎えする準備を整えておりました。あ、鍵のことですけどご心配なく。ピッキングで開けた訳ではなく、柚原さんから合鍵をお借りして開錠しましたので」
「あ、ああ、イルファさんのご厚意はありがたいんだけど……確かイルファさんは一月ほど前に瑠璃ちゃんとうまくいかなくて研究所に帰ったはずじゃあ?」
「ええ。でも私にとってはやっぱりメイドとして人間様にお仕えするほうが性に合ってますし、そこで主任にお願いして、今ご両親が海外出張中で一人暮らしされている貴明さんのお世話をしたいと思いまして」
 貴明の頭の中をつい一月前の出来事が過った。貴明はひょんなことから来栖川エレクトロニクスと共同で新型メイドロボの開発に携わる電脳少女、姫百合珊瑚と知り合い、彼女の双子の妹の瑠璃と彼女の手によって作られたメイドロボのHMX-17a「イルファ」とも知り合うことになった。しかし
「さんちゃんはウチだけのもんや、他の誰にも譲れへん!」
 そう頑なに主張して譲らない瑠璃は珊瑚と仲良くなった貴明や、自分の担当だった家事を引き受けてくれることになったイルファの存在を面白く思わず、毎日つらく当たり散らしては彼らを困らせていた。両人とも困りきって貴明はある時期を境に珊瑚や瑠璃と学校で会うことをやめ、イルファは失意と悲しみの中で来栖川エレクトロニクスの研究所に帰ることになった。帰り際、イルファはわざわざ貴明の家に挨拶に来てお別れを言ったのだがそれでも日が経つごとにイルファ自身としては研究所で燻っているよりメイドロボとして誰かに奉仕したいという思いが強くなったらしく、改めて貴明のところに身を寄せることにしてこうなったようだ。なるほど玄関のポーチやその先の上がり框や廊下はきれいに掃除されて雑巾までかけられ、扉や窓もきれいに磨かれているようだった。台所のほうからは何やら食欲をそそる匂いが漂ってきて、全自動洗濯機の回る音も聞こえてくる。
「貴明さん、もしかして私、ご迷惑でしたか?」
 どう反応していいのか分からないといった貴明の顔を見て、イルファの顔は悲しみで曇っていた。
「そ、そんなことないけどさ。でも俺にイルファさんを買う金なんてないし、この先面倒見ていけるかどうかも自信がないから……」
「それでしたらご心配なく。私は私の意志でこちらにお邪魔させていただいたのですから。私を動かすのに必要な燃料電池充電のためのキットや、必要なソフトをインストールしたノートパソコンとマニュアルはちゃんと用意して参りました」
「……」
「貴明さん、長い道中でお腹空いておられるでしょうし、お夕飯召し上がってくださいな。もしそれでも貴明さんのお気に召されないようでしたら私は貴明さんの事諦めますけど」
「……」
 結局貴明はイルファに強引に押し切られる形で夕食の食卓につくことになった。

「お疲れのようですから、軽くて消化にも良いものにしてみましたけどいかがでしょうか」
 貴明の前に置かれていたのは雑炊、きつねうどん、薄く切ったかまぼこの入った澄まし汁とカロリー控えめのものばかり。それでも漂う匂いは貴明の食欲をそそるには十分だった。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
 貴明は箸を持ってうどんを啜った。イルファのデータベースに入っているレシピに従って作られているだけに旨い。それ以上のものでもなかったけど。
「うん、おいしいよ」
「そうですか? 良かった。貴明さんに喜んでいただけて嬉しいです」
 イルファの顔が緩む。一口食べて食欲の出た貴明は他のおかずにも次から次へと手を付け、程なくきれいに食べてしまった。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様。お風呂沸いてますからどうぞ。タオルと着替えも用意してありますよ」
「ええっ? そこまでしてくれるなんてやっぱりイルファさんは凄いなあ。それじゃ入ってくるか。今日はもう早く寝たいし」
 貴明はバスルームに直行して、裸になるとかかり湯もせずにバスタブに浸かった。
「ふう……(今になって新しい出会いがあるとはな。瑠璃ちゃんや珊瑚ちゃんと話する機会がなくなって、俺はこのままこのみやタマ姉、小牧と何となく過ごしていって、それでいいじゃないかと思ってたけど。一度研究所に帰ったイルファさんがメイドロボとして働きたいって言って、わざわざ俺の家に来たってことは、ひょっとして……)」
 取り止めもないことを考えていると、バスルームの扉が開いた。
「貴明さん、よろしければお背中お流ししましょうか?」
「わっ、わっ、イルファさん。そりゃいくらなんでも……」
 湯気の向こうに現れる裸のイルファのシルエットを見て、慌てて顔を背ける貴明。
「貴明さん、そんなに恥ずかしがらなくてもよろしいのに」
 いたって穏やかに話し掛けるイルファ。恐る恐る貴明が後ろを向くと、イルファはちゃんと水着を着て貴明の前に立っていた。ライトブルーに白の縁取りが付いたワンピースで、スクール水着と大して違いのない水着を。
「どうかされましたか?」
「え、いや、別に何でもないよ」
 裸で浴室に二人きりというシチュエーションが頭に浮かび、バスタブに浸かっている貴明の分身は鋭敏にに反応してビクンと膨れ上がって天を仰いでいた。醜態を見られたくない貴明は、イルファに背を向けたまま言ってのける。
「いや、今日は自分で体洗うよ。暖まって疲れ取れたからさ。また機会があったらイルファさんに背中流してもらうから。ね?」
「そうですか、貴明さんがそう仰るなら……」
 イルファは少し寂しそうに答えて、バスルームから立ち去った。扉が閉まる音と共に深々と溜息をつく貴明。
「やれやれ、どうやらイルファさんに醜態を晒さずにすんだな。うう、まだ下半身が熱い……こら、鎮まれ我が息子」

 その日風呂から上がり、ベッドに入って裸のイルファと愛し合う妄想を頭に浮かべながら自分の手で慰めて満足させるまで、貴明の分身はエキサイトしたままだった。
「うう、こんな時は素直な俺の息子が恨めしい……」
 ティッシュで後始末を終えた後、そんなことを思いながら貴明は一発抜いた後の気怠い疲れの中で眠りに落ちていった。

「なるほど……で、そうして貴明とイルファさんってメイドロボとの同棲生活が始まって、お前は今まさにその幸運を享受してるって訳だ」
 翌日の昼休みの食堂。雄二はイルファの手作り弁当を持っている貴明を前にして引きつった笑みを浮かべて貴明の顔を見ていた。対するに雄二の昼食は調理パン3個である。
「いや、俺もこんな展開が待ってたなんて修学旅行から帰るまで思いもよらなかったんだけどさ……」
「カーッ、やんなっちゃった俺。お前ばっかりがどうしてこんなにもてるんだろ。しかもメイドロボと同棲! 俺がいつも夢見てたシチュエーションじゃないかよう」
「(だから事の顛末を話したくなかったんじゃないか俺は)」
 貴明はまさに雄二に尋問される形で昨日あったことを詳らかに話したのだった。
「お、貴明、今日は弁当か。このみの母さんにでも作ってもらったのかい?」
「違うよ」
「じゃあ誰なんだ? 姉貴……な訳はないし。まさか例の双子の料理が上手い瑠璃ちゃんか?」
「違うってば」
「ん? じゃあ誰なんだよ。他に女作ったってのか。吐け!」
「ええっ、でも雄二に話したらきっと怒るだろうしなー……」
「何言ってんだ、俺とお前の仲だろ。誰が怒ったりするもんか。俺にも教えろよ」
「……」
「ん?言いたくないのか?ふーん……なら姉貴やこのみにあることないことしゃべっちまおうかなー……」
「……お前将来ロクな死に方せんぞ」
 そうして貴明は昨日の出来事を雄二に洗いざらい話すことになった。雄二の隣にはこのみもいて話に加わっている。挨拶に来たイルファと顔を合わせる機会のあった「雄二側の喚問した証人」として。
「昨日の夕方、わたしが帰ってきて着替えてすぐくらいだったよ。イルファさんがうちに来たの。それで『今日から貴明さんのところでお世話になりますHMX-17aイルファと申します。どうぞよろしくお願いします』って言ってね、ととみ屋のカステラ持って来てくれたんだよ」
「で、どんな人……いや、メイドロボだった? 美人か?」
「うん、わたしから見てもすっごい美人で落ち着いた感じだったかな。メイド服がすごくよく似合ってたの覚えてるよ」
「カーッ、益々やんなっちゃった俺。どうして貴明ばっかりがもてるんだろうな。それも今度はすっごい美人のメイドロボだと? 果報者だな。どれ、弁当箱開けて見せてみろよ。最新式のメイドロボが作ってくれたからにゃさぞかし旨いんだろうな」
 かねてからメイドロボに憧れていて、常々家政婦よりメイドロボが欲しいと口癖のように言っていただけに雄二の貴明に対する嫉妬は激しい。貴明が黙って弁当箱の蓋を開けると、そこには鶏肉と卵のそぼろがかかった二色御飯、おかずは鶏の唐揚げ、だし巻き、ほうれん草のバターソテー、プチトマトとオーソドックスながら彩りに気を配ってある弁当が現れた。
「ほわー、おいしそうだね。お母さんのお弁当にも負けてないよ」
 このみは素直に感嘆の声を上げた。
「いただきっ」
 貴明が食べ始めるより早く、雄二の手が唐揚げをつまんだ。
「おい、いきなり何しやがる」
「う〜ん、絶妙のスパイスの効き具合とカリッとした衣とジューシーな鶏肉のバランスがいいねえ。さすが来栖川エレクトロニクスのメイドロボ。料理の腕はなかなかだよ」
 雄二は貴明の抗議を無視して唐揚げの味を楽しんでいた。その後も続けて貴明のおかずを摘む。
「このだし巻きも旨そうだな。もらうぜ……これまたダシ加減がいい具合だね。卵の焼き加減もちょうどいいよ。卵料理ってな火加減が難しいからねえ。うーん、プチトマトも新鮮なの選んであるよ……」
「雄二、いいかげんにしてくれ。俺の食う分はどうなる!」
「ケチケチすんな。これから先お前はイルファさんの手料理好きなだけ食えるんだろ? 親友の俺が少しくらいオコボレに与っても罰は当たんねえはずだ」
「タカくん、そんなに怒らないでよ。わたしのおかず分けてあげるから」
「え? ああ……すまねえな」
 ムッとなった貴明の顔を見てこのみが取り成し、コロッケと卵焼きを一切れずつ貴明の弁当箱に入れてくれた。それで貴明の機嫌が直ったと見た雄二は更にとんでもないことを言ってきた。
「なあ、たまにでいいからイルファさん俺に貸してくれないか?レンタル料なら払うから(うふふ、それで朝は優しく起こしてもらって、弁当も作ってもらって、夜は……ハッ、何だ背中に感じるこの気配は?)」
「雄二、タカ坊に何話してるの?」
 貴明が何か言うより早く雄二に話しかける声があった。環である。
「うちには家政婦さんがいるのにわざわざメイドロボ置くことないでしょ」
「あだだだだだ、親友同士の軽い冗談じゃねえか」
 結局この一件は環が邪な考えを起こしていた雄二をアイアンクローの刑に処することで幕となった。

 放課後、貴明は環、このみ、雄二と一緒に環が最近気に入って通っているという喫茶店に来ていた。ある有名なファミレスの系列店で甘さ控えめのケーキが甘いものが好きな女の子に好評であったが、親会社のファミレスのを引き継いだウエイトレスの制服が胸元を強調していてえらくセクシーということで男性にも人気のある店である。四人が何にするか注文を決め、環がカウンターに向かって手を上げると貴明とこのみにとっては見知ったウエイトレスが注文を取りに来た。
「あれ、イルファさん?」
「貴明さん……それに柚原さんも。こちらの方は貴明さんのお友達ですか?」
「そうだよ。三人とも俺とは幼なじみなんだ。こっちは俺の一年先輩で姉貴分の向坂環、通称タマ姉。んでこいつがタマ姉の弟で俺のダチの向坂雄二だ」
「どうも、イルファです。このたび貴明さんのところにお世話になってます。よろしくお願いします」
「向坂環です。よろしくね」
「俺は向坂雄二。イルファさん、よかったら今度俺とデートでもギャワッ?! ……い、いえ、何でもないです」
 雄二の顔が痛みで引きつった。環にテーブルの下から向こう脛を蹴られたのである。
「でも何でイルファさんがバイトを?」
「あの、私、ただ貴明さんの家に住まわせていただくのにご飯とかお掃除とかするだけでは申し訳ないと思いまして……それにご両親からの仕送りだけでは私の維持費を出すのはつらいと思ったんです。主任は仕送りするって仰ってくれたんですけど……」
「そこまで気を使ってもらわなくてもいいのに。だけどその制服、イルファさんに似合っててかわいいよ」
「え、そうですか? この制服って胸が強調されててちょっぴり恥ずかしいんですけど……」
 イルファの顔がポッと赤くなった。
「イルファさん、恥ずかしがることないって。イルファさんは美人でスタイルいいから貴明の言う通りそういう制服着ると映えるんだギャワッ!?」
 雄二が口をはさみ、また環に向こう脛を蹴られる。環の吊り上った目は「いやらしい目でイルファさんを見るんじゃないわよ」と雄二に語りかけていた。
「あの、オーダーお願いできます? ここで立ち話ばかりしてるのもなんですし」
「そうですね、かしこまりました」
 環に声をかけられてイルファはオーダーを取りに来たところだったと思い直し、クリップボードとペンを持ってオーダーを取るとそれを通すべく立ち去った。
「あんな美人のメイドロボと同棲生活してるなんて、タカ坊も隅に置けないわねえ」
「よせやい」
「でもいいメイドロボと一緒になれて良かったね、タカくん。ほら、イルファさんって笑顔が素敵だし、くるくるとよく働いてるよ」
 このみの指摘通り、イルファは他のテーブルを片付けたり、オーダーを取ったりしていたがその仕事ぶりには全くそつがないし、客のうけもなかなか良さそうであった。
「イルファー、ちょっと五番テーブル頼むネ。アタシ忙しくて手が離せないのヨ」
「あ、はーい」
 金髪でナイスバディのウエイトレスがイルファを呼び止め、イルファは慌てて五番テーブルのほうに方向転換した。呼んでいたのは母親と男の子の2人連れ。
「はい、ホットコーヒーのお代わりをお一つで。少々お待ちください」
 イルファがオーダーを取って去ろうとすると、その後ろで男の子が動いた。
「おねーえちゃん」
「きゃあああっ」
 声のしたほうでは(貴明と雄二にとっては)夢のような光景が繰り広げられていた。
「おねえちゃんのパンツ、白いのだね」
 男の子はイルファのスカートの裾を掴んでめくり上げ、イルファの穿いている真っ白でサイドに花模様の刺繍のあるパンツが丸見えになっている。そんな状況でもイルファはかろうじて笑顔を保っていた。
「あの、ちょっとボク、お願いだから手を離してくれないかな」
「やだ」
 環の目が吊り上った。
「(いくら子供だからってあれは許せないわよ。注意しに行くわ)」
 環が席を立とうとしたところで、
「こら、真聡!」
 男の子の母親が止めに入って事態は収まった。
「真聡何してるの!」
「だってお姉ちゃん綺麗なんだもん」
 綺麗だと言われてイルファの顔が染まる。しかし母親はそれで悪戯をした我が子を許すはずがない。
「だからってやっていい事じゃないでしょう! ……本当にすみません。真聡はきつく叱っておきますので」
「いえ、大したことじゃありませんから気にしないでください」
 イルファは心なしか競歩のような足取りで厨房に引っ込んでいった。
「タカ坊、雄二。二人ともニヤニヤしてるけどどうしたの?」
「い、いや、そんなニヤニヤなんてしてねえし知らねえよ。イルファさんのパンツが白の花模様の刺繍付きだったなんて」
「バカ、よせ雄二。そんなこと言ったら…」
「二人とも、後でちょっといいわよね?」
 お茶の後、貴明と雄二が「紳士の嗜み」について環にみっちり説教されたのは言うまでもない。


続く

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