第壱話 京都に吹いた春嵐
 

B-part

「よもや昨夜に続いてここで又お主と見えることになろうとは……皮肉なものよ」
「船岡の巫、昨夜は不覚を取ったが今度こそは貴様を倒してくれよう」
 手棒の荒太郎と呼ばれた妖怪のこの一言が冴の闘志に火をつけたらしい。冴は不敵に笑いかけたが、本気で怒っている事は冴の体から発される凄まじいまでの闘気が物語っていた。
「貴様を倒してくれようとな? それは妾の台詞じゃ。『れいやあ』とか申す仮装の客と共に物見遊山に興ずるならいざ知らず、京の街の民に仇為したとあってはお主を討たぬ訳にはいかぬ」
「ほざけ! 我らが何のために現世に甦ったと思う。万物を粗末に扱い、古き物を次々と路傍に棄てゆく今日(こんにち)の人間共に対する我らの恨み、憤りは如何ばかりか。我ら付喪神はその恨みを晴らし、今又千年の都をこの京に築かんと古文先生のお力により甦ったのだ。そして暗躍しているのは周知の通りよ」

奈々香「何ですって?」
健「それじゃ最近京都で人や動物が殺されてるのはあいつらの仕業か」
直美「酷いわ。そんな勝手なこと……」

 健達が話すのに気づいた荒太郎が健に矛先を向けてきた。
「貴様ら何を言って……ん?」
 荒太郎と健の目が合った。
「そこにおるのは船岡の覡(おかんなぎ)ではないか。まだしぶとく生きておったのか」
 今日三度目の人違いをされて、うんざりする健。
「あー、俺は船岡とか刀十郎とか云う奴じゃないって言ってるじゃないか。何でどいつもこいつも……」
「貴様の発する気、船岡の覡と見えた時のそれと似ておるわ。我らの悲願を阻む者は何人たりとも生かしておけぬ!」
 荒太郎は刀を構え直すと健めがけて斬りかかろうとしたが、胸元に冴の手刀を叩き込まれてドシンと尻餅をついた。
「残念じゃったな。この男は妾も見間違うたほど刀十郎に似てはおるが人違いじゃ。気が似ておると云うのも何かの間違いじゃろうて」
「おのれ船岡の巫、よくもこの俺を辱めたな」
「調子に乗るでない! ……思惑はどうあれ、京に住まう人々に脅威を与えて征しようとするとは卑しいことこの上ない。古(いにしえ)に犯した愚挙を現代に繰り返すお主等、妾は許さぬ!」
 冴は威勢良く啖呵を切ると懐から数珠を取り出し、両手に掛けて念じた。
「妖討の巫覡(ふげき)、船岡が族(うから)の名に於て畏み畏み申す。古に付喪調伏せし護法童子よ、我に力を与え給う!」
 何事かと映画村の人々が見守る中、冴の両手が光り出し、光は天に向かって伸びて刀の形になって冴の手の中に収まった。
「お主の子分の三下共が持っておる玩具ではないぞ。護法童子の加護の付いた刀じゃ」
「だからどうした。護法童子ごときを恐れる俺ではないわい」
「意気込みだけは一人前じゃな。なれどその口妾が封じてくれるわ、行くぞ!」
 カチーン
 怜悧な金属音を立ててぶつかり合う刀と刀。お互いに一太刀も浴びせようとせずに刃を交し合い、一歩も譲る気配がない。
「やるではないか。妾と十合以上切り結んだ者もそうはない」
 余裕の笑みで荒太郎の刀を受ける冴。双方がカチカチとリズムを合わせて丁々発止のやり取りを繰り広げる。
「言うな、だがこれならどうだ」
 荒太郎が刀を繰り出すリズムを変えてきた。受け損ねてすぐと体を引いて冴は刀をかわす。そこへ荒太郎が冴の首めがけて突きを繰り出し、冴は更に後退して刀から逃れた。気がつくと冴の後ろには城壁が迫っている。荒太郎はもう勝った気になって攻めてきた。
「壁は近いぞ、観念しろ船岡の巫」
「くっ、これまでか……と妾が言うと思うたか」
 もう後がないと焦ると見せかけて、冴はニヤリと荒太郎に笑いかけた。
「何?」
 壁まであと数センチと迫った所で、冴は軽く飛んで荒太郎の刀の峰に刀を叩き込んだ。
「おうっ」
 バランスを崩して前のめりに倒れかかる荒太郎。そこに冴が兜割りの一太刀を浴びせた。
「くっ、ぐああああっ」
 荒太郎はもんどりを打ってうつ伏せに倒れ込む。彼の背後に冴が着地した。
「お、おのれ船岡の巫、これで勝ったと思うな」
 額から血を流しながらゆらりと立ち上がろうとする荒太郎。
「(妾の刀を浴びてまだ立てるとは……)」
 荒太郎のタフさに驚きながらも冴は体を翻して応戦する構えを取った。その時である。
「荒太郎、ここは引き上げい」
 地底から湧き出るようなおどろおどろしい声が荒太郎を呼んだ。
「いや、先生、止めてくださいますな。私はまだ戦えます」
「このまま無理を押してもお前が不利になるだけじゃ。引き上げた方がよかろうて」
「ぐ……」
 言っている事は勧告でありながら事実上の撤退指令を「先生」から突きつけられて、荒太郎はフラフラよろめきながら冴に背を向けて歩き出した。まだ血の止まらない額を 押さえつけて。
「覚えておれ船岡の巫、今度相見える時が貴様の死ぬ時だ……」
 捨て台詞を残して、荒太郎は煙のように消えてしまった。後には鎧が残るだけ。
「やっぱりあいつは妖怪だったのか……」
「どうじゃ健殿? これで妾の話が嘘でないと分かったじゃろう」
「……」
 健は冴の問いかけには答えなかったが、顔には恐怖の色が浮かんでいた。まして創作の世界にしかいないと思っていた存在に殺されかかったとあっては言い様のない恐怖を感じるのは尚更のことであろう。
「なれど案ずる事はない。妾が参ったからにはお主や京の民を……ん?」
 俄かに冴の顔が険しくなった。
「新たな付喪の気配を感じる……新たに現れたようじゃな」
 そう呟いて走り出す冴。
「あれは……旅籠筋の方だな。今度は一体何が出るってんだ」
「あー、あたしたちも行く!」
「今度はどんなのが出るのかなあ」
 野次馬根性を出してはしゃぐ奈々香と道枝。
「おい、待てよ。また危ない目に遭ったりしたら……」
「大丈夫。いざとなると冴さんがやっつけてくれるって。ほらケン、あんたも来なさいよ。その時はあんたにも守ってもらうんだから」
「俺は道具じゃねー!」
「ケンちゃん待って、私を置いてかないでよ」
 冴が付喪を倒さんと向かい、西陣歌劇団が健の腕を掴んで引っ張り、最後に直美がそれに続いた。

 時代劇の撮影のために旅籠のセットが組まれている一角、その隅には大きな岩壁が立ちはだかり、滝のセットも組まれているプールがあって、岩壁の向こうからは十五分ごとに石でできた怪物が顔を出す仕掛けが組まれていた。それが作動する時刻ではないはずなのに怪物が出てきて凶悪な目を光らせている。これは何事だとプールの前は黒山の人だかりができていた。怪物は冴が現れたのを認めて話し始めた。
「現れたな妖討の巫、船岡が一族の血を引く者。我が名は付喪神の頭領古文、人呼んで古文先生ぞ」
「古文先生……遠い昔、付喪どもに入れ知恵した物知りの付喪じゃな」
「いかにも」
「からくりの怪物に身をやつしておるようじゃが卑しい真似をせず姿を見せい。今この場で叩き斬ってくれる」
 冴が啖呵を切っても、古文先生と名乗った付喪は取り合わない。
「貴様の戦い、しかと見させてもらった。だが我らが悲願を達さぬうちは我は貴様に倒される訳にはいかぬ。京の街にうち捨てられし物共に付喪の魂を宿し、今一度我らの繁栄をもたらすのだ!」
「何じゃと。お主らはそのためにこの京に住まう罪なき民を泣かせるつもりか」
「ふふふ……」
 怪物の目に点っていたランプが消え、怪物は岩壁の後ろに姿を消そうとした。
「待て、一つ教えろ。妾の弟の船岡刀十郎はどこにおる!」
「知らぬな、そのような名の輩は。ただ船岡が一族の者が愚かしくも我らを討ちに参って、我が配下の呪いで人ならぬ物に変えられ、どこかに眠っているという噂は聞いたことがある。知りたくば付喪の何者かに訊くがよかろう。容易くは分からぬと思うがな、はっはっはっはっはっは」
 古文先生は高らかな笑い声を残し、怪物と共に姿を消した。これから一体何事が起こるのかと不安がる一般市民。その中でただ一人冴は岸壁をキッと睨みつけていた。
「そうか、刀十郎は付喪に何かに変えられてしもうたのか……だが刀十郎、妾はきっとお主を探し出し、呪いを解いて救い出してやろうぞ。そしてこの京で付喪が悪さをしようとしていると知ったからには、妾が命に代えても京の民を付喪の悪行から守ってみせる!」
 時代劇の正義の侍よろしく大見得を切る冴。だがその途端
 グーッ……
 冴の腹の虫が鳴った。西陣歌劇団の三人娘がプッと噴き出し、冴ははしたないところを見せたと赤面する。
「立ち回りで腹減ったんだな」
「あー、それもあるが山を降りてからほとんど物を食べておらなかったでな、面目ない」
「そうか、ならこれから直美ん家にみんなで行こうか。冴にいろいろ聞きたいこともあるし」
「そうだね」
「「「やったあ! 今日は晩御飯も健さんの奢りだわ」」」
 はしゃぐ三人娘と頭を抱える健。
「おい、勝手に俺に奢らせるのもいい加減にしてくれ。それじゃ俺金が幾らあっても足りないって……」
「えー、友達なんだしそれくらいいいじゃない」
「けちな事言うならもうケンのモデルやってあげないわよ」
 不満をぶつ三人娘だったが、
「うん、流石にそれはケンちゃんが可哀想だよ」
「でも……あー、分かったわよ。ナオがそう言うなら……」
 直美がフォローして、それでようやく三人娘はたかるのを諦めた。斯くして一行は、大将軍で和風喫茶を経営している直美の家に向かうことになった。


第弐話に続く

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