外伝第壱話 女子大生レイヤーチーム
 

A-Part

 奈々香「さあ、外伝が始まるざますよ」
 道枝「主役は私達でがんす」
 祐子「ふんがー」
 健「うるせーえ、主役は俺だっつの」
 直美「まあまあケンちゃん、落ち着いて落ち着いて」
 奈々香「はいはい、さっさと始めるわよ」
 冴「ふむ、健殿が大学に入って間もない頃の話じゃな。妾も興味がある故、ひとつ聞かせてもらおうか」

 その日山口健は下宿先の和風喫茶「元吉」の席で、何時に無く神妙な顔で従妹で幼なじみの橋本直美が来るのを待っていた。自分達の写真を撮ってくれるカメラマンを探していると云う彼女の友達を紹介してもらう約束をしていたのである。彼女達は京都でも名の知れた存在になる事を目指していたし、健も健で自分の好きなように写真を撮らせてくれる相手が欲しい、かと言って神社仏閣ではつまらない、どうせならモデルを撮った方が受けが良かろうと思っていて、この両者の思惑が一致して彼らは直美を仲介役として出会うことになった。
「(さて、直美はどんな娘を連れて来てくれるだろうかね。例え俺基準で不細工だとしても何も言わんけどな。こっちは藁にも縋りたい思いなんだし)」
 見てろよ、俺を莫迦にしてる他の光画部員に目に物見せてくれる。その思いを新たにしていた所で直美が当の友達を連れて帰って来た。
「お待たせケンちゃん」
「「「はじめましてー」」」
 丁寧に挨拶して、健と差し向かいの席に三人が座る。直美はお茶を入れるために厨房に引っ込んだ。健は三人の女性を順番に眺めた。
「(うん、器量は悪くないみてーだな)」
 左からショートカットの大人しげな女性、同じくショートカットで此方は黄色いリボンで髪を飾ったちょっと強気そうな女性、右端はウェーブのかかったロングヘアで、目のくりっとした可愛い感じの女性だった。三人とも雑誌のモデル並みとまでは行かなくても美人の部類に入るだろう。スタイルもどうして良さそうだ。
「(いい感じじゃないか。これならこっちも楽しんで撮ってあげられそうだ)」
 第一印象で気を良くした健は早速自己紹介を始めようとした。
「初めまして、それじゃ自己紹介といきますか。俺の名前は……」
「絶望先生?」
 真ん中のリーダー格の女性の第一声がそれだった。訳の分からない名前を出されたショックでテーブルにゴツンと頭をぶつける健。それは言いえて妙だと言いたそうにクスクス笑う両脇の女性。
「だ、誰が絶望先生だよ。俺の名前は山口『健康の健と書いて』たけしだ。そんな暗い名前親からもらった覚えはないぞ」
「だっていかにもそんな顔してるもんあんた。ねえナオ、あんた彼の事『お兄ちゃんみたいな人』って自慢げに言ってたけどこの男が本当にそうなの?」
「だって頼りになる時は本当に頼りになるもん。一見ボーッとしてるけど。写真だって上手いし……ほら、『能ある鷹は爪隠す』って言うでしょ?」
「『隠しすぎ退化してもた鷹の爪』って言葉もあるわね」
「祐ちゃん」
 右端の女性が左端の女性を窘めて、健に向き直って言った。
「あー、ごめんなさいね。私もつい笑っちゃって……でも普段はみんないい人ですから安心してください。それじゃ私達から自己紹介します。私は……」
「ちょっと、団長はあたしでしょ? あたしから自己紹介していくのが普通じゃない」
 真ん中の女性が割って入って、いたく大きな態度で名乗った。
「京都山西女子大学家政科一回生、井村奈々香。只のカメコには興味ありません。あんたがプロ並みの腕前を持ってるなら私に付いて来なさい」
「(いきなり俺におっかねえってイメージ植え付けるかよこの娘は)」
 本当は彼女が贔屓にしているフィクションのキャラクター、涼宮ハルヒの物真似で彼女流のリップサービスなのだが、元ネタを解せずに押しの強さのみを感じて顔が引きつる健。だが此方も男として、写真家としてのプライドがあると思い直して返す。
「そう来たか。俺もいい写真を撮るなら妥協は一切しないしあんたらに楽をさせない事もあるだろう。あんたらこそ俺に付いて来れるかな?」
「言うわねあんたも」
 あわや火花が散ろうとした所へ、お茶を淹れた直美が割って入った。
「奈々香もケンちゃんも落ち着いて話そうよ。これから長いお付き合いしていこうってのに喧嘩しないの。じゃあ次はみっちゃん自己紹介したら?」
「あ、ええ……私は桃谷道枝。奈々ちゃんと同じ山西女子大の家政科一回生です。奈々ちゃんや直美ちゃんとは大学に入ってからのお友達だけど、仲良くやらせてもらってます。よろしくね、山口……さん」
「ああ、こちらこそ。俺の事は絶望先生とか変なのでなけりゃ好きなように呼んでくれていいよ。山口君でも健君でも」
「じゃあナオと同じでケンって呼んでもいいかしら?」
「どうぞ。直美が付けた仇名で、『健』の読み替えって最初はちょっと違和感あったけど今じゃ慣れてるからな」
「いえ、『ハルヒ』の主人公のキョンみたいだから」
「それかよ」
 再びずっこける健。彼が立ち直った所で左端の女性が口を開いた。
「内苑祐子。山西女子大家政科一回生。奈々ちゃんとは中学時代からの親友なの。ジャンプ読んでたりロボットアニメ好きだったりするからケンさんとは気が会うかもね。よろしく」
「ん? ああ……宜しく」
 健は笑ってそうは言ったもののこの時既に若干の不安を感じていた。確かに少年時代は漫画雑誌も読んではいたものの、当時の少年ジャンプの猫も杓子も格闘漫画と云う風潮に付いていけずに
「もうこんな雑誌は認めん」
 といつしか見向きもしないでいたし、アニメも高校時代から見ることはなくなっていた。その分写真とジャズを楽しんでいたのだけども。
「で、あんたの実力は? そこがあたし達の一番気になる所なんだけど」
「さすがにプロには遠く及ばんかもしれんが、プロ並みを目指して一枚一枚真剣勝負には取り組んでるつもりだぜ。これを見て判断してくれや」
 健は前もって用意しておいたアルバムを差し出した。直美をモデルに撮ったポートレートを集めた写真が何枚も挟んである。
「わあ、白黒だけどナオがすっごい美人に写ってる」
「撮る時に光線にも気を使ったし、現像、プリントまで俺の手で納得いくまでやった作品だ。お気楽デジタル写真ではこうはいかんと思うけどな」
「あんた、少なくとも写真に関しては頼れるみたいね……」
 アルバムから目を上げて奈々香が挑むように健に言った。
「あんた、あたし達の専属カメラマンとして使ってあげる。早速今度の日曜日、きらっ都プラザで開催されるイベントに来なさい。遅刻したら罰金だからね罰金」
「おいちょっと待て、それが人に物頼む態度かよ」
「あら、ハルヒみたいにお願いしてみたんだけどいけないかしら?」
「誰だよハルヒって」
「……」
 暫しの沈黙の後、奈々香が渋い顔で呟いた。
「はぁーっ、話の通じないパンピーはこれだわ。ケンにはどうやらそこいら辺の事も知ってもらう必要がありそうね……ねえケン、イベントの後新京極でデートしましょ。それであたし達の事知ってもらえるでしょうし」
 奈々香はさいぜんまでの高圧的な態度とはガラリと違う感じで言ってみせた。
「そんなに身構えることないわよ。凝り性のケンさんならきっと分かってもらえると思うわ」
「祐ちゃんの言う通りかどうかは分からないけど……これで私達の事知ってもらえると嬉しいです、ね?」
 他の二人も親しげな視線を健に向けてくる。
「ああ……ちょっと直美と話してもいいかな」
「いいけど?」
「ん」
 健は席を立って、厨房の直美に小声で話し掛けた。
「直美、彼女達ってひょっとしてヲタクって奴か?」
「えぇ、私も知り合ってから今までその事知らなかったよ〜」
「いや俺はそれ自体が嫌だって訳じゃねえ。俺もカメラヲタクって言われりゃ否定の余地はねえ訳だし、俺は黙々とカメラマンに徹してりゃ済むんだしさ。ただ……」
「ただ?」
「何か話しててこれから彼女達の色に染められるっつーかさ、彼女達なりの世界観を押し付けられそうな予感がするんだよ。それが又俺怖くてさ。直美、済まんが来週日曜にはお前も一緒に付き合ってくれないか? 喧嘩にならないように彼女達の暴走を止めて欲しいんだ。ついでにイベントの内容もそれとなく聞き出してくれると嬉しい」
「(あの娘達は基本的にいい娘なんだし、そんな心配ないと思うんだけど……)」
 直美はそう言いかけて、従兄は難しい一面も持っていたし、彼自身言っている通りそれが衝突の元になるかもしれないと思い直して言った。
「ケンちゃんが心配なら私も一緒に行くわ」
「ありがてえ、恩に着るぜ」
 健は厨房から出て来て、奈々香達に笑いかけて言った。
「今度の日曜のイベント、俺も参加するよ。直美も一緒だけどいいだろ?」
「来てくれる? ありがとう。その代わり絶対あたし達を綺麗に撮ってよね」

 北野白梅町から四条烏丸までバスに揺られる事数十分。健達の一行が目指す「きらっ都プラザ」はバス停を下りて少し歩いた場所にあった。元々京都の染物屋の組合が京都市と資金を出し合って産業振興のために作った建物で、一階には伝統工芸品の展示コーナーもあったりして、入ってすぐに総合展示場とは分かり難い風情ではある。廊下も一昔前のドラマに登場するような古めかしい雰囲気で、規模もさほど大きい訳ではない(その分スペースの使用料は安いけれど)。だが二年程前にイベントホールが改修されたとあって建物自体はきれいで、そこが地元のレイヤーには好評を得ていた。
 時刻は午前九時。それでもエレベーターで健達が三階の展示場まで来た時には階段にまで長蛇の列ができていた。
「もう、ケンがさっさと起きてくれないからこんなに後ろになっちゃったじゃない」
 到着早々不満を打つ奈々香。祐子がそれに続く。
「イベント開始時刻の何時間も前にきちんと準備を整えて並んでおく。これヲタ向けイベントの常識」
「知らんで悪かったな」
「そう云うものなのよケン君。朝が苦手なのは直美ちゃんから聞いてたけど、今度から気を付けてね」
「あたしは今回のイベント、相当気合入れて準備して来たのよ。これで撮影結果も散々だったら承知しないからね」
「その辺は任しとけ。写真のキャリアと腕だけは胸張れる俺なんだからさ」
「ふーん、じゃあ雑誌のグラビアにしてもらっても恥ずかしくない作品見せてもらいましょうか」
「望む所だふふふふ」
「あー、ケンちゃんも奈々香もそんな穏やかでなさそうな話やめようよ。折角の楽しいイベントじゃない? 喧嘩しちゃ駄目よ」
 直美が間に入って健と奈々香の険悪になりかかった雰囲気は収まったものの、彼らを包む空気は何時又燻った炎が燃え盛るか分からない様相を呈していた。
 いざ受付が始まれば列の進行はそれほど遅い訳でもなく、参加者の登録は至ってスムースに進んだ。受付で登録用紙に署名して、登録料一五○○円を払って奥に進む。女子大生三人組は幼馴染みの二人を残して女子更衣室に消えた。
「それじゃここで待っててね」
 そうして待たされてる間にも、健は彼女達より先に着替えを済ませて更衣室から出て来る参加者を奇異の目で見ていた。頭に蝙蝠の羽を飾って、ハイレグの黒水着を着た女性、京都の学校ではまず見ない派手なデザインの学校制服、黒い着物に針鼠のように立てたオレンジの鬘を被った男性……
「なあ直美」
「何、ケンちゃん?」
「こりゃ一体何の集まりなんだ」
「え? 私もよくは分からないんだけど、これって『コスプレ』って云う、アニメやゲームや漫画のキャラクターに仮装した人達の集まりじゃないかなあ。あの和服は『BLEACH』って云う、ジャンプに載ってる漫画の仮装で……」
「よく知ってるな」
「奈々香に読まされて偶々知ってただけよぉ。それでも私あんまり面白いって思わなかったし……」
「(そりゃそうだ、直美は少女漫画一本槍だったもんな。それもセーラー何とかやウェディング何とかってな戦う女の子物よりそんじょそこらの学園ラブコメ読んでたみてーだし)」
 少年時代に入った直美の部屋の本棚にどんな漫画があったかを思い返して、改めて直美に問う健。
「直美、まさかあいつら魔法少女とか妖怪に化けるとか言うんじゃないだろうな、何かその辺の情報はないか?」
「うーん、別にそんなおかしな格好はしないと思うよ。どんな服着るのってちょっと聞いたら学園物のゲームのキャラクターって言ってたし」
「そんなら安心だな。そうそう突飛な格好してくるなんて事は……」
 だが、健のその思いは直美とのその会話から一分も経たない内に裏切られる事になる。
「「「お待たせー」」」
 健が声をかけられて振り向くと、目の前にいたのは赤い襟でスカート丈の短いセーラー服を着て、白いニーソックスを履いて、真っ赤なロングヘアの鬘まで被った奈々香が立っていたのである。腰に手を当てる、強気な女性の定番ポーズまで取って。
「どう? 高いウイッグまで使って頑張ってタマ姉になったのよ。ちゃんと髪型も再現したんだから」
「た、タマ姉って誰だよ」
「そう言うだろうと思って資料を用意して来たわ、はい」
 奈々香は不敵に笑って、コピー誌をホチキスで綴じただけの薄っぺらい同人誌を差し出した。表紙には「タマ姉と僕 こみトレお茶濁し緊急版 いむらや本舗」と云うタイトルと、タマ姉と思しき少女が色っぽく科を作っている絵が描いてある。
「あたしがこの間出した本よ。あたしは同人作家でもあるからね、絵にはちょっと自信があるの」
 健は本のページをめくってみた。細いシャーペンで描いた絵をスキャナで取り込んで出力したらしく質素な絵面ではあったけど、成程今の奈々香の格好はこの漫画に描かれている少女のそれを真似た物であるらしい。
「奈々香、あんたは完璧にこの『タマ姉』って女の子になりきるつもりだな?」
「当然。格好だけじゃなくて立居振舞いも似せてこそのレイヤーよ。見た目だけキャラで中身は素のままなんてそんなのは……」
 あんたの場合それは当てはまらねえだろ。それに何だその変な色の髪は、と健がつっこむより先に奈々香に突進して来る者がいた。
「キャー、タマお姉ちゃんがいるよー」
 甲高い声の主は他所のレイヤーだった。奈々香と同じ制服を着て短い黒髪をツインテールにして、桜の花弁をあしらった髪留めで留めている。小柄なそのレイヤーは奈々香を見つけるなり駆け寄って来たのだ。
「ちょっと何よ、やめ……きゃっ」
 突然抱きつかれて慌てた奈々香は、バランスを崩してドシンと尻餅をついてしまった。スカートの中にある水色の縞模様が一瞬健の目に入ったが、健は反射的に視線を奈々香から反らしていた。
「(きつい性格の割に可愛いパンツ穿いてるじゃねえか)」
 健は平静を装って、改めて奈々香の方に向き直った。奈々香はもう立ち上がってスカートについた埃を払い、他所のレイヤーと話している。
「もう、吃驚したじゃない。気を付けてよね」
「ごめんなさい、貴女が凄い上手にタマ姉になってたから……ねえ、私のカメラでこの人達と一緒に写真撮ってくれませんか?」
 レイヤーは今度は健に声を掛けてきた。健は愛用のベッサR2+キヤノン35ミリF1.8を持っていて、相手からも腕に覚えのあるカメラマンと見られたのだろう。
「俺はいいぜ。奈々香達も別にいいだろ?」
「うーん、祐もこのみでキャラ被ってるけどそれでもいいなら……」
 奈々香はチラリと祐子を見遣った。祐子も他所のレイヤーと同じ髪型と服だったから。祐子は無言ながら「別にいいわよ」と言いたそうにしている。ちなみに道枝はミニスカートのメイド服に青いウイッグで、耳にはヘッドホンのようなケースを付けている。
「よし、じゃあそこの白い壁の前に並んで撮ろうか」
 健は会場の突き当たりの壁まで一同を誘導して、壁の前に並ばせた。先ずは仲の良さそうな姉妹のような感じで奈々香とレイヤーを一緒に一枚。次いで同じコスプレをしている祐子とレイヤーが一緒の写真を一枚。次に奈々香だけ、レイヤーだけで健のベッサR2で一枚ずつ撮影。最後に四人一緒の集合写真をパチリ。
「どうもありがとうございました」
「いやいや」
 「このみ」と云う名前の少女に扮装したレイヤーは大層感激して健達と別れた。健はここからじっくり奈々香達を撮ってやろうと思っていたが、半端でない気合を入れて仮装したレイヤーを参加者が放っておくはずもなく、忽ち一行は他のレイヤーとカメラマンに囲まれてしまった。
「タマ姉、こっち一枚お願いします」
「僕もいいですか、タマ姉」
「そこのこのみちゃん、次タマ姉と一緒に並んでください。あ、イルファさんもいるの? じゃあ三人でもう一枚」
「イルファさん、ポーズ取ってください。うん、武器屋のフィギュアと同じポーズ、こうして右手を耳に沿えて」
「そこのTo Heart2の人、こっちのカメラで私達と一緒に写ってくれませんか?」
「お、いいんちょと由真も来たか。いいねえ。俺も集合写真撮らせてもらっていいかな」
「次はタマ姉が俺の頭掴んでる所を一枚お願いします」
「おいずるいぞお前、俺もそれいいですか?」
「えー、ちょっとそれは……あっはっは」
 健はヲタクどもの気迫に完全に呑まれてしまっていた。構えたカメラのほとんどは他のレイヤーからの借り物で、自前のベッサのフィルムカウンターは「6」から進んでいなかった。出発前に入れたフィルムを交換もせずそのままである。健がヲタクに付いて行けてないと見て取った奈々香は撮影が一区切りついた所で彼に言った。
「ケン、ちょっと休憩しよっか。すみません、ちょっと休ませてください」


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